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貧しいので褒賞目当てで王女様の婿取りコンペに参加したら陰謀に巻き込まれた王女様を救いました  作者: 舞波風季


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第36話 立太子の儀

 その日、めでたい儀式であるはずの立太子の儀が行われている玉座の間は、一種異様な雰囲気に包まれていた。


(え……これってどういうことなんだ……?)


 玉座の間の隅で、標準的なドレスを身に着けたヘレナ王妃に付き添っていたリュアンも、目の前で起きたことをにわかには信じられなかった――――



 アルビオン王国では、立太子にあたって王家の正当な血を引く継承者であることの証として、【アルビオンの(たま)】に手を載せる儀式を行う。

 【アルビオンの珠】は初代アルビオン国王の血が魔術によって封印された魔法の珠で、アルビオン王家の血を引く者が触れると、紅く光るのである。

 この日も儀式に先立って、国王へレスが珠に手を載せて、彼が正当な国王であることを玉座の間に集まった者たちに証明して見せた。


 言い伝えでは、正当な血筋以外の者が【アルビオンの珠】に触れると、その者は珠の力によって紅蓮の炎に包まれてしまう、と言われている。

 それもあって立太子の儀は、珠の炎への恐怖に打ち勝つ試練の儀式という意味合いも持っている。

 とはいえ、実際は国王の嫡子(ちゃくし)が王太子になるのだから、試練というのは未来の王の強さを諸侯に誇示するための儀式という側面が強い。


 たが、今回は違っていた。


「我こそはと思うものは進み出よ!そしてアルビオン王家の証である尊き珠にその手を載せよ!」

 儀典官が高らかに(せん)した。


 その時その場にいる殆どの者は、王女であるダナエが進み出るものと思っていた。

 もちろんリュアンもその中のひとりだ。

 リュアンは玉座のやや後ろに控えているダナエを見ていた。

 だが、ダナエは真っ直ぐ正面を向き、玉座の前の小さなテーブルに載せられている【アルビオンの珠】をじっと見つめるだけだった。


 時間が止まったかのような静けさが玉座の間を支配した。


 その時。


「はい」


 と、リュアンも聞き覚えがある声が聞こえた。

(え!?)


 玉座の間の扉近くに並ぶ者達の中から、一人の青年が進み出た。


(キリアンさん!)


 リュアンは驚いて、すぐ横にいる王妃ヘレナを見たが、ヘレナは別段驚いた様子もなく穏やかな表情で【アルビオンの珠】に向かって歩みを進めるキリアンを見ている。

 ダナエを見てもそうだった。

 彼女は特に驚いた様子も見せずに、あたかも楽しい催しを見るかのような表情をしていた。

 そして、もちろん国王へレスも落ち着いた表情でキリアンを見ている。


「そなたが【アルビオンの珠】の試練に立ち向かおうとする者か?」

 儀典官が問うた。

「はい」

「では名乗りを上げよ」

「私はキグラー准男爵ルシウスとその妻マリエの長子キリアン。アルビオン王家の血筋を引くものです」


 キリアンの名乗りに玉座の間は騒然となった。

「あの成り上がり者の子だと?」

「そんな馬鹿げたことがあるものか」

「どこの馬の骨ともわからん輩がしゃしゃり出おって」

 と、キリアンという全く予想もしていなかった青年の突然の登場に、諸侯達は納得できずに騒ぎ立てた。


 ダンッ!ダンッ!!


 儀典官が儀仗で床を叩く音が響き、ざわついていた玉座の間が一瞬で静まり返った。


「では、キリアンよ、進み出て【アルビオンの珠】に手を載せよ。そして自らが(まご)うことなき正当な血筋の者であることを証明してみせよ!」

「はい」

 儀典官の言葉に低く落ち着いた声で答えると、キリアンは進み出て寸分の迷いも見せずに【アルビオンの珠】に手を載せた。


 珠は光らなかった。


 周囲の者が溜めていた息を吐き出すのが聞こえた。

「なんだ……」

「やっぱり……」

 という、半ば(あざけ)るような囁きが聞こえてきた。


(くそっ……!)

 リュアンはキリアンが(さげす)まされるのが我慢ならず、近くでニヤけてブツブツ言っているどこかの貴族に向かって一歩踏み出した。

 その時、リュアンの腕をそっと誰かが押さえた。

 見るとそれは、王妃ヘレナだった。

「王妃さ……」

 思わず口にしたリュアンに、ヘレナは片目を瞑って人差し指を口に当てながら、

「そのまま、見ていなさい、ね?」

 と、そっと囁いた。

 リュアンは急に恥ずかしくなってしまい、思いっきり顔が火照るのを感じた。


 そんなことをしていると、周囲のざわつきが変わってきた。

 リュアンがキリアンを見ると、彼の手元が少しずつ紅く光りだしていた。


(キリアンさん……!)


 玉座の間にいる者全ての視線が集まる中で、キリアンが手を載せている珠はより強く紅く輝いていった。


「キリアンよ。そなたが王位を継ぐ正当な者であることが、尊き珠の力により(あか)された。今こそそれを皆に示すのだ!」

「はい」

 儀典官の言葉を受けて、キリアンは珠を掴んで、玉座の間にいる者たちに向かって珠を掲げた。

 珠はより一層紅く輝き、玉座の間をその紅い光で満たした。


 集まった者たちは、始めのうちこそ驚いていたが、やがて新しい王太子の発現(はつげん)の喜びに、晴れやかな表情になっていき、パラパラと拍手が起こり始めた。

 ところが、そんな中から、

「ペテンだ!」

 と、異を唱える声が飛び出した。

(誰だ!?)

 先ほどからキリアンを嘲る者がいることにいらだちを覚えているリュアンは、声の主に鋭い視線を向けた。

 声の主は白髪交じりで小太りの、脂ぎった赤ら顔の男だった。


「どういうことだね、デルド伯爵」

 玉座の脇に控えたいた宰相グイナスが落ち着いた声で問うた。

「素性の怪しい者がいきなり王太子だなどとはおかしいではないかっ!その珠も魔術か何かで細工がしてあるに違いない!」

「あなたは、これがインチキだと言いたいのかね?」

「そうだ!王女がなるというのならまだしも、平民出の成り上がり者の息子などが王位継承者などと信じられるものか!」


 デルド伯爵は口角泡を飛ばし、顔を真っ赤にして腕を振り回しながらがなり立てると、賛同を求めるように周囲の者を見回した。

 どうやら集まった諸侯の中には彼に賛同するものも少なからずいるようで、そういう者たちはデルド伯爵の言葉に合わせてしきりに頷いている。


「さて、それは困りましたな」

 と言う割に、グイナスはちっとも困っている様子などなく、ちらりと玉座に視線を送った。

 国王へレスも慌てる様子など微塵もなく、穏やかな表情でデルド伯爵を見ている。

「さあ、我々を納得させる証拠を見せてもらおう!」

 対するデルド伯爵は自分が優位な立場にいることを微塵も疑っていない様子で、勝ち誇った顔で玉座を見ている。


 その時、

「ここは私の出番かしら?」

 と、どこからか女性の声が聞こえてきた。

 玉座の間にいる者達の視線が一箇所に集中する。

 視線の先にいたのは、白やピンク、水色などのフリルがついた派手な衣装をまとった小柄な女性だった。

(イルニエ様、いつの間に……!)

 リュアンが驚いて息を呑むと、隣の王妃ヘレナがくすりと小さく笑った。

「いいかしら、陛下?」

 とにこやかにヘレスに聞くイルニエ。

「もちろんですよ」

 ヘレスも笑顔で答えた。

 イルニエはヘレスに笑顔を返すと、デルド伯爵に視線を移した。


「そこの油ギトギトでブヨブヨのあなた!」

 前に進み出てイルニエがデルド伯爵を指差した。

「な、なんだ、お前は!」

 イルニエの登場に(ひる)むデルド伯爵。

「あなたは【アルビオンの珠】の力を、私の師匠が魔力で初代アルビオン王の血を封じ込めた、この尊き珠の力をインチキだと言うのね?」

 声音は相変わらず茶目っ気たっぷりのイルニエだったが、その瞳には動かしがたい威厳のようなものが感じられた。


「そ、そうだ!」

 デルド伯爵は勢よく言ったつもりのようだったが、真っ直ぐに彼を見据えるイルニエの視線に、先ほどまでの自信満々の様子が萎えてしまっている。

「そう……ならそれを私への挑戦と受け止めることにするわ」

 イルニエはそう言いながら玉座の間を見回し、リュアンに目を留めると、

「リュアン、あなたに手伝ってもらいたいんだけど、いいかしら?」

 と言ってリュアンを手招きした。


「は、はい……!」

(俺に何ができるんだろう……?)

 と、いきなりのことで戸惑いながらもリュアンはイルニエの(もと)に進み出た。

 イルニエはキリアンのところまで歩いていき彼の横に立つと、

「珠を元のところに置いてくれるかしら?」

 とキリアンに言った。

「はい」

 キリアンは素直に従い珠を台座の上のクッションに置いて、一歩下がった。


「ここにいるリュアンはアルビオン王家の血を一切引いていない若者です」

 イルニエは玉座の間にいる者たちを見回しながら言った。


「それじゃ、リュアン」

「はい」

「珠に手を載せなさい」

「はい……て、えぇーー!?」

 イルニエに言われるまま手を出しかけたリュアンは、慌てて手を引っ込めた。

「で、でも……」

 珠の言い伝えのことはリュアンも聞いたことがあった。

「で、でも、俺……私はち、血筋が……」

 リュアンは小刻みに震え始めた。


「私の治癒の力はあなたも知っているでしょ?」

「は、はい……」

「なら、私を信じて、ね?」

「わ、分かりました……」

(そうだ、イルニエ様がいてくれれば……)

 もちろん恐ろしくはあったが、リュアンはイルニエに後押しされて珠に手を伸ばした。


 珠に触れた瞬間、ビリッ、という痺れにも似た感覚がリュアンの手に伝わってきた。

 その直後、


 ボッ!


 と、音が聞こえるような勢いでリュアンの手が紅い炎に包まれた。

 周囲の者からは驚きの声が上がり、女性の悲鳴も聞こえてきた。


「ああ――……!」

 覚悟はしていたものの、自らの手が炎に包まれて、リュアンは平常心を失いかけた。

「手を離して」

 イルニエに言われて、リュアンは珠から手を離した。

 それでもリュアンの手は燃え続けていたが、イルニエが手を一振りすると瞬く間に炎が消えた。


 しかし、リュアンの手は痛々しいまでに焼けただれていた。

 それを見た周囲の人々から悲鳴が上がった。

 リュアンも真っ青な顔で自分の手を見ていたが、不思議と熱さや痛みは感じなかった。


「これで分かったでしょ?」

 そう言いながらイルニエがリュアンの手にそっと握ると、リュアンの手が白い光で包まれた。

 そして、イルニエが手を離した時には、リュアンの手は元の通り綺麗に戻っていた。


「さあ、そこの脂ぎったあなた。これでも納得できないというのなら、あなた自身が試してみるしかないけれど、どうする?」

 と、イルニエは穏やかな最後通牒をデルドに突きつけた。

 デルドは顔を真っ青にして後退り、震えながら首を振った。


「そう、それはよかったわ。ね、陛下?」

 と、イルニエはいたずらっぽい笑みをヘレスに投げかけた。

「ありがとう、イルニエ殿」

 ヘレスも面白がるような笑みを返して答えた。


「では、キリアンをアルビオン王国の王位継承者と認め、王太子となったことをここに知らしめるものとする!」

 つい今しがたまでのゴタゴタなど無かったかのように、儀典官が高らかに宣言した。


「ほっ……」

 この場の主役でも何でもないリュアンだったが、思わずため息が出てしまった。

「お疲れ」

 キリアンが穏やかな笑みで言ってくれた。

「キリアンさんこそ」

 リュアンも何とか笑顔で返した。

「このあとはパーティかしら?」

 イルニエはそう言いながら既に扉の方へ歩き始めた。


「さあ、これからよ、リュアン!」

 と、いつの間にかリュアンの隣に来ていたダナエが、彼の腕を取って歩き出した。

「お、王女様……?」

 驚きながらもリュアンはダナエに引かれるがまま歩き出した。


(これからって……どういうことなんだろう……?)


 リュアンの手を掴み前を歩くダナエの(ほの)かに香る花の香りを感じながら、そんなことに思いを馳せるリュアンだった。


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