最初の仕事
ミリーから「最初の仕事をお願いしたい」と連絡が来たのは、それから3日ほど経過した頃だ。ゴルドバーン邸の応接室に案内されたところ、野暮ったい少女が既に座っていた。
ボサボサした焦げ茶の髪をサイドでまとめた彼女は、分厚い眼鏡をかけている。ドレスも古臭い。目は小さく、ソバカスがあって、ちょっとマーモットみたいな顔。ベージュ色の唇も不健康そうに見える。
「は、はじめまして。スザンヌ・ホエンです」
「はじめまして、クロード・ドレイクです」
クロードはホエン家について思い出す。可もなく不可もなくといった子爵家だが、娘が美しい見目をしているといつも自慢していた家だ。クロードのもとにも何度か釣書が来たので覚えているが、プラチナブロンドだった気がする。つまり…あれはスザンヌではない。
なんとか思い出そうとするクロードの耳に、ドアの開く音が聞こえてくる。そちらを見ればミリーがやってきたところだった。
「遅れてごめん。この子は天才劇作家スザンヌと言ったほうがわかりやすいよね?」
「嘘でしょ!?リアの結婚を書いたスザンヌ!?アタシあれ三回も見に行ったわ!」
興奮のあまり被っていた猫が剥がれたクロードは、こほんと咳払いをする。スザンヌは恥ずかしそうに縮こまっていたが、ミリーは誇らしげに胸を張っていた。
「天才なんて、そんな。ミリー様に目をかけていただいたから成功したんです」
「売れるとわかってるものに投資しただけだよ。スザンヌには顔出しを一切していないからね…切り札として使わせてもらおっかな」
「話題性は抜群だけれど、子爵家の娘に周りはそこまで入れ込むかしら?」
ミリーはつまらなそうに鼻を鳴らす。スザンヌやクロードを馬鹿にしている様子はない。どちらかといえば此処にはない何かを蔑んでいるようだった。
「よくある話なのだけれど、スザンヌは家であまり良い扱いをされてなくてねえ。義妹に全部持っていかれてるの。今の夫人は後釜でね」
「ああ、そういうこと」
義妹に全てを奪われて地味な格好をしているスザンヌは、実は天才劇作家で、ゴルドバーン家が後ろについているとアピールする…そして彼女を保護してくれる誰かを見繕うことでシンデレラストーリーを仕立てるつもりなのだ。
「言ったでしょ、私ってば才能コレクターなの」
「疑う余地もないわ。コレクションの一つとして働かせてもらうわね」
早速クロードは様々な色の布をテーブルの上に並べた。それらをスザンヌの体にあてていく。
「アタシがイイ女にしてあげるわ。好きな色はあるかしら?」
「黄色が好きで…」
「リアの結婚であったミモザのブーケ!でも貴女は深い色のが合うわねえ…。鮮やかなミモザはブローチにして深い紫のドレスはどうかしら。あら、スカートはあまり広がらないほうが似合うわ。大人の女を演出しましょ」
ちゃっちゃと服を決めていくクロード。スザンヌは始終困惑していたが、鏡に映った自分を見て少しだけドキリとした。ただ紫色の布をあてているだけなのに、自分が格好いい女性になったような気がする。その様子をミリーは満足げに眺めていた。
「ミリー、いつまでに仕上げればいいの?」
「あの舞台侯爵の夜会までだよ」
「わかったわ。お披露目の時にはとびきりゴージャスでセクシーな女にしてあげる。会場の視線を独り占めしちゃいなさい」
スザンヌは顔を赤くしながら狼狽えていたが、クロードとミリーは動揺しない。二人にとっては確約された未来でしかないからだ。
・・・
夜会の日、クロードはミリーをエスコートしていた。
「エドガーに悪いわ…」
「彼は人混みが大の苦手だからねえ。いつも私のエスコートはお兄様にお願いするんだけど」
「あら?お兄様がいたの?」
なぜ長男がいるのにミリーが後継者なのだろう…クロードが不思議に思った時だった。
会場に一人の女が現れる。紫色のドレスをまとい、妖艶な化粧をした女だ。緩く結ばれた髪から一房零れている様がまたセクシーに見える。まるで女豹だ。
「スザンヌをエスコートしてるのがお兄様だよ」
クロードはその姿を見て震え、がっしりとミリーの肩を掴みながらヒソヒソと内緒話を始めた。器用なことをする男だ。
「なによ、あの美貌の眼鏡は!彼氏はいるの?タイプの男は?家庭的な男はアリ?」
「それよりスザンヌを見なよぉ…!」
「アタシの仕事が完璧なのは知ってるわよ!」
実際、その場にいた誰もがスザンヌを見てうっとりと溜息をつく。男性だけではない、女性もだ。それだけスザンヌは美しかった。
夜会の主催者である侯爵が二人に話しかける。
「これはこれはゴルドバーン家のセオドア様。そちらの美しい女性はどなたですかな?」
「妹より預かりました、天才劇作家のスザンヌ嬢ですよ」
「いやはや驚きました!これはまた、どんな薔薇よりも美しいがトゲの鋭さもまた計り知れない!」
「私の赤は血よりも濃く、けれど痛みは優美に甘く、私は貴方を離さない…。初日の誘惑する女なんて光栄です。いつも有難うございます」
二人のやり取りを周りの人間はポカンとした表情で見ている。ミリーとクロードは二人のやり取りを見て、満足げに頷いていた。
スザンヌ…という名の女性は他にもいる。彼女達は「自分こそが劇作家である」と主張した。それを看破したのが、この夜会の主催者である侯爵だ。彼は天才劇作家スザンヌの大ファンであるがゆえに、偽者を許さない。初日の『誘惑する女』は上位貴族しか見ることのできなかった劇で、セリフが独特なのだ。
彼は感無量といった様子でスザンヌ・ホエンに握手を求めた。侯爵が認めたならば本物だと誰もがざわついた。しかも、ゴルドバーン家の後ろ盾まで持っているとは。
「スザンヌ嬢、なぜ貴方ほどの素晴らしい華が今まで陰に隠れていたのですか?」
「ホエンという庭では、まばゆきリコリスを彩る緑が私でした。しかし、ゴルドバーンの至宝が私をアネモネよりも美しいと咲かせてくださったのです」
ここでミリーはクロードを伴い、堂々と歩く。そしてスザンヌの横に立つと侯爵に向って深々と頭を下げた。
「今宵は我がゴルドバーンのアネモネが御前を失礼しました」
侯爵はミリーとクロードを見て、にやりと笑った。
「ミリー嬢、貴方ほどの人が花を見せびらかして終わりということはあるまい。さて、優秀な庭師を紹介していただけるかな?」
「侯爵様の審美眼には敵いませんわ。紹介します、クロード・ドレイクは日陰に追いやられた花を咲かせる自慢の友人です」
「ミリー・ゴルドバーンの友人としてお目にかかれて光栄です」
三人は清々しくも、何か企んだような笑顔を浮かべた。おそらく三人の気持ちは一致していたのだろう…絶対にこいつ利用してやる、と。
「ゴルドバーンの新たな事業はフラワーアレンジメントとは面白いことになりそうだ。儂はそういった事には詳しくないが、妻が喜んで手紙を書くでしょう」
しっかりと握手をして、その場にいる全員にアピールする。高位貴族の友好的な繋がりと、新たなビジネスの予感を。そしてスザンヌの後ろに誰がいるかを。
「侯爵様、一つ図々しいお願いを聞いていただけますか?ホエンという庭にアネモネは育ちにくいようで、別の庭をご紹介頂ければ幸いです」
「そういうことならばアネモネは預かろう。我が家にも優秀な庭師は多い、新たな種が芽吹くでしょう」
クロードは横で聞きながら「意外と下品な男なのね」という感想を抱いた。とはいえ、スザンヌの結婚相手まで手配してくれるというのならば全力で乗っかるしかない。スザンヌを確実に実家から離すには。