入学試験⑦(休日)
おい、ミケチ、いつまで寝てるんだよ」
「ん……?」
ミケチがまどろみの中から目を覚ますと、そこには見慣れた銀髪の少年――ノヴァの姿があった。
「……ノヴァ? なんでここに?」
ミケチはベッドの上から不思議そうに尋ねる。
「ミアさんに頼んで、中に入れてもらったんだよ。もう昼だぞ。指輪について調べるって言ってたじゃん」
「もう昼……。ねぇ、今日くらい休んでもいいじゃん……」
昨日の戦いの疲れが抜けず、体のあちこちが筋肉痛のようだ。ミケチは布団にくるまりながら小さくうめいた。
「なーに言ってんだよ。今日で6日目だぞ? 俺たち、洞窟に5日もいたんだぞ。もう明後日は合格発表……。時間、全然足りてねぇって!」
「……わかったよ、わかった。ちょっと外で待ってて。準備するから」
渋々と布団から這い出ると、ミケチはゆっくりと階段を降りた。
洗面台で顔を洗い、冷たい水でようやく意識がはっきりしてくる。
「ふう……」
顔を拭きながら小さく息をついたあと、荷物をまとめて玄関に向かう。
「ミアお母様、出かけてくるね。いってきます」
「ミケチ、おはよう! いってらっしゃい、気をつけるのよ〜!」
にこやかに見送るミアに手を振ると、ミケチは外で待っていたノヴァと合流した。
「おまたせ、ノヴァ。今日はアクア図書館に行こう。あそこには、色んな本が取り揃えてあるから……なにかわかるかもしれない」
「うん、そうだな。調べるなら、あそこが一番だ」
二人は並んで歩き出す。まだ解けていない謎が、どこかに眠っているはずだった。
―――――
2人は図書館に着くと、改めて中を見回した。
「こうして見ると、本当に広いな……。2人で手分けして探そう。夕方にここで落ち合って、調べたことを共有するってのでいいか?」
「それでいいよ。」
そうして2人は、それぞれ別のエリアへと向かった。
——時間が経つのはあっという間だった。
やがて閉館時間になり、2人は図書館の外で合流する。
「どうだった? 何かわかった?」
ノヴァが問いかけると、ミケチは少し考え込んだあと、口を開いた。
「完全に一致する情報はなかったけど……それっぽいものは見つけたよ。」
「俺もだ。断定はできないけど、手がかりにはなりそうだな。」
「じゃあ、一旦情報を整理しよう。まず、指輪についてだけど——」
2人はベンチに腰掛け、互いのメモを見せ合いながら情報を照らし合わせる。
「調べた感じ、あの指輪は《命刻めいこくの指輪》って呼ばれてるものっぽい。つけると、一時的に魔力量が大幅に増えて、新しい魔法を使えたり、今までの魔法が進化したりするみたい。」
「けど……効果が切れると指輪は砕けて、魔力が暴走。最悪、死に至る危険もあるらしい。」
「……ほんと、死ななくてよかった、、」
ミケチが思わず息を漏らすと、ノヴァも小さく頷く。
「お前が無事で何よりだ。あの時、何が起きてたのかやっとわかってきたな。」
「うん。フィーネについては、稀にダンジョンで見つかるレアアイテムみたい。普通の魔力アップ装備が5%くらいなんだけど、フィーネは10%も上がるって。」
「それはでかいな」
ミケチが少し笑いかけるが、すぐに話を切り替える。
「で……《深淵の秘窟》なんだけど、こっちは何も見つからなかった。名前すら出てこなかったよ。」
「俺もだ。うーん、残念。でもまあ、今日はよく頑張っただろ。」
「うん。……明日は、ちょっとゆっくり休もう。」
「賛成。俺もさすがに疲れたわ。」
そうして2人は、静かにうなずき合うと、それぞれの帰路へと足を向けた。
――――
「ただいまー」
玄関に入ると、ちょうどシアラがリビングから顔を出した。
「お兄ちゃん、明日ちょっと時間ある?」
「え? あるよ! あるある! なんか用事あるの?」
急な提案にミケチはぱっと顔を明るくする。
「明後日、学校受かったら忙しくなるでしょ。だから、今のうちにって思っただけ。」
「おー、そういうことか! よっしゃ、どこでもつき合うよ!」
「……うん。別に特別なことするわけじゃないけど……まあ、付き合ってよね」
シアラは少し照れくさそうに言いながらも、そっけなく手をひらひら振って自室に戻っていった。
ミケチはその背中を見送って、自然と口元をほころばせる。
「……楽しみだな、久々にシアラと出かけるの」
ミケチは軽やかな気持ちでリビングに向かい、ミアが用意してくれた晩ごはんを夢中でかき込んだ。
「ありがと、ミアお母様! めっちゃうまい!」
風呂に入って体を温めたあと、明日のことを思いながら、にやにや笑いを堪えて布団にもぐり込んだ。
――――――
——そして翌朝。
朝の光がカーテン越しに差し込み始めたころ、ミケチは目を覚ました。
ドンッ!
「お兄ちゃん、起きて! 私、もう準備できたよ!」
扉を開けて入ってきたシアラの声は、いつもよりちょっとだけ弾んでいる。
「起きてる起きてる! 寝坊したら怒られるからなー!」
「……別に怒んないけど」
「あっ、おはようのキスで起こしてもらうべきだったかな?」
「……は?」
シアラは無言で枕を手に取り、ミケチの顔面にぽすっと投げつけた。
「へぶっ!? って、優しめのツッコミありがとうございます!」
「うるさい。さっさと支度して」
背を向けて出ていこうとするシアラの足取りは、どこかほんの少しだけ軽い。
ミケチの元気な声に、シアラはちょっとあきれながらも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
2人は並んで玄関を出る。ミケチが無意識に歩幅を合わせると、シアラも自然とその横を歩いた。
「シアラ、その服いいじゃん! なんか今日、ちょっと大人っぽいな」
「え、そ、そんなことないから……!」
褒め慣れていないシアラは、ぶっきらぼうに返しながら、少しだけ顔を背けた。
「で、今日はどこ行くの?」
「昨日オープンしたばっかりのケーキ屋さん、気になってたんだ。ちょっと見に行こうかなって」
「おー! ケーキ屋いいね! シアラ、やっぱり目ざといなぁ」
「たまたま見つけただけだって」
照れ隠しのようにそっぽを向くシアラに、ミケチはくすっと笑った。
やがて、通りの角に小さなレンガ造りのお店が見えてきた。
「……あれだろ?」
「うん、間違いない。甘い匂いしてきた!」
ミケチが鼻をひくひくさせると、シアラも思わず笑ってしまう。
「お兄ちゃん、犬みたい……」
「ケーキに釣られた犬です、ワン!」
「やめなよ、恥ずかしいから」
ふたりで笑い合いながら、お店の前で立ち止まる。甘くて幸せな香りが漂っていた。
「よし、行こうか!」
「うん!」
小さなベルの音が軽やかに響く中、ミケチとシアラは肩を並べて、ケーキ屋の扉をくぐった。
――――
そこにはガラス張りの大きなショーケースがあり、中には色とりどりのケーキがずらりと並んでいた。ふわふわのスポンジにクリームがのったものや、果実がたっぷり使われたタルト、きらきらと光るゼリーのようなケーキまで。まるで宝石箱のように華やかな光景だった。
2人は目を輝かせながらショーケースを覗き込み、どれにしようかとケーキを選び始める。
「僕はもう決めてるんだ!この“ふわふわチーズケーキ”ってやつにする!」
ミケチは自信満々に指を差す。
「うーん、たくさんあって悩む……うーんうーん……決めた!“木苺のチョコケーキ”にする!」
「すみませーん!“ふわふわチーズケーキ”と“木苺のチョコケーキ”、ひとつずつください!」
「かしこまりました。合計2点で500アーリエとなります。」
ミケチは小さな布袋からコインを取り出して支払い、2人は窓際の席に腰を下ろした。
「おまたせしました。こちらがご注文のケーキです。」
店員が皿に乗ったケーキをテーブルにそっと置いていく。ふわふわのチーズケーキからはほんのり甘い香りが漂い、木苺のチョコケーキには赤いベリーがキラキラと光っていた。
「いただきまーす!」
2人は声を揃えてフォークを手に取り、うれしそうにケーキを頬張った。
「……おいしい!ふわふわで口の中でとろける~!」
ミケチは目を細めて幸せそうに笑う。
「チョコも濃厚……!木苺の酸味がぴったりで、これ好きかも!」
シアラも頬を染めてケーキを味わっていた。
「ねえ、シアラ。一口いる?」
「うん!一口もらう!」
ミケチはにっこり笑いながら、自分のケーキを小さく切ってフォークにのせる。
「じゃあ、あーん」
「──もう!外なんだからやめてってば!」
シアラは顔を赤くしながらも、急いでフォークを奪い取り、自分で口に運んだ。
「ん……でも、おいしい。ふわふわしてるね。」
「でしょー?僕のお気に入り!」
2人の時間は、ケーキの甘さに負けないくらい、あたたかく甘やかなものであった。
―――――
——と思ったのも束の間だった。
ドカンッ!
すぐ近くの通りで、何かが爆ぜるような大きな音が響き渡る。振り返ると、黒ずくめの男たちが、まだ幼い子どもを抱え上げ、強引に連れ去ろうとしていた。
「いやああっ! やめてください、あの子は……!」
「お、お母さんっ!」
子どもは泣き叫びながら必死に手を伸ばすが、男の腕に押さえつけられ、なす術もなく引きずられていく。
その場にいた母親らしき女性が、子どもに駆け寄ろうとするも、男の一喝にひるんで足が止まり、そのまま膝から崩れ落ちた。
「だ、誰か……うちの子どもを助けて……!」
その悲痛な声があたりに響き渡る。
ミケチもシアラも、一瞬その場に釘付けになった。
「お、お兄ちゃん……あの子、助けてあげられない?」
震えるような声で、けれどしっかりと、シアラが言った。
「もう、かわいいかわいいい妹とのデートを邪魔しやがって!しょうがないなぁ シアラは危ないからここにいて」
「私も行く!」
その目線の先には強い意志を感じた
「わかった、僕のそばを離れないでね」
そう話してる間にも誘拐犯はすごいスピードで逃げていく
「お母さん、僕たちが追いかけます、ここで待っててください。
ごめんシアラ、ミケチはシアラをかかえた」
「なっ、」
シアラは顔を赤らめる
「アクセル!」
ミケチの足元から風が巻き起こる。抱きかかえられたシアラは驚きながらも、ぎゅっとミケチの服をつかんだ。
「見失ったら、あの子はきっと……」
ミケチは真剣な目で前を見据える。
「絶対に逃がさない。行くよ、シアラ!」
風を切る音と共に、2人は誘拐犯を追って走り出した。