お嬢とオネェが出会ったら
「ブサイクに見えるドレス着てるわ」
それは小さく零しただけの、普通なら聞こえることもない言葉。だが、静まり返ったテラスでは思ったより大きく聞こえた。
ミリーは振り返る。そこには「しまった」という顔をした、一人の紳士がいた。
「貴方もそう思う!?」
「えっ、ちょっ」
詰め寄るミリーは凄い勢いで、紳士は思わずのけぞった。そんな彼など気にすることなく、ミリーはうんと大きく頷く。
「そう!そうなの!今の流行は私にあってないの!それとなくお母様や侍女にドレスを替えたいといっても認めてもらえないの!わかる、私もっと可愛いよね!?」
艶々と輝く栗色の髪に、アクアマリンのような瞳、肌は白いながらも健康的に見える。体は小柄で親指姫のよう。ミリーは自分をそのような姿だと認識していた。
そんな彼女のドレスはダークブルーの、体のラインがわかるドレス。王妃様がとある夜会でお披露目したものと同じデザインだ。
紳士な頷きながら答える。
「もっと淡い色合いの、ふわっとした服のが合うんじゃないかしら」
「やっぱり!貴方とっても見る目がある!」
先程の発言などまるで気にしていないとばかりにミリーははしゃぐ。彼女の明るい雰囲気に心が安らかになり、紳士は自然と申し訳ないという気持ちになってきた。
「ごめんなさいね、酷いこと言って。アタシはクロード・ドレイクよ」
「私はミリー・ゴルドバーン。さっきの事なら気にしてないから平気。それより、ドレスとか詳しい?もっと話したいのだけれど、夜会が終わったら手紙を書いてもいいかな?」
「え、ええ…。構わないわ」
ミリーはやった、と目を輝かせると「あとでねー!」と元気いっぱいに告げて去っていった。嵐のようなミリーの姿に、クロードはふふっと笑う。素のまま話したのに何も言われなかったのは、クロードにとって初めての経験だった。
・・・
クロード・ドレイクは侯爵家の次男坊である。爵位こそ継がないものの実家が太く、本人の顔面偏差値も高いのでご令嬢に大人気。人前に出る時はしっかり猫を被ることもあって、釣書は山程くる。クロードはそんな毎日に辟易していた。
「あーっ!もう!少しはマシな手紙はないワケ!?」
発狂する弟を見ながら、長男アドニスは内心で申し訳ないと頭を下げていた。先日の夜会はアドニスが出席する筈だったのだが、体調を崩したため弟に代理を頼んだのだ。
クロードは貴族の集まりが苦手だ。とある女性に悪戯されそうになったトラウマが酷く、恋愛感情をもって接触してくる女性が大嫌いなのだ。それなのに飢えた獣ばかりいる場所に送り出してしまった…とアドニスは後悔している。
「ごめんな、クロード」
「ヤダ、お兄様が謝る必要はないのよ。アタシだってドレイクの子だもの。少しは役に立つわよ」
次の手紙を手に取り、クロードは差出人を確認する。そして「あら」と声を上げた。
「ミリー・ゴルドバーン嬢からだわ。本当に手紙を書いたのね」
「えっ?ミリー・ゴルドバーン?」
「有名な娘?」
社交界に疎いクロードは首を傾げる。アドニスは深く頷いて肯定した。
「少し前までは没落寸前だったのに、今は有数の資産家であるゴルドバーン伯爵家の跡取り娘だよ。ゴルドバーンの至宝とも言われているね」
クロードは手紙を読み始める。時候の挨拶から始まった手紙の内容は、ビックリするほど下らないことしか書いていなかった。
「ヤダ、あのコ、カツラのズレが気になるから顔を上げられなかったとか、食べたかったケーキが無くなっていたとか、そんなことばっかり!」
ケラケラと笑いながらクロードは手紙を読み耽る。弟のその姿はここ数年で一番楽しそうに見えた。
「…返事を書くかい?」
「ええ!アタシもくだらないことを書いてやるわ!」
クロードが夜会に参加したのは無駄ではなかったかもしれない、アドニスは少しだけホッとしていた。