ブドウの罠
「アンタ達、似合う色が全員バラバラじゃないのよ!最高だわ!ベースの色はお揃いにして、差し色を変えることで魅せるわよ!ブドウモチーフで家族アピールもするわ!」
クロードが生き生きとしている。あれも似合うこれも似合うと四人に布をあてる姿を見ながら、ミリーはペラペラと書類をめくっていた。
「マーレス公爵主催の夜会、招待客が軍人過ぎる。想定内だけどお酒が足りないなあ!うちの商会からも卸してこないと」
お金の計算をするミリーの姿に、伯爵は申し訳なさそうに俯いた。
「何から何まで申し訳ない…」
「あら、気にしなくていいわよ。見返りだってあるもの」
自分達の作った衣装を宣伝してもらう、これ以上ない好カード。今回は『兄の策略により家を追い出された伯爵が、家族と一緒に乗り越えた』というストーリーが付随しているのだ。彼らが身に着けたものは、その美談と共に社交界を大きく震わせるだろう。
軍人たちは美しく着飾った伯爵一家が振舞うワインを飲み、自分たちの仕事の偉大さを誇るであろう。マーレス公爵の素晴らしさを讃えるに違いない。そして伯爵一家が身に着けたものは「勝利の日に着る特別な装飾」として流行るのだ。
「まあ、正直ドレスは別で売るつもりだったから思わぬ収穫って感じだよね。もともとは夜想草が安く欲しかっただけだし?」
ミリーの言葉に「そうだった」とクロードは笑う。最初は夜想草の輸送費を戻したかっただけなのだ。それがいつの間にか、公爵家を味方にして伯爵家を助けることになっていた。まるで小説のような展開だと思う。
そもそも夜想草そのものは伯爵家とまったく関係ない。
「実際のところ、ミリーはどこまで狙ってはいたの?」
「不正を行ってるなら弱味握って強請ってやろうと思ってはいたよ。そのためにエドガーを入れたんだもん。でも、思ったより大物が隠れてたから掘っちゃったよねー」
きゃらきゃらと笑いながら手を振るミリー。伯爵はそんな彼女に向かって深々と頭を下げた。
「ゴルドバーン伯爵令嬢には感謝をしても足りませぬ」
「いいですって。これから嫌と言うほど恩を返してもらいますので。ふふ、面倒な女に借りを作っちゃいましたね?」
親指姫のような可愛らしい容姿で、にこりと邪悪に笑う姿はちぐはぐで。ミリーという女の食えなさをクロードはひしひしと感じていた。
・・・
マーレス公爵主催の夜会。国に仕える軍人達は、悪を罰した勝利を肴にしていた。今宵の酒はなんとも美味いとグラスを空にする。
「この酔っぱらい達、本当に服って見てくれるの?」
「見ないよ。見るのは見栄かな」
存外に酷いことを言うミリーだが、彼女の「見栄」という表現は的を射ていた。
衣装を作る時間はなかったので、服そのものは元からあったものを。彼らの羽織るストールやマントをお揃いにした。紺色の布に金色のブドウが刺繍された一品は、お針子達を沢山雇うことで実現したものだ。
「真似をしてマントを作る人が出るかもしれないわね?」
まだ十歳程度の子供達が、立派な服を着て挨拶をしている。それだけで大人達は感動をして、たなびくマントやストールの美しさに魅入られるのだ。
次は自分の子に、誕生日プレゼントにでも。
「今回のデザイン、王妃は入手しにくいデザインだからね。うふふふふ」
王妃を引きずり下ろしたいと宣言したミリーは、じわじわと嬲るように王妃を攻撃している。
「あのマントやストールの染色に使われている夜想草、うちが独自に行っている手法じゃないと、あんなに綺麗な色はでないのよねえ」
「アンタのその執念には驚くわ。スザンヌを持ち上げたのもそうでしょう?」
「あったりまえじゃん!」
天才劇作家として大成したスザンヌだが、彼女の描く話はどれも悪女がテーマとなっている。あの侯爵が絶賛した『誘惑する女』にいたっては、男を手に入れるために暗躍する女の話だ…王妃がそのままモデルとなっている。
王妃のなした悪事を世間にじわりと知らしめて、夜会のトレンドを奪って彼女のカリスマ性を削ぐ。あくまで偶然だとシラを切れるように調整しながら。ミリーがしているのは下準備だ。
「本当に思いがけない収穫だったよね。マーレス公爵家をはじめとして軍人は知らないうちに此方側へ」
「王妃が滅多に手を出せない軍部ってのが良いわよね」
ミリーとクロードはニタニタと笑いながら華やかな夜会の様子を見守る。自分達が利用されているなど知らない酔っ払い達に感謝しながら。