気持ち悪いンゴ…
なんとか夜会を乗り越えて、クロードは帰宅の準備をする。スザンヌは侯爵家に残ることになったので、帰りの馬車はゴルドバーン兄妹と一緒だ。
「やっぱりエドガーは連れてこなくて正解だったな。ああいう比喩表現苦手だから。でも、クロードにエスコートさせたなんて聞いたら拗ねるから、詫びデートはしないと」
ぼやくミリーの言葉なんて頭に入ってこない。クロードは目の前にいる美貌の眼鏡を見ることで忙しかった。
「ええと、ミリーの友達を紹介してくれるかな?」
困った顔の美貌の眼鏡にクロードは「好き!」と口にしそうになるのを堪えた。誰か褒め称えてほしい。
ミリーは「ああ」と頷いた。
「お兄様、この人はクロード。ドレイク侯爵家の次男さんね。クロード、こっちは私の兄であるセオドア。普段は家にはいないから初対面だったね」
「はじめまして好きです。家庭的な男とかタイプですか?」
クロードは己の情熱を堪えきれなかった。
セオドアはパチパチと瞬きしながらクロードを見る。クロードはとんでもなく大真面目な表情だった。
「ええと、ドレイク侯爵家の次男さん。婚約者はいないと聞いたけど…」
「今日ここで運命の出会いをするためだと思います」
ミリーの「気持ち悪いンゴ…」とでも言いそうな視線を浴びながらもクロードは怯まない。美貌の眼鏡を見るのに忙しい。
セオドアは困ったように笑った。
「なにも聞かないんですか?どうしてミリーが後継者なのか、とか」
「それってアタシとセオドア様が結ばれるのに知っておかなきゃならない事情なんですか?」
本気でそう答えるクロードにいよいよセオドアは一周して面白くなってきた。なんだこの狂人、色々と言うのがバカらしくなってきたぞう!
「いえ、いいえ。どうせ俺はゴルドバーンの全てをミリーに押し付けた身です。いや、ミリーの負担にはなるのか?」
「ならないよ。世界の殆どを金でねじ伏せてみせるから」
「頼もしいわ。アタシのことお姉様って呼んでいいのよ」
「絶対に嫌」
クロードとミリーの様子にくすくすと笑ったセオドアは、自分の事情を話し始めた。
「俺は視力がだいぶ弱くて。細かいものは殆ど見えません、文字なんかは本当に。眼鏡をしててもクロード様の顔もほとんど」
「そんな、アタシの睫毛が見えるほど近くになれば…痛い痛い耳を引っ張るのは止めなさいな千切れるわ!」
ミリーからの制裁を受けながら騒ぐクロードを見て、セオドアは笑った。いつもは領地の隅で静かに暮らしているだけに、騒がしいのは少し嬉しい。大好きな妹が楽しそうなら尚更。
「ありがとう。ミリーと仲良くしてくれて」
「アタシはセオドア様とも仲良く(意味深)なりたいのだけれど…」
「いつもは領地の片隅にいるから難しいけれど、手紙のやりとりならいつでも。俺は目が悪いから使用人に読み上げてもらうことになるけれど…」
クロードはほうっと溜息をついた。
「妊娠したわ」
「気持ち悪いンゴ…」
・・・
ドレイク家の長男であるアドニスは、弟のクロードが最近とても楽しそうだとホッとしていた。
「クロードはミリー嬢と出会ってから毎日が楽しそうだな」
「確かに仕事も楽しいわ。好きな人もできたし、毎日が順風満帆よ!」
香水を吹きかけたハンカチで手紙を包む弟に、本気度が高いなとアドニスは苦笑した。いったいどこの眼鏡男に惚れたのだろうと考える。
子供の頃に悪戯されそうになった弟を助けたのは文官として働く男だった。泣きじゃくるクロードの背中をずっと撫でてくれた彼にはアドニスも感謝している。その出来事がきっかけで弟の恋愛対象がぐんにゃりと歪んで今になるが。
「クロードのやりたいこと、見つかったか?」
「うふふ。そうね。いつかクロード・ゴルドバーンになるかも。ごめんなさいね?」
「それはないと思うぞー!」
なんにせよ弟が楽しそうでよかった…ゴルドバーン家から苦情入ったらどうしよう。