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ソウルブレイダー  作者: けすと
第三章 追撃
17/31

4

 高千穂神社は夜の静寂に包まれていた。

 神社本殿へと続く、参道階段に面した国道に、数台の車が止まる。

 それぞれの車からスーツ姿の男が降りてくる。いずれも、がっちりとした体格の男だった。もの言わずとも、その風貌だけで威圧感をあたりに漂わせている。明らかに一般人ではなかった。

 一人が最後尾の車に近づき、後部座席のドアを開ける。すると、中国にある道士服に身を包んだ男が降りてきた。外に立ち、周りを見回してから、

「リーたちはいつごろ着く?」

「もうこちらへ向かっているそうです。恐らく明日の昼前には到着するかと」

 スーツの男が答える。

「そうか。ではこちらの準備も始めよう」

 道士服の男は階段を登り始めた。男たちもそれにならう。

 階段を登りきると、本殿が見えてきた。

「楔は持ってきているか」

 道士服の男が問うと、

「用意してあります」

 スーツの男は、長さ一メートルほどの、細長い鉄製の杭を数本取り出した。

「そのまま少し持っていろ」

 そう言って、道士服の男は四角形の板のようなものを手に持った。

 正確には四角形の四方の角をそぎ落とした、正八角形に近い形状のものだった。板の表面は中央から角へ放射状に伸びた線で区切られており、その中でさらに細かく区切られた部位に漢字が記されている。中国の占術に用いられる、遁甲盤だった。

 道士服の男はそれを見ながら、境内を少しの間歩いた。ややあって、男は足を止める。

「楔を」

 言われて、スーツの男が鉄の杭を道士服の男へ渡そうとしたところで、

「貴様ら、何をしている」

 闇に支配された境内に、男性の声が響き渡った。

 男たちが声のした方を見る。そこには、初老ほどの白袴をはいた男性が立っていた。

 白髪まじりの髪を後ろへなでつけ、日焼けした顔には険しい表情が浮かんでいる。

 この神社の関係者と思われた。

「これはすいません、こんな時間ではありますが、参拝を希望してまして」

 道士服の男が柔和な笑みを浮かべた。

 神社関係者と思われる男は、黙って男たちを見回し、

「見え透いた嘘はやめるのだな。貴様ら、阿蘇の霜宮神社に侵入した輩だな」

「……一体何の話でしょう。わたしたちはただ、参拝を──」

「阿蘇神社から、既に連絡がきている」

 道士服の男の話を遮って、白袴の男が言った。

「霜宮神社を不振な男たちが荒らしていった、と。そして境内に不気味な鉄の杭のようなものが、いくつも刺さっていたとも聞いた」

「…………」

「そこの男も杭を持っているな」

 男は、スーツ姿の男が手に持っていた杭を見た。

「ふふ、動きの鈍い組織だと思っていましたが、今回は迅速だったようですね」

 観念したのか、道士服の男は取り繕うのをやめたようだった。

「神域を荒らす不逞の輩め。何の目的で杭など打った」

「少しばかり、因果を作る必要がありまして。何分わたしにも、霜宮とこちら、どちらが本命なのか判断がつきかねたものですから」

「……。何か杭にまじないを仕掛けたな」

 それを聞いた道士服の男は愉快そうに笑った。

「おや、抜こうとしたのですか。それはいけない。仰ったとおり、少し性質の悪いまじないをかけてあります。素人が無理に抜けば、命に関わるでしょうな」


 霜宮神社での騒動について、総本社である阿蘇神社から連絡があったのはつい先ほどだった。明らかに一般人ではない男たちが、制止する地元の住人や神社関係者に手荒な真似をした上、境内に鉄杭を打ち込んでいったという。さらに男たちが残していった鉄杭を抜こうとすると、激しい頭痛と嘔吐感に襲われ、誰も触ることが出来ないらしい。

 火焚殿とよばれる施設の周りに、特に多くの杭が打ち込まれていたのを発見した霜宮と阿蘇神社の人間は、彼らが単なる社殿荒らしではないと判断し、すぐさま神社本庁へ連絡したのだった。

 既に高千穂神社の関係者の避難は済んでいる。白袴を履いたこの男は、神社本庁から派遣された要員だった。

 名を田所といった。

 田所は高千穂神社ほか、数箇所の神社を担当している。九州は霊的に安定していることもあり、荒事に対応する為の要員は少ない。田所にとっても、久方ぶりの出動だった。

「即刻に去れ。さもなければ、死なぬ程度に痛めつけ、叩き出す」

 田所の手には、細長い木の棒が握られている。それをみて、道士服の男は、ほう、と息を漏らした。

「棒術ですか。なるほど、そういえばこちらの神社は、戸田流の棒術を奉納しているのでしたね」

 感心した様子の道士服の男に、スーツの男が近寄った。

「ロウさん。始末しますか」

 懐に手をやって、耳打ちする。

「……無粋なものを出すな。わたしが相手する」

 不機嫌な顔になって、ロウと呼ばれた男が言った。

 改めて、ロウは田所を見た。

「わたしの部下にも、棒術を使う男がいましてね。この場にいれば、相手をさせたのですが」

 ロウが腕を横に振るう。すその広がった袖から鞘に入った直剣が出でて、ロウの手に握られた。

「代わりにわたしが、相手をつとめさせてもらいます」

 田所が棒を構える。

 ロウは構えらしい構えはとらず、相手を正面に捉え、立っているのみだった。

 剣を鞘から抜こうともせず、刀身の根元あたりを鞘の上から握っている。

「どこからでもどうぞ」

「…………」

 田所が動いた。その老齢からは想像もつかない、すばらしい速さの突きを放つ。

 ロウは半身になり、鞘に入ったままの直剣で突きをいなした。同時に前へと出る。疾風のような踏み込みで、長大な棒の間合いが一瞬で侵略される。

 懐に入ったロウを打つべく、田所は咄嗟に棒をひるがえした。かち上げるように棒の後端を振り上げる。しかしそれよりも早く、直剣を握ったままのロウの拳が、彼のみぞおちへと触れ──

 瞬間、衝撃音が境内に響き渡った。ロウを中心として、土煙が円状に巻き上がる。

「ぐ……」

 田所の胴を、凄まじい衝撃が貫いていた。呼吸ができなくなり、意識が一瞬で遠ざかる。彼はロウとすれ違うように、地面へと倒れ込んだ。

 

 倒れ伏す男を見送ったロウに、スーツの男たちが駆け寄った。

「殺しておきますか」

「いや、殺すと始末が面倒だ。念入りに縛って、そこらに転がしておけ」

 指示に従って、男たちが田所を運んでいく。ロウは別の男を呼んだ。

「さらっていた子供たちを運ばせろ。リーたちが着き次第、準備を始める」

「分かりました」

 男は携帯電話でどこかと連絡を取りつつ、車が止めてある下の道路へと足早に去った。

「楔を」

 鉄の杭を持った男がロウの元へ来る。

「これで因果の道は出来る。……いよいよだ」

 そう言って、ロウは杭を深々と地面へ突き刺した。

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