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ソウルブレイダー  作者: けすと
第二章 異能者
13/31

5

「ぐ……っ」

 誘拐犯が去ってから三分ほど後。直哉は苦痛をこらえながらも身を起こした。

 手で右わき腹を触る。男の一撃は肝臓を狙ったものだった。幸い内臓破裂までには至らなかったが、まともに打ち抜かれたことによって完全に行動不能になってしまった。

 腹筋や内功の鍛錬で内臓への衝撃を和らげることは可能だが、まともに攻撃が徹ってしまえばその苦痛はこらえようがない。金的と似たようなものだ。

(あと少しだったってのに……)

 苦い敗北感が直哉の胸中を占めていた。もう誘拐犯に追いつくのは無理だろう。こうならずに済むためのチャンスはいくつもあった。せめて、影縫いだけでも看破できていれば……。

 廊下の奥へと目を向ける。

 そこには瞳術にかかったまま立ち尽くす、静音の後姿があった。

 立ち上がり、後ろへと近づく。静音の両肩に手を置くと、体内の気脈が乱れに乱れているのが分かった。それによって神経活動が阻害され、全身が麻痺している。

 直哉は僅かに顔を顰めた。触りもせずに、他人の気脈をここまで乱すとは。だが、女の気の扱い自体はそう大したものでもなかった。何しろ、こちらから気を強く押し返しただけで、目を負傷するほどだ。

 恐らく女の瞳術単体では、人間を麻痺させるまでの力はないのだろう。そこに気を組み合わせ、相乗効果を得ることで金縛りを引き起こしているのだ。

「ちょっと待ってろ」

 直接身体に触れることで静音の気へと干渉し、その流れを正してやる。気の流れが正常に戻ると、静音の全身の硬直が解けるのが分かった。

「うっ……」

 まだ麻痺の余韻が残っているのだろうか。静音は膝を折り、地面に両手を着いた。そしてそのまま動かなくなる。

 また何か言われるのでは、と直哉は身構えていたが、彼女は何も言わなかった。

 肩が震えているのが見える。怒りからか、それとも屈辱か。

 いや、違う。恐らくは自分と同じ、敗北感に近いものだろう。ましてや肉親をさらわれているのだ。その犯人をむざむざと逃がしてしまった、彼女の後悔や自責の念はいかほどだろうか。

 かける言葉も見つからないまま、直哉が口を開きかけた時だった。

 誰かの階段を駆け上る足音。すぐに反応し、木刀を構え階段の方向へ向き直る。

 足音の主が階段から廊下へと姿を現す。それは男だった。この学校の制服姿で、相当急いだのか息が弾んでいる。

「何……してんだ? 二人とも」

 呆然とした様子で二人に声を掛けたのは、昂だった。

「昂か」

 力なく呟く。昂に合わせる顔が無いのか、視界の端で静音が俯くのが見えた。

「うお、なんだこりゃ……ガス爆発でもあったのか?」

 廊下の異様な様子に驚くも、昂はすぐに我に返って尋ねた。

「そうだ、光を見なかったか!? 教室に忘れ物を取りに戻って来たはずなんだ。そしたら爆発みたいな音が聞こえて、慌てて見に来たんだけど」

「…………」

 わずかな沈黙があった。ややあって、直哉が口を開く。

「星川さんは──」

 

        ◆

 

 誘拐犯たちの乗る車は、街灯のろくにない道を走っていた。右も左も、鬱蒼とした暗い茂みが続いている。山を迂回し、隣の市へと向かうルートではあるが、実質、途中にある光怜高校に用事のある人間しか使わない車道だった。

「最初っから全部こうやって運べば楽だったのよ」

 後部座席に座っていたリーが言った。

 その隣には、先ほど誘拐してきた光が横たわっている。

 針術で奪われた意識は、経穴に潜り込んだ短い針を抜かない限り、ちょっとやそっとでは戻りはしない。その為、光の身体はロープなどで縛られてはいなかった。

「この道は、あの高校に用のある人間しかほぼ使っていない。自然、足がつきやすくなる。今日使ったのはこれが最後だからだ」

 助手席の男が言った。巨岩の如き身体を、窮屈そうに椅子に収めている。

 組んだ腕の片方には、斜めにしてやっと車に入る長さの金属製の棍が握られていた。

「それは分かってるわ、ゴウ。でも、あの山の中を人一人担いで、町まで行く苦労を考えてみなさいよ」

「……担いでいたのは俺だがな」

 フン、と鼻息を鳴らしてリーは黙った。

 夜になるまで校舎で待ってから、徒歩で山中を通って町まで運び、人気の無い道端で車で来た部下へ受け渡す。これまでに誘拐した生徒は、この手順で運んでいた。

 いくら警察が手を出せないといっても、神社本庁と警察は協力関係にある。毎回車で学校まで迎えに来させていては、いつ足がつくか分かったものではない。

 今日、最後に車を使ったのは、例えここから足が付いたとしても、彼らの手が自分たちに及ぶ頃には、事は全て終わっているはずだからだ。

 しばらく走ると、車は曲がりくねった道を抜け、町へと入った。

 流れる景色を眺めながら、ゴウは校舎での事を思い返す。とりわけ思い出されるのは、ほんの一瞬対峙しただけの、木刀を持った男子生徒だった。

 ──末恐ろしい。そう思った。

 ゴウは学校を去る間際、彼の影に刺さった針が、地面の中から何かに押し上げられているかのように、じりじりとせり上がっているのを見ていた。

 どのようにしてか、あの男子生徒は自力で影縫いを破りかけていたのだ。

 咄嗟にその男子の腹を突いた棍の感触が、まだ手に残っている。

 殺すつもりの突きだった。死体が残れば面倒なことになるだろうが、自力で影縫いを破るような人間と戦うことを考えたら些細なことだ。

 それを男子生徒の内功が防いだ。突いた瞬間の、腹筋と体内の勁による反発の感触。ゴウは一度の突きでその内功の練り、強度をたちどころに理解していた。

 年に見合わぬ、見事な功夫だった。恐らくは、自分と同じく生粋の武術家だろう。

 そして、影縫いへの対処。

 武術が術に劣ることなどない、という師の言葉を、ゴウは不意に思い出していた。

 仙気や霊気、妖気、魔力、験力……国や宗派によって様々に呼ばれるそれらの力は、もとを正せば武術家の言うところの気が源だ。

 術者は生命の力そのものである気を、修練を通じて己の術体系に合った気へと変換するすべを学ぶ。そうして変換された気を霊気や魔力などと呼んでいるのだ。

 一部の例外を除き、一旦他の力に変換されてしまった気は不可逆であり、元の気とはもはや別物だ。その分、則した術に用いれば複雑な事象を引き起こすことができる。

 人を殺めるほどの呪詛をかけたり、巨大な火球を作り出したり、雷を落としたり──

 そういった強力な術を目の当たりにし、武術の無力さを感じたゴウに、師が言った言葉が先ほどのものだった。

 気を気のままで扱う武術は、特定の事象を引き起こすことに特化した術よりも効率の面で大きく劣る。だが利点もある。あらゆる術に用いられる力の原形であるが故に、あらゆる術の作用に対し干渉することができるのだ。

 今となってはゴウ自身も、呪詛や術に対抗する技術をいくつか身につけているが、それにしても長い修練や経験を通じてやっと得たものだ。それをあの年で、解くのが困難とされる影縫いに対処してみせるとは……。

 だが、惜しいかな、彼が大成する未来は訪れない。この少女で贄は最後となる。儀式が終われば数日後には──

 ゴウが思いを巡らせていると、後ろのリーがあくびをして、

「これであの埃っぽい部屋ともおさらばね。ねえ、ラジオか何かつけてくれない?」

 運転席の男へ言った。

「あ、はい。……あれ?」

 男がいくら選局の設定を変えても、ラジオの音声に大きなノイズが入ってしまう。

「迎えに来る時は問題なかったんですが……」

 何度も設定を確認するも、依然ノイズ交じりの音声がスピーカーから流れた。

「……もういいわ。それで、高千穂神社までどれくらいかかるの?」

「ええ、大体ここからだと──」

 リーの質問に運転手の男が答える。

 そのやりとりを聞きながら、ゴウはヘッドレストに頭を預け、目を閉じた。


 直哉が一部始終を説明する間、昂は比較的落ち着いた様子で、黙って話を聞いていた。

 一通り話し終わると、昂が口を開いた。

「それで、そいつらはどこ行ったんだよ? 何で追いかけない?」

「もう、追いつくのは難しい。あいつらがここを離れて五分以上経ってる」

 難しい、と聞いた昂は口調を強めて、

「何であきらめてんだよ!? やってみなきゃ分からないだろ! 何処に逃げたか言えよ! 俺が今から追いかけて捕まえてやる!」

 昂が直哉の襟首を掴む。それでも直哉は昂を正面から見て、

「あいつらは、迎えの車が来ると言ってた。今からじゃ、追いつくのは無理だ」

「……っ!! やりもしないで、適当なこと言ってんなよ……っ」

 昂の手に力が込められる。すると、それまで黙っていた静音が口を開いた。

「わたしのせいだ……責めるならわたしを責めてくれ」

「……どういうことだよ?」

 直哉に詰め寄るのをやめて、昂が問う。

「わたしが来た時、彼は既に犯人の片方を取り押さえていた。それをわたしは、彼の方が犯人だと勘違いして邪魔してしまった。わたしが余計なことをしなければ……」

 そう言って、また静音は俯いた。

「……っ」

 彼女の姉がさらわれているのは、昂も知っているのだろう。改めて静音を責める気も沸かないようで、昂は激情を押さえ込むように黙った。

 そんな二人をおいて、直哉は階段の方へ歩き出した。

「おい、待てよ、どこ行くんだ」

 昂が後ろから声を掛ける。直哉は振り返り、

「言っておくけど、俺はあきらめたわけじゃないぞ。上の階にあいつらの手がかりがあるはずだ」

「手がかりって、ほんとか!?」

「ああ」

 直哉は頷いてから、静音を見た。彼女はいまだに地面にへたり込み、俯いている。

「何してるんだ」

 直哉の呼びかけに、静音が顔を上げる。

「家族がさらわれてるんだろう。そこでずっと、へたり込んでるつもりなのか」

「なっ……」

 静音の顔色が変わった。彼女は勢いよく立ち上がると、直哉を睨み、

「誰がへたり込んでなど……!」

「じゃあ、ついて来い。こっちだ」

 そう言うと、直哉は廊下を進み始めた。



「で、手がかりって何があるんだよ」

 四階へと向かう階段を登りながら、昂が直哉に言った。

「男の方の口ぶりだと気配か、物音か……そういったものを遮断する術を何階かで使ってたらしい。多分、四階だろう」

「なんで四階って分かるんだ?」

 続けての昂の質問に、後ろにいた静音が呟いた。

「そうか、被害者が三年生ばかりだったのは、術が四階にしか及ばないからか」

「多分な。術に使った物が残っていたら、そこから調べがつくかもしれない。回収している暇はなかった筈だ」

 昂はぽかん、として直哉を見た。

「編入生なのに、よく気付いたな」

 それは直哉を怪しんでの皮肉などではなく、純粋に感心しての言葉だった。

 それが分かるだけに、直哉は後ろ暗さを感じる。この際だから言ってしまうか──

 そう逡巡している時だった。

「……? 急に止まるなよ」

 階段の途中で急に立ち止まった直哉に、後ろの昂が訝しげに言う。

 直哉は何も答えず、しばらくそのまま宙を睨んでいたかと思うと、急に木刀を構えた。

「そこにいる奴、出て来い」

 しん、と静まり返った校舎に直哉の声が響いた。反応はない。

「誰かいるのか……?」

 昂が身構える。後ろの静音も、顔を険しくして周囲を警戒し始めた。

「出てこないんなら、今隠れた場所ごと斬る」

 そう言うと、直哉は切っ先を後ろにし、左脇に木刀を構えた。練り上げた気が手を通して、刀身を伝っていく。そのまま階段を登り、四階の廊下に着いた時、反応があった。

「ま……待って、待って!」

 声に続いて、どたばたと大きな物音がしてから、すぐ近くの教室の扉が開いた。

「お前……!」

 出てきた人物を見て、昂が呻くように声を上げた。

「あはは……ばれちゃったか」

 苦笑して頭を掻いていたのは──クラスメートの望月沙耶だった。

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