目標は…
王妃、その言葉にクロードは嫌な顔を思い出す。気付かれないようギュッと手を握って耐えたが、ミリーはすぐさま気が付いたようだ。
「アドニス様を呼んでくださる?」
ミリーは部屋の外に待機していた護衛に声をかける。クロードはいいとばかりに首を横に振ったものの、ミリーは眉をひそめるばかり。
「何があったのかだいたい解るよ。お兄様がそうだったから。未遂だけど」
「…セオドア様が?」
かつてクロードがされそうになった悪戯は、思い出すだけで身の毛がよだつ。今もあの時のことは思い出したくない。それをセオドアも、と考えてクロードは吐き気がこみ上げた。
その時、アドニスが部屋に現れてクロードの背を叩いた。それだけでクロードは救われた気持ちになり、震えが止まる。自分は守られているのだと安心できる。
「私はね、王妃を引きずり下ろしたいの」
アドニスとクロードから「えっ」という声が漏れる。エドガーだけはミリーの婚約者ということで知っていたのか、特に驚いた様子はなかった。
光り輝く美貌の王妃、この国で最も優れた淑女。隣国より彗星の如く現れた彼女は、多くの人を魅了する。夜会に出れば彼女のドレスが次のトレンドになる。彼女が評価したお菓子はいつも売り切れ。圧倒的カリスマを持った存在だ。
だが、ミリーはその目に憎悪を宿す。
「アイツは歩く災害だよ。うちが没落しかけたのだって、お兄様を狙ったアイツの暴走だった…慎重に動いていたから誰も気付いてないけどね。私は知ってる。女としてアイツと戦えるのは私しかいないの」
「アンタは…」
「私のものに手を出した。絶対に許さない」
その時、クロードはミリーに救われた気がした。意識しないうちにポタポタと涙をこぼす。
ずっと言えなかった。男でありながら女に、なんて。訴えたとしても大人は誰も真面目に取り合ってはくれないだろう。あの母でさえ王妃を褒めていて、クロードは被害に遭ったことを伝えられない。
だから、自分が変わるしかなかった。王妃に屈しない強い女に自分がなりたかった。
「それなら、それならアタシも協力するわ。あの女を引きずり下ろしてあげる。そのためのドレスなんでしょう?」
「うん。王妃の影響力を削ぐためのドレスだ。よろしく頼むよ。おそらく、すぐ必要になるからね」
ミリーはエドガーを見る。彼は一点を見つめたまま動かなかった。
・・・
お茶会に現れた偽伯爵夫婦はあっさりと捕まった。激怒したマーレス公爵の強引ともいえる捜査によって、本来の伯爵一家はとあるワイナリーに匿われていたのを発見した。
「エドガーのお手柄だね〜!」
ロミアスクッキーを食べながら、ミリーに抱き締められてエドガーはにこにこと笑う。どう見ても上機嫌だ。
他者との触れ合いは嫌うが、ミリーだけは大丈夫とのこと…むしろ大好きなのだとか。愛の力は偉大だわ、とクロードは感心する。
「ワイングラスを鷲掴みにしているところから、ワイン農家と親しくないことまで見抜くなんてねえ」
本物の伯爵が軟禁されているのであれば、執務を押し付けられているはずなので経営に困っているのはおかしい。
既に亡くなられているのであれば、偽伯爵は大々的に後継になったことを触れ回るはず。
この二点から「本物の伯爵はどこかに隠れている」とエドガーは結論付けた。
「ワイナリーは大事な収入源だから、下手に手出しできないはず…エドガーの言う通りだったわね」
「伯爵一家には大々的に復活したことを発表してもらわなきゃねー」
ミリーがのんびりした口調で告げる。その手に持っているのは安く手に入った夜想草だった。
「ここからはアタシ達の仕事よね!」
「当然。四人分なんて腕が鳴る」
エドガーがミリーの腕を触りながら困った顔をしていたので、ミリーは「やりがいのある仕事って意味だよ」と声をかけていた。