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君が選ばなければ、君の未来は誰かのものになる

作者: 東雲 比呂志

お読みくださりありがとうございます。東雲比呂志です。


『君が選ばなければ…』は、「学校」というテーマのもと、現代の教育環境や思考停止に対するささやかな反抗を描いた青春群像劇です。


春チャレンジ2025の投稿作品として、制度や常識に「本当にそれでいいの?」と問いかけるような物語を目指しました。


日常にある違和感が、行動の芽になる。そんな瞬間を描いています。

今回もどうぞよろしくお願いいたします。

第1章 閉鎖された「工場」の日常

 チャイムが鳴っても、誰ひとり声を上げない。

 まるで歯車みたいに同じ制服を着て、無言で席に着く。その光景を、ユウキは無意識に眺めていた。

 「……なあ、これってさ、なんなんだろな」

 隣の席のコウジが、つぶやくように言った。

 「え、何が?」

 「いや、これ全部よ。朝8時から夕方まで、黙って授業受けて、小テスト、提出物、定期テスト、で、通知表でしょ。こんなん繰り返して、何になんの?」

 ユウキは一瞬、答えに詰まった。

 でも、その感覚は、確かに前から感じていた。

 「……わかる。なんか俺たち、ずっと“何かになるための準備”してるだけで、なににもなってない感じ」

 黒板には「二次関数」「連立方程式」「漢文の返り点」。

 生徒たちはノートに写し、うなずいてるふりをする。だれも、ほんとうに興味があるわけじゃない。

 「最近思ったんだけどさ、俺たちって“将来の夢”とか聞かれても、マジでピンと来なくね?」

 「わかる。なんかさ、『安定してるから公務員』とか、『親に勧められたから大企業』とか、そんなのばっか。夢って言うより、妥協?」

 「夢っていうより“現実に適応しろ”って意味で聞かれてる気するよな」

 

 周囲を見渡せば、みんな一様にスマホを机に忍ばせ、先生の目を盗んではTikTok、インスタ、YouTubeの繰り返し。

 表面上は「真面目な生徒」でも、その内側では、やる気とか希望とか、すっかり摩耗している。

 進路希望調査の紙が、机の上に配られた。

 「おいまたこれかよ。てか、お前書いた?」

 「いや、適当に『国公立』って書いといた」

 「それ一番みんなが書くやつじゃん。安心安全ってやつ」

 ユウキは自分の紙を見つめる。

 空白の進路欄には、何も書けなかった。

 

 教室の後ろには、「進学実績ランキング」ってでかでかと貼り出されたポスター。

 誰がどこに受かったかが名前入りでずらっと並ぶ。

 「これ見て“スゲー!”ってなるの先生だけじゃね?」

 「てか、こんなの貼られて喜ぶやついんの?」

 「これさ、数字と実績の“見せ物”だよな。俺らってさ、良い数字出すために存在してんじゃね?」

 

 ユウキの心に、もやもやとした感情が渦巻く。

 目の前の現実が、「なんとなくヤバい」って直感ではわかってる。けど、それを言語化できる言葉がない。

 先生の声が飛ぶ。

 「はいそこ、私語やめてー!次、範囲プリントの6ページ目。そこ重要!」

 教科書を開く手。ノートを取る音。

 でも、どこか空虚な空気だけが、教室を支配している。

 

 ユウキは、窓の外を見つめた。

 空はどこまでも青く、風が校庭のスピーカーの旗を揺らしている。

 ――ほんとに、これが「正解」なのか?

 ――このまま、黙って順応して、何も考えずに大人になってくのか?

 ユウキは、はじめて自分の中に芽生えたその問いに、軽く震えた。

 

 それはまだ、小さな違和感だった。

 でも、それがこのあと、学校という閉じた世界を揺さぶるほどの、大きな波になることを――

 この時のユウキはまだ知らなかった。


第2章 芽生えた疑問と「搾取」の自覚

 その日、ユウキは駅前のコンビニで買ったメロンパンをかじりながら、スマホで「高校生 将来 やりたいことない」で検索していた。

 「……うわ、めっちゃ出てくるじゃん……」

 どの記事も、「焦らなくていい」とか「自分のペースで」とか書いてある。でも、どこか上から目線で、リアリティがない。

 「てかさ、焦らないでいいっていうけどさ、焦らないまま大人になったら、マジで終わるだろ……?」

 

 ユウキは、最近ふと思うことがある。

 自分は、何のために学校に通ってるんだろう、と。

 授業は先生が黒板に書いた内容を写すだけ。

 話を遮ると怒られるし、疑問を持つと「空気読め」って顔をされる。

 みんな、表面上は「ちゃんとしてる」ふり。でも、本当は誰もわかってない。

 

 「これって、もう“勉強”じゃなくて、“従順さの訓練”じゃね?」

 ユウキは、ふと口に出してみた。

 誰かに聞かせたいわけじゃなかった。ただ、確認したかった。

 

 昼休み、廊下の掲示板の前で、ミサキが進路相談の紙を片手にため息をついていた。

 「どうしたの?」

 「うーん……『大学行ったら何したいの?』って先生に聞かれたけど、正直、よくわかんなくて……」

 「それって、“大学に行くために高校にいる”のに、“大学行ったら何するかはわかんない”ってことか」

 「そうなの。変だよね、よく考えたら」

 ミサキは笑ったけど、その笑顔はどこか曇っていた。

 

 ユウキは、自分の頭の中にある言葉を思い出す。

 「……“何も考えずにただ生きているだけで、搾取される”ってやつ、さ。

  これ、今の俺らのことじゃね?」

 ミサキがユウキの顔を見た。

 「……うん、そうかも。誰かが決めた道を、何も疑わずに歩いてるだけだもんね」

 

 その日のHRで、先生が言った。

 「みんな、将来のために“今をがんばる”のは大事です。今がんばれない人は、社会に出ても通用しません」

 教室中がうなずいているふりをしていた。

 けれど、ユウキの心には、ひっかかるものが残った。

 

 “将来のために今を捧げる”。

 じゃあ、今のこの時間は、「将来の自分」に奪われてるってことか?

 俺たちの“今”は、ただの“通過点”でいいのか?

 

 授業のあと、コウジが言った。

 「なあ、お前ら気づいてる? 俺ら、12年間、毎日7時間くらい学校来て、テスト漬けでさ。ぶっちゃけ“勉強してるフリ”だけで終わってる奴、結構いるよな」

 「てかもうそれ、人生の1/3ぐらい“無駄打ち”してるやん」

 「なのに、『今がんばれば将来ラク』って、どこのCMやねんって思わん?」

 

 ユウキは、黙ってうなずいた。

 いつからだろう。

 「正解」を選ぶことばかりを求められて、自分で考えることをやめてたのは。

 

 ――もしかして、このままじゃ、俺たち「思考停止マシン」になっちまう。

 

 そんな危機感が、ユウキの胸の奥に、はっきりと根を張りはじめていた。


第3章 外の世界との出会い ― 異なる学び

 金曜の放課後、ユウキはこっそり学校の図書室を抜け出し、駅前の市民センターに向かった。

 ネットで見つけた「高校生向けの無料プログラミング体験会」があるらしい。

 「マジで行くの?プログラミングって、パソコンオタクがやるもんだろ?」

 そう言って笑ったのはコウジだったけど、結局付き合ってきてくれた。

 

 講師は、20代後半くらいのラフな格好の兄ちゃんだった。

 黒いTシャツにノートPC一台。挨拶もあっさりしていて、学校の教師とはまるで違う空気をまとっていた。

 「今日は、まず“動くもの”をつくってみよう。うまくできなくてもOK、トライが一番大事っす」

 “うまくできなくてもOK”。

 その言葉が、ユウキの胸にじんわりと染みた。

 

 会場にいたのは、同世代の生徒や、少し年下の中学生、ちょっと話すと「不登校でフリースクール通ってる」っていう子もいた。

 「学校では教えてくれないんだよね、こういうの。てか、パソコンあってもGoogle Classroomとレポートしか使わないし」

 ある子がそう言って笑った。

 ユウキも頷いた。

 「ウチもiPad配られてるけど、電子教科書のビューアって感じ。あと無理やり校内Wi-Fiで使わされるクイズアプリとか」

 「しかもあれ、先生が正解押すと勝手に“答え見せられる”やつでしょ?」

 「うん、まじで“考える前に答え出てる”っていう……なんの練習だよって感じ」

 

 2時間の体験が終わる頃には、コウジもすっかりハマっていた。

 「やべ、これゲーム作れるんじゃね?!」と目を輝かせている。

 「なぁ、ユウキ。学校の“探究学習”でこれやればよくね?

  毎回“地域の魅力とは”とか“SDGsに関する発表”とか、正直よくわかんなくね?」

 「それな。“自分で考えろ”って言いながら、発表のスライドに“例:地産地消”って先生が書いてくる時点で詰んでる」

 

 その帰り道。

 ユウキの脳裏に浮かんだのは、学校の進路指導で何度も聞かされた言葉だった。

 ――「いい大学に行って、安定した会社に入れば安心」

 ――「失敗しない道を選びなさい」

 ――「今のうちに苦労しておくと、将来ラクになるよ」

 

 でもそれって本当だろうか。

 SNSで見かける“中卒でアプリ開発して年収1000万”とか、“海外で動画編集して生きてる”とか、たしかに少数かもしれないけど、そういう“現実”もちゃんと存在してる。

 「お前、英語やりたいって言ってたよな?」

 「うん。てか、今の日本、英語できないと詰む未来しか見えん。翻訳ツールあっても、仕事レベルじゃ通用しないし」

 

 自分で稼ぐ。自分で考える。自分で動く。

 それって、学校の“正解主義”とは真逆の方向にある。

 でも、不思議と怖くなかった。

 むしろ、そういう世界のほうが「本物の学び」がある気がした。

 

 ユウキは、夕焼けのなか、静かに決意した。

 ――もう、“与えられる勉強”だけじゃ足りない。

 ――“自分で選ぶ学び”を始めなきゃ、何も変わらない。

 

 それが、閉じられた「工場」から出るための、最初の一歩だった。


第4章 改革への狼煙 ―「生徒ファースト」の提唱

 月曜日の朝。週の始まりのはずなのに、ユウキの中には妙な高揚感があった。

 「なあコウジ、今週どっかで時間ある?」

 「ん、まあヒマだけど。なんで?」

 「ちょっと集まんね?……学校のこと、マジで変えたいと思ってんだ」

 

 昼休み。空き教室に集まったのは、ユウキ、コウジ、ミサキ、そして先週の体験会で知り合ったハル。

 ハルは別の高校に通うけど、探究活動の地域交流で知り合った「やべー奴」だ。

 「ユウキ、いきなりだけど、革命でも起こす気?」

 「いや、革命っていうか、リフォーム?」

 「どっちでもやばそうだけどな」

 ミサキが笑った。

 

 ユウキは、今までメモ帳アプリに書き溜めてた考えを開く。

 《現状の学校教育の問題点》

 ・必要以上の暗記学習

 ・個別性の欠如

 ・失敗を許容しない空気

 ・ICTは形だけ導入、活用されてない

 ・進路指導が偏差値中心

 ・探究学習の「形骸化」

 ・生徒の意見を聞く場がない

 「……こんな感じ。これを変えたい」

 

 「てか、これ、ほとんどの高校当てはまるな」

 コウジがぼそっとつぶやく。

 「やばいのは、“この状況を普通だと思わされてる”とこじゃね?」

 

 ユウキは、画面をスライドして、次のページを出す。

 《生徒ファースト改革案》

 ・やりたいことを早く見つけられる場を増やす

 ・ICTで自己学習・個別探究を強化(Python、動画編集、デザインなど)

 ・英語+スキルで社会とつながるプロジェクト学習

 ・進路を「偏差値」ではなく「将来像」から逆算する

 ・失敗を「経験値」として扱う空気をつくる

 ・生徒から提案できる「教育会議」の設置

 「こういうの、形だけじゃなくて、本気で導入したい」

 

 ハルが笑う。

 「……それ、本気でやったら、先生たちの中にも“敵”出てくるぞ?」

 「わかってる。でも、それでもやらなきゃ、後輩たちに同じ思いさせるだけになる」

 ミサキが口を開く。

 「“生徒のための学校”であるべきなのに、今って“学校のための生徒”って感じだもんね」

 「だから、生徒ファースト」

 ユウキがつぶやくと、教室の空気がピンと張った。

 

 その週、ユウキたちは校内の有志を少しずつ集めはじめた。

 放課後、教室の片隅で、“新しい学校のカタチ”を考える輪ができていく。

 

 そして、ユウキがついに一枚の紙を生徒会室に提出する。

 《生徒主導による学校制度改革プロジェクト》

 目的:生徒ファーストな学びの実現

 概要:生徒の意見を反映した学校制度改革案の提出と検討会の開催

 発起人:代表・三浦ユウキ

 

 これが、嵐のはじまりだった。


第5章 立ちはだかる壁 ― 既存の権力と“メディアの偏向”

 生徒会室に提出した改革プロジェクトは、一週間後、予想よりも早く「受理された」。

 けれど、それは歓迎ではなかった。

 生徒会長・堂本レンの第一声は、冷たかった。

 「……制度改革? えらい大それたこと言ってるけど、それって学校全体に対する“不信”ってことだよね?」

 

 その場にいたのは、生徒会役員のほかに、教頭、進路指導部長、そして生活指導担当の教師。

 まるで“尋問”みたいな空気だった。

 「別に“敵対”したいわけじゃありません。ただ、今の学校のあり方に、改善できる点があるって話です」

 ユウキは、落ち着いた口調でそう返した。

 だが、生徒会役員のひとりが、小声で嘲笑した。

 「SNSで“生徒ファースト”って言ってたやつ、君ら?

  ちょっと煽りすぎなんじゃない?」

 

 その翌日。校内掲示板に貼り出された「生徒会広報誌」に、こんな見出しが踊った。

『一部生徒による過激な制度批判、事実に基づかない誇張表現も』

 記事には、ユウキたちの主張が「不確かな情報に基づく一方的な批判」であり、「学習環境に混乱を招く恐れがある」と記されていた。

 「は?なにこれ、マジで書いてんの?」

 教室で紙面を読んだコウジが、呆れたように言った。

 「しかも、“誰が言った”って名前は出してないのに、“誰のこと言ってるか”は一目でわかるようにしてる。ずるすぎない?」

 

 生徒会広報のSNSアカウントにも、タイムラインが並ぶ。

『改革とかいうけど、現場を知らない“理想論”じゃん』

『自分で勉強するのがイヤなだけでしょ?』

『いい大学に入るためにやってることが無駄って、失礼すぎ』

 正体不明のアカウントも混じっていて、コメント欄は冷笑と否定で埋め尽くされていた。

 

 ミサキがスマホを握りしめる。

 「……ねえ、これ、ウチらの意見、最初から“危険思想”って決めつけてるよね」

 「まるで“改革しようとしてる奴=反乱者”みたいな構図作ってる感じ」

 「しかも“改革派の意見”は一切載せてないのに、“問題提起だけ拡散”されて、内容は切り取られてる。これ、偏向報道だよ」

 

 ハルが、スマホを睨みながらつぶやいた。

 「SNSって便利だけど、情報を“武器”として使われるとマジでヤバいな。

  言葉って、味方がいなけりゃ、簡単に“弾”になる」

 

 ユウキは、ふと立ち止まった。

 「……てことは、こっちも“言葉の使い方”を変えなきゃってことか」

 「どういう意味?」

 「“理屈”じゃ伝わらない相手が増えてる。なら、“体験させる”しかない」

 

 その日から、ユウキたちは動き始めた。

 Instagramで匿名の教育アカウントを立ち上げ、「理想論じゃないリアル」を一つずつ発信していく。

 “英語で外注した動画編集の仕事”

 “プログラミングで実際に作ったミニアプリ”

 “クラウドワークスでの稼働記録”

 “GIGA端末で活用した事例”

 「実際に“学び”を変えたらどうなったか」を、証拠ごと見せていった。

 

 「こっちには“体験”って武器がある。

  学校が用意してくれないなら、自分でやって見せるしかない」

 

 それは、メディア戦の静かな反撃の始まりだった。


第6章 見えない力 ―「ディープステート」の影

 生徒会広報での一件以来、ユウキたちの改革プロジェクトは、徐々に“腫れ物”扱いされるようになっていた。

 「先生に“あの活動に関わると、内申に響く可能性もある”って言われたんだけど……」

 ある日、ミサキがそう打ち明けてきた。

 声は小さく、どこか怯えているようだった。

 「それ、ガチ?脅しかよ……」

 「でも先生、最後に“まあ、あくまで個人的なアドバイスだけどね”って付け足してた。逃げ道ある風に」

 

 違和感が、さらに強くなる。

 直接的な拒絶はない。でも、じわじわと“空気”で締めつけられる感覚。

 「これ、表向きは“自由に発言してOK”だけど、実際は“何も変えるな”って言われてるってことだよな」

 

 ハルが、数年前のPTA新聞を探し出してきた。

 そこには、今の校長の前任者のインタビュー記事が載っていた。

 《本校の教育方針は、「組織に従い、集団の秩序を保てる人材の育成」》

 「この“人材の育成”ってさ、“部品として扱う”って意味にも聞こえない?」

 「しかも、その下に“地域教育振興会のご支援に感謝”って書いてある。これ何?」

 

 調べていくうちに、学校のいくつかの制度やイベントが、“地域教育振興会”と呼ばれる組織の承認を得て運営されていることがわかってきた。

 そのメンバーには、地元の企業役員、元教師、政治関係者……そして、過去の卒業生たち。

 「やっぱりいた、“OB会”。しかも学校の方針に意見できる立場にいるっぽい」

 「つまり、“今の学校の仕組み”って、現場の先生だけじゃなく、外の“大人たち”にも縛られてるってことか……」

 

 ユウキは、校長の講話を思い出していた。

 「皆さんは、“地域社会の一員”としての自覚を持って行動してください」

 その言葉の裏には、こんな意味が隠されていたのかもしれない。

 “社会に出る前に、まず“管理される”ことに慣れておけ”

 

 「でもさ、それ、誰のための“教育”なんだろ」

 

 生徒のため?

 学校の“実績”のため?

 それとも、“外部の組織が安心できる人材”を育てるため?

 

 「改革がうまくいかないの、理由あったんだな」

 「敵は、見えてるやつだけじゃなかったってことだ」

 

 その日の夜。ユウキは、自室で画面に向かって動画を編集していた。

 タイトルはこうだ。

 『学校を裏で動かす“目に見えない手”――誰のための教育か』

 

 投稿から1時間後、再生数が千を超え、コメント欄に一つのメッセージが投稿された。

「君たちは“本質”に触れかけてる。注意しな」

 

 ユウキは息をのんだ。

 敵は、もっと深い場所にいる――そんな直感が、確信に変わりつつあった。


第7章 内部の分断 ―「ウクライナ戦争」の比喩

 秋。風が冷たくなってきた頃、ユウキたちのグループに、静かに「ひび」が入りはじめていた。

 きっかけは、シンジだった。

 改革プロジェクトの初期から参加していた真面目なタイプで、誰よりも資料を作り込み、討論でも冷静に意見をまとめる役だった。

 「ユウキ。正直言うけどさ、もう少し“現実的”にやらないと無理だって」

 「……どういうこと?」

 「いや、気持ちはわかるけど、“ディープステートが~”とか“裏の構造が~”って話、まじで怪しく聞こえる。

  今のままだと“陰謀論クラブ”扱いされるのも時間の問題だよ」

 

 その場にいたコウジがすぐ反応する。

 「じゃあさ、現実的にって何?“校則の一部をちょっと緩和しよう”とか“週に一時間だけ探究授業を増やそう”とか、そんなのやっても根っこは何も変わんねーだろ」

 「根っこを変えるのが一番むずいって話をしてんの!」

 

 一気に空気が張りつめた。

 冷静だったはずのミサキでさえ、目を伏せて言った。

 「……私も正直、最近怖いなって思ってた。

  “味方”だったはずの先生が無視するようになったり、教室で噂されてたり……。

  これ以上続けたら、うちらが孤立するだけなんじゃないかなって」

 

 ユウキは、何も言い返せなかった。

 でも、頭の中にはっきり残っていたのは、あのとき目にした進路希望調査の“空欄”だった。

 将来のビジョンがなく、なんとなくで進学する生徒たち。自分も、かつてはそうだった。

 

 「……それでも、俺は止まりたくない」

 ユウキの声は、静かだけど確かだった。

 「だって、何も言わなきゃ、今の“何も考えないまま従っていく空気”が、また次の一年生に受け継がれるだけだろ。

  それ、まじで“代理戦争”みたいじゃん。俺たち、誰のために消耗してんの?」

 

 ハルが、ぽつりとつぶやく。

 「……そうだよな。“現状維持”って、実は“誰かの都合”に協力してるだけなのかもな」

 

 だけど分裂は、すでに始まっていた。

 シンジは「方針の違い」を理由に、活動から距離を置いた。

 ミサキは「もう少し周りを説得してからでも遅くない」と言って、一歩引いた立場になった。

 内部から、改革派は“二つ”に割れていった。

 

 「これ、マジでウクライナみたいになってね?」

 コウジが冗談まじりに言ったが、その目は笑っていなかった。

 「外からのプレッシャーで、内部が裂けてく感じ。どっちが正しいとかじゃなくて、みんな疲れてんだよ」

 

 ――もしかして俺たち、学校ってフィールドを使って、“他の意志”を代弁させられてんのか?

 そんな疑念がユウキの胸に残った。

 

 それでも、彼は言葉にした。

 「分かれてもいい。でも、立ち止まるのだけは、絶対にしない。

  俺は、自分で“考えること”をやめないって決めたから」

 

 たとえ仲間が減っても、理解されなくても。

 改革の灯火は、簡単には消えない。


第8章 個々の戦術 ― スキルと実行力

 分裂のあと、改革グループは実質3人だけになった。

 ユウキ、コウジ、そして外部校のハル。

 「人数は減ったけど、こっから本番だろ」

 コウジが言った。

 「正論で攻めても聞いてくれないなら、“結果”で示すしかないってことだ」

 

 3人は、週に1回の放課後ミーティングをやめ、完全に「動く」フェーズに入った。

 全員、自分の得意分野を“武器”にすることを決めた。

 

 コウジは、プログラミング。

 学校の授業では絶対に出てこない「Python」と「JavaScript」のオンライン教材を黙々とこなしていた。

 「チャットボット作れたら面白くね?

  学校の進路質問とかを“自動で”答えるAIみたいなやつ」

 「それ、“生徒が生徒のニーズでつくる教育インフラ”になるな……!」

 

 一方、ハルは動画編集と発信に全振り。

 TikTokとYouTubeに「教育のリアル」をテーマにしたドキュメント風ショート動画を投稿していた。

 >『高校生が“勉強してるフリ”をやめたら何が起こるか』

 >『進路希望、全員テンプレにしてみた【リアル】』

 >『GIGA端末、有効活用度ランキングつくってみた』

 どれも皮肉とユーモアが効いていて、再生数は徐々に伸びていった。

 「炎上狙いじゃない。でも、“見てもらわなきゃ意味ない”からさ」

 「“視聴率が正義”ってやつか」

 

 そしてユウキ。

 彼は英語に集中していた。

 オンライン英会話、翻訳アプリを駆使した外国の記事の読み込み、YouTubeの海外教育系チャンネル……。

 「英語で世界見たら、マジで景色変わる」

 「逆に、今の学校教育って“翻訳済みの人生”しか見せてくれないって感じがするな」

 

 やがてユウキは、海外の教育系NPOに英語でメールを送り、オンラインでの簡易インタビューにもこぎつけた。

 「日本の高校生が教育を変えようとしているんです」

 「あなたの国では、学生の声が政策に届く仕組みはありますか?」

 返ってきた答えは、静かに心を揺らした。

 >「本物の教育は“与えられるもの”じゃなく、“奪いに行くもの”だよ」

 

 3人は、それぞれのスキルで攻めた。

 学校内ではなく、外の世界で、“生きた学び”を形にしていった。

 

 ユウキはある日、自分のノートにこう書いた。

 >「結局、教育は“スキルの土台”を自分で掘れるかどうかに尽きる」

 >「やるかやらないか。あとは、“素直に実行するかどうか”だけだ」

 

 “全員で何かをやる時代”じゃない。

 “できる奴が、自分の武器で道を切り開く”時代だ。

 そして、それがいつか、“誰かの希望”になる。


第9章 生徒会選挙 ―「不正選挙」の舞台

 年に一度の、生徒会選挙の季節がやってきた。

 教室には選挙管理委員が配るプリント、廊下には立候補者ポスターが貼られはじめる。

 普段はあまり注目されないこのイベントが、今年だけは、妙に“ざわついていた”。

 

 「ユウキ、ホントに出る気なんだな」

 「うん。“外から変える”だけじゃ限界がある。なら、“中”から動かすしかない」

 

 ユウキは、正式に生徒会長選へ立候補した。

 公約はたった一つ。

『生徒が“本当に学びたいこと”を選べる学校へ』

選択制スキル講座の設置、ICT活用の自由化、生徒主導の探究プロジェクト支援。

 

 「抽象的すぎない?それって結局、“理想論”じゃん」

 対立候補は、現・副会長の篠崎。

 教師や旧生徒会ともつながりの深い、いわば“システムの代表者”だった。

 彼女のポスターにはこう書かれていた。

『伝統を守ること、それが安心に変わる。安心があるから挑戦もできる。』

 

 「やば、“すごく聞こえのいい何も言ってない感”……」

 「逆に強えな。政治家のポスターみたいじゃん」

 

 しかし、異変はすぐに起きた。

 投票方法が、今年から“紙と電子の併用”になったのだ。

 投票日当日、生徒の間でこんな声が飛び交う。

 「え、ネット投票?ログインできなかったんだけど」

 「昨日ログイン情報送られてたらしいよ。え?届いてない?」

 「紙投票?あれ、こっそり回収されてたぞ。投票箱じゃなくて、封筒に集められてた」

 

 疑問はどんどん膨らむ。

 「ネット投票の集計、誰がやってんの?」

 「選管って、会長派の奴らじゃなかった?」

 「なんか、既定路線っぽい空気、ヤバくね……?」

 

 ユウキたちはすぐに行動を起こす。

 独自に投票結果の“監視スクショ”を呼びかけ、ネットフォームのバグ報告を収集し、電子投票画面の構造を技術的に分析した。

 結果、複数の生徒から「投票後、確認画面が一瞬しか表示されず、その後ログインできなくなった」という共通の証言が集まる。

 

 「これ、意図的な“集計の不透明化”だろ」

 「“誰がどう集めて、どう数えたか”がグレーなまま進められる。それってもう選挙じゃなくね?」

 

 さらに翌日、学校の公式アカウントが投稿した“開票速報”が炎上する。

『速報:篠崎候補、過半数で当選確実』

(※開票作業中)

 「開票“中”に当選“確実”?意味わからん」

 「結果が決まってるなら選挙いらなくね?」

 

 ハルが言った。

 「これもう、リアルに“大人の世界の模写”だな。

  選挙やってるように見せて、実は“筋書き通り”ってやつ」

 

 その夜、ユウキは1本の動画を投稿する。

 『【検証】高校の選挙、不正の構造――“民主主義ごっこ”の裏側』

 

 拡散は早かった。

 「大人の世界をなぞるだけの教育に、意味はあるのか」――そんな問いかけが、画面越しに伝わっていった。

 

 学校は沈黙したまま。

 でも、生徒の間には、確実に何かが芽生え始めていた。

 それは、疑問でも、不満でもない。

 “自分の頭で考えたい”という、小さな自我の目覚めだった。


第10章 討論会と“デマ”の応酬

 生徒会選挙の最終週。学校主催の「公開討論会」が開催されることになった。

 場所は視聴覚室。放送部による全校同時配信も予定されていた。

 事前に配られたテーマは三つ。

 ・学校のルールと自由のバランス

 ・ICTとこれからの学び

 ・生徒の声をどう反映させるか

 まさに、ユウキたちが訴えてきた核心部分だった。

 

 当日、会場は静まり返っていた。

 登壇者は二人――ユウキと、対立候補の篠崎。

 進行役を務めるのは、広報委員の3年生・沢村。

 彼女は教師に近い立ち位置として知られ、生徒会ともつながりが深い。

 「それでは、最初のテーマ。“学校のルールと自由のバランス”について伺います。篠崎さんから、お願いします」

 

 篠崎は、丁寧な口調で語り始めた。

 「自由はもちろん大切です。でも、集団で生活する以上、一定のルールは必要です。ルールがあるからこそ、安心して学べる環境が保たれています」

 “さすが”という空気が、会場に流れた。

 次にユウキが話す番だった。

 「たしかに、ルールがゼロってわけにはいかないと思います。でも、今のルールって、“なぜそれがあるのか”を生徒に説明してくれる機会って、ありますか?」

 会場がざわついた。

 「たとえば、“黒髪じゃないとダメ”とか、“スカートの長さは指○本分”とか、そういうルール。守ることより、“考えること”を学べるような仕組みにしたいんです」

 

 沢村の口調が少しだけ硬くなる。

 「それはつまり、“校則をなくせ”という意味ですか?それは少し、極端な意見に聞こえますね」

 「いえ、なくすのではなく、“対話できる仕組み”を――」

 「時間の都合で、次のテーマに移ります」

 

 進行は、淡々と、しかし確実にユウキの言葉を遮った。

 

 二つ目のテーマ、「ICTとこれからの学び」では、篠崎がこう発言した。

 「現在も、GIGA端末を活用して十分な取り組みがなされています。クラスルームやeラーニング教材の導入など、実績は十分あると思います」

 続けて沢村が言う。

 「たしかに、“ICTは活用されていない”という意見もありますが、調査によれば、“端末の利用頻度”は年々上がっているそうですね」

 

 ユウキは、ゆっくりと息を吸った。

 「“利用してる”って、ただ“使ってるように見える”だけのこともあります。

  授業でPDFを開かされるだけなら、デジタル化じゃなくて、“紙の代わり”なだけじゃないですか?」

 「それは主観的な意見ですよね」

 「でも、現場の“生徒の実感”は主観以外で語れないと思います」

 

 場が一瞬、静かになった。

 そのとき、突然スクリーンに、“SNSの投稿”のスクショが映し出された。

 

 そこには、ユウキが過去に投稿した動画のキャプチャと、そこに付いた悪質なコメントがいくつか。

「これ、デマじゃね?」

「“不正選挙”とか煽ってるけど証拠ないよね」

 沢村が言う。

 「こうした投稿について、一部で“不安を煽る”という指摘もあります。

  ユウキさんはこれを、どう説明しますか?」

 

 “やられた”。

 ユウキはそう感じた。

 議論ではなく、“印象操作”の時間にされていた。

 でも、引かなかった。

 

 「僕たちは、何も“断言”してません。“疑問”を提示してるだけです。

  “おかしいかもしれない”って思ったら、調べるのが、本当の“学び”じゃないですか?」

 

 会場の空気が、少しだけ変わった。

 一部の生徒が、ざわざわと話し始める。

 

 討論会は、そのまま時間切れで終了した。

 結果として、ユウキは「勝った」わけではない。

 でも、“何かを壊した”手応えがあった。

 

 終わったあと、知らない後輩が声をかけてきた。

 「ユウキ先輩……俺、初めて“本音の会話”って感じがしたっす」

 その一言が、なによりの答えだった。


第11章 外部勢力の介入 ―「グローバリズム」の影響

 討論会の翌週。

 校内に突如貼り出された掲示物が、生徒たちの間でざわつきを呼んだ。

『次年度より導入予定:新・多様性対応型スクールポリシー』

― 男女共用トイレの試験設置

― 肉を使わない「サステナブル給食」の導入検討

― 校則における“個性の尊重”と“性自認の自由化”方針

 「え、なにこれ……急すぎない?」

 「共用トイレって、別に求めてたっけ?」

 

 説明会では、外部の教育コンサルタントと名乗る人物が登壇した。

 流暢な日本語を話す外国人男性。その横にはタブレットを構えたスタッフ数名。

 「現代の教育は、国境を越えた価値観と連動する必要があります。生徒たちは“グローバル市民”として、柔軟で多様な価値観に適応できる力を育むべきです」

 スライドには、SDGsのカラフルなアイコンが踊り、「多様性」「共生」「持続可能性」の文字が並ぶ。

 

 「なんか、“正しいこと”しか言ってないんだけど、何か違和感あるな……」

 コウジがつぶやいた。

 「うん……“誰が決めたか”がまったく見えてこない。

  生徒の声も、先生の声も、どこにも入ってない感じがする」

 

 ハルはSNSを調べまくった。

 このコンサル団体は、全国各地の学校で“教育改革”を進めているらしい。

 けれど、導入された施策は現場で形骸化し、現実離れした方針ばかりが先行していた。

 

 「“地に足のついてない理想”が、学校に降ってくる。

  これ、“外からの支配”ってやつだろ」

 「教育が、“需要のないグローバルメニュー”になってる感じ」

 

 ユウキはある日、試験的に導入された「サステナブル給食」を手に取った。

 大豆ミート、米粉パン、そして“昆虫パウダー入りクッキー”。

 「俺たち、いつから“世界の実験場”になったんだ?」

 

 表向きは“善意”と“正義”で構成された改革。

 でも、生徒たちは次第に気づき始めていた。

 それは、“内発的な変化”ではなく、“外から与えられた正しさの押しつけ”であることに。

 

 ユウキは黒板の片隅に、マジックでこう書いた。

「思考停止で従う“正義”は、もう“教育”じゃない」

 

 誰かが言っていた。

 >“グローバル化”の波に乗り遅れるな――

 でも今、ユウキたちが感じていたのは、

 「本当のグローバル」とは、“誰かの正解に従うこと”ではなく、“自分の立ち位置を持つこと”だという確信だった。


第12章 “核”の選択肢 ― 究極の暴露

 ある日、ユウキのもとに一本のファイルが匿名で届いた。

 差出人不明。中身は、内部文書のスキャンデータだった。

 そのタイトルを見て、彼の手が止まる。

『2023年度校内教育運営会議 議事録(非公開)』

 

 その文書には、生徒会選挙の前月に行われた会議のやり取りが詳細に記されていた。

 >「改革派候補の当選は、校内秩序に支障をきたす可能性がある」

 >「選挙は儀式的なものであり、“実際の運営には関与させない”方向で調整する必要がある」

 >「SNSや動画投稿の監視体制を強化。必要に応じて“学内通報”も想定」

 

 「……これ、“核”じゃん」

 ハルの声が震えた。

 「出したら学校が吹っ飛ぶ。いや、それだけじゃ済まないかもな」

 

 「本当にやる?これ出したら、“勝つ”かもしれない。でも……」

 「“取り返しのつかないライン”を超えることになる」

 

 コウジがポツリと呟いた。

 「俺らがさ、“正しさ”のために動いてるのは間違いないと思う。

  でも、やり方間違えたら、“ただの爆弾魔”になっちまう」

 

 沈黙が落ちる。

 これは、もはや「学校改革」なんて次元を超えていた。

 信頼の崩壊、運営システムの瓦解、生徒と教師の全面衝突――

 それすら視野に入る“情報の力”。

 

 「出すなら、覚悟が要る。

  “自分が正しい”っていう自己満足じゃなくて、

  “誰の未来に、何を残すのか”を考えてからじゃないと」

 

 その夜、ユウキは一人、画面に向かっていた。

 指が迷う。ファイルをアップロードするボタンを前に、クリックできない。

 

 目の前には二つの道がある。

 黙って現実を受け入れるか。

 暴いて、新しい現実をつくるか。

 

 画面の向こうに映るのは、かつて“何も考えずに生きていた自分”だった。

 そして、心の奥に浮かんだ問い。

 「これは“破壊”なのか、“再生”のための一撃なのか」

 

 深夜1時、ユウキはファイルをひとまず閉じた。

 今はまだ、その時じゃない。

 

 でも、彼の中にはもう、確信があった。

 この一撃があるだけで、“システム”はもう無敵じゃなくなった。


第13章 クライマックス ― 最後の戦い

 生徒会選挙の開票日。

 結果は、篠崎の当選。

 発表と同時に、視聴覚室で公開された“演説映像”は、拍手のSEと共に編集されたものだった。

 その動画のコメント欄は制限され、評価ボタンも非表示。

 

 「……徹底してるな、見せ方」

 コウジがつぶやいた。

 「この時代に、“真実より印象”が勝つって、キツすぎる」

 

 ユウキは迷っていた。“核”のファイルは、まだ誰にも出していない。

 けれどその日、職員室前の掲示板に、ひとつの手紙が貼られていた。

『この学校を、本当に生徒のための場所にしたい人へ』

「誰も言わないなら、俺が言う」

「“おかしい”って思った感覚は、間違ってない」

「考えて、声に出す。それが、大人になるってことだと俺は思う」

 署名:三浦ユウキ

 

 放課後。

 ユウキは体育館裏に、校内記者クラブ・写真部・放送部の有志を呼び出した。

 「……一つだけ見せたい資料がある。でもこれは、全部見たあと、判断は任せる。俺たちは“暴きたい”んじゃなくて、“変えたい”」

 彼らは、その内部資料に目を通し、顔をこわばらせた。

 でも一人が言った。

 「……今まで、自分たちが“記録するだけ”で、何もしてこなかったのが悔しい。やろう」

 

 その夜、一本の映像がYouTubeにアップされた。

 『何も知らないフリをやめた日。高校生が、本気で教育を問い直す』

 ナレーションは淡々と事実を述べ、最後にこう締めくくられていた。

「この動画の判断は、あなたに任せます。

 でも、あなたが今、“何かを感じた”なら――それがきっと、答えです。」

 

 再生数は一気に広がった。SNSでも拡散され、外部メディアが取材を申し込んでくる事態に。

 しかし、学校側の対応は早かった。

 「デマの拡散」「風紀の乱れ」などを理由に、ユウキに“停学処分”の通達が出された。

 

 「……来たな、“最後のカード”」

 

 翌朝、校門前には数十人の生徒が集まっていた。

 黙って立ち、ノートPCやスマホでライブ配信を続けていた。

 「情報を“管理する側”から、“発信する側”になる。それが、俺らに残された“武器”なんだよ」

 

 その週末、学校は処分の一時凍結を発表。

 文面にはこう書かれていた。

「一部の意見も、建設的であれば今後の改善材料とする方針で再検討を行う」

 

 それは、“全面勝利”ではなかった。

 でも、明らかに“風向き”は変わっていた。

 

 改革は、少しずつ、でも確実に始まっていた。


第14章 変化の兆しと課題

 あの動画が公開されてから、3週間が経った。

 学校は、何事もなかったように動き続けている……ように見えた。

 

 でも、確かに変わってきている。

 たとえば、校内SNSで「スキル学習シェア」グループが公式に承認された。

 動画編集のやり方、英語学習アプリのおすすめ、プログラミングの勉強法――

 生徒が自分たちで学びを“発信”する文化が、静かに芽を出していた。

 

 ユウキはそのグループをのぞきながら、小さく笑った。

 「別に、“制度”が変わったわけじゃない。でも、“雰囲気”は確実に違うよな」

 

 黒板の端には、誰かがチョークでこう書いていた。

「考えた人、行動した人、それが未来をつくる人」

 

 一方で、課題も残っていた。

 校則は相変わらず“改定検討中”のまま。

 教師の中には「“意識高い系”がまた何かやってる」と冷ややかな目を向ける者もいた。

 

 「変えるって、マジでエネルギーいるよな……」

 ハルがぽつりとつぶやく。

 「“意識の壁”って、制度より厄介かもしれん。だって、“変わりたくない側”はずっと居座ってるもん」

 

 さらに、ユウキの投稿動画に関して、一部の保護者から「過激」「不安を煽る」などの苦情も寄せられていた。

 それに対して、学校は“情報発信のガイドライン”を新設し、発言の自由と責任の線引きを強調した。

 

 それでも、以前とは確実に違っていた。

 “生徒が語ること自体”が、珍しいことではなくなっていた。

 

 生徒会も、新しく選出された補佐役が中心となり、「生徒参加型アンケート制度」の導入を試験的に始めた。

 選択肢は増えた。

 発言の機会も少しだけ広がった。

 でも、根っこの部分――“学校が誰のためにあるか”という問いには、まだ答えが出ていない。

 

 ある放課後、ユウキは中庭のベンチで空を見上げていた。

 コウジがやってきて、となりに腰を下ろす。

 「……なあ。俺ら、結局“勝った”のかな」

 「さあな。でも、“起こした”のは間違いない。

  それだけでも、やった意味はあったと思う」

 

 沈黙のあと、ユウキはぽつりと呟いた。

 「日本の教育って、きっと“誰かの都合”と“誰かのあきらめ”で形づくられてきたんだろうな」

 「でも、今は“誰かの気づき”が混ざり始めてるってことだな」

 

 それは、小さなことかもしれない。

 だけど、歴史が変わるときって、きっとこんな風に静かに始まる。


第15章 未来への旅立ち ― 個人の学び

 卒業式を目前に控えた3月。

 ユウキは、いつもの教室を見渡していた。

 机の並びも、窓から差し込む光も、何一つ変わっていない。

 でも、自分の“見え方”は、確実に変わっていた。

 

 この一年、彼は数えきれないほどの問いかけを持ち、ぶつかり、そして考え続けた。

 何が正しいのか。何をすべきなのか。

 そして気づいた。

 「正しいかどうか」じゃない。

 「考えること」そのものが、俺たちに残された自由なんだ。

 

 「……決めた。俺、行くわ。フィリピンの英語留学」

 放課後の屋上で、ユウキがコウジにそう告げた。

 「おお。ガチで行くんだな。どうすんの、大学?」

 「休学。てか、大学行くことより、“何するか”が大事って思った。

  現地でフリーランスの動画編集やりながら、ITの仕事手伝うって約束も取った」

 

 「マジで、“やりたいこと”見つけたんだな」

 コウジはそう言って、背中を軽くたたいた。

 

 「お前は?」

 「俺は、東京のプログラミングスクールに通いながら、スタートアップでバイトする予定。

  なんか、もう“就職先探す”ってより、“自分で作ったほうが早くね?”ってなった」

 「最強じゃん。なんかもう、普通の社会と“別ルート”歩いてる気分だよな」

 

 ハルは、地方の大学に進学が決まった。

 でも、彼女はもう「学び」に閉じ込められてはいなかった。

 >「大学は“人と環境のリソース”。私はもう、自分で学べるってわかったから」

 

 そして、ミサキやシンジとも、年明けに再び話をする機会があった。

 それぞれが自分のペースで、自分の“考え”に戻ってきていた。

 

 学校は、劇的に変わったわけじゃない。

 でも、あの日ユウキたちが起こした“風”は、確かに何人かの心に残っていた。

 

 「教育って、結局は“個人戦”なんだな」

 卒業式の日、ユウキはそう思った。

 与えられるものを待つんじゃない。

 自分で拾い、自分で考え、自分で選ぶ。

 そのための力を育てる場が、本当の教育なのかもしれない。

 

 帰り道、制服の襟を風がはためかせる。

 道の先には、まだ何も決まっていない未来がある。

 けれど、彼の中にはひとつの確信があった。

「“現状維持”は、もう選ばない」

「変わるために必要なのは、“才能”じゃなく“気づき”だ」

 

 そして、彼は歩き出した。

 誰かのレールではない、自分自身の道を。

 

 ――それが、教育の終わりではなく、“ほんとうの学び”の始まりだった。


エピローグ

 春の風が、教室のカーテンを揺らしていた。

 その教室では、今も誰かが黒板を写し、あくびをかみ殺し、明日のテストにそわそわしている。

 

 でも、ひとつだけ違うのは。

 “考えることを恐れない誰か”が、そこにいるということ。

 

 声を上げる者。学びを拾いに行く者。見ている者。

 そのすべてが、確かに何かを“始めている”。

 

 教育とは、制度ではない。

 与えられるものでも、奪われるものでもない。

 それはきっと――

「気づいて、選んで、動いた“その瞬間”から始まるもの」

 

 君は、どう生きるか。

 この物語の続きを、誰が書くのか。

 ――それは、今これを読んでいる“君”に、託されている。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


本作は、教育という閉じた構造の中で、それでも“考える自由”をあきらめない物語です。


「与えられる学び」ではなく「選び取る学び」へ。

春に芽生える“気づき”が、どこかの誰かの未来を変えることを願って――

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