友と歩む①
冬が駆け足で近付いてきた。気がつくと外は静かに雨が降っている。そっと扉が開き20代前半くらいの男性3人が傘を刺してなかったのか頭や肩を濡らして入ってきた。今風のさらっとした髪のさわやかな青年たちだ。
「いらっしゃっませ」
静かに3人が席に着く。
何となく見覚えがあった。そう、昨年も寒い秋の終わりだった。若いのにはしゃぐこともなく神妙に飲んでたので印象に残っており思い出した。
温かいおしぼりを出すと
「日本酒、熱燗でお願いします」メニューも確認せずに注文。3人はお互い注ぎ合ったお酒を呑み始めて、話し始めた。
「どんな感じだ?」
「大丈夫だよ。まだまだ何もさせてもらえないけど頑張ってるよ。そっちは?」
「厳しいよ。奨学生で入ったからね。でも負けてられない」
「俺も。留学しようと思ってる。今バイトでお金貯めてる。あいつの夢を叶えるために」
3人とも少し顔が柔らかくなり、一口一口ゆっくり飲んでる。静かな時を過ごしてもらおうと雪乃は声の聞こえない離れた所にに移動した。
小一時間もたったのだろうか、「お会計お願いします。あと1年後また来させていただきます」
思わず「1年後ですか?」と聞き返してしまった。
「すみません。1年後です。」お互い顔を見合わせて俯いた。「今日は友人の命日でして…」
驚いてしまい、何と言っていいかわからず
「それは、それは…皆さん仲が良かったんですね…」と雪乃は答えた。
「いえ、俺たち3人は亡くなってから知り合ったんです」とがっちりめの白いTシャツを着た体の青年が答えると、2人に目配せして話し始めた。
「凛太郎とは…俺は小さい頃から母と弟と3人で暮らしてまして、その日食べるのが精一杯でいつもお腹を空かせてました。腹が減ると何でも腹が立つんですよね。
小学生3年生の時、公園で遊んでていつものように弟と下級生をいじめてまして。夕方遅くになってみんな家に帰った弟と2人でしゃがみ込んで地面に絵を描いてると、さっきいじめてた1人が戻ってきたんです。何が言ってくるのかなと思ったらポケットの中からミルクの飴を2つ出してきて、『よかったら食べて、飴を食べると気持ちが落ち着くよ』と手に持たせてくれてまた帰っていきました。1個ずつ弟と食べました。『兄ちゃん、美味しいね』と言った弟の笑顔見たら涙が溢れました。
それから飴を毎日、毎日、持って来てくれて。俺たち兄弟は飴をもらうために公園に行ってるような感じになってました。凛太郎に嫌われてはいけないと思って他の子をいじめることもやめたんです。そしてある時、飴じゃないもの持って来て。『ごめん、今日は飴じゃないんだ』と差し出したのはサランラップに包んだおにぎりでして。でも凛太郎が握ってくれたんでしょう。おにぎりにの形になってなくて。」
大切に言葉を選んで語る内容に引き寄せられた。お店の他のお客様も話をせず聞き入ってる。
「歪な形していてサランラップを取ると同時に崩れてしまって。でも一口食べたら美味しすぎて、こぼれないようにかぶりつきました。サランラップにこびりついたお米を一つ残さず食べました。あのおにぎりは一生忘れられない味ですよ。ご飯はこんな味するんだ。甘いんですよ。美味しいお米は。
そしたら次に公園に来た時は飴でもおにぎりでもなくて、お米を持って来たんです。公園の近くに祖父母の方の家があって、いつもそこで働いてるご両親が帰ってくるのを待ってるらしくて。その祖父母の方が農家をしてお米を作ってると聞きました。
そして『これでご飯を炊こうよと』と。俺のゴミだらけの家に来てくれてお米を研いでご飯の炊き方を教えてくれました。『お米は優しく撫でるように洗うんだよ。1年丹精込めて作ったお米だからね!洗ったあとは30分以上はそのままに。ふっくらとするからね。』とか。
炊き上がるの待ってる間いろいろと話しをしました。年が一つ下なこと、生まれつきの病気があって来週また入院すること、公園ではあまり遊んではいけないと言われたこと、いつもほとんど眺めてて、だから元気な俺たち兄弟が羨ましかったと。そして炊きあがったご飯を弟と3人で熱い熱いと言いながら握り、たくさん食べました。いつも家ではパンとかカップラーメンとかでしたから。熱々のおにぎり、ほんとに美味しかった。
夜遅く帰宅する母にも残して置いといたんです。次の朝、いつも学校へ行く時はまだ寝てる母が起きて来て、「おにぎり美味しかった、ありがとう」言ってくれて。嬉しかったです。母の笑顔とちょっと親孝行した気分になって。
次の日から凛太郎は公園に来なくなりました。入院してたんでしょう。あの日、お米の炊き方を教えてもらって、ご飯を自分で作ることを知ったんです。小学生だからコンロ使うことは禁止されてましたが、炊飯器なら大丈夫だと思ってご飯炊くだけじゃなく、ホットケーキミックスで簡単なケーキを作ったりするようになりました。
次に会ったのは、同じ公園で。中学生の時でした。凛太郎は小学生5年の時に病院の近くに引っ越しをしてましたが、その日はたまたま祖父母の家に遊びに来たらしく懐かしくなって公園に来たらしいです。俺は部活帰りで。カバンに入ってたおにぎりを出したんです。ちょうど成長期の時ですぐお腹が空くもので。自分で炊いて作っていつも持ってました。一つしかなかったので、半分ずつ食べました。夕焼けの空を見ながら食べてる凛太郎の穏やかな笑顔、今も目に焼き付いてます。連絡先を教え合い別れました」
次はお前の番だよと言うように青いシャツの青年に目配せした。