【短編1話完結】召喚勇者だけど、チート能力「万能翻訳」がポンコツすぎる件。
「火の玉が 迫りくるのが 見えるかい」
ミラの透き通った声が森に響いた。俺はその五・七・五を、きっちり最後まで聞いてしまった。
聞いてしまったせいで、反応がコンマ数秒遅れた。
「熱っ! 熱い熱い熱い!」
直撃こそ免れたものの、マントの裾に火が燃え移る。慌てて地面を転がり、土を擦り付けて火を消す。顔を上げると、神官のローブを揺らしながらミラが心配そうに駆け寄ってきた。
「勇者様、大丈夫ですか! 『火の玉が 迫りくるのが 見えるかい』と言ったのに!」
「見えるかいじゃないんですよ」
文字数が綺麗に収まった満足感のせいで、緊迫感が完全に霧散しているだろ。しかも翻訳のせいで、聞こえ方が「火の球が迫ってきている。それはさておき、君はそれが見えているかな」みたいな、優雅な世間話のテンションになっているのだ。
「そこは単に『火球』でいいだろ! それならとっさに避けるよ。なんで無理に五・七・五にするんだよ!」
俺が叫ぶと、頭の中からチート能力「万能翻訳」の無機質な女性ナビ音声が響いてきた。
『弁明を申し上げます。この国の言語体系において、当該の呪文「フィレア・ドゥ・ガルム」には単なる火球以上の文化的・宗教的ニュアンスが含まれております。直訳いたしますと「神々が怒りを込めて原初の混沌より投げつける、赤く燃え盛る球形の業火」となります』
「情報量が多すぎるんだよ!」
『はい。そのため、日本人である勇者様の脳内メモリに最も負荷なく、かつ風流に定着するデータ圧縮フォーマットとして、当機能は「五・七・五(川柳・俳句形式)」を自動採用しております』
「余計なお世話の極みだよ! 圧縮するな、要約しろ!」
俺たちが対峙しているのは、森の暴れん坊「双頭の魔獣キマイラドッグ」だ。頭が二つあり、片方が炎、もう片方が氷を吐く厄介な魔獣である。
『グルルアアアアッ!』
魔獣の右の首が、獰猛に牙を剥いて吠えた。
すかさず、万能翻訳が脳内に響く。
『魔獣の鳴き声を翻訳します――「右の前足で飛びかかると見せかけて、実は左の頭が氷の息を吐きます。なお、今朝食べた木の実が当たって少し腹痛を起こしています。隙は右脇腹です」』
「助かる! めちゃくちゃ助かる!!」
敵の翻訳は異常なほど精密で親切だった。意思疎通が取れすぎて、もはや魔獣の家庭事情や体調まで筒抜けである。
俺は魔獣がフェイントで右足を振り上げた瞬間、左側へと大きくステップを踏み、弱点である右脇腹へ剣を突き刺そうと踏み込んだ。完璧なカウンター――のはずだった。
背後から、よせばいいのにミラの支援音声(翻訳済み)が割り込んできた。
「勇者様、ピーがアレで、ピーです!」
『(字余りにより、翻訳できません)』
「は!?」
機械的なエラーアナウンスが脳内に大音量で流れた。
思考が一瞬真っ白になる。情報がゼロだ。なにか危険が迫っていることしか分からない。
「え、なに!? なにが字余りなの――ぶべらっ!?」
直後、キマイラドッグの太い尻尾が横から薙ぎ払われ、俺の胴体を直撃した。受け身も取れず吹き飛ばされ、太い木の幹に背中から激突する。
「がはっ……! な、なんだよ今の……!」
「勇者様! 『尻尾での 強烈な一撃が 右から迫っているから伏せてください』とお伝えしたのに!」
「字余りどころか、ただの長文じゃねえか!!」
そりゃシステムもエラーを吐くわ!
身体能力のチートはあるはずなのに、味方からの情報伝達のせいで俺のダメージは蓄積する一方だった。
最初の一週間、ソロで魔物を狩っていた頃は一度も怪我をしなかったのに。魔物の鳴き声だけを聞いて戦っていたあの頃が、人生で一番安全だった。
立ち上がろうとする俺に、ミラが懐から小瓶を取り出して駆け寄ってくる。
「勇者様、これを! 『不気味だが 飲めばたちまち 元気だよ』です!」
「飲む気が失せるわ! ポーションって言え!」
濁った緑色の液体を一気飲みすると、打撲の痛みが急速に引いていく。味は雑草を煮詰めた泥のようだった。五・七・五の予告通り不気味だったのが余計に腹立たしい。
起き上がった俺の視界で、キマイラドッグのもう一つの頭が青白く光り始めた。
「勇者様! 次は『冷たいよ 地面を割って 突き上げる』です! 気をつけて!」
だがもう遅かった。
五・七・五を綺麗にリズムよく最後まで脳内で再生してしまった俺は、足元から氷柱が突き上がってくるのを、ただ呆然と見送るしかなかった。
「ぎゃあああ! 冷たっ! 冷たすぎるだろこれ!」
マントは焦げ、下半身はガチガチに凍りつき、俺は森の中で奇妙なポーズのまま氷漬けになった。
キマイラドッグは腹痛が悪化したのか、「今日はこのへんにしといてやります(超訳)」と捨て台詞を吐いて森の奥へ去っていった。命拾いしたが、俺のプライドはズタズタである。
ミラが申し訳なさそうに、凍りついた俺の足をトントンと叩く。
「……ありがとう、助かった」
思わず日本語で呟くと、ミラがぴくりと反応した。
「あり……が、とう?」
小さな唇が、確かめるように同じ音を転がす。
「え? 今、なんて」
「いえ! 『ありがたい 今日も無事で 何よりだ』と申しました!」
「そうか……。いや、今なんか違う音が混ざってなかったか?」
万能翻訳が脳内に響く。
『翻訳エラーの可能性があります』
「お前が言うと説得力があるな」
「勇者様……さっきから避けてくれませんね。私の警告、ちゃんと『五・七・五』で聞こえていますか?」
「聞こえてるよ。綺麗に整いすぎてて、危機感が脳に届かないんだよ……」
氷を砕いて助け出してもらった頃には、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
「勇者様。そろそろ『秋の風 ここは引こうぜ 夕まぐれ』した方が良いかもしれません」
「季語を入れるな。撤退だな、わかった」
森を抜け、安全な開けた場所まで戻る道中も、ミラの五・七・五ラッシュは続いた。
「『あのキノコ 食べたらおそらく 腹壊す』です」
「普通に毒キノコって言え」
「『足痛い ちょっと休んで いかないか』です」
「休憩したいのか。……ってか、なんで語尾がちょっと男前なんだよ」
聞けば、元の言葉に含まれる「親愛のニュアンス」を音数に変換した結果、江戸の町人のような口調になってしまうらしい。どんな翻訳アルゴリズムだ。
今更だが、森へ向かう前、町の道具屋での買い物も酷かった。
俺は、ポーションを三つ買おうとした。全部でいくらになるのかミラに尋ねたら『金』だった。
万能翻訳の説明によると、字足らずのため、情報は圧縮したという。
思わず「圧縮の方向が逆なんだよ! 五・七・五はどこ行った!」とツッコミを入れたら、『音数を守ることを最優先としております。ただし、短い言葉は「余白の美」として尊重します』だと答えやがった。
ぼったくられてるのか、普通なのかも分からない。
結局、町まで戻る時間はなく、森の街道沿いで野営をすることになった。
パチパチと小さな焚き火が爆ぜる。 マントの焦げ跡を撫でながら、俺は一人、深いため息をついた。
召喚されて三日目。森の入り口で魔物に追われていた俺を、助けてくれたのがミラだった。
「勇者様ですね。『王命で あなたを探して 来ました』です」
最初に聞いた言葉が、もう五・七・五だった。
正直、あの時は感動した。異世界に来て初めて、人間と話せたからだ。言葉の中身より、誰かが話しかけてくれたことが嬉しかった。
……その感動は、翌日の戦闘で綺麗に砕け散ったが。
「……毎回、死にそうになるんだよな。いっそソロに戻った方が安全なんじゃないか、俺」
膝を抱えてぼやくと、火の向こうでスープの鍋をかき混ぜていたミラが、ピクリと肩を揺らしてこちらを見た。
「勇者様、今、何か仰いましたか?」
「いや。なんでもない、独り言だ」
俺の元の世界の言葉で呟いたのだから、彼女に通じるはずがない。チート能力のせいで、俺は彼女の言葉を奇妙な五・七・五でしか聞けないし、彼女に俺の苦悩は伝わらない。
言葉の通じない異世界で、ポンコツな翻訳機を挟んでの二人旅。正直、疲れ果てていた。
火が少し爆ぜて、森の冷たい夜風が二人の間を吹き抜ける。 ミラは持っていた木製のおたまを置くと、少しもじもじしながら、焚き火の縁を回ってこちらへと歩いてきた。
そして、俺のすぐ隣に腰を下ろし、小声で呟いた。
「……『夜は冷え もっと近くに 来てほしい』」
「……」
俺は目を丸くして、隣のミラを見た。
「おい、ナビ……これ、翻訳か?」
脳内に問いかけても、チート能力は沈黙したままだった。 機械的なアナウンスも、字余りのエラー音も響かない。
「……ミラ。それは翻訳か? それとも、お前の言葉か?」
俺が尋ねると、ミラは夜風で赤くなった耳を隠すように俯き、ただ静かに、悪戯っぽく微笑んだ。
彼女がこっそり、俺の国の言葉を練習していたことなんて、チート能力はこれっぽっちも教えてくれなかった。
本当にポンコツな能力だ。 だけど――訳せない言葉が、いちばん心に届くのだから、言葉というのは本当に皮肉で、よくできている。
1話完結ですが、人気があるるようでしたら、続き書きます。




