表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウルブレイダー  作者: けすと
第五章 高千穂の鬼
23/31

1

 神楽殿の壁に開いた穴の中から、人影が姿を現す。

 ロウだった。

 直哉の蹴りもまるで効いた様子はなく、平然と穴から出てくる。道士服についた埃を払い、立ち止まると、憎悪の篭った目で直哉を見た。

「まだ仲間がいたのか──」

「まあな」

 直哉は木刀を担ぎ、峰で肩をとんとん、と叩いた。

「リーとゴウはどうした」

「女の方は、俺がのした。しばらく目は覚めないと思うぞ。おっさんの方は仲間が相手してるはずだ」

 ふん、とロウは鼻を鳴らした。

「使えない連中だ」

「ところで、いい加減ここらで聞いておきたいんだけどな」

「なんだ」

「あんたらの目的だよ。遠くはるばる追いかけてきたんだ、教えてくれてもいいだろ」

「…………」

 ロウは僅かな間黙考し、

「いいだろう。自分たちの国が滅ぶ理由くらい、知る者がいないと浮かばれないだろうからな」

「国が滅ぶ……?」

 静音が訝しげに繰り返した。ロウは神楽殿の前まで歩みを進めると、

「鬼八という存在を知っているか」

「知らないな」

「地元の人間ではない貴様らが知らないのも、無理はないか。鬼八というのは、はるか昔、まだ神と人とが共にあった頃、ここ高千穂を荒らし回っていた鬼の名だ。この高千穂神社の祭神、三毛入野命みけぬのみことに切り殺されるも、すぐに蘇るので、頭、胴、手足に切り離され、それぞれ別の場所に封じられたと言われている。……そこの田所氏なら詳しいかな」

「…………」

 田所とよばれた男はうつぶせのままで、ロウを睨んだ。

 近くに沙耶のクナイが落ちているのだが、がっちりと腕と手を縛られている為、掴むことも出来ないようだった。

 その様子を見て、ロウは僅かに口角を上げる。

「封じられた地には塚が立てられた。首塚、胴塚、手足塚といった具合にな。だが、鬼八の怨念は残り、早霜による作物への害という形で祟りが起きるようになった。この祟りを鎮める為の祭りが、ここ高千穂神社で毎年行われる、猪掛祭ししかけまつりだ。そして、わたしの目的とは、ここからほど近い所にある、首塚の封印の要となっている神社の結界をやぶり、鬼八を復活させることだ」

「やはり、鬼八が目的か──」

 田所が呻くように言った。

「その通り。だが、この結界は強固だ。なにしろ、言い伝え通りであれば、二千五百年近くに渡り、慰霊祭の形を取りつつも補強、維持され続けてきた代物だ。さらに、天正の時代までは若い娘を人身御供としていたと聞く。この時点で、結界の為に二千ほどの娘の命が捧げられたことになる。──どれほどの結界か、貴様でも想像つくだろう?」

「……確かに、とんでもないな」

 今でこそ有り得ないが、古代の日本において人身御供が用いられた儀式は、さほど珍しいものではなかっただろう。だが、二千年以上もの長大な期間、絶えることなく今に伝えられる儀式となると、話は別だ。

 荒神、鬼八。

 そこまでしなければならないほどに、強大な存在だったのだろうか。

「今は祭りの名にあるように、猪を供えているようだが、人間には及ばぬも、四つ足の獣ならば儀式としての効果は見込めるだろう。──この結界を破る儀式の為に、生贄が必要だった。だが、普通に集めた娘などでは、百や二百でも足りない」

「……それで、わたしたちの学校の能力者を狙ったのか」

 静音が苦渋に満ちた表情で言った。

 よく出来た生徒の答えを聞いたかのように、ロウは満足げな笑みを浮かべる。

「そうだ。術者や気を扱える者は、一般人と比べて数倍、いや数十倍以上の価値のある生贄となる。それでも今日まで祭に捧げられた人数には及ばないが……その差はわたしの工夫と術式で埋めればいい」

「まだ話が見えないな。それで、その鬼を復活させて、どうしたいんだ」

「最後まで聞けば分かる。……興味深いことに、阿蘇周辺にも、全く同じ名前の鬼八という存在の伝説が残っている。こちらの鬼八は、阿蘇山の祭神である阿蘇大明神こと健磐龍命(たけいわたつのみことの従者であったとされている。この鬼八はあるじに無礼を働いた為に捕らわれ、首をはねられた。だが、同じようにすぐに蘇ってしまうので、ばらばらにされ、埋められたという」

「似たような話だな」

「そう、似ているのだよ。同じように鬼八の怨念は残り、早霜を降らせ、作物に害をなした。健磐龍命はこれを鎮める為に、宮を作り祭ることにした。この宮は、霜宮神社として今も残っている」

 ロウは一旦そこで、言葉を切った。

「二つの鬼八が、同一の存在であったかは分からない。土地はそう離れてはいないが、僅かながら時代がずれている。高千穂にて鬼八を討った三毛入野命は、貴様らにとっての建国の祖、神倭伊波礼琵古命かむやまといわれひこのみことの兄だが、阿蘇の祭神、健磐龍命は神倭伊波礼琵古命の孫にあたる。眷属か、末裔か──同一の者でなかったとすれば、そんなところだろう。重要なのは、ここ高千穂に封じられている鬼八が、阿蘇と因縁浅からぬ関係にある、ということだ」

 ロウは背後の沙耶と田所、そして前にいる直哉と静音を見渡した。

「さて、ここでまた訊くが……aso4という言葉を知っている者はいるか?」

 直哉は首をかしげた。

「aso4……? 俺は知らないな」

 田所も分からないようで、黙ったままだった。

「……aso4とは、約九万年前に起きたとされる、阿蘇山の四度目の大噴火を指す言葉だ。余りにも広範囲に火山灰が降り積もった為、考古学において地層判断の指標にすらなっている」

 傷が痛むのか、静音が苦しげな表情で言った。

「その通り。見識の高いお嬢さんだ。今、ここ高千穂神社と、阿蘇山、そして念の為に霜宮神社もだが──それらの間を、鉄杭を用いて一時的な地脈のバイパスで結んでいる。復活した鬼八を、この地脈を使い阿蘇山へと送る為だ」

 そこまで聞いて、静音の顔色が目に見えて変わった。

「まさか──」

「ふむ、お嬢さんは気付いたようだ。そう、わたしの最終的な目的とは、鬼八を蘇らせ、因縁のある阿蘇の祭神と争わせることで阿蘇山の地脈を破壊、aso4を遥かに上回る終末的、破局的大噴火──aso5を引き起こすことにある」

 阿蘇山の噴火。大事であることは分かるが、そういった方面の知識に疎い直哉は、いまいち実感が沸かなかった。

「そのaso5ってのはそんなにやばいのか」

 傍らの静音にたずねる。

「aso4ですら、その大量の火砕流は海を越えて、今の山口県にまで達したとされている。aso4を遥かに上回るというのが本当なら、世界地図から日本という名前が消えるぞ……」

 愉快でたまらない、といった様子でロウが笑った。

「本州の一部と北海道くらいは残るかもしれないぞ。いずれにしろ、この国は滅びる。凄まじい量の溶岩と、火砕流に一瞬で飲み込まれてな。避難する間すらない。まさに現代のポンペイといった有様になるだろう」

 静音はロウを睨み、

「正気じゃない。そんな規模の噴火が起こったら、被害を受けるのは日本だけでは済まない。お前の国はもちろんのこと、噴煙による日光の遮断で、世界的な寒冷化が始まる。──世界規模の大飢饉が起こるぞ」

 静音の指摘に、ロウは真顔で、

「それに何か問題でも?」

「な──」

 言葉をなくす静音をよそに、直哉は疑問に思ったことを尋ねる。

「あんた、中国政府とか、どっかの組織の命令で動いてるんじゃないのか」

 ここまでの大事を、個人で引き起こそうとする理由が思い浮かばない。さりとて、自分たちにも被害が及ぶような災害を引き起こす組織というのも、おかしな気がする。直哉が問うと、ロウはゆっくりとこちらに視線を移した。

 その荒涼とした目の奥に、暗く炎が灯ったように見えた。

「中国政府? 馬鹿を言うな。祖国を追われたわたしが、何故奴らの命で動かねばならない」

「……中国に義理がないってんなら、なんで日本を滅ぼそうとするのさ」

 ロウの後ろから声がした。見ると、沙耶が意識を取り戻して、身を起こしかけている。

「望月! 大丈夫か」

「平気……とは言えないけど、まぁなんとか」

 沙耶は苦笑いを浮かべるも、まだ体に力が入らないようだ。

 ロウは沙耶の方を見ずに答えた。

「人という存在に絶望したからだ」

「……?」

「貴様らは麻薬を買うはした金のためだけに、へらへらと子供の命を差し出す親を見たことはあるか? プレス機でゆっくりと、生きたまま押し潰されていく我が子を見せ付けられた、裏切り者の慟哭を聞いたことは? わたしは国を追われてから、無頼となり各地を渡り歩いた。マフィアやギャングに雇われ、日々の糧を得る中で見た数々の光景は、わたしに人への絶望を植え付けるには十分だった」

「…………」

「そもそも、わたしが国を追われたのも、くだらん理由からだ。軍の命令に従い、とある自治区で殺した一人の外国人バックパッカー。それが大国の大物政治家の息子だった。それが判明した次の日には、わたしは罪人扱いとなっていた。……わたしはもう、飽き飽きしたんだ。貴様らの勝手に振り回されるのも、醜悪ならんちき騒ぎを見るのも。だから、少しばかり間引いてやることにしたのだ。こんな醜い生き物が、これほど多く生きているべきではない」

「何それ、飛躍しすぎ……意味分かんない」

 気味の悪いものを見たかのような表情で、沙耶が呟く。

「貴様らのような小僧に分かるとも思ってはいない」

 あらかじめ予想していた反応だったとばかりに、平静にロウは返した。

「……なるほどな」

 一方直哉は、少しばかり納得のいった様子だった。

「なんとなくはその気持ちも分かる。俺も、ロクでもない人間に割と縁があるからな」

「利いた風な口を……」

 ロウは直哉を睨む。

「もちろん、俺はあんたじゃないから、本当のところまでは分からないさ。世の中、悪い奴らばかりでもない、なんてしたり顔でご高説を垂れる気もない」

 しかし、先ほどの言葉に嘘はなかった。

 恐らく、ロウは憎んでいるのだ。自分を取り巻く理不尽な運命と、それを織りなした人間たちそのものを。

 自分がそうだったから分かる。怒りは本来長続きしない感情だが、普遍的なものへの怒りは例外だ。時を経ると、その怒りは凝り固まり、地中深くで静かに胎動するマグマのような憤激となる。そしてその熱が徐々に、心を内側から荒涼としたものへと変えていってしまうのだ。

「だが、あんたの日本ごと巻き込んだ心中に、付き合うつもりもない。長話になっちまったが、そろそろ始めようか」

 直哉はそう言うと、木刀を構えた。

 強固な意志の元、既に結論を出している相手に対し、交渉や説得は意味をなさない。それは国家同士の争いといった巨視的なものから、個人の喧嘩レベルのものまで、共通した真理だ。我を通し相手を従わせたいのなら、結局のところ、武力や経済力、腕力などにものを言わせるしかないのである。

「心中などという、弱者の逃避と一緒にしないでもらいたいものだな。……だが、確かにいささか語り飽きた。とっとと貴様を殺し、儀式を始めさせてもらおう」

 ロウも直哉に応じて構えをとる。それを切欠とするように、僅かに風が吹いた。梢が揺れ、聞くものを不安にさせるような葉擦れの音を出す。日は既に沈み、あたりを闇が覆い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ