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入学試験⑥(あたたかい空間)

「おい、ミケチ! 大丈夫か!?」


「んっ……」


ミケチが微かにうめきながら、ゆっくりと目を開ける。


「おっ、目が覚めたか! ミケチ、お前……さっきの力はなんだったんだ?」


ノヴァは安堵の表情を浮かべながらも、驚きを隠せない様子で問いかける。


「わからない……さっき宝箱から出た指輪が急に光り出して……はめたら、ありえないくらいの魔力が体に流れ込んだんだ。それに……ぼくが持ってる技が一気にレベルアップしてた……。あと、《アクセル》っていうスピードを上げる技も会得してた……。だけど……指輪が壊れてからは、魔力は元通りに戻っちゃった……」


ミケチは悔しそうに肩で息をつきながら説明する。


「……その指輪については後で調べてみよう。それより……ミケチ、お前がいてくれて助かった。ありがとうな」


ノヴァは真剣な眼差しでミケチに礼を言い、そっと手を差し伸べる。


「とりあえず、スカーレットドラゴンの素材を回収して帰ろう。流石に試験は合格だろ。きっと家族も心配してる」


ノヴァは杖を握りしめながら、疲れた声で言った。


「そうだね! とりあえず拾おうか」


ミケチも頷き、2人はスカーレットドラゴンの素材を回収し始めた。

鱗や牙はまだ熱を帯びているものの、その希少さを考えれば逃すわけにはいかない。


ふと、ノヴァが奥に何かを見つけた。


「ミケチ、あれ見ろよ! 宝箱があるぞ!」


ノヴァが指さす先には、煤けた古びた宝箱が置かれていた。


「念のため……」


ノヴァは杖を掲げ、慎重に呪文を唱える。


「仕掛けられし悪意よ、光に曝され姿を示せ──《トラップサーチ》!」


杖の先から淡い光が広がり、宝箱を覆う。

だが、罠は仕掛けられていないようだ。


「うん、何も無い。ミケチ、開けよ!」


2人は同時に宝箱に手をかけ、ゆっくりと蓋を開いた。

中には、上品な輝きを放つブレスレットが2つ入っていた。


「今回はこれだけか……さっきの宝箱よりは……ん?」


ノヴァがブレスレットの下に小さな紙切れを見つける。

そこには説明が書かれていた。


《フィーネ》

装備者の魔力量と魔法威力を10%上昇させる。


「すごいぞ! これをつけておくだけで、普段より魔力が強化されるらしい!」


ノヴァが興奮気味に説明すると、2人は早速手に取り、ブレスレットを装備した。

途端に体中を魔力が満たしていく感覚が走る。


「へへ、おそろい! 友情の証みたいだね」


ミケチが嬉しそうに笑う。


「だな!」


ノヴァは軽く拳をぶつけた。


ふと、ミケチが辺りを見回す。


「……穴に落ちてから、何日くらい経ってるんだろ?」


ノヴァは洞窟内を見渡すが、時間の手がかりはない。

2人は顔を見合わせ、不安げに息をつく。


「わからない……でも、あれ……」


ノヴァが視線を移すと、部屋の奥に淡く光る装置が見えた。


「地上に戻れるワープ装置じゃないか? 早く帰ろうぜ!」


「うん!」


2人は駆け寄り、ワープ装置に乗り込んだ。

魔法陣が淡い光を放つと同時に、2人の体は優しく包み込まれ、徐々に光に溶けるように消えていった。


——次の瞬間、ひんやりとした夜風が肌をかすめる。


「……っ!」


気がつくと、2人は地上に立っていた。周囲を見渡すと、森の入り口付近らしい。月明かりが木々の隙間からこぼれ、ぼんやりと足元を照らしている。


「ここは……森の入り口付近か……かえってこれたんだな、俺たち!」

ノヴァは杖を握りしめながら、力強い声で言った。


「そうだね! よかった!!」

ミケチはくたびれた体を引きずりながらも、嬉しさを隠せない。


洞窟での戦いと探索の疲労が、今になってどっと押し寄せてくる。足は重く、肩もずしりと凝り固まっていた。それでも、2人は無事に帰還できた安堵のほうが勝っていた。


「……暗いし、急いで帰ろう! シアラに会いたい!」

ミケチは背伸びをしながら、少しでも体のだるさを振り払おうとする。


「相変わらずのシスコンぶりだな。」


ノヴァが軽く笑いながら肩をすくめると、2人は並んで歩き出した。


しばらく森の道を進むと、ようやく街の明かりが見えてきた。家々の窓からもれる暖かな光が、疲れた体にじんわりと染みる。


「俺こっちだから、また明日な、ミケチ。」


分かれ道に差し掛かると、ノヴァは軽く手を振って家の方へ歩み出す。


「うん、また明日!」


ミケチもそれに応えるように手を振り、自分の家へと足を進めた。

……が、その足取りは徐々に速くなり、やがて小走りになっていた。


「早く帰ろう……シアラに会って、いっぱい話したい……!」


独り言のようにつぶやきながら、ミケチは街を駆け抜ける。

灯りのともる家並みが見えてくると、胸が高鳴るのを感じた。


そして──

家に着いたとたん、ミケチは勢いよくドアを開けて叫んだ。


「ただいま!!」


玄関からはすぐに声が飛び出した。


「ミケチ!」「お兄ちゃん!」


3人が玄関まで飛び出してきた。


「ミケチ、どうしたの? そのボロボロの体……! 5日も帰ってこなかったから心配したのよ……! 無事でよかった……!」

母親のミアはミケチの姿を見た瞬間、膝から崩れ落ちるように泣き出す。

彼女は震える手でミケチの頬をそっと撫でた。


「お兄ちゃんがいないと、家が静かでやってられないの……」

シアラは強がるように言いながらも、その目には涙がにじんでいた。

それでも彼女は、笑顔を見せようと懸命に顔を上げる。


「おかえり、ミケチ。無事でよかった……!」

ルーグお父様はミケチの肩をがしっと掴むと、

「今すぐ風呂に入りなさい! 後で、しっかりと話を聞かせてもらうぞ!」

と、少し厳しい口調で命じた。


その声には、息子の無事を心から喜ぶ気持ちと、これからも無事に帰ってきてほしいという父親の切なる想いが込められていた


ミケチは浴室へ向かい、掛け湯をしてから湯船にゆっくりと身を沈めた。

傷だらけの体に湯が染みるたび、ジワリと痛みが走る。だが、それと同時に少しずつ体の緊張がほぐれていく。

ふう、と静かに息を吐きながら、ミケチはぼんやりと天井を見つめた。


「さっきミアお母様が……5日って言ってたな」


5日間も家を空けていたのか。

ミケチは湯船に肩まで浸かりながら、家族の心配そうな顔を思い出す。

冒険に出れば、いつ命を落としてもおかしくはない。それはミケチ自身、わかっているつもりだった。

だが、いざ家族を泣かせてしまったとき、その現実がずしりと胸に響いた。


「心配……かけたな……」


ふと、洞窟での出来事が脳裏をよぎる。

あの深く果てしない暗闇と、逃げ場のない灼熱の戦い。

そして、不思議な力を秘めた指輪と、最後に手に入れたブレスレット――「フィーネ」。


ミケチは腕に装着したままのフィーネをそっと見つめた。

淡く輝く宝石が湯気の中でぼんやりと光を反射する。

「これをつけているだけで、魔力量と威力が10%も上がるだなんて……すごいな」

改めてその効果を思い出し、思わず呟く。

もしあの戦いの最中にこのフィーネを装備していたら、もう少し有利に戦えたのだろうか――そんな考えがふとよぎる。


それにしても、もう一つの指輪は一体なんだったのか。

あの瞬間だけ、ミケチは自分とは思えないほどの力を手にしていた。

けれど、指輪は消えてしまった――まるで一時的に貸し与えられたかのように。

その力はあまりにも異質で、記憶の中でどこか不安定な感覚を残している。


「あの洞窟……『深淵の秘窟』か……。何か特別な場所だったのかもしれないな」


ミケチはふと、学院の試験を思い出した。

「そういえば、ミルフィーユ学院の入学素材提出まで、あと2日か……」

あれだけの激闘をくぐり抜けたのだ。

スカーレットドラゴンの素材は間違いなく一級品だろう。

だが、それとは別に、あの洞窟や指輪、そしてフィーネについても調べたくなってきた。


「うん……明日は学院に行く前に、少し調べてみよう」


そう心に決めると、ミケチは静かに目を閉じた。

湯の温もりがじんわりと全身を包み込み、疲労がゆっくりと溶けていくようだった。


ミケチが風呂から上がると、食卓には温かな夜ごはんが並べられていた。

焼き立てのパンと濃厚なシチュー、こんがり焼けた肉料理からは食欲をそそる香りが漂っている。

ルーグ、ミア、シアラの3人はすでに席に着いていたが、誰も手をつけずにミケチを待っているようだった。


「おまたせ」

ミケチはまだ少し湿った髪をタオルで拭きながら食卓へ向かう。


「あっ、ミケチ! 座って座って! さぁ、食べよう!」

ミアは思わず声を弾ませる。

その笑顔には、心からの喜びと安堵が滲んでいた。

ミケチが無事に帰ってきたことが、何よりのご馳走だったのだろう。


ミケチが椅子に腰を下ろすと、ルーグがふと口を開いた。

その声は穏やかだが、どこか真剣な響きを帯びている。


「それで……ミケチ。この5日間、何があったんだ?」


父親の鋭い視線がまっすぐにミケチを見据える。

シアラもフォークを握ったまま、じっとミケチを見つめている。

彼女の大きな瞳には、不安と好奇心が入り混じっていた。


ミケチは一つ息をついて、落ち着いた声で話し始めた。

まずはミルフィーユ学院の試験から。

緊張しながらもノヴァと挑んだ試験――だが、その最中に突然スライムの大群に襲われたこと。

本来なら出現するはずのない異常な数に苦戦したこと。

そして、戦いの最中に足場が崩れ、2人で洞窟へと落下してしまったことを語る。


ミアとシアラは口元に手を当て、息を呑む。

ミケチは続ける。


暗闇の中で見つけた宝箱と、そこに入っていた不思議な指輪のこと。

最初はただの装飾品かと思ったが――

スカーレットドラゴンとの戦いで、その指輪は突然本領を発揮した。


ミケチは拳を握りしめながら、その時のことを思い出す。

灼熱のブレスは容赦なく襲いかかり、魔法も剣も通じない。

ノヴァの《ルミナスショット》でさえ鱗に弾かれ、ミケチの《エンチャント・アクア》はまるで爪楊枝で突いたかのように無力だった。

次第に追い詰められ、体力は底を尽きかける。


「もう……ダメかもしれないって思った時さ……」


その瞬間だった。

カバンの中に入れていた指輪が、突如として眩い光を放った。

慌てて取り出したミケチがそれを左手にはめた瞬間、まるで応えるように指輪が魔力と同調し、膨大な力が体内に流れ込んできた。

魔力量は急激に跳ね上がり、ミケチは普段では考えられないほどの魔法を放つことができた。

敵の攻撃を高速で回避しながら《アクセル》で瞬間的に加速し、ドラゴンの隙をついて一気に斬り込む。

その一撃はドラゴンの鱗を貫き、勝利へとつながった。


だが――

「ドラゴンを倒した直後に、指輪は砕けて消えちゃったんだ」

ミケチはそう言いながら、指輪があった左手をそっと見つめる。

あの圧倒的な力はもう手元にはない。だが、確かに存在したのだ。


そして――

宝箱からもう一つ見つけたアイテム、《フィーネ》のこと。

ミケチは腕につけたままのブレスレットをそっと見せる。


「これ、フィーネっていうんだ。装備するだけで魔力量と威力が10%上がるんだって」

彼はブレスレットを見つめながら、静かに言葉を続ける。

「あの洞窟で手に入れたものは、もう指輪はないけど……これが残った」


ミケチはそう言いながら、フィーネを指でなぞる。

その瞳には、わずかな誇りと決意が宿っていた。

あの戦いで得たものは、ただの装備ではない。

己の限界を超えた経験と、そこから生まれた新たな力への自信だった。


話を終えたミケチは静かに息を吐いた。

家族はしばらく黙っていたが、その表情には驚きと優しい微笑みが浮かんでいた。


「すごいね、ミケチ!」

ミアが目を輝かせて言う。


「ふふ、さすが俺の息子だな。」

ルーグは満足げに笑いながら、空いたグラスを手に取る。


そのまま家族は食卓でしばらく話し込んでいたが、次第に場は落ち着き、食後の余韻がゆっくりと広がっていく。

やがてルーグが椅子から立ち上がった。


「さて、そろそろ片付けるか。」

そう言いながら皿を手に取ると、ミアも立ち上がろうとする。


そのとき、シアラがふと顔を上げた。

「私が片付けておくから、みんなは休んでていいよ。」

控えめながらもはっきりとした声でそう言った。


ルーグは「ありがとう、シアラ。助かるよ。」と言って、ミアを連れて寝室へ向かった。ミケチもシアラにお礼を言い、自分の部屋に戻った。


1時間ほど経ったが、体は疲れているのに、なかなか眠れなかった。


「ホットミルクでも飲むか」と言いながらリビングに降りようとしたとき、部屋の灯りがまだついているのが見えた。


「シアラ、まだ起きてたのか?」リビングに入ろうとしたそのとき、シアラがふいに呟いた。


「空間よ裂けよ、彼方へ揺らめけ!《ミニ・ゲート》」


その瞬間、机の下にあった本が、何事もなかったかのように机の上にワープした。


「す、すごいじゃないか!シアラ、さすが!」ミケチは驚きながらも、嬉しそうに話しかけたが、シアラは顔を真っ赤にして、少し慌てた様子で言った。


「お、お兄ちゃん…!」


そして続けた。


「まだ、パパとママには内緒にしてね。」


ミケチはホットミルクを準備しながら、それに頷いた。

「シアラ、その魔法、いつから使えるようになったんだ?」


シアラは少し照れくさそうに答える。

「ついこないだだよ。急に使えるようになったの。でも、まだ魔力量が少ないから、小さいものしか動かせないんだけどね。」


ミケチは微笑みながら言った。

「でも、すごいじゃないか!お兄ちゃん、感動したよ。さすが僕のシアラだ!」


「お兄ちゃんのじゃない! キモい、嫌い!」

シアラは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


ミケチは思わずくすっと笑う。

「へへ、照れてるくせに。」


「照れてない!」

シアラはぷいっと顔を背けたが、耳まで赤く染まっているのが見えた。


「とにかく、内緒にしててね!人に見せられるレベルの魔法じゃなくて、恥ずかしいんだから。」


「わかってるよ。誰にも言わない。」

ミケチは優しく微笑んで、ホットミルクを飲み干した。


「もう寝るでしょ? 早く部屋に戻ってよ!」

シアラは恥ずかしさを誤魔化すように背中を押す。


「はいはい、おやすみ。」

ミケチは渋々部屋に戻ろうとした。


そのとき、リビングの扉の隙間からシアラがふいに顔を覗かせた。

少し頬を染めながら、ぽつりと呟く。


「お兄ちゃん……いろいろお疲れ様。おやすみ。」


恥ずかしそうにリビングに戻るシアラ。

ミケチは一瞬呆気にとられたが、すぐに顔を綻ばせる。


「シアラ、おやすみ!」


部屋に戻ったミケチは、そのまま布団に潜り込んだ。

じんわりと胸が温かくなっていく。


「なんだよ、今のシアラ……可愛すぎる……」

思わず笑みがこぼれる。


幸せな気持ちに包まれながら、ミケチは静かに目を閉じた。

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