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ソウルブレイダー  作者: けすと
第一章 光怜高校
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1

 それは入居するテナントもまばらな、人気の無いビルだった。

 ビルの八階。数個の事務机と椅子が並べられているだけの、薄暗く殺風景なフロアで、制服姿の少女が一人、後ろ手に拘束され、パイプ椅子に縛り付けられていた。

 少女に加えて、十数人のチンピラ風の若者がたむろしている。十代前半から後半の年頃の男がほとんどだ。

 少女は、その男たちに囲まれていた。

「それで、蛇沼さん。この女どうするんですか?」

 男たちの一人が振り向き、言った。その先には、大窓を背にして設置された事務机と、その椅子に座る男の姿があった。

「あ~、何だっけその女は」

 蛇沼と呼ばれた男は、事務机に両足を投げ出し、アームレストに両腕を預け、天井をぼんやりと眺めながら言った。髪は茶色く染められ、肌は浅黒く、一見して分かるほどの上等なスーツに身を包んでいる。繁華街にいるホストのような男だった。

「ほら、あの振り込め詐欺の件の……」

「あー、あー。ひっかかる振りしてウチに押しかけてきたっていう」

 興味が沸いたのか、蛇沼は天井から少女へと視線を移した。艶やかな黒髪をポニーテールで纏めた、見るからに勝気そうな少女だった。

「で、なんでこんなとこまで来ちゃったのかな?」

 軽薄な笑いを顔に貼りつかせて、蛇沼がたずねた。

 椅子に座らされた少女はその顔を睨み返し、

「あんたたちみたいなの、一度殴ってやらないと気が済まなかったからよ」

 少女の剣幕に動じた様子もなく、蛇沼はおどけた様子で返した。

「おー、こわいこわい。んでも、どうやってここの場所が分かった?」

 最初に蛇沼の指示を仰いだ男が答えた。

「金を回収しに行ったトシのやつを、こいつが締め上げて吐かせたみたいです」

「なんだそりゃ……だっせえ。トシは?」

「休んでます」

「連れて来い」

 蛇沼が言うと、すぐに一人の若者が呼ばれてきた。

 顔にはいくつもの青あざができており、大きなガーゼが貼ってある。

「お前、こんなガキにシメられて、恥ずかしくないの?」

 睨めつけるように言うと、若者は必死になって弁明を始めた。

「す、すんません……っ。このガキ、空手か何かやってるみたいでやたら強くて……」

「へえ、空手ねえ」

 蛇沼は立ち上がると、少女の前まで進んだ。

「お前、強いんだってな」

 見下ろしながら言うと、少女は再度睨み返しながら答えた。

「あんたたちみたいな弱虫よりはね」

 彼女の挑発に、蛇沼ではなく周りの若者たちが殺気立った。

「んだとぉ、このガキ……」

「まぁ待て」

 蛇沼の制止に、若者たちは渋々と下がる。

「いい度胸してるなぁ。んでも何でお前は、その弱虫にあっさり捕まっちゃってるんだ?」

 ニヤニヤとしながら蛇沼がたずねると、少女は気まずそうに目をそらした。

「それはあんたたちが卑怯なやり方で……」

「卑怯だってよ。お前ら、どうやったんだ?」

「そりゃあ、後ろからこれで一発ですよ」

 一人の若者が尻ポケットから、黒い何かをとりだした。電気髭剃りのような形。先端に金具が二つ付いている。スタンガンだった。

「なんだ、強い強い言ってて、そんなもんであっさりか。だっせえなぁ」

 大げさにあざ笑う。周りの若者たちもそれに倣った。

「…………っ」

 少女は俯き、屈辱に耐えていた。

 いくら身体を鍛えているといっても、人間には限界というものがある。不意打ちであんなものを食らったら、誰だって失神するに決まっているじゃないか。お前らにわたしを笑う資格なんてない……!

 だが、そんなことを言ったところで、彼らを喜ばせるだけだ。少女は沈黙を守った。

 ひとしきり笑い終わると、蛇沼は急に真顔になり、少女に締め上げられたという若者へと向き直った。

「で、ボコられたのはいいとして、何でお前は簡単にここの場所言っちまってるんだ」

「え、あ、それは……こいつ、こんな顔してる癖に、言わないと前歯全部へし折るとか言って、めちゃくちゃ殴りまくってきて……」

 その言葉を証明するように、彼の顔には無数のあざができていた。きれいに一回喧嘩に負けただけでは、これほど多くのあざはつかないだろう。

「へえー、確かにかわいい顔してるのに、怖いこと言うじゃねーか」

「そうなんですよ、女の癖に容赦がなくて……」

 愛想笑いを浮かべながら、若者が相槌を打つ。

「そりゃあ、俺よりもか?」

「え?」

 蛇沼の言葉に、若者は一瞬固まった。

「俺よりもか、って聞いてんだ」

「そ……そんなまさか。蛇沼さんにはかないませんよ」

「そーか、そーか。……ところでお前、確か施設出身で、身よりもいないんだったよな」

「そうですけど、急にどうしたんで──」

 そこまで言って、彼は何かに気付いたように、言葉を止めた。

 同時に顔から血の気が引き、真っ青になる。

「ちょ、蛇沼さん……マジですか」

 焦ったように、最初に蛇沼の指示を仰いだ若者が言った。恐らくその若者が、蛇沼を除いた彼らのリーダー格なのだろう。

 一方少女は、今の会話の流れで、何故彼がそんなにも怯えるのか分からず、怪訝な顔をしていた。

「何だ、俺はまだ何も言ってないぜ? ただ、そうだな……ちょっと小腹が減ってきたってだけだ」

「……ひぃっ!」

 その言葉を聞くやいなや、トシと呼ばれていた若者は、火がついたようにフロアの出口へと駆け出した。蛇沼はその背を、薄笑いを浮かべながら眺めて、

「おい、よく見ておけよ。強いってのはな、こういうことを言うんだ」

「……?」

 疑問を浮かべる少女の横で、蛇沼はフロアの出口となる扉に向かって走る若者へと、左手を伸ばした。

 次の瞬間、信じがたいことが起こった。

 彼の左手が蛇のように長く伸びると同時に、急激に膨張した。先端が上下に割れ、ワニのような牙の生えた口が大きく開き──

「嫌だああ! 助け……ぎ──」

 言葉として聞き取れたのはそこまでだった。後は耳をふさぎたくなるような悲鳴と、ばきばきと硬いものが粉砕されていく音のみが続いた。

「え……」

 少女は呆然と呟いた。一部始終をこの上なくはっきりと眼前で見たにも関わらず、あまりにも非現実的すぎて、理解が追いつかなかった。

 目の前の光景に再度意識を向ける。蛇沼の左手から伸びた巨大なそれは、今ものっそりと目の前に存在し、飲み込んだものを咀嚼していた。

 岩肌にも似た、ワニの鱗のような皮膚。先端は人間をひと飲みにするほどの巨大な顎となっており、剣のように尖った乱杭歯が、奥に向かって無数に生えている。

 やがてその巨大な蛇ともワニともつかない物体は、すぼみ縮んでいき、元の人間の手に戻った。

「ふう、やっぱ人間は格別だなぁ、おい」

 蛇沼が言った。

「何……何なのそれ……」

 少女の怯える様を楽しむように、蛇沼は目を細めた。

「何って、こういう能力だとしか言いようがないよなぁ」

 言いながら、左手を軽くにぎり、そして開く。

「分かるか? 強いってのはこういうことを言うんだ。こいつには拳銃の弾すら通らねえ。何でも丸ごと食っちまえるから、証拠一つ残さず、人間を消す事だってできる」

「わ、わたしもそれで食べようっていうの? ここに来ることは友達にも言ってあるから、後で絶対ばれるわよ」

「そうかい、それは困ったな」

 わざとらしい困り顔を見せた後、蛇沼は名案を思いついたとばかりに、手を打った。

「そうだ。それじゃあ、俺たちのことを誰にも話す気が起きなくなるように、素敵な撮影会でもするか」

 仲間の凄惨な死の後で、憂鬱な顔をしていた若者たちが途端に活気付く。

「そりゃあ、いいですね。おい、カメラ持って来い!」

 リーダー格の若者が指示をとばす。

 漠然とこれから何が行われるのかを察した少女は、顔を青ざめさせた。必死に抵抗しようともがくが、無駄だった。椅子へと縛り付けていたロープが解かれ、床へと押し倒される。

「嫌……やめて……」

 恐怖のせいか、声が震えていた。そんな彼女を、蛇沼は醒めた目で見下ろした。

「弱いくせに、でしゃばるからだ。まぁ、殺しはしないから安心しな」

「あれ、蛇沼さんは参加しないんですか?」

 若者の質問に、蛇沼は手を振ってこたえる。

「食った直後はやる気も起こらねえんだ」

「そうですか。じゃあこっちは好きにしていいですかね」

「一応、自分の足で帰れるくらいにしとけよ」

「へへ、分かりました」

 若者の手が、制服のワイシャツを力任せに引きちぎった。

「……っ!」

 少女は悲鳴を上げることなく、目をぎゅっと閉じた。悔しさで涙が滲む。

 こんなはずではなかった。

 ここに殴りこんだのは、振り込め詐欺に騙された友人の話を聞き、義憤に駆られた末の行動だった。自分が調べたかぎり、この連中のバックにヤクザなどはおらず、メンバーも街の不良の寄せ集めと聞いていた。

 拳銃などを持ち出されない限りは、そんなチンピラ風情に負ける気はしない。幼い頃から習った武道で、対武器格闘も経験している。死なない程度に痛めつけて、二度と詐欺など出来なくさせてやる、くらいのつもりだったのだ。だが実際は、たった一度の不意打ちで失神させられて、このざまだ。

 男たちが下卑た笑いを浮かべている。彼らがはだけたワイシャツの、さらにその下へと手を伸ばした時だった。

 爆音。合わせてフロアのドアが内側に吹き飛び、机に当たり、室内を跳ね回った。

「……っ!?」

 若者たちの視線がドアに集中する。そこには、少女を囲む若者たちとそう年の変わらないだろう、一人の少年の姿があった。

 無地のTシャツに、ゆったりとしたカーゴパンツ。腰まわりが引き締まってる為、一見細身に見えるが、肩幅はがっちりとしている。袖口から伸びる二の腕には、陰影の浮かぶ無駄のない筋肉が備わっていた。

 指で摘める程度に、適度に切られた黒髪。精悍さとあどけなさが微妙に混じった顔立ちは、十代後半の少年から青年へと至る過渡期特有のものだ。

 少年はフロアを見渡し、状況を把握したのか、ほっとした様子で呟いた。

「ぎりぎり間に合ったか……」

 突然の事に固まっていた若者たちが、ようやくここで動いた。

「んだてめえ、誰だコラ!」

 入り口近くにいた一人が、少年へと押しかける。一般人ならば、その剣幕に怯え、後ずさりしただろう。だが少年は逆に、平然と彼へと歩み寄り、そのまま無造作に右の裏拳で、横に殴り払った。

 聞いたことも無いような鈍い音が響き、フロア入り口から見て右の壁へと、若者の身体が叩きつけられる。

「!?」

 入り口からその壁までは、五メートル以上の距離があった。その距離を人間が軽々と吹き飛ぶ様を見た若者たちは、再度固まった。

「──へえ」

 蛇沼だけは動じることなく、感心したように声をあげる。

「姫路早紀さんか?」

 殴り飛ばした若者を見ることもなく、少年がたずねる。少女は押し倒された格好のまま、反射的に彼の質問に答えていた。

「そ、そうだけど……」

 返事を聞くと、少年はつかつかと少女の方へと歩み寄る。

「おい、何してんだお前ら。いけ」

「は、はい……!」

 蛇沼がけしかけると、若者たちが一斉に少年へと押し寄せた。

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