第37話 祝賀式典
ダナエに手を引かれてリュアンが扉に向かうと、そばにいたフィリパもすぐに追いついてきてリュアンの手を取った。
「えと、フィリパ……?」
ダナエとフィリパに両手を掴まれて、嬉しさよりも照れくささが先立ってしまうリュアン。
「私も一緒に参ります、リュアン様」
リュアンの横に並んたフィリパは反対の手を引くダナエに視線を向けた。
フィリパに気づいたダナエも視線を送って、楽しそうにニヤリと笑った。
玉座の間を出てリュアン達がやって来たのは祝賀式典が行われる大広間だった。
大広間には既に多くの紳士淑女が集まって華やかな賑わいを見せていた。
「ダナエ様、こちらへ」
ダナエを奥の主賓席へ導こうとルシーナが待っていた。
「分かったわ」
ダナエはルシーナにそう言って頷くと、
「なるべく近くにいてね、リュアン」
と、リュアンに告げて彼の手を離した。
「はい、王女様」
「おーーい、リュアン!」
フィリパと二人で主賓席にほど近い場所で待っていると、カイルが声をかけながらやって来た。
「カイルさん!」
カイルの後ろにはレナートとユリエンもいる。
「さっきは大変だったな!」
リュアンの肩にポンと手を載せながらカイルが言った。
「本当に!大丈夫なんですか、手は?」
「びっくりしたよーー」
レナートとユリエンも心配そうに言ってくれた。
「うん、イルニエ様の魔術で、ほら」
とリュアンは先ほど珠の力で炎に包まれた手を見せた。
「すっげえなぁーー!」
「ほんの一瞬で治りましたよね!」
「ほんと、綺麗になってるーー」
三人はリュアンの手をしげしげと見ながら驚き感心している。
「ところで、リュアン」
急に改まった態度になってカイルが言った。
「はい?」
「お前の手を握って離さない、そちらの可愛らしいお嬢さんを紹介してもらえないか?」
「ああ……この子はフィリパちゃん、タルーバ村の村長さんの娘さんです」
「フィリパちゃん、それは素敵な……」
「どうも、フィリパ嬢、ガートン伯爵家のレナートと申します」
カイルを遮ってレナートか素早く自己紹介をした。
「て、おい、するいぞレナート……」
「僕はユリエン、ゴッタール公爵家の三男だよーー」
今度はユリエンが割り込んできた。
「くそ、ユリエンまで……あ、失礼フィリパちゃん、オレはルテール伯爵家のカイル、よろしく!」
立て続けに三人から自己紹介を受けたフィリパは、うつむき加減で顔を赤らめていたが、ちらりと視線を上げて、
「フィリパと申します……」
と小さな声で言った。
「か、可愛いぃ……!」
「可憐だ……」
「かわいいねーー!」
どうやらカイルたち三人の心は、フィリパの愛らしさ瞬殺されてしまったようだ。
そんな様子を見てリュアンは思った。
(フィリパちゃん、俺のこともあんなふうに見てた気が……)
女の子と親しくしたことなどほとんどないリュアンは、
(女の子って皆こうなのかな……?)
と思いつつ改めて横にいるフィリパを見るのだった。
「リュアンは王女様の近くにいなきゃいけないんだろ?」
「ええ、そう言われました」
リュアンが答えると、
「そしたら、フィリパちゃんは俺たちと一緒に向こうに行かないか?」
「ええ、あちらには式典用の豪華な料理がありますし」
「お菓子もたくさんあるよーー」
カイル達から誘われてフィリパは戸惑いながらリュアンを見た。
「リュアン様……?」
(うわっ……!)
意識してなのかどうかはわからないが、フィリパの潤んだ瞳の上目遣いは、リュアンをドキッとさせる。
「う、うん、フィリパちゃんがいいなら行ってみたらどうかな」
慌てて笑顔を作ってリュアンは答えた。
「はい……」
フィリパはリュアンに微笑みを返しながら答えた。
カイルたちに囲まれて料理テーブルの方へ歩いていくフィリパを見て、
(女の子って、分からない……)
と思うリュアンだった。
やがて、儀仗が床を叩く音がして儀典官が式典の開催を宣した。
それに続いて、
「そしてこの度、王太子となられたキリアン殿下から重大な発表がございます!」
と、儀典官が皆に知らせた。
キリアンは演壇の中央に進み出て、儀典官の次の言葉を持つように静かに立っている。
静けさが大広間を支配した。
コン、コン――――
儀仗で床を軽く打つ音がした。
演壇にほど近い主賓席のそばに立っていたリュアンが見ると、儀典官がキリアンを見て何言か囁いているようだ。
「え、俺が言うの?」
キリアンが小声で言ったが、大広間が静まり返っていたので大方の人には聞こえてしまった。
「まいったな……」
と、呟いたキリアンだったが、自分が置かれている状況に今気づいたかのように、口を閉じて姿勢を正した。
(あ、すごく緊張してる、キリアンさん……)
先ほどの立太子の儀の時もこの大広間の演壇に立つ時も、キリアンは始終落ち着いていた。
だが今のキリアンは、緊張のせいで顔を紅潮させ脂汗を流しているのがはっきりとわかった。
やがてキリアンは、ゴクリと生唾を飲み込むと、ゆっくりと話し始めた。
「み、皆さん、こ、こんにちは、キリアンです……」
………………
とても王太子の式典での挨拶らしくないキリアンの言葉に、大広間は静まり返った。
(がんばれ、キリアンさん!)
リュアンは今にもキリアンを助けに飛び出しそうな格好で両の拳を握りしめた。
「こ、この度私は王太子として、認めていただけたわけですが、こ、これもひとえにお集まりいただいた皆様のおかげと、心から感謝を申し上げます」
と、直立不動で堅苦しい挨拶をするキリアンに、
「何やってるの、早く本題に入りなさい!」
と、主賓席からダナエが囁き叫びで言った。
「あ、はい……えっと、その……こ、この度私は、お、王太子に相成ったわけですが、つ、つきましては……」
脂汗を流し体を震わせながら、何とか話をするキリアン。
「……つきましては……け……け……」
キリアンが言葉を詰まらせる。
(け、け?)
リュアンをはじめ皆が次の言葉を待っている。
が、キリアンは次の言葉が言い出せずに固まってしまった。
(キリアンさん!)
最も親しい友人であり頼もしい先輩でもあるキリアンの危機に、リュアンは居てもたっても居られずに一歩踏み出しかけた。
すると、
コツッ、コツッ――――
と、大広間の入り口付近から軽やかな靴音を響かせながら、一人の淑女が進み出た、
その淑女は、明るい茶色の髪を見事に結い上げ、薄青とクリーム色を基調とした清楚ながら鮮やかなドレスを身にまとっていた。
彼女は靴音も高く真っ直ぐに演台に向かって進み、あと数歩というところで立ち止まった。
その時になってリュアンにもその淑女が誰なのか分かった。
(え……エマさん!?)
エマはドレスを身に着けているため、姿勢こそは淑女然とした居住まいだったが、その目は挑戦するように真っ直ぐキリアンに向けられていた。
そのエマの視線を受け止めるキリアンは、彼女の登場に安堵する気持ちと叱られるんじゃないかという不安がない混ぜになった顔をしている。
たが、結局はエマの登場はキリアンを勇気づけたようだ。
キリアンは大きく息を吸い込むと、それまでの緊張した表情ががスッと消え、しっかりとした声で話し始めた。
「私、王太子キリアンは、ドグール公爵グイナスが長女エマ嬢に結婚を申し込むことを、今ここに発表いたします!」
すっかり元通りになったキリアンは真正面に立つのエマに、いつも通りの笑みを送った。
エマもそれまでの怒ったような顔から、挑むような笑顔になり数歩進み出ると、
「謹んでお受けします、キリアン殿下」
と言って、宮廷風のお辞儀をした。
「おめでとうーー!」
そう言いながら、既に主賓席から立ち上がっていたダナエが、さっと飛び出してエマにかけよった。
「ありがとうございます、王女様」
エマが美しい微笑みを返して答えた。
それを合図に、大広間は割れんばかりの拍手喝采で満たされた。
「おめでとうございます!」
リュアンもキリアンに向かって祝いの言葉を言って拍手を送った。
そんな中ダナエはエマから離れるとリュアンのもとに歩み寄ってきた。
「リュアン」
「はい」
「いいわね?」
「はい?」
「次は私達よ」
「え?」
何を言われているのかさっぱり分かっていないリュアンの手を取り、ダナエは演台に上がった。
そして、
「お疲れ様でした、従兄弟殿」
とキリアンにウインクをした。
「ありがとうございます、従姉妹殿」
キリアンもウインクで返すと、
「じゃ、頑張れよ、リュアン」
と、なにか面白がるような笑顔でリュアンに言うと、キリアンは演壇を降りていった。
リュアンはダナエと並んで演壇の中央に立った。
大広間中の人達の視線が二人に集まる。
「さあ、始めるわよ」
ダナエがリュアンにだけ聞こえるような声で言った。
「は、始める……?」
リュアンの頭には疑問と不安が渦巻くばかりだった。




