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ソウルブレイダー  作者: けすと
第六章 不死の神
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「く……くく……」

 高千穂神社に、ロウの笑い声が響いていた。

「くははははっ!! そうか、考えてみれば当たり前のことだ! 何度切っても蘇るからこそ、鬼八は体を分かたれ、ばらばらに埋めたのだからな」

「……どういうことだ」

「分からんのか? つまり、その剣は鬼を切る力は持っていても、鬼八の持つ不死性までは断てないということだ。そして、刑天も同じく、不死性を持つ神。貴様がその剣でどれほど切り裂こうと、殺すことは出来ないというわけだ」

「そんな……」

 倒れている沙耶が呟いた。

「もはや立ち上がる気力もあるまい。そこでクラスメートが生贄に捧げられるのを見ているがいい」

 ロウはビニールで覆われた部屋に近づいた。

「その刑天とやらで、復活させた鬼八を無理やり従わせようというのか。そもそも、十数人程度の生贄で、この結界が破れるはずがない……!」

 田所の言葉に、ロウはうんざりとした顔になった。

「誰が、そんな幼稚な方法だと言った? 刑天はあくまで保険。鬼八の調伏は、この儀式のみで達せられる」

「だが、ありえない」

「わたしの術式であればこそ、成せる儀式なのだよ。……いいだろう、説明してやろう。これは鬼八の復活の儀式であると同時に、主従の契約の儀式でもあるのだ」

 言ってから、ロウは顎に手をやった。

「──いや、違うな。もっと正確に言うならば、この儀式によって復活を果たすことがそのまま、わたしと主従の契約を結ぶことになる。そういう儀式だ」

「馬鹿な。鬼八がそのような契約をしてまで、復活を望むわけがない」

「もちろん、そうだ。だが、主従の契約に関する術式は、復活の術式の中に巧妙に秘匿しつつ組み込んでいる。長きに渡る封印のまどろみにある鬼八が、これを看破できる可能性はゼロに近い」

「……仮にそうだとしても、結界はどうする。能力者とはいえ、十数人程度の生贄でやぶれるようなものではない」

「ふん、その為に、この馬鹿げた部屋を用意したのだ」

 ロウは広間の奥の隅に置かれていた箱へと近づいた。厳重に封がされた箱を空け、緩衝材の中にうずめられていた、小型のボンベのような容器を取り出す。

「この部屋は、野外手術室や、簡易無菌室の設備を応用したもので、耐菌、耐薬性のビニールによって、気密を保つことが出来るようになっている」

 取り出した容器を慎重に部屋の傍らへ置いた。

「さて、最も効果的に生贄を用いる為には、どうすればいいか知っているか? ──答えは、『なるべく苦しめて殺す』だ」

 部屋の上部から垂れ下がった細長い管を、その容器へ接続する。

「わたしは最小の生贄で最大限の効果を引き出すべく、試行錯誤を重ねた。なるべく大きい苦痛を味わせる為には、どうすればいいか……拷問から始まり、毒虫、毒薬……多くのものを試し、ついに発見したものがこれだ」

「これとはどういう──」

 そこまで言って、田所は沙耶の尋常ではない様子に気がついた。

「まさか……まさか、『第二』の連中が追ってたのって……」

 うわごとのように、呟く沙耶。

「これは、いわゆるBC兵器と呼ばれるものの一種、神経ガスだ」

「──っ!」

 直哉と静音の顔が歪んだ。

「特殊な製法で一定濃度まで希釈したため、本来の即効性は失われているが、その分対象を長く苦しめてから殺す。これを生贄に使用すると、普通に殺すのに比べ、数百倍もの効果を儀式に発揮する。能力者の生贄、主従の同時契約、そしてこの神経ガスの使用──これらが、鬼八を調伏する為にわたしが組んだ、儀式の全容だ」

「誰が……させるか……」

 静音が立ち上がっていた。遅れて、その体を漆黒の炎が包む。その顔は闇の中でも分かるほどに蒼白だった。姉を失いたくない一心で、気力を振り絞ったのだろう。

 ロウはそんな静音をつまらないものを見るかのように、冷めた目で見て、

「──やれ」

 顎で指示すると、上半身まで復元した刑天が拳を振るった。

「ぐぅっ!」

 静音は咄嗟に闇で防御したが、耐えきれず吹き飛ばされる。僅かな間、地面と平行に滑空した後、落ちて弾み、転がり、直哉の近くまで来てようやく止まった。

「……っ」

 静音は顔を上げ、すぐに立ち上がろうとするが、うつ伏せのままもがくのみで終わる。

(くそっ……)

 それを横目に見ながら、直哉は毒づいた。

 ロウは一つ見誤っている。自分たちに立ち上がる力は残っていないと判断したようだが、実のところ先ほどの刑天の攻撃からは、それほど大きなダメージを受けてはいない。

 なにしろ、右肩から左脇腹にかけて、はすかいに切り離されていたのだ。神といえど、やはり人の形を取っている以上、その状態ではどうしても手打ちの攻撃になる。派手に吹き飛びはしたが、致命傷とは程遠い。ロウほどの男であれば、これくらいは察してもおかしくはなかったが、大量の出血で判断が鈍っているのだろう。

 この判断ミスこそが、最後のチャンスだった。だというに、当たり所が悪かったのか、脳震盪を起こしたようで足に力が入らない。

 ロウがボンベを操作し始める。今にもガスの流入が始まりそうだった。

 ここまできたのに助けられないのか。諦めが直哉の心を覆い始めた時だった。

(直哉さん……! お願いがあります)

 脳裏に聞いたことのない女性の声が響いた。

「!?」

 思わず周りを見渡す。

(姉さん……!?)

 続けて、静音の声が頭に響いた。

(二人とも落ち着いてください。わたしは今、直哉さんと静音ちゃんとわたしの間にチャンネルを作って話しかけています)

 これは、精神感応──? 姉さんということは、捕まっている静音の姉か。

「……っ」

 急に激しい頭痛に襲われ、直哉は顔をしかめた。同時に吐き気を伴うむかむかとした不快感が、胸のあたりに現れる。

(……っ。姉さん、大丈夫? 怪我は?)

 姉を気遣う静音の声。何かをこらえるような様子は、自分と同じ頭痛と吐き気に襲われたからだろうか。

(大丈夫。ただ、わたしを含めてみんな針を打たれていて、全く動けないの。……ごめんなさい、一方的な精神感応で二人には大きな負担が掛かってると思います。会話から静音ちゃん達が来ていたのは分かってたのだけど、戦闘中にこれをするとどうなるか分からなかったから──)

(それより、何か用があるんじゃないのか。早く言え……!)

 直哉がせかすように思念を送った。

(そうでした。あなたの能力──あらゆる剣を呼び出す力があれば、この状況をひっくり返せるかもしれません)

(どうやってだ)

(それは──)

 その時、空気の漏れるような音が聞こえた。

「では、始めるとしよう」

 ロウがボンベから離れた。既に神経ガスが部屋の中へと送られている……!

(そんな……)

 静音の絶望に彩られた思念が送られてくる。

(まだ諦めてはだめ!)

 一際強い思念が響いた。

(息を止めれば少しは持ちこたえられます……でも時間がありません、直哉さん。無理を承知でお願いします。今すぐ、この部屋の中へ来てください……!)

(な……姉さん、正気か!?)

 静音がそう言うのも無理はなかった。あの部屋に入れば、神経ガスを吸うことになる。即効性はないとのことだが、間違いなく死ぬだろう。だが、直哉は落ち着いて応じた。

(……分かった、部屋でどうすればいいんだ)

(後で話します。今はこちらに……静音ちゃんは影で部屋の封を……お願いします)

 それきり、声は途絶えた。

「ぐっ……」

 ようやく脳震盪から立ち直り、直哉は立ち上がった。その前に、静音が立ちふさがる。

「わたしが行く。お前は行かせない」

「俺じゃないと意味ないんだろう。どいてくれ」

「断る。姉さんの言うように状況がひっくり返せたとしても、あの部屋に入ったお前はどうしたって死ぬ。そんなことはさせられない……!」

 静音の目に、涙が浮かんでいた。

 直哉は一見無表情でその顔を見つめた後、

「姉が死ぬってのに、ずいぶん物分りのいいこと言うんだな」

「……っ! お前に何が分かる……」

 目を充血させ、静音が睨み返した。

「分かるさ。俺もこんな風に家族を殺された」

「え──」

「とにかく、こっちは覚悟の上でこんな仕事やってるんだ。俺が死ぬかもとか、考えなくていい」

「…………」

 静音が顔を俯かせる。深い葛藤が表情に表れていた。彼女の中で、理性と欲求がせめぎ合っているのだろう。

 直哉は部屋を見た。ロウが目を閉じ、両手で次々と印を結んでいる。部屋の下に描かれた陣のようなものが儀式に呼応し、うっすらと光を放っていた。ガスは今も部屋の中へと流され続けている。もう時間がない。

 直哉は叫んだ。

「家族なんだろ!」

「…………っ」

 その一言が決め手になったのか、静音はぎゅっと目を閉じ、言った。

「頼む……姉さんを……」

「ああ」

 短く応じ、静音の横を通り、部屋に向けて走り出そうとすると、

「何をする気か知らんが、わたしが黙ってさせると思うか?」

「!」

 突然の声。儀式を中断したのか、ロウが二人を睨んでいた。

「殺せ」

 ロウの命に従い、いまだ復元中だった刑天がこちらに向きなおり、拳をふりかざす。

 轟音。しかし振り下ろされた拳は、二人に当たることはなかった。

「ぐう……っ」

 いつの間に意識を取り戻していたのか、昂の構える槍によって、刑天の拳が受け止められていた。その全身に、尋常でない力が篭っているのが見て取れる。骨のきしむ音まで聞こえてきそうなほどだった。

「早く行けっ……光を、皆を頼む……!」

 昂が唸るように言った。

「すまん、助かった!」

 言って、直哉は駆け出す。ロウが阻止すべく、刑天に指示を出す。

「刑天、やつを──」

 言い終わる前に、田所がロウに体当たりをした。それは何の変哲もない体当たりだったが、深手の為かロウはこれを避けられず、二人はもつれるように床へ倒れた。

 直哉は部屋へと駆け寄る。

 これは賭けだった。ガスの流入が始まった以上、普通に考えれば中の人間はもう助からない。ならば、中の人間は諦めて、手負いのロウを殺し、せめて儀式だけでも止めるべきだ。だが静音の姉は、それよりも自分が来ることを望んだ。

 それはつまり、儀式を止める以上の何かをできるということではないのか?

 直哉はそれが、もうほぼ確定してしまった彼女らの死すら覆せる、一発逆転の何かであることに賭けたのだった。

 だが、本当のところは分からない。彼女の考えがそこまで及んでいないだけ、という可能性もある。何より真意を確認する余裕も時間もなかった。だからこそ、静音は直哉を行かせることなどできなかったのだろう。

 部屋はもう目の前にあった。鬼切丸を構え、叫ぶ。

「しっかり塞げよ!」

「分かってる……!」

 剣が閃き、二重三重となっているビニールの壁が、内側へと切り落とされる。

 直哉が中へ飛び込んだ瞬間、その穴を静音の影が覆い、神経ガスが漏れるのを防いだ。

 

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