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拝啓、猫を被っているすべての方へ

作者: 雲鹿 ユウ
掲載日:2025/11/26

これはあくまでも僕の考えです。質問は受けつけます。


友達の前では笑っているけど心の中では本当の自分を隠していると思っている方、

自分のアイデンティティが分からなくなっている方、

本当の自分を探している方、

色々と考えてしまうと思います。ですが一人で考えすぎても疲れてしまうだけです。なのでどうぞ僕の意見も参考程度に見てもらえたら幸いです。



では早速本題に入ります。

僕の結論から申し上げますと、



自分とは、即物的な状況下で動いているものだけを指します



”は?こいつ何言ってんのか?頭おかしいんじゃないのかこのハゲは?”

と思った方、今から説明と根拠を解説させて頂きます!(ハゲてはいないです)



まず”即物的な”とはまあ、俯瞰して見た自分だけを意味します。

この時注意してほしいことは、そこに感情とかなんやらは出てこないということです。

例えばですが一人の少女が周りに合わせて笑っているとします。

この時の自分というのは、


”一人の少女が笑っている”ただそれだけです。


経緯はどうあれ笑っていることに変わりはないですよね?

同じような理屈で”自分は○○をした”ということだけで見るんです。

それが自分です。

もう一度言いますがそこに感情とかなんやらは出てこないです。理由は、感情とかなんやらはたいして重要じゃないからです。

要するに、他の人から見て自分は何をしているかという事実だけを見るんです。


これは、猫を被っている自分に罪悪感を持っている人も同様です。

例えばA君は学校で猫を被って友達と接しているが、帰ってからは後悔し、頭を抱えている。

これを自分だけに焦点を当てると

”A君は学校で友達と接している、帰ってからは頭を抱えている”

ただそれだけです。


なので本当の自分とかっていう見方が無いのが僕の自分に対しての考え方です。

かなり説明端折ったので誤解もあるかと思います。なのでぜひ質問していただきたいです!

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