第23話 ラベンダー
イルニエの派手な登場に、その場にいた者たちはどう反応してよいか分からずに硬直してしまった。
唯一の例外はゾーラだ。
「い、イルニエ、来てくれ、こ、こっちだ……」
そう言ってゾーラは、イルニエの手をとってダナエが休む部屋へ連れて行こうとした。
「ちょっとぉーーゾーラったらもおーー」
と、イルニエは頬を膨らませてプンプンしている。
そこにルシーナを休ませに行っていたエマが戻ってきた。
「一体何があったの?」
「えっと、王女様を助けてくれる魔女をゾーラ様が呼んでくれて……」
「おおーーそれはありがたい!」
リュアンの説明に満面の笑みで喜ぶエマだったが、ゾーラに手を掴まれているイルニエを見ると、笑顔が消えて訝しむような表情になっていった。
「あれが……魔女?」
ピンク、黄色、水色、白など色とりどりのリボンやヒラヒラが無数についている、膝丈のワンピースを着て、ツインテールをパールピンクのリボンで留めているイルニエを見てエマが言った。
「だ、そうです……」
そのイルニエは、
「ちょっと待ってったらぁーー」
と、部屋へと引っ張って行こうとするゾーラを引き戻そうとしている。
「な、なんだ……?」
「ここには年頃の男の子が二人もいるじゃない!」
「だから、な……あ」
ゾーラは何かに気づいたようだ。
「恋する魔女っ娘としてはご挨拶をしなきゃダメでしょ♡」
そう言ってゾーラの手を振りほどいた、
「や、やめろ……!」
ゾーラが止めようとするが、イルニエはリュアンとキリアンに、
「うふ♡」
と言いながらウインクをした。
「「……!」」
突然のことにリュアンとキリアンは呆気にとられて動けなくなった。
「お、おい……ま、まさか……?」
ゾーラが慌てた様子でイルニエの腕をつかんだ。
「うふ、大丈夫よ。魔力は込めてないから」
「な、なら、いいが……」
「でも、魔力を込めなくたって私の素の魅力で、ね♡」
と、再びリュアンとキリアンにウインクをするイルニエ。
リュアンはドギマギして顔を赤くするだけで、何も言えなかった。
一方のキリアンは、
「あ、よろしくお願いします、イルニエ様、キリアンと申します」
と、挨拶こそ卒なくしたものの、その顔は目尻が下がりデレデレとしていた。
(キリアンさんでもあんな顔するんだなぁ)
と、キリアンの意外な面を見る思いがしたリュアンだった。
そんなリュアンの視界の端に、サッと横切る人影が見えたかと思うと、その影がキリアンの背後をとった。
「油断したな、キリアン、こんな簡単に背後を取られるとは」
リュアンが震え上がるような恐ろしい声でエマが言った。
「え、エマ?いやいや、油断とか背後とか今は関係無くない?」
「つべこべ言うな、表へ出ろ」
「お、表へって、なんで?ねえ、なんで!?」
イルニエのウインクで赤らんでいた顔を真っ青にしてキリアンが訴えるが、エマは聞く耳を持たず、キリアンの襟首を掴んで外に出ていった。
「ああ――私って罪な女ね。でも仕方ないわよね、こんなに魅力的なんだもの」
そう言ってイルニエは上目遣いでリュアンを見た。
(う、視線が外せない……まさか、魔術!?)
と、リュアンが冷や汗をかいていると、イルニエとリュアンの間に立ち塞がる者がいた。
いつの間にかダナエの部屋から出てきていたフィリパだった。
「イルニエ様、王女様をお救いください、お願いいたします」
フィリパは折り目正しくそう言うと深々と頭を下げた。
「あら、あなたもなのね……でも仕方ないわよね、恋に障害はつきものだから」
イルニエはそう言って芝居がかった大きなため息をついた。
「こ、恋……?」
リュアンは思わず声に出して言ってしまった。
フィリパは肩壊しにリュアンを見ると意味ありげに目配せをした。
(え……え?)
リュアンは突然のことにオロオロしてしまったが、
「それじゃ、王女様を診なきゃね」
「はい、イルニエ様」
と、侍女のような振る舞いで、フィリパはイルニエを部屋に案内した。
「あ、あの、ゾーラ様……」
「よ、余計なことは、い、言うな……」
色々と聞きたいことがありそうなリュアンを制して、ゾーラも部屋へと向かった。
しばらくしてイルニエ達がダナエが休む部屋から出てきた。
「あの、王女様は……」
リュアンがイルニエに歩み寄って聞くと、
「あら、随分と積極的ね」
とイルニエは意味ありげな上目遣いで言った。
「え……あの………」
いきなりで、どう反応したらいいか分からずにリュアンが途方に暮れていると、
「い、イルニエ……」
とゾーラがたしなめるように言うと、
「分かったわよ」
小さくため息をついてイルニエが言った。
「王女様の不調の原因は強い精神負荷による自律神経機能不全だと思うわ」
と、それまでとは打って変わって理路整然とした口調でイルニエが説明した。
「ということは……どういうことなのでしょうか?」
要領を得ないリュアンが聞くと、
「つまりイライラや心配事のせいで体が不調になって体力が削られてしまった、ということよ」
「イライラや心配事……?」
「そ、ゾーラがかけた男運が悪くなる呪いのせいでイライラが募ってたのね。そりゃそうよね、お年頃になっても男子に見向きもされないんですもの。そこにイライラを増幅させて体力を削る作用がある薬か何かを摂取した結果こういうことに、ということ」
と、イルニエが説明してくれた。
「それにしても、ゾーラ!」
「お、おぉ……」
「なんてことをしたの!男運が悪くなる呪いなんて、恋する乙女にとっは死活問題よ!」
「う、うぅ……」
ゾーラには返す言葉もないようだ。
「まあ、理由は想像つくけどね」
「……」
「そのことは後でまたお話ししましょう」
「わ、分かった……」
イルニエに説教をされてしょんぼりとしているソーラを横目でみながら、
「そ、それで、王女様は元気になれるのですか?」
と、身を乗り出すようにリュアンがイルニエに聞いた。
「ええ、もちろんよ、私ならすぐに治せるわ。でもね」
「でも……?」
「私が魔術で一気に治すよりも、薬で少しずつ治していったほうが、王女様の体に負担がかからなくて良いと思うの」
「薬で……」
「そう。もちろん薬には私が術をかけて効果を増幅させるけどね」
そこまで聞いて、リュアンもやっと理解できた。
「とすると、薬を作らなければですね」
薬師のイスカが言った。
「それなんだけど……」
イルニエは考えるように言うと、
「サグアスの森の泉の近くの丘に咲いてる花ってなんだったかしら?」
とゾーラに聞いた。
「あ、あれは……ら、ラベンダー、か?」
「はい、ラベンダーです」
ゾーラの言葉にラテナが答えた。
「ピッタリよ、素晴らしいわ!」
イルニエが胸の前で両手を組んで喜んだ。
「ラベンダーが良いのてすか?」
「ええ、ラベンダーの匂いにはね、神経を整えて弱った体力を回復しやすくする効果があるの」
ラテナの問いにイルニエが答えた。
「ちょうどここに転移魔法陣があるから、これで泉のところに行けばすぐだものね」
「では、俺が行きます!」
イルニエの言葉が終わるか終わらないかのうちにリュアンが言った。
「あら♡あなたも中々やるわね」
イルニエはそう言ってウインクすると、
「そうしたら私と一緒に行きましょうか、うふ♡」
「は、はははい、お、お願いします!」
(お、落ち着け、これは仕事だ、仕事……!)
激しく鼓動する胸に手を当てるリュアンの腕をイルニエは躊躇なく掴むと、先ほどゾーラ描いた魔法陣へ彼を引いていった。
すると、
「私もご一緒します」
と、落ち着いていながらも強い口調でフィリパが言った。
「え、でも……」
(危険はないとは思うけど……イルニエ様もいるし、でも……)
とリュアンが不安に思っていると、
「リュアン様がサグアス領を代表されるなら私がタルーバ村を代表します」
と凛とした声でフィリパが言った。
「代表?」
(別にそんなふうに思ったわけでは……)
などとリュアンが戸惑っていると、
「あらあらぁ、この恋も一筋縄ではいかなそうねぇ、ちょっと憂鬱♡」
と、イルニエはちっとも憂鬱そうではない様子で言った。
そして、
「じゃあ、いくわよ」
と言ってリュアンの腕を引いて魔法陣に入ると、彼の腰に腕を回した。
それを見たフィリパは目を見開いてサッと魔法陣に駆け込み、同じようにリュアンの腰に腕を回した。
「あ、ああのい、イルニエ様、ふぃ、フィリパちゃん……」
リュアンは二人の少女、イルニエは見た目だけで実際は少女ではないかもしれないが、に抱きしめられながらオロオロアワアワするしかなかった。
「あら、こうやってくっついたほうがいいのよ、ね」
「はい、くっつきましょう」
と、なぜか意気投合でもしたかのようにイルニエとフィリパが言った。
「それじゃあ、恋の魔法をかけちゃうわね♡」
イルニエはそう言って、いつの間にか手にしていたキラキラしたステッキを掲げて、くるくると回した。
「え?こ、恋のまほ――――」
リュアンが最後まで言い終わらないうちに、三人は眩い光に包まれた。




