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将来崩壊  作者: PP
4/4

金は十分あるだろう?01

 ポチが初めての即死(はつたいけん)をしていた頃、一人の大人がソファで深刻な表情をみせていた。


「総理。ルールは理解できましたか?」


 スーツを着こなした白髪の男は、ソファに腰かける男、岩波(いわなみ)総理大臣に再確認を行う。

 しかし、岩波の表情は優れない。


「聞いていますか総理? あなたが口火を切ったプロジェクトですよ。理解してますか?」


 岩波の手元にはスマホに映し出された残高、100万円が表示されている。眼鏡に反射するその数値は、男が見ていてイライラする姿であった。


「この国を守る守護神になりえる最後の希望。若者の生存本能覚醒(イキノコリ)企画(プランニング)した一方、我々大人もこの企画を受け入れ国民に示す必要があるのです。聞いていますか、総理?」


 グチグチと続く話に、岩波はやっとのことで口を開く。


「そうは言うが、若者が自身で立ち上がり将来を築いていけば良いのだ。その機会を私がせっかく作ったのに、何故わざわざ庶民の事を私が今さら知らなければいけないのだ?」

「総理。今の発言は聞かなかったことにします。確実に炎上案件ですし、確実に国が崩壊します」

「何を偉そうに」

「総理。もう後は無いのです、企画が失敗すれば我々国民の人権は失われます。あなたも、私も。何も難しいことは言っていません、総理が庶民の生活をたった3か月ほど経験して、国民に示す国の政策を改めて伝えていただければ良いのです。あなたは庶民の生活を体験するだけでいいのですよ? 子供たちは何度も何度も生死を彷徨い、魂を砕きながら抜き打ち企画を進行しているのですよ」

「子供だし大丈夫だろう? 死なないなんて、何て贅沢な」

「総理。もう口を開かないでください」


 私はこんな大人になりたくなかったし、こんな大人の率いる国でミスミス人権を失いたいとも思わない。人権が失われたらどうなるのか、考えたことがあるのか? 正気を疑いたくなる。先人が残した偉大なる遺産と、負の遺産。衣食住があり、電気があり。そして何よりも安全があり。

 しかし、それも限界がきている。

 国を守る力は既にない。


 移民が独自の理論を展開し、サービスは崩壊。真面目に働く者も減り、食の安全も確保出来ず。

 それなのに、「働いたら負け」「責任は持ちたくない」「決まった仕事だけでいい」等と、自分の事しか考えていない国民が8割を超えてしまった。


 危険思想ということに気が付く極僅な国民も、少数意見としてインテリジェンスは誰にも響かない。国民を導き守るための組織ですら、おのれの欲望に身を任せ好き放題である。


 外国の無慈悲な情報戦略により、国民は自らが地獄のふちに立たされていることに気が付かない。

 情報が自由に取得できる世界になったはずなのに、必要な情報は取捨選択から捨てられ、自らが地獄に行くために楽な下り坂に身を任せていることに気が付けず、転がり続けていく。


 もう、地獄底はすぐ目の前だ。


 人権が無くなった瞬間、考えられることをいくつか逡巡する。

 まず、不要な人間は無慈悲に殺され、血液や臓器などを搾取されるであろう。

 食事はまともなものが食べられるのだろうか? 雑草でも食べられたら良いほうだろう。

 衣服はまず着れないだろう。裸で、寒い中凍えるしかないし、生き残れないならそれまでだ。

 苦しいから自殺をしよう? そんな「自由」も許されないだろう。今の技術ならば「永遠の地獄」が可能なのだ。苦しむ姿を見て楽しむ道楽に使われ、ゾッとするような人間の遊びに使い捨てられるのだろう。


 あぁ、ダメだ。

 早く何とかしないと。


 死者が魂を取り戻す秘術が世界で発見されたことにより、人権は「正しく」意味をなくすであろう。

 その対象に、わが国がなる事だけは避けなければいけないのだ。


「総理。最後の説明です。貴方はこれから3か月間、庶民の生活を疑似体験していただきます。最初の1か月の予算は100万円。1か月が経過すると次は20万。そして最後に1万というように、給与は減っていきます。庶民であれば3か月で121万なんて大金は持ちませんからね? 精々月14万で生活をするのですから、3倍も余裕がある事をゆめゆめ忘れずに」

「わっ、わかっておる。121万で3か月過ごせば、正式に私が総理として国を動かして良いのだろう」

「ええ。総理、頑張ってください」


 心にもない声援を送り、私は目をつぶる。

 裏の企画。

 国の代表を切り捨てる勇気を。

 これから始まる3か月の間、岩波総理はその言動全てを全国民にライブで伝えられる。

 そして、子供たちの中から覚醒をした者は「私が」見つけ出し、保護をする。


 国が崩壊して全国民が人権を失うのが先か、一縷の望みである覚醒者の誕生が先か。


 答えは見つからないまま、男は岩波の姿を見下していた。



 そうして翌日、岩波は人気の無い商店街に降り立った。

 茶色のカシミアセーターに黒色のカジュアルパンツ。手袋に白色のマフラーというスタイルの岩波は、早速プランを練り始めた。


「100万しかないから、一日3万は使えるとして、まずは腹ごしらえだな。ふんっ」


 岩波は総理に選ばれる程度には、基礎学力はある。

 よって既に行動指針も決まっている。


「だが、月40万とすれば実質1日1万までで抑えたいところだ。まだ初日だ、激安と言われている数弄寿司(スウロウズシ)でまずは腹を満たすか」


 1貫500円のすし屋だが、フードロスのため在庫が多く鮮度が落ちてきているものを半額で提供している寿司屋で、国民も贅沢をしようという時に愛用される店であることはサーチ済だ。

 そして私はその半額の寿司で今日の昼食をすますのだ。

 ふん、完璧なプランじゃないか。


 道も事前に調査済で、迷うことは無かった。


「...おーい」


 店内に入るが、案内の者が誰も来ない。


「おーい!」


 少し大きめの声量で尋ねるも、誰も出てこない。


「おーい! 聞こえんのか!? 誰かいないのか!?」


 顔に血が上るのがわかる。せっかく自ら足を運んだにも関わらず、出迎えもないとは一体どんな店なのだ!?


「いらっしゃしー。そこのボタン押して、番号の席にどぞー」

「おいっ!お前!何だその態度は!?おいっ、どこに行くっ!おいっ、おいっ!!!」

「うぇ、クレーマーとか最悪。こんな店辞めよ」


 目の前で青年は帽子を脱ぎ捨てると、店から出て行ってしまう。


「全く、何なんだ!」


 店員だった男から言われたことも無視して、ボタンも押さず店内に進むと勝手に椅子へこしかけた。


「注文はまだか!」


 奥から人の気配はするが、一向に出てくる気配はない。

 店を変えてしまおうと思った時、目の前のタブレットに気が付く。


「あぁ、これを使うのか」


 私は頭がいい。

 きっとこの機械を使って注文するシステムなのだろう。

 一瞬で理解した私は、機械の操作を始める。


 指でアイコンを押し進めていると、目当ての商品が目に留まった。


「なんだ、簡単じゃないか」


 そしてフードロスを実現すべく250円の皿を注文する。

 隣に流れるレーンに、流れていく250円の皿をスルーし、ひたすら岩波は待ち続ける。


「...おいっ! 責任者を出せ!」


 それからはひどいものだった。

 さんざん責任者に説教を続け、最終的に手元に届いた皿を見て一言。


「250円もして、これだけなのか!? みそ汁やてんぷらはつかないのか!? 食堂では500円で刺身も3倍はついてきたぞ!?」


 文句をいいつつも、腹はすいている。

 フードロス対象になっていたサーモン寿司を口に放り込むと、岩波は文句を言いだす。


「なんだこれは!? サーモン? 偽物じゃないのかね!? こんなマズイものを250円も出して食わせるとは、ぼったくりだろうが! 通報してやる、おいお前、逃げられると思うなよ!」


 LIVE。

 国民の感情に大きな落差が生まれている。

 大人は怒り。

 子供は諦め。


 そして私はどうか、ほんの僅かな可能性でもいい。

 人権を手放さない選択を、国民が選べることを祈っていた。

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