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直哉たちは場所を校舎の外へと移した。
GPSで誘拐犯の場所を特定する試みは失敗に終わった。対象が高速で移動しているせいだ。落胆する直哉たちだったが、沙耶の携帯に入った盗聴用アプリが、電波が圏外になるまでの会話を自動録音していた。聴いてみると、交された会話の中で犯人の目的地が挙がっていた。
「高千穂神社か。宮崎県だな」
静音が呟く。直哉たちは彼女の顔を見た。
「斉木さん、よく知ってるな」
昂が素直に感心した様子で言った。
「高千穂神社と言ったら、かなり有名だ。天孫降臨の地でもあるし……むしろ、この学校の生徒なのに知らないことに驚いたぞ……」
じと目で昂と沙耶を見る静音。
「いやー……面目ない」
昂と沙耶は苦笑いを浮かべた。
他宗派の能力者を取り込んだとはいえ、光怜高校はまがりなりにも神社本庁によって設立された学校だ。当然、日本史に関してはかなり詳しいところまで授業で取り上げられる。この学校の生徒であれば、知っているはずの知識なのだろう。
「宮崎か……やっぱり車じゃないときついな」
考え込むようにしながら直哉が言った。
「タクシーでも使うか?」
「いや、うちの車を使う」
昂の提案に対し、直哉が答えた。
「ああ、お前んちの車ね……って、誰が運転するんだよっ」
「俺だけど」
当然のように答える。
「お前、実は年上とかやめてくれよ……」
嫌そうな顔で昂が言った。普通免許を持てるのは十八歳からだ。そして高校二年生の年齢は十六歳もしくは十七歳。つまり、運転できるということは本来の年齢はもっと上ということになる。
「いや、学年は年齢通りだよ。俺は今年で十七歳だ」
「じゃあどうやって免許取ったんだお前は。無免許とか御免だぞ」
「普通に」
「普通に?」
「偽造した」
「…………」
直哉は財布の中から免許証を出して見せた。
「照会されても問題ない。年齢は一つサバよんでるけど」
「……運転技術の方は大丈夫なんだろうな?」
呆れた様子で昂がたずねる。
「運転し始めた頃から免許持ってたら、多分ゴールドになってるぞ」
「どんだけガキの頃から運転してるんだお前は……」
「ともかく、俺は一旦家に車を取りに戻る。急げば十分もかからないし、みんなはここで待っててくれ」
それを聞いて、慌てたように沙耶が、
「ちょ、ちょっと待って。みんなそこに行くつもりなの?」
「もちろん」
「当然だろ」
直哉も昂も即答だった。
「姉のこともあるし、星川さんに関してはわたしの責任だ。当然行くぞ」
静音も頷いた。
「えっと……場所も分かったんだし、あとはわたしたちに任せてくれないかな……? 今から連絡して、乗り込む為の人員を編成して貰うからさ」
沙耶は上目遣いで三人を見て言った。
つまり、ここから先はついてくるな、と言いたいのだろう。
沙耶が本来は言えない部分の情報まで教えてくれている、ということはみな理解していた。彼女の立場からしてみれば、様々な規則に違反する行為だっただろう。
「情報を教えてくれたのには感謝してる。でも、あの女の言葉が事実なら、一刻を争うんだ。こう言っちゃなんだが……望月の組織がすぐに行動に移るとは思えない」
直哉の言葉を聞いて、ふふん、と沙耶は鼻を鳴らした。
「自分で言うのもなんだけど、わたしみたいなのを雇ってるところだよ? ある意味いい加減だけど、こういう時のフレキシブルさはそこらのお役所とはわけが違うよ」
ちょっと待っててね、と言って沙耶は直哉たちから少し離れた。
「……なぁ。望月には悪いけど、場所も分かったんだし、もう向かうべきじゃないのか」
昂が言った。沙耶は向こうで、機関と連絡を取っているようだった。
「いや……あいつらの仲間が他に何人いるのかも分からない以上、望月の機関がすぐに動けるんだったら、それに同調するべきかもしれない」
こちらは三人しかいない。静音の能力も相手に知られている。その上、相手の人数も分からないのだ。
「だが、それを待っていたせいで手遅れになったら?」
静音が言う。直哉もそれが一番気がかりだった。
すぐにあなたたちを追うことになる──誘拐犯の女が、静音の問いに対し言った言葉だ。時間に余裕が無いのは明らかだった。
彼らが何の目的で生徒を誘拐していたのかは未だ分からないが、その目的を達成するにあたって、生徒たちの命が奪われるのは間違いないらしい。
「望月のところがすぐに動けないようなら、俺たちだけで行こう」
「あいつを疑うわけじゃないけど、ほんとにその機関とやらは信頼できるのかね……」
昂の言葉に静音が頷く。
「そうだな。望月を信じるのと、その機関の人間を信じるのはまた別だ」
「わざわざこういうことの為に作られた部署って話だ。頼りにしてもいいかもしれない」
直哉がそう言ったところで、突然大きな声が響いた。
「わたしたちの案件じゃなくなったって、どういうこと!?」
直哉たちは驚いて、沙耶を見る。
興奮した様子で、沙耶が携帯電話に喋っている。離れた直哉たちの所まで聞こえてくるほどの大きな声だ。
「──神経ガス? それとどういう関係が……」
沙耶は電話の向こうの相手に、必死に抗弁していた。
「でも、相手は能力者ですよ!? 拳銃程度の装備じゃとても……」
なおもやりとりを続ける沙耶。その顔には焦りの表情が浮かんでいた。
「……はい。……はい。分かりました。でも、わたしは納得できません」
口調が落ち着いてくる。
それから少しの間沙耶は話していたが、やがて通話を切り三人の所へ戻ってきた。
「わたしの部署は、この案件から外されることになったみたい」
明らかに納得のいっていない様子で沙耶が言った。
「外されることにって……実際人がさらわれてんのに、何もしないのかよ?」
昂の言葉に憮然として沙耶が答える。
「別の部署の担当案件になったの。わたしたちは『第二』って呼んでるんだけど。霊とかオカルトまがいの事じゃなくて、テロ活動とか表の世界の案件を担当してる部署ね」
「何故その部署の担当に?」
静音が問う。
「なんでも、海外から国内に神経ガスが持ち込まれた形跡があったんだって。『第二』が追ってたんだけど、さっき言った中国系の能力者と、それが繋がったとか」
「星川さんを攫った奴らか」
直哉の言葉に沙耶が頷いた。
「それで、神経ガスみたいな、大惨事を招きかねない案件は『第二』の仕事だ、ってことで交代。わたしはあいつらの場所だけ伝えて、あとは待機してろってさ」
それを聞いて、昂が拳を手のひらに打ち付けた。
「それじゃ決まりだな。望月のところと関係ないなら、俺たちは俺たちで勝手に高千穂神社に向かう」
「ああ。俺は車を取ってくるから、皆はここで──」
「待って」
直哉の言葉を遮って沙耶が言った。
「わたしも行く」
「行くって、お前は待機しろって言われてるんだろ?」
「わたしは納得いってないの!」
昂の指摘に、沙耶は不機嫌そうな顔で答えた。
「そもそも公安ってのは警察じゃないから、大した武器は持ってない。警察への協力要請はしてるだろうけど、『第二』の連中は能力者相手のノウハウが無いから、同行する警察も、拳銃程度しか用意していかないだろうし」
「何人くらい送るつもりなんだ?」
直哉の問いに、沙耶はしかめっ面で、
「……多分、せいぜい七、八人」
彼女の答えを聞いて直哉は愕然とした。
「拳銃程度の武装でたったそれだけ……? バカげてる、複数の能力者相手だぞ」
もちろん拳銃が弱いわけではない。拳銃弾を止められる能力者などそうはいないし、ライフル弾などに至っては、防ぎきることの出来る能力者はごくわずかである。
だがそれは、撃った銃弾があたった時の話だ。能力者にしてみれば、相手が構え、狙い、撃つのをわざわざ待つ義理もない。誘拐犯の女ならば、ひと睨みするだけで済む。
銃で能力者を制圧するのなら、相手の能力が及ばない距離から撃つのがベストなのだ。少人数ならなおさらである。せめてサブマシンガンか、アサルトライフル。理想を言えば狙撃銃だ。拳銃では狙ってあてられる距離などたかがしれているし、精度も低い。
「だからわたしも行くって言ってるの。そんなんじゃ光を任せられないし、いけ好かない連中だけど、同じ機関の同僚が皆殺しにされるかもしれないのを、放っておくわけにもいかないし」
「まぁ、そういうことなら俺は反対しない。むしろ助かるくらいだ」
沙耶も裏の世界に身を置く人間だ。少なくとも、足手まといにはならないだろう。
「じゃあ、車を取ってくる。迎えはここでいいか?」
「うん。十分後くらいにここ集合ってことね」
沙耶が頷く。
「俺はその間に、ちょっと寮に戻って準備してくるわ。近いから間に合うだろうし」
昂が言った。
「分かった。斉木は準備とか平気なのか?」
「わたしも問題ない。そもそも犯人を捕らえようと校舎に残っていたんだ。準備は済ませている」
「念の為、みんなの携帯の番号を教えてくれ」
直哉たちは互いの番号を交換した。
「斉木さんの番号教えてもらっちゃったよ……これ知ってる男子、学校で俺一人じゃね?」
その言葉に、じろりと昂を睨む沙耶。
「何馬鹿なこと言ってんの……直哉君もでしょ」
「そういやそうだな」
そう言って、昂は直哉の携帯電話を見た。当の直哉は大した感慨もなさげにぱたん、と携帯電話を折り畳むと、足早にその場を離れるのだった。