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ソウルブレイダー  作者: けすと
第三章 追撃
18/31

5

 静音は瞼を通して、顔に日が射しているのを感じた。

 まどろみに沈んだ意識が浮かび上がる。曖昧としながらも、もう朝なのだろうか、と思う。──だが、もう少しだけ眠っていたい。

 その時、それまで続いていた心地よい静かな振動が、急に大きなものとなった。こもった音と共に、横たえた身体ごと、地面が一定の間隔で振動する。

「んん……」

 小さく、鼻にかかった声を出して、静音は身を起こした。

 瞼をこすりながら、周囲を見渡す。

 見慣れた自分の部屋ではない。隣に、クラスメートの望月沙耶が眠っている。一瞬、状況が分からなかったが、すぐに昨日の経緯を思い出す。

「起きたか」

 運転席の直哉が、こちらを見ることなく話しかけてきた。

「…………」

 なんと答えればいいか分からず静音は黙っていた。目覚めたばかりで、頭が働かない。

 窓から外を見る。車はかなりの速度を出しながら、長い直線を走っていた。

 縞模様のような、色のついた舗装が一定感覚で続いている。居眠り防止の為の、段差舗装だ。先ほどの振動はこれのせいだろう。

「ずっと運転を?」

「いや、途中で一回、サービスエリアに寄った。ついでに朝飯も買っておいたぞ」

 直哉に言われて見ると、運転席と助手席との間に、ビニール袋が置いてあった。

「飲み物と、おにぎりだ。少ないけど、これから一戦やるかもしれないしな」

 ぼうっとした目で、静音は袋の中を見る。その様子を横目で見た直哉は、

「なんだ、朝弱いのか」

「……強くはない」

 静音はしばしの沈黙の後、それだけ答えた。

 そういえば、のどが渇いている。車内の暖房で、空気が乾燥しているからだろう。そのまま特に考えず、袋の中に手を伸ばそうとしたところで、はたと気付いた。わたしは、何を当然のように、中身を手に取ろうとしているのだ──

「もらってもいいか?」

 直哉に確認する。同時に、手を伸ばしかけてから、まるで物乞いのようにたずねた自分が恥ずかしくなった。

「ああ。みんなの為に買ってきたんだしな」

「すまない。後で代金は払う」

 静音は袋から、お茶のペットボトルを取り出した。蓋を開け、一口飲むと冷たい液体がのどから胃に落ちていくのが分かった。乾きが癒される心地よさにしばし浸る。

「徹夜で飛ばしてきたんだ。ある程度追いついてるといいんだけどな」

「……そうだな」

 直哉の呟きに相槌を打つ。車を運転できるのは彼だけなので、当然寝ていないのだろう。昨晩、彼だけに運転させておいて寝るのを渋る自分たちに、気にしないで体力を温存しておいてくれ、と言っていたのを思い出す。

「その、新堂」

「ん?」

 静音は一瞬逡巡したが、意を決して直哉に向かって頭を下げた。

「……色々とすまなかった」

「え、なんだ急に」

 直哉の動揺する気配が、座席越しに伝わってくる。しかし、かまわず静音は続けた。

「お前が転入してきた日から、昨晩の校舎でのことまで……言い訳もできない。本当にすまない」

 直哉の反応はない。やはり怒っているのだろうか。

 上目遣いで恐る恐る見上げる。彼は左手をハンドルから離し、こめかみの辺りをぽりぽりとかいていた。

「あー……なんだ。昂もそうだったけど、親しい人がさらわれたら、誰だって取り乱すし、不安で苛立つだろ。気にするな」

 なんでもない事のように、直哉は言った。

「そうはいかない……実際、星川さんを助けられなかったのは、わたしのせいだ」

「助けられなかった、じゃないだろ。これから助けるんだ。まだ終わっちゃいない」

「…………」

「それに斉木が勘違いしてなくても、俺は影縛りにやられてたかもしれないんだしな」

 その影縛りにしても、自分が仕掛けた照明弾がなければ、あの女が使うことはなかっただろう。直哉のフォローは、その点で実際のところフォローになっていなかったが、静音はあえて指摘しなかった。

 彼がそこに気付いていながら言ったのかは分からないが、自分を気遣っての言葉だということくらいは、静音にも理解できたからだ。

「……そうだな。星川さんには、助けた後で改めて謝ろうと思う」

「ああ。何にせよ、助けてからの話だ」

「ありがとう。少し気が楽になった」

 僅かな笑みを浮かべて、静音は言う。バックミラー越しに見える、直哉の顔に向けてだった。

 鏡の中の静音と目が合った直哉は、一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、すぐに目をそらした。

「?」

 怪訝な顔をする静音。直哉は気まずそうに咳払いをして、

「そろそろ宮崎県だ。今の連中の位置も確認したいし、望月を起こしてくれ」

「分かった」

 頷き、静音は隣の沙耶を起こしにかかった。


 木々のざわめきと、小鳥のさえずりが高千穂神社の境内に流れていた。

 その平和な雰囲気とは裏腹に、厳しい顔のスーツ姿の男たちがそこらかしこに立って、剣呑な雰囲気を漂わせている。神社は今や、スーツの男たちに占拠されていた。

 神社の本殿から少し離れた場所に、大きなつくりの建物があった。神楽殿というその建物は、観光客向けの夜神楽が毎夜催される為、大人数を収容できる広さがある。

 その神楽殿の大広間に、制服姿の男女十二人が座らされていた。目隠しをされ、両手足を縛られている。昨晩、ロウを迎え撃った男も同様に縛られ、端に転がされていた。

 建物の柱には符が貼り付けられており、地面には正八角形の陣が描かれている。陣の中には様々な漢字が記されていた。

 ロウは腕を組み、それらを眺めていた。

「リーたちは?」

 傍にいたスーツの男にたずねる。

「あと一時間ほどで到着するかと」

「そうか。そろそろ下準備を始めておけ」

「了解しました」

 去ろうとする男にロウがさらに声を掛けた。

「それと、警戒は怠るな。神社本庁の人間が現れるかもしれん」

「はい」

 男の足音が遠ざかっていく。それを聞きながら、ロウは地面に横たわる男を見た。

 恐らく、この男は高千穂神社の管理者ではなく、神社本庁から派遣された人間だろう。

 そして今のところ、神社本庁は自分の目的を把握してはいないようだった。もしそうであれば、もっと強力な術者や武人を大量によこしたはずだ。

 しかし、送った人間からの連絡が無いとなると、さすがに神社本庁も不審に思うだろう。もっと多くの人間を送ってくるか、警察などに協力を求めるか──

 後者をとる可能性は低いだろう。神社本庁はとにかく、自力で収集をつけたがる組織だった。けして警察組織と不仲というわけでないが、己の領域で起きたことに関しては、ことさら助力を拒む傾向がある。

 光怜高校での誘拐がいい例だ。もし彼らが警察と共同で捜査や防犯対策をとっていたら、ここまでスムーズにことは運ばなかっただろう。

 こういった際に神社本庁が送る要員は、大抵が能力者や武術に長けた人間だ。昨晩、あっさりと倒してのけたように見えるこの男も、その実かなりの腕だった。スーツの男たちでは相手にならないだろう。リーたちが到着する前にまた来るようであれば、自分が対応しなければならない。

 そこに、男たちがビニールシートのようなものや、細い金属製のパイプなどを持って室内に入ってきた。座らされている生徒の周りにそれらを置いていく。

 その作業を眺めていたロウはふと、天井を見上げた。何かの気配を感じたのだ。

「どうかしましたか」

 作業をしていた男の内の一人が、ロウに声をかける。

 集中して気配をさぐるが、何も引っかかるものはなかった。

「……いや、何でもない。小鳥か何かだろう。作業を続けておけ」

 そう言って、ロウは建物を出た。


 高千穂神社に車が到着したのは、それからきっちり一時間経ってからだった。

 出迎えたロウに、リーとゴウは拳をもう一方の手で包む中国の礼、拱手をする。

「遅くなりました。最後の一人です」

 後部座席のドアが開かれると、そこには光怜高校の女子生徒が一人、横たわっていた。

「ご苦労だった。少し休むといい」

 ロウが言うと、リーは意外な顔をした。

「儀式はすぐに行わないのですか?」

「昨日今日と、この神社にいて分かったのだがな。どうも日中は儀式にそぐわないようだ。夜神楽がさかんに行われているのが、影響しているのかもしれんな」

 高千穂では夜に行う神楽、夜神楽が冬に行われる。

 これは各集落で独自に夜通し舞われる神楽であり、今の時期はとり行われてはいない。

 しかし、高千穂神社では毎夜観光客向けに、夜神楽の全三十三番の内、四つが舞われている。これらの影響か、日中と夜とでは境内に満ちる霊気、神気の質とでもいうものが、はっきりと違っていた。

「なるほど。では娘を儀式の場まで運んでおきます。──ゴウ、お願い」

 ゴウが頷き、女子生徒を担ぎ上げた。

「こちらです」

 スーツの男の先導について、参道をゴウが進んでいった。

「それから、神社本庁の人間が様子を見に来るかもしれん。二人とも、少し休んだら警戒にあたれ」

「了解しました」

「まだ奴らは我々の目的に気付いてはいないようだ。だが既に本庁の人間が一人送られてきている。それはわたしが対処したが、次は何人送られてくるか分からん。注意しろ」

「はっ」

 ロウとリーが参道の階段を登っていく。時刻は昼に差しかかろうかという頃だった。


「……だってよ」

 高千穂神社から二〇〇メートルほど離れた道路の路肩。そこに一台の車が停車していた。腕を組み、そう呟いた昂の隣で、直哉はハンドルに両手を置き、考え込んでいた。

 光の乗った車の位置を特定できたのは、高速道路を降りてしばらくした頃だった。大方の予想通り、GPSの位置情報は高千穂神社の近くを示していた。

 恐らく信号待ちで一旦停止した際に、GPSが捕捉したのだろう。目一杯高速を飛ばしてきたおかげか、両者の距離は大分縮まっており、彼らの車が高千穂神社に着いた頃には直哉たちの車もすぐ近くまで迫っていた。

「しかし、よく電池が持ったな、その盗聴器」

 昂が改めて感心したように言う。沙耶が仕掛けた盗聴器は、誘拐犯たちが落ち合った際の会話を、鮮明に直哉たちへと届けていた。

「あの盗聴器は、受信してるアプリからの応答が途切れると、待機状態に移行するようになってるからね。今はアプリからの発信に応えて盗聴音声を出してるけど、待機状態なら何日かは持つよ」

「おかげで少しは状況が分かった。確実じゃないが、能力者は三人だろうな」

「なんで分かるんだ? 他にも何人か居たっぽいぞ」

 直哉の言葉に昂が疑問を挟む。

「会話の内容からして、あいつらを出迎えたのが望月の言ってた武林出身のやつだろう。そいつが直接、神社本庁の人間に対処したってことは、他に本庁の人間とやりあえるような奴がいないってことじゃないのか」

「確かに、そう考えるのが自然だな」

 静音も直哉の考えに同調する。

「じゃあ、どうする? こっちは四人だし、数の上では有利だけど」

 沙耶が携帯電話をしまいながら言った。

「いや、光たちはまだしばらくは無事って分かったんだし、じっくり作戦を練るべきだと思うぜ」

「もう少し状況が知りたいな……」

 昂に続けて直哉がそう呟くと、沙耶が手を小さく上げて、

「わたし、偵察してこようか?」

 三人が一斉に沙耶を見た。

「偵察って……危険じゃないか?」

 昂が言うと、沙耶は胸を反らして、

「危険も何も、わたしの本職は偵察、諜報だよ。見つかるようなヘマはしないって」

「お前、直哉にあっさり見つかってたじゃねーか……」

 じと目で昂は沙耶を見た。

「あ、あれは相手がみんなだったから、気が緩んでたというか……」

 ごにょごにょと下を見ていいわけをする沙耶。

「見つからない自信はあるのか?」

 直哉は沙耶を見た。

「……あるよ。絶対に見つからないで戻ってくる」

 沙耶も直哉の目を見て返す。

「じゃあ、頼む。星川さんたちが捕まってる場所は、必ず確認してきてくれ」

「分かった。まかせて」

 沙耶が車外へと出る。彼女はそのまま神社の方へと走り去った。

「大丈夫かね、あいつ……」

 昂はまだ心配げな様子だった。

「多分、平気だろ。俺は三日間校舎で張り込んでたけど、あいつの存在には気付かなかった。あの時気配が漏れてたのは、本当に望月の気が緩んでたからなんだろう」

「本人が平気だと言うなら、信じて待つしかないな」

 直哉も静音も、あまり心配する様子はない。

「まぁ確かに、待つしかないんだけどな」

 昂は窓枠にひじを乗せ、頬杖をついた。

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