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ソウルブレイダー  作者: けすと
第二章 異能者
12/31

4

 静音が黒い洪水を放った直後、直哉は窓ガラスを叩き割り、波濤とすれ違うように窓の外へ飛び出していた。ガラスを割った音は、黒い洪水の出す音でかき消された。

 窓の外の、ほんの二十センチにも満たない清掃用の足場を駆け抜けた直哉は、窓枠に手を掛けてそこを支点とし、前へ進む勢いのままに再び校舎内へ飛び込んだのだった。

 完全に背後を取っていた。まだ静音は顔だけで体を反転しきれていない。

 飛び込みざま、打ち下ろすように逆袈裟に斬り込む。狙うは肩のやや下、上腕部あたり。頭部では打ち所が悪ければ殺してしまう。

 静音は振り向きながらも、左手を振り上げた。左手の通った軌跡上に、影が弧を描きながら現れ始める。それはちょうど直哉の打ち下ろしを防ぐ位置だった。

(それごとぶち抜く……!)

 渾身の力で木刀を振り下ろす。落雷のような轟音が響き渡り、大気が震えた。

 衝撃の余波で、廊下一面の窓ガラスが粉々になって外へ吹き飛ぶ。

「っ……!」

 直哉の一太刀は、静音の左手と繋がった、弧を描く影に阻まれていた。

 いくら押し込んでもびくともしない。一方で、静音の腕に物理的な負荷は掛かっているようには見えない。腕力で支えられているのではなく、術で空中に固定されているらしかった。

 渾身の太刀を止められたこと以上に、直哉は静音の反応に驚いていた。

 背後からの奇襲に対する反応の速さと、今の一撃を止められるだけの力を込めた術を瞬時に展開する技量……。

 あの一瞬で、直哉の放つ一撃がそれまでの影の強度では耐えられないと判断し、より強度の高い影を構築したのだろう。事実、今まで放ってきた影程度の強度であれば、難なく突き破れるだけの気を伴った斬撃だった。

 数日前に対峙した蛇沼のような、能力の強さにかまけて碌に鍛錬をしていないタイプではない。確かな体術に裏打ちされた動きだ。

 相当力を消費したのだろうか、静音の顔には汗が浮かんでいた。

「──くっ!」

 顔をしかめるようにして、静音がさらに力を行使する。

 影とつばぜり合いになっていた直哉の足元から、鋭利な三角形の影の刃が、串刺しにする勢いで生えた。

 それらを身を捩って避け、飛び退くと、直哉は急に振り向き、静音へ背中を見せた。

「──?」

 意図が分からずか、背後の静音から戸惑う気配が届く。遅れて澄んだ金属音が響くと、直哉の足元に、僅かに光を反射する針が数本転がった。

 彼が振り向きざまに、木刀で叩き落したのだ。

「残念だったな」

 振り返った直哉の正面に、しゃがんだまま針を投げた姿の女がいた。ようやく視力が回復し、まずは術の通じない直哉を不意打ちで倒そうとしたのだろう。

「背後のあんたに注意を払っていないわけ無いだろう。……これで分かっただろ。星川さんを攫おうとしたのはこいつだ」

 直哉は後ろの静音を肩越しに見ようとして、そこで初めて気付いた。

「な……」

 体が動かなかった。体内に気の乱れはない。術は掛けられていない筈だった。

 別の術を掛けられたのだろうか。

 だが、いつ術に掛かったのかが、直哉には分からなかった。

「まったく、好き勝手やってくれたわね……その術は簡単にはとけないわよ」

 女が立ち上がる。

「見ての通り、せっかく信じてくれたのに悪いけど、わたしが犯人なのよね」

 直哉の後ろに立っている静音を見て、女が肩をすくめる。

「おい……! 早くこいつを──」

 直哉は叫んだ。幸いにも最初にかけられた瞳術と違い、喋ることはできるらしい。

「ふふ、無理よ。そこのお嬢さんも、もう掛かってる」

 女の言葉通り、後ろの静音に動く気配はない。

「あなたも影使いなら分かるでしょう? 例え影使いであっても、この術に一度かかったら自力で抜けるのは容易じゃない……むしろ影使いだからこそ、余計に深くかかる」

 それを聞いて、直哉は地面に目をやった。

 そこには打ち落とした針とは別に、自分の影に刺さっている一本の針があった。

 影縫い──文字通り、影を針などで地面に縫い止めることで、影の本体である人間の動きまで止める術だ。

 背後から直哉に投げた複数の針は囮で、足元へのこの一本の針こそが本命だったのだろう。直哉は自身に命中する軌道の針だけを打ち落として、そのままでも当たらない針は意識の外に置いてしまっていた。単に複数投げた針の内の、牽制か投げ損じだろうとしか思わなかったのだ。

(何をやってるんだ、俺は……っ)

 あっさりと術にかかってしまった自分が嫌になる。動こうと身体に力を入れてみても、気などとは違う、別体系の術理の力で体が動かないのが分かった。

「この暗さじゃ使えないと思ってたけど、あなたのおかげね」

 女は窓から、夜空に浮かぶ照明弾を見上げた後、直哉の後ろにいるであろう静音に対し笑みを浮かべた。

 静音の反応はない。それを気にした様子もなく、女が歩み寄ってくる。

「さて、三人も捕まえたわけだけれど、正直もう一人で十分なのよね。ここももう引き払うし、あなたとそこのお嬢さんには後腐れなく死んでもらおうかしら」

 そう言って、針を取り出す。

「あなたには痛い目に合わされたから……同じ目を見てもらうのもいいわね」

 女は能面のような、感情を伴わない笑顔で針を直哉の目に近づけた。

「待て、一つ聞かせて欲しい」

 それまで黙っていた静音が口を開いた。

「今までにさらった人たちは、まだ生きているのか」

 女は手を止めて静音を少し見た後、答えた。

「そうね、ここで哀れにも死にゆくあなたたちに、せめてそれくらいは教えてあげようかしら。あの子たちはまだ生きているわ。体もまぁ、健康よ。ただ、すぐにあなたたちを追うことにはなるだろうけどね」

「そうか……。それなら今ここで、お前を殺すわけにはいかないな」

 背後の静音から、僅かな衣擦れの音と、身じろぎするような気配が伝わってくる。

 女はそれを見て、ぎょっとした。

「何故動けるの!?」

 見ずとも分かるほどに、静音が纏う異能の力の密度が濃密になっていく。

「二人とも勝手に勘違いしていたようだが、わたしは影使いなんかじゃない」

 静音の声は淡々としていた。

「わたしが操るのは闇。太極から生ずる両義が内の一極。それを操るわたしの影を、針一本で縫い止められるとでも?」

 静音の纏う闇から、手首ほどの太さをした細長い物体がいくつも生え、一斉に女に向かって伸びた。それはこれまでに放った槍のように硬質なものでも、液体状のものでもない、有機的なしなやかさを持った、闇の触手とでもいうべきものだった。

「くっ……!」

 距離を取ろうと飛び退る女。それよりも早く迫った闇が、女を絡め取った。

「ぐあっ」

 触手はそのまま女の体を地面へと押さえつける。

「顔をこっちに向けさせるな、そいつは瞳術を使うぞ!」

 叫ぶように警告する。

 静音は答えなかったが、触手が動き、女の顔を直哉たちとは反対の方向へと固定した。

「よし、俺の術も解いてくれ」

 さらに声をかける。静音は一瞥するも、そのまま横を通り過ぎて女の所へ向かった。

(それは無視すんのかよ……っ)

 直哉は顔を引きつらせた。

「悪いが、わたしは一刻も早く姉の居場所を知りたいんだ。お前の術は後で解く」

 直哉の方を見ずに、静音が言った。その言葉に直哉は反応する。

(姉……? 肉親がさらわれてるのか? でも、校長から受け取ったリストの中に、同じ名字の生徒はいなかったはず……)

 そこまで考えて、はっと我に返った。

「おい、誤解だって分かったんだから、先に解いてくれたっていいだろ! そいつだって、まだ手を隠してるかもしれないんだぞ!」

 納得がいかず、抗議する直哉。すると静音は振り向いて、直哉を睨んだ。

「うるさい、黙れ。変態」

「へっ、へん……ちょっと待ておい!」

 叫ぶ直哉を無視して、静音は女へと向き直り、

「これからわたしのする質問に三秒以内で答えろ。答えない場合は……まず指を一本ずつ折る」

 闇が細い紐のようになって、女の小指へと巻きついた。

 その見た目の細さと裏腹に強い力で、女の小指がぐっと上に持ち上がる。

 なおも直哉は叫んでいた。

「おい……! 聞いてるのかっ──よけろ!!」

「!」

 静音は反射的にその場から飛び退った。

 ほんの一瞬の差で静音がいた場所に、細長い棒のようなものが振り下ろされる。

 重く響く破壊音。廊下の地面に深々と亀裂が走る。

 その棒──正確には金属根──を振り下ろしたのは、二メートルを超える大男だった。

 ざんばらの髪と巌のように武骨な顔。全身に岩のような筋肉を纏っており、上半身の無地のシャツが筋肉ではちきれんばかりになっている。

 男が振り下ろした棍は、女を束縛する闇の触手全てを断ち切っていた。

「何故この階で事を起こしている、リー」

 男は静音と直哉に対し、油断なく棍を構えながら女を問いただした。

 静音は男を警戒してか、まだ闇は使わず様子を見ている。

「うるさいわね、あの方が至急と言ってからもう二日経ってるのよ。こうでもしないと捕まらないじゃない」

 リーと呼ばれた女は、起き上がりながらも、悪態をついた。

「だが、この階に遁甲陣は敷いていない」

 男は目の動きだけで周囲を見渡した。一面の窓ガラスは割れ、教室の壁や地面も至る所が砕け、壊れている。まるで戦場の廃校舎といった有様だった。

「派手に騒いだようだな。人が来る前に術を使え」

「ふん、言われなくたって──」

 リーが静音を見た。

「……っ! そいつを見るな!」

 直哉が言うも、

「もう遅いわ」

 冷たくリーが告げる。その瞬間、直哉はこの戦闘が敗北に終わったことを悟った。


「術が掛かってしまえば能力も使えないようね」

 少しの間をおいて、リーは安心したように言った。事実、静音の纏う闇は消えている。

「……どうした、この女を連れて行くのではないのか」

 失神していた光を肩に担ぎ上げ、男がリーに声を掛けた。

 リーが針を手に、再び近づいてくる。

 もはやその顔には余裕の笑みは無く、冷たい怒りの表情が貼りついている。

「今夜は散々だったわ。瞳術はこの坊やに破られ、影縫いはこの女にいとも容易く抜けられる。わたしの縛師としてのプライドはずたずたよ。殺しでもしないと気が済まない」

 女の針を握る手に、力が篭るのが見えた。明確な殺意が向けられてくる。

 それでも直哉は黙って、近づく女の顔を見ていた。

「残念だが、その時間はない。人の気配がここに近づいてきている。この騒ぎで異常に気付いた人間だろう」

 男の言葉に、リーはぎり、と歯軋りをした。

「……分かったわ。迎えの車はもう来ているはず。行きましょう」

 そう言って、リーは踵を返した。

 男の横を通り、階段へと向かっていく。男も後ろを追うべく、背を向ける。

 その際、男の視線が一瞬だけ直哉を捉えた。

「!」

 男の眼が驚愕に見開かれる。次の瞬間、彼の棍が直哉の腹に突き刺さっていた。

 約十メートル程の距離を一瞬で踏破する、雷の如き踏み込みだった。

「……っ!」

 声すら出せず吹き飛ぶ直哉。その三メートルほど前にいた静音に、男の通過した余波が突風となり、遅れて吹き付けた。

 一方リーは、光を担いだままいきなり突きを放った男を、ぽかんと見ていた。

「ちょっと、わたしにあんなこと言っておいて何してるの!?」

「いや……済まない。急ごう」

 納得のいかない様子でリーはしばし男を見るも、

「……わかったわ、行きましょう」

 何も聞かずにその場を去った。

 男が下への階段を降りる前にちら、と振り返るのが見える。影の位置が変わったことで影縫いは解けていたが、苦痛に悶えること以外、今の直哉にできることは無かった。

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