お嬢様の婚約者
何度かの手紙のやりとりを経て、ミリーとクロードはお茶会をすることにした。クロードがこのお誘いを受けたのは、手紙に「婚約者に誤解されると申し訳ないので当日は彼も一緒だ」と記載されてあったからだ。
紳士として恥ずかしくない格好をして、クロードはゴルドバーン邸に訪れる。資産家というわりに屋敷はこぢんまりとして可愛らしかった。
「お誘いをありがとうございます、ゴルドバーン嬢」
「ミリーでいいよ。あと喋り方も夜会の時と同じでいいって。私もクロードって呼んでいい?」
「あら、もちろん良いわよ。アタシとミリーはお友達だものね?」
二人で笑い合いながらお茶会の会場にやってくる。そこには何やら無表情の男性がいた。顔の青白さに反して髪も目も黒い彼は、整った顔立ちをしているのに奇妙なほど不気味に見える。
「紹介するね。婚約者のエドガー・ノイマン。大きな音とかボディタッチが苦手だから気をつけて」
「あら、そう。じゃあ握手はしないわね。アタシはクロード・ドレイク。よろしく」
「…よろしく」
キョロキョロと目線を動かすエドガーだが、クロードと目が合うことは全くない。クロードがミリーを見れば、彼女は「可愛いでしょ」と言わんばかりに胸を張っていた。
ミリーはすぐ申し訳なさそうな表情をした。
「ごめん、お父様が呼んでるから少し行ってくる。すぐ戻ってくるから二人はお茶を飲んでいて。無理して喋る必要はないから」
そんな奇妙な言葉を残して部屋を出ていく。クロードはどうしたものかと考えながら紅茶で唇を湿らせた。エドガーは足をブラブラさせながら、ずっと空を見ている。
ノイマン男爵家の次男は病気で表に出せないという話をちらりと聞いたことがあったが、まさかその本人に会うとは。病気…彼らからすれば、そうなのだろう。
無理に喋る必要はないと言っていたが、逆を言えば無理のない話題もあるということだろう。
「エドガー、貴方はどんなことなら話せるかしら?ミリーのこととか聞いたら答えてもらえる?」
初めてエドガーの顔がクロードの方を向く。目線は変わらず合わないままだが、こちらを気にする様子はうかがえた。その目はまたうろうろと彷徨ったものの、唇は僅かに震えて話す努力をしている。
「ミリーが、好きですか?」
「友達として仲良くなりたいからミリーのことを知りたいのよ。婚約者をとったりしないから安心して」
「ミリーについてなら、話せます」
こくこくと何度も頷くエドガー。彼の姿を見て、ほんの少しだけ「可愛い」という気持がわかった気がした。
「アタシって喋り方がこんなじゃない?」
「こんな…?」
「普通じゃないってコト」
エドガーはこくこくと何度も頷くと、内緒話でもするような声量で話し始めた。
「ミリーは普通じゃない人が好きです。僕も、普通じゃないって言われます。お父様もお母様も、普通じゃないと言ってました。普通じゃない人が嫌いみたいです。でも、ミリーは好きです。だからミリーは僕が好きです。僕もミリーが好き」
無表情なのに、どこか誇らしげな姿だ。まるでテストで一番をとれた子供のようだなとクロードは思う。
「エドガーも普通じゃない人が好きなの?」
「解りません。僕は普通じゃないものが解りません。好きなものはミリー」
「あら、そう。じゃあアタシとは友達になってくれると嬉しいわ」
少しだけポカンとした後でエドガーは大きく頷いた。何度も「友達」という言葉を繰り返している。無表情ながら嬉しいという様子が伝わってきた。
暫くしてミリーが帰ってきた。二人の様子を見て微笑む。
「友達になれたんだね、よかった」
「はい」
エドガーはテーブルに並べられているクッキーを1枚ずつ摘んで食べると、業務を終えたとばかりに席をたった。二人に「それじゃあ、失礼します」と声をかけるとその場を去る。
「ミリーは変人コレクターなのかしら?」
「語弊があるな…私は才能コレクターなの。特にエドガーは、私が知る限りで最高だと思ってる」
クロードは「ふうん」と相槌をうつ。ミリーがどこに惹かれたかは興味があったが、本人のいない場所でする話でもないと思って忘れることにした。
「そのミリーはアタシのどこに惚れ込んだのかしら?」
侯爵家の次男坊で、顔立ちも整っている。だが、それはミリーの求める才能ではないだろう。彼女が求めるものはもっと別。クロードは己の価値が認められたような高揚感に包まれていた。
「私が欲しいのは貴方のセンス!クロード、私と一緒に社交界に風を吹かせてみない?流行のドレスと化粧ばかりに夜会に、もっと色とりどりの花を添えるの。それも、誰もが見向きもしなかった子を特にね」
その誘いにクロードはゾクゾクした。この短いやりとりで既に、ゴルドバーンを盛り返したのがミリーの手腕によるものだと理解している。その彼女が考える新たなビジネスに、クロードを必要としている。侯爵家の次男ではなく、クロードを!
「具体的なことは聞いてもいいかしら?」
「人にはそれぞれに似合うデザインが存在すると思うの。それを調べてあげる…それがビジネスの肝。そこからドレスや化粧の販路を広げる」
「最高じゃないの!まるで宝探しだわ!」
クロードは手を差し出す。ミリーもまた手を握り返し、二人で微笑みあった。
「これからよろしくね。クロードとは長い付き合いになりそう」
「こちらこそ。ミリーとは良いお友達でいたいわ」