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ソウルブレイダー  作者: けすと
第二章 異能者
11/31

3

 階段から現れた静音は、その場をゆっくりと見回した。

 痛みにうずくまる女と、傍らに寝かされた光、そして直哉。光の姿が目に入ると、彼女は僅かに眉をひそめ、胸元から何かを取り出した。

 それは携帯電話だった。

 二つ折りとなっている本体を開き、一つのボタンを長押しする。

「……?」

 直哉が訝しむのと、校舎の外で小さな破裂音がしたのは同時だった。

 横の窓から突然光が差し込み、直哉は目を細めた。横目で見ると、まばゆい光の弾が校舎の周囲に打ち上がっているのが見えた。

(……照明弾? なんでそんなものが)

 光が窓から差し込み、はっきりとした陰影が廊下に描かれる。同時に、静音の足元に落ちる影が煙のように立ち上り、彼女の身体に纏いついた。さらにこちらに向けて手を差し出すと、そこから閃光のような黒い槍が打ち出される。

「!」

 直哉は後ろへ下がりながらも、自身に当たる軌道のものだけを木刀で切り払った。弾かれた槍は直哉の後方で、壁や天井を穿ち、破片を撒き散らす。

「影使いか……!」

 直哉の呟きに、静音は答えない。

(能力者……しかも異能者か)

 能力者と呼ばれる連中は、大きく二種類に分ける事ができる。

 一つは、仏教や道教、西洋魔術といった特定の宗派などの修練を積んで、異能力を会得した人間。

 これは素質のある人間であれば、能力の大小は別として、誰でもなることができる。勿論、会得に至るまでの過酷な修練に耐えられれば、の話だが。

 そしてもう一つが、固有の特殊能力とでも言うべき力を持った人間だ。

 これは体質や、遺伝、突然変異などが理由で先天的に備わった能力が殆どであり、修練で身につけることは不可能に近い。特徴として、応用の利きにくい突飛な能力が多い反面、得意とする分野においては非常に強力な力を発揮することが挙げられる。

 その能力の異様さ、強大さゆえ、彼らは古くから畏怖や迫害の対象とされてきた。読んで字のごとく、異能。異能者とは、唯一無二の力を持つ能力者の呼び名なのだ。

 再び黒い槍が飛来する。同じように木刀でそれらを弾き落とすと、金属がぶつかり合うような耳障りな音が、夜の校舎に響き渡った。

「内部の犯行だと予想はしてたが、まさか生徒だったとはな」

 ここまで攻撃された後では、疑う余地もない。彼女は光を誘拐しようとした女の仲間なのだろう。皮肉を込めて言った言葉に、しかし静音は意外な反応を見せた。

「何を言っている。誘拐犯はお前だろう」

「……は?」

 一瞬呆けた顔をした後、直哉は引きつった笑いを浮かべた。

(なるほど。端から見たら俺が誘拐犯なのか……)

 夜の校舎で、女性に針を突きつけて何かを詰問する男。傍らには失神している女子生徒。確かに間違われても仕方ないのかもしれない。

 だが今は、面白おかしい誤解で済むような場面ではなかった。

「勘違いしてるぞ。星川さんをさらおうとしてたのは、その女だ。彼女を起こして聞けばわかる」

 冷静に、説得するように語りかける。そのおかげか、静音は攻撃の手を止め、女の方に目を向けた。

「ちが……あの男が、この子をさらおうとしてて……」

 女があえぐように言った。静音は直哉へと視線を戻し、

「こう言っているが」

「なら、星川さんを起こして聞いてみてくれ」

 静音は直哉を見たまま、光の傍らにかがみ込み、彼女の身体を揺する。しかし、彼女は一向に起きようとしなかった。

「彼女が起きるまで待ってもいい。何なら人を呼んでくれても構わない」

 その様子をみて直哉が付け足すと、静音は少し考える素振りを見せた後、

「それが何かの時間稼ぎでないと証明できるか?」

「…………」

 できない。口では何とでも言えるのだ。恐らく静音は自分と同じように、仲間の存在を警戒しているのだろう。光に証言してもらうしかないのだが、女に何かされたのだろうか、起きる気配がない。

「やはり、信じられないな」

 こちらの沈黙を見てそう言うと、静音は手のひらを向けてきた。間髪いれず、黒い槍が放たれる。

(くそっ)

 槍をかわし、木刀で弾きながら直哉は内心で悪態をついた。こうなってしまっては、説得は難しい。女の視力が回復しない内に、静音を倒すしかなかった。

 そう、あの女が回復する前に倒す必要がある。

 最初に女が使ってきた術を防げたのは、単なる偶然だった。視線を己に誘導、目を通して体内に気を打ち込むことで内気を乱し、神経を麻痺させる──術の仕組みとしては恐らくそんなところだろう。

 気を用いた術なのが幸運だった。直哉は魔術も異能力も使えないが、武術と気功に関しては相当な鍛錬を積んでいる。全身の硬直が、術による内気の乱れのせいだと看破した直後、彼は瞬時に気を練り直し、調身調息を行うことで気の流れを正常化し、身体の自由を取り戻したのだ。

 視線の強制誘導と、視線上に気の経路を作るまでのプロセスは、魔眼や瞳術とも呼ばれる異能の技に近い。それらに対抗する術は直哉にも無かったが、経路が開いた後の気のやりとりは別だ。事実、二回目に術をかけられた際には、気の経路が開いた瞬間、女の気を己の気で押し返し、相手の網膜にダメージを与えることができた。

 恐らく静音は、あの術を防げないだろう。彼女から感じられる気は、常人のそれよりは強いが、特別鍛錬した人間ほどのものではない。もし今静音が動きを封じられたら、それは人質が二人になったも同然だ。その状況で誘拐犯を捕らえるのは不可能に近い。

 今なら、女は術が使えない。人質も光一人ならば何とかできる。

 ともかく早急にかたをつける必要があった。直哉は思考に踏ん切りをつけると、軽く息を吐き、木刀を青眼に構えた。


 静音は一瞬、構えを取った直哉から、強風が吹きつけているように錯覚した。

 しかし、実際には風など吹いてはいない。彼の体内で練り上げられた高圧の気が、彼女にそう錯覚を起こさせているのだ。

 まるで矢をつがえ、限界まで引き絞られた弓の前に立った気分だった。いや、そんな生易しいものではない。今にも炸裂しそうな爆薬の近くに立っているかのようだ。それでいて、彼の表情は全く危なげがなく、目には落ち着いた光を宿している。

 静音はこの時になって初めて、直哉の力量を見誤っていた事に気付いた。

 だが、それでも負ける気はしない。

 静音も己の能力と、その力に確固たる自信がある。どれだけ気を練ろうと、木刀程度で、自分をどうこうできるはずもなかった。

 彼女だけが持つ力が、周辺の闇へ伝播していく。能力を最大限使う時に訪れる、一時的な全能感が体を駆け巡る。

「そんな木刀で、わたしの能力に勝てると思っているのか?」

 真顔で問う。直哉は答えず、僅かに腰を落とした。

 静音にはそれが、今にも自分に飛び掛らんとする肉食獣の姿の様に見えた。

 校舎の外で、再度小さな破裂音がした。日中に設置しておいた仕掛けから、二発目の照明弾が打ちあがる。

 廊下の地面と壁に投射された影が、ゆっくりと角度を変えていく中、直哉の身体がさらに沈みこんだ。

 ──来る。

 直哉が前に飛び出す。踏み切った地面が彼の後方でへこみ、砕けるのが見えた。

 静音は先ほどと同じ、黒い閃光のような槍を放つ。

 相対的により速く向かってくるそれを、相手は難なく切り払った。

 再度放つ。相手は速度を殺さずに左斜め前へと跳躍。射線から外れ、かわされる。

 双方の距離がつまる。静音は慌てることもなく、不意に右手を振り上げた。直後、走る直哉の前方に差していた窓枠の影たちが、地面からめくれるように剥がれ、細い網となって彼に迫った。

 直哉の目が驚愕に見開かれる。進行方向を埋め尽くす影の投網。彼は咄嗟に上へ跳躍し、それらをかわした。

 そこを狙って槍を放つ。すると、彼は空中で左壁を蹴った。跳躍の軌道が変わる。直前まで直哉の体があった空間を貫いて、影が壁へと刺さる。

 壁の破片がまき散らされる中、彼はなんとか両足で着地した。

 静音は既に、その着地地点へと次の影を放っていた。今までの槍とは違う、肉体の動作を伴った、下手投げでの投擲。振った手よりも明らかに早い速度で、三日月の形をした黒い刃が直哉へと飛ぶ。

 相手は無理な着地で体勢が整っていない。避けられないだろう。

「──!」

 その刃の纏う力の強さを察知したのか、直哉の顔に焦りが浮かぶのが見えた。

 彼は瞬時に剣先を下へ向け、木刀を盾にするよう構えた。左手は柄から離し、上腕部の肘に近い部分で峰を支える。

 命中。衝突の余波で大気が震える。ほんの一瞬だけ黒い刃が押し止まった。しかし、着地直後で踏ん張りがきかないのか、すぐに直哉の身体ごと廊下を押し進み始める。

 それでも刃は、木刀を突き破ることはなかった。やがて、ばしゃっ、と水をぶちまけたような音がして、黒い刃が自壊し、弾け飛ぶ。

 今の一撃で距離が開いていた。相手にダメージを受けた様子はない。廊下の向こうで剣を構え直すのが見える。

(まさか木刀で防ぐとは)

 平静を装いながらも、静音は驚嘆していた。

 殺すつもりの一撃ではなかった。それでも、かなりの力を込めていたのだ。校舎の壁くらいなら二、三枚は楽に貫通する威力だった。それを単なる木刀で防ぎきるとは。

 やはり相当な気の使い手だ。下手に手加減をしていては、こちらがやられかねない。

 ならば、と静音は手を前にかざした。瞬時に反応し、相手が身構える。しかし今までのように、槍が放たれることはない。

「……?」

 何の攻撃も来ない事に、一瞬不振な顔をする直哉。

 しかし、攻撃は始まっていた。地面の影が引き伸ばされるように、静音の足元へ吸い寄せられていく。その足元のやや手前から湧き水のように影が湧き上がり始めた。

「どれほど剣の腕が立っても、これは防げないだろう」

 次の瞬間、爆発したかのような勢いで、影が廊下に溢れ出した。

「なっ──!?」

 それはまるで、黒いインクの洪水だった。天井まで届く黒い波が、廊下を押し寄せる。

 空間そのものを覆い尽くす、飽和攻撃。直哉の眼前にそれが迫っていた。


 影を放ち終わると、静音は軽くため息をついた。

 目の前は真っ黒なシャッターが下りたかのように、黒い壁となっている。

 壁の向こう側では、影の洪水が直哉を飲み込み、さらには教室までなだれ込んでいるだろう。後は周辺の影だけを硬質化して拘束してしまえば、危害を加えずに無力化できる。後はこの女性も同じように拘束して──

 と、静音が後ろにいる女性と光の方へと振り返ろうとした瞬間だった。

 唐突に、背後の窓ガラスが砕け散る。ガラスを蹴破り、けたたましい音を立てて廊下に舞い込んできたのは、たった今影で押し流したはずの直哉だった。

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