キュウリの漬物とレバニラ
キュウリの漬物とレバニラ
彼女は残っていた梅サワーを飲み干した。
その居酒屋は県道沿いの小さい店舗で、周りにはコンビニがある程度の静かな住宅街にあった。
開店5年ほどで、僕と彼女は開店当初から常連とまではいかないが通ってきたので、挨拶程度はしていた。
刺身と串焼き、だし巻き、枝豆などが定番だ。
僕らは1年前に別れたはずだった。
なのに今日、今はこうして同じ場所で向かいあっている。
席はほとんど埋まっていて、店内は賑わっており、相変わらずだなと思った。
「なぜあたしの前にいるのよ」
酔っぱらっている彼女が避難がましく、枝豆をつまんでいる。
「君が呼び出した。電話を掛けて来た。しつこかった。あんまりひどい酔い具合で心配になった。だから来た」
「なによ、lineをあんなに送ったのにさんざん無視してきたくせに、いまは来るんだ」
「なにかあったのか?」
「べつに」
べつにじゃあないだろう。
今度はレモンサワーを注文して、メニュー表をめくっている。
「飲み過ぎるなよ」
「何があった?」
「振られて悲しいの」
「そうなんだ」
「だからつきあってほしいの」
彼女は涙目になっている。
だし巻きがやってきた。だしの具合が絶妙でふかふかした、彼女が好きなメニューの1つだった。
キュウリの漬物、イカのから揚げがやって来た。どれも彼女の定番だ。
「あたしのね、あたしの定番ってどれ?」
「だから、だし巻き、キュウリの漬物、イカのから揚げ、枝豆だよ」
「じゃあさ、一番の好きなのは?」
「・・・・・飽きのこないキュウリの漬物だよ」
「覚えてくれたのね。でも違う」
この居酒屋で彼女が一番好きなのは、きゅうりの漬物で間違いなかった。
たった一年やそこらで忘れるはずがない。
「じゃ、あなたの一番好きなのは?」
「僕の一番好きなのはレバニラだよ。君はいつも気持ち悪いって言ってた。けれどもね。癖になるんだ。忘れた?」
「わたしの一番好きなのは、飽きのこないキュウリの漬物ではなくて、もっと飽きのこないあなた」
「あなたの一番好きなのは、癖になるレバニラでなくて、もっと癖になるあたし」
と、悲しそうに言い、つづけて、
「そうあってほしい」
と、言った。
彼女は、眠そうな顔をして、酔いつぶれてテーブルに突っ伏した。
「だから、あたしを振らないで」




