第21話 違和感
「男運が悪くなる呪いって……なんでそれで王女様が倒れてしまったんですか?」
始めのうちはゾーラを怖がっていたリュアンも、いつの間にかダナエを心配する気持ちがそれを上回り、ゾーラに対しても次第に強い口調になってきた。
「そ、そんなことは、な、ないと言ったろう……というか、お、お主何者だ……?」
それまでほとんど眼中になかったリュアンの血相に驚きながらゾーラが聞いた。
「サグアス男爵家のリュアンといいます」
姿勢を正してリュアンが答えると、
「さ、サグアス……ああ、あのび、貧乏男爵、か……」
長い髪の毛のせいで目は見えなかったが、ゾーラは口の端を上げて答えた。
(くっ……何も言い返せない)
リュアンは唇を噛んでぐっと堪えた。
「とにかく、王女様が倒れられたのは事実ですので、その呪いを解いていただけないでしょうか?」
マリエが言うと、
「そ、それは、ああたしのせいでは、な、ないと……」
ゾーラは拒否しようとした。
が、マリエとキリアン、そして改めてリュアンを見て、
「わ、分かった……術は解く……が、解いたところで、治らないと思うぞ……」
「はい、それでもお願いします」
そう言ってマリエがゾーマに頭を下げると、キリアンとリュアンも頭を下げた。
「それではすぐに馬車に」
キリアンが戸口に向かおうとすると、
「そ、それじゃ、時間がか、かかりすぎる……王女は今ど、どこにいる……?」
「サグアス領の隣のタルーバ村です」
ゾーラの問いにリュアンが答えた。
「ふむ……」
ゾーラはリュアンの言葉を吟味するような様子になり、
「お、お主、リアドの泉は、し、知っているか……?」
とリュアンに聞いてきた。
「リアドの泉……?サグアスの森にある泉ですか?精霊が宿ると言われている」
「ああ、そ、それだ……そこに昔、て、転移魔法の拠点を作ったのだ……」
「転移魔法が使えるのですか?」
キリアンが驚いて聞いた。
「と、当然だ……魔女だからな、あ、あたしは、へへ……」
答えるゾーラはどこか得意気である。
「だ、だが、送れるのは、ひ、人だけだ……」
「分かりました」
そう答えてキリアンは小屋を出ていった。
「馬車は王都に戻しておきます」
出ていくキリアンと目配せをしてマリエが言った。
(それにしても、なんで男運が悪くなる呪いなんて……?)
さっきから気になっていたリュアンだったが、なんだか込み入った事情がありそうなので、
(後で聞いてみよう……王女様の呪いが解けたあとに)
と、この場はおとなしくしておくことにした。
キリアンが戻ってくる頃には、ゾーラが床に描いた魔法陣もほぼ完成するところだった。
「じゃ、い、行くぞ……」
四人は狭い魔法陣の中にくっつき合って入った。
「……」
ゾーラが瞑想すると、彼女が首に下げた水晶が光りだした。
光はどんどん光度を増していき、もはや正視できない程までに光ると、
カッ――――!
と輝きが部屋全体を真っ白くするように広がった。
そして次の瞬間、四人は森の中の泉のほとりに立っていた。
足元で光っていた魔法陣の光が少しずつ減衰していき、やがて何もない草地になった。
そこはサグアスの村から森に入ってほどない所にある泉だった。
「こ、この辺は、珍しい薬草が、と、採れるんだ……」
ゾーラか言うと、
「そうなんですね……」
と、周囲を見回しながらリュアンが言った。
「し、知らなかったのか……」
「すみません……」
若干呆れたように言うゾーラにリュアンが謝った。
「近くの家で馬を借りよう」
キリアンが言うと、
「多分農耕馬しか無いと思います……」
リュアンがしょんぼりと答えた。
「そうか……まあ、聞くだけは聞いてみよう」
励ますような笑顔でキリアンが言った。
「ほ、本当に、び貧乏なんだな……」
ボソッと小さい声でゾーラが言った。
「すみません……」
リュアンにはそうとしか言えなかった。
森を出て間もないところにある家にリュアンが事情を話すと、快く馬と荷車を貸してくれた。
「二、三日借りることになってしまいそうだけど……」
「どうぞ、お使いください、リュアン様」
と、初老の男主人は笑顔で言った。
「慕われてるんだね」
マリエが穏やかな笑顔でリュアンに言った。
「小さな領地なので皆が親戚みたいなものなんです」
リュアンは少し照れながら答えた。
「……」
ゾーラはそんなやりとりを黙ってみている。
貸してもらえたのは馬車ではなく農作業用の荷車だったので、正直なところ乗り心地は悪かった。
(文句言われないかな、ゾーラ様に……)
とリュアンは荷車を御しながら不安気にゾーラの顔色を伺っていたが、彼女は何も言わずに静かに荷車に揺られていた。
一時間ほどで荷車はタルーバ村に到着した。
リュアンは素早く御者台から降り、荷台から乗り降り用の木箱を下ろし地面に置くと、ゾーラの降車をサポートした。
「……」
ゾーラはうつむき加減でちらりとリュアンを見たが、黙ってリュアンの手をとって荷車を降りた。
その横でマリエとキリアンは身軽に飛び降りていた。
村長宅の離れに行くと挨拶もそこそこに、ゾーラにダナエを診てもらった。
「た、確かに……弱って、いるな……」
ベッドで眠るダナエをじっと見ながらゾーラが言った。
少し離れたところでは、マリエがラテナやレミア、エマ達にゾーラのことを話している。
部屋に入った時、黒いローブでフードを目深に被っているゾーラのことを、彼女たちは明らかに胡散臭げに見ていた。
そして、マリエの話を聞いているうちに、その表情は益々怪しい者を見る目になっていった。
「じゃぁ、術を、と、解こう……」
そう言うと、ゾーラはローブの衿元からから首に下げた水晶を出し、片手で握りながら、もう片方の手をダナエの胸に翳した。
水晶を持つ手と翳した手がほんのりと輝き始めると、その光はダナエの身体全体を包むように広がっていった。
しばらくの間ゾーラはそのままでいたが、少しずつ光は弱まっていき、やがて完全に消えると、
「お、終わった……」
と、言いながらゾーラは水晶をしまって手を下ろした。
「これで王女様は元気になるのですか?」
リュアンがゾーラに聞くと、
「わ、わからん……そ、そう、言っただろ……」
治癒術師のスウェンが素早くベッド脇に来てダナエの様子を診始めた。
「ど、どうですか……?」
リュアンが顔全体を不安色にして聞いた。
「落ち着いては、います」
ダナエの手首と額に手を当てながらスウェンが言った。
「良くなっているのですか?」
「まだ分かりません」
ダナエから目を離さずにスウェンか答えた。
「これから詳しく診ますので……」
そう言いながらスウェンは部屋の中を見回した。
「はいはい、とりあえずはスウェンに任せて部屋を出るよ、特に男連中はね」
と意識して明るい声を出してマリエが言った。
「さあ、行こう、リュアン」
キリアンがリュアンの腕に手をかけた。
リュアンはキリアンに引っ張られながらも顔はベッドの上のダナエに向けられている。
「王女様……」
リュアンは泣きそうな顔でそう小さくつぶやきながら、キリアンに引かれて部屋を出ていった。
そんなリュアンを、ゾーラは長い前髪越しにじっと、物思わしげに見ていた。
「どうかしましたか?」
ゾーラの様子が気になったマリエが聞いた。
「い、いや……ちょっと……な、なんでもない……」
相変わらずボソッと暗い声でゾーラは答えた。
「……」
一瞬聞き返しそうな素振りを見せたマリエだったが、あえてそれ以上は聞かないことにしたようだった。
「ふっ……」
と聞こえるか聞こえないかという小さなため息をついた時、マリエは視界の端で何かを捕らえた。
(ん?なんだ、この違和感は……)
心の中でそう思いながら、マリエは改めてゆっくりと深呼吸をして、違和感を感じたものを横目で見た。
それは、ベッドのダナエに歩み寄ろうとするラテナ達だった。
(なんで私は違和感を……?)
ダナエの容体を心配する言葉を口々に言う女性たちの中で、マリエは静かに注意深く心を研ぎ澄ませた。




