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ろくでもない夜会

「あのストールは何かしら?」


王妃はイライラしながら側仕えに尋ねた。先程から視界に映る、ブドウ柄のストールに心当たりはない。


これが一人二人ならば気にならないが、何人も身に着けていると目障りだ。明らかにそれは流行なのに、王妃のもとに情報が届いていないのだから。


「マーレス公爵家と縁あるものが身に着けているストールです。なんでも、公爵がとある家族を助けたお礼に作られたものと同じデザインだとか」


王妃は不快げに顔を歪ませながら顔を扇ぐ。さめざめといった様子で嘆いてみせた。


「王家の華やかな夜会に、血を連想するようなものを持ち込むなんて。私、嫌われているのかしら?」


この王妃はいつもこうだった。自分の気に入らないものがあれば、それを貶める発言を口にする。しかも強い者に擦り寄るようにコロコロと発言を変えるのだ。こうして彼女は気に入らないものを排除してきたが、それも翳り始めていた。


「王妃よ、発言を慎め」

「陛下…?」

「あの刺繍はただのブドウではない。この国を象徴するものだ。それを血だと言うのであれば、そなたを母国に送り返す準備をせねばなるまいよ」


強く睨まれて王妃は口を噤む。言い訳を並び立てようとしたが、王の形相に黙らざるをえなかった。




結婚した当初、王にとって王妃は最愛であったし、誇らしい人物であった。王妃は圧倒的カリスマで国の淑女を虜にしていったのだから。当時はまだ王子と王子妃でしかなかったが、良い国を作るのだと希望を抱いていた。


その考えが覆ったのが数年前のこと。前王…つまり王の両親が病に倒れた時のこと。どんどん痩せ細る二人に国は任せられないと、彼は早めに王座についた。それでも二人が回復したときには再び王座を譲り渡すつもりで…一時的な代理なのだと思って治療法を探していた。


そして出会ったのがミリー・ゴルドバーンだ。信頼できる部下に接触した彼女は、おぞましいことを口にした。


あれから数年…王は憎悪を燻らせている。




二人の席から遠く離れた場所で、クロードは二人を観察していた。王妃の動きを見てほしいとミリーが言っていたので引き受けたのだが…結果はまずまずといったところだと満足気に頷いた。


今日の夜会は侯爵以上の家ばかり集められている。中には伯爵家も混じっているが、どれも由緒正しい所ばかりだ。ゴルドバーン家は招待されていない。


ゆえに、彼がいるわけがないのだ。クロードは見間違いかと思って、もう一度じっくり見る。


「エドガー?」


よく知った男が、会場の目立たない場所で立っている。顔はいつもより青白く、今にも泣きそうな表情をしていた。クロードは慌ててエドガーのもとへ行く。


エドガーがいるわけがない。そう何度も唱えながら彼の元へ向かう。途中、現れた女二人がなにやら楽しげに話しながらエドガーの背中や腕に触れた。


「触らないで…触らないでください…やめて…触らないでえ…」


ぼろぼろと泣き出して懇願するエドガーを前に、女の片方は嬉しそうにキャラキャラと嗤っていた。よく見れば、笑っていないほうの女はエドガーに少し似ている。


クロードはぐんとスピードを上げた。


「エドガー!こんな所で会うなんて!」

「く、く、クロード」


先程まで嗤っていた女の顔を見る。一部で有名な未亡人だと解って、吐き気がこみ上げたのを飲み下す。


「驚いた!ノイマン()()の息子だと思っていたのだけれど?」


大きな声で周りにいる人間に知らしめる。ここに異物が紛れ込んでいることを、そう仕向けた女共がいることを。


「は、はい。ノイマン男爵は、僕の父です」


騒ぐクロードの様子に気が付いたのだろう、アドニスがやってくる。ドレイク侯爵家の間で伝わるハンドサインを出すとエドガーに体を寄せた。


「酔ったみたいだから、二人でお暇させてもらわないか?」

「はい…はい…」


何度も頷くエドガーを促し、さっさと会場を後にする。無礼な振る舞いだとは思うが、クロードの行動を気にする者はきっといないだろう。エドガーを招き入れた誰かを罰するほうが先だからだ。


侯爵家の馬車に乗り込み、かろうじて被ったドレイク家の男という矜持を脱ぎ捨てる。


「ゴルドバーン邸に送り届けて頂戴!」

「駄目です。夜に訪れるのは失礼です」

「婚約者が弱ってるのに頼らないほうが失礼よ!アンタ、ミリーに嫌われたくないでしょ!?」


常にない速度で馬を走らせてゴルドバーン邸に着く。門番は突然に現れた侯爵家の馬車に驚いたが、中にいた二人を見て慌てて屋敷の中に入れた。


待合室に通される。その間、エドガーは真っ青な顔で震えて泣いていたけれどクロードは触れることができなかった。


「エドガー!!!」


現れたミリーは焦った様子でエドガーの隣に座る。エドガーはぶるぶる震える手でミリーの手をとり、確かめるようにぎゅっと握った。


ゆっくりとエドガーの呼吸が安定してくる。


「私のエドガーがどうして夜会にいるワケ?」


怒りに震えるミリーにどう説明したものか少し悩んだが、全て正直に言ってしまうことにした。


「初物食いで有名な未亡人に売られそうになってたわ。売ったのはエドガーの親戚じゃないかしら」

「…叔母です」


ミリーの額に青筋が浮かぶのを見て、クロードは思わず感心してしまった。人は怒ると本当に青筋が浮かぶのか、と。


「エドガーは今日、うちに泊まっていって。クロードはどうする?」

「ヤダー!友達が家に引っ張り込まれて黙ってるわけないじゃない!アタシも泊まるわ!ということは?もちろん?アタシのパジャマはセオドア様の!?」

「ご安心ください!我がゴルドバーン邸にはお客様用の寝具が一通り揃っています!」


すっかりいつも通りの空気になるミリーとクロードに、エドガーも少しずつ落ち着いてきた。泊まりと言われて戸惑っているようだったが。


「どちらにせよエドガーは結婚したらこの家に住むんだし、今のうちに慣れる練習と思ってほしいな」

「はい…」


この日は穏やかな夜が訪れた。再び騒がしくなるのは明日のこと。

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