入学試験⑤(スカーレットドラゴン)
ギィ……ギギィ……
鈍い音を立てながら、石扉がゆっくりと開いていく。
隙間から、灼熱の風が吹きつけた。
「うわっ、あっつ! なんだよこの熱風!」
思わずノヴァは顔をしかめ、大声を上げる。
扉が完全に開かれた瞬間、その原因は明らかになった。
「グルルルゥゥ……グォォォォオオオオ!!」
部屋の中央で巨大な影がゆらりと立ち上がる。
赤黒い鱗が煉獄の炎に包まれ、その瞳は血のように紅く燃えている。
スカーレットドラゴン――灼熱の暴君が牙を剥いた。
「や、やばいよノヴァ……流石に僕も本で見たことある……あれ、スカーレットドラゴンだよね……」
ミケチは顔面蒼白になりながらも、かろうじて声を絞り出す。
「でも、倒さなきゃここを出られない……生きるか死ぬかの戦いだ。やるしかないんだ! いくぞミケチ!」
ギャァァオオォォン!!
躊躇なくスカーレットドラゴンは咆哮とともに、2人めがけて灼熱のブレスを吐き放った。
炎は一瞬で空間を焼き焦がし、地面が黒く焦げ付く。
「やばっ……!!」
2人は咄嗟に飛び退き、炎をギリギリで回避する。
「こんなのまともに食らったら、ひとたまりもないよ……よし! 反撃するよ!」
「《エンチャント・アクア》!」
ミケチはすかさず剣に水の魔力を宿すと、鋭く切りかかった。
しかし――
「えっ!?」
刃は硬い鱗に弾かれ、わずかな傷すらつけられない。
「水属性魔法が有効のはずなのに……ダメージすら負わせられない……!?」
「くっ! 水よ、敵を貫け──《ウォーターボール》!」
ノヴァは素早く水弾を放つ。
ジュワッ!!
ブレスの炎と水弾が激しくぶつかり合い、水蒸気が立ち上る。
「おぉぉぉらぁ!!」
ミケチは剣に《エンチャント・アクア》をかけたまま横からドラゴンに飛びかかる。
だが――
ガキィィン!!
ミケチの一撃はドラゴンの鱗に弾かれ、まるで小石を投げつけたかのように無力だった。
「な、なんだよこれ……全然効かないよ!?」
「まだだ! 水よ、貫け! 《ウォーターボール》! 《ウォーターボール》!!」
ノヴァは素早く連続で水弾を放つ。
バシュッ! バシュッ!!
立て続けに水弾が炸裂するが、ドラゴンの厚い鱗には傷一つつかない。
「嘘だろ……!? まったく効いてない……」
「くそっ、ならこれでどうだ!」
ミケチは素早く回り込み、ドラゴンの脇腹に斬りかかる。
「《エンチャント・アクア》!」
剣に水属性を宿し、思い切り振り下ろす。
ジュワッ!!
一瞬、水蒸気が舞い上がるも、ドラゴンの鱗はびくともしない。
「な、なんで!? 水属性が弱点じゃないのかよ!?」
その隙を突くように、ドラゴンの鋭い爪がミケチをかすめる。
「ぐあっ!」
ミケチは体勢を崩し、わずかに後退する。
「ミケチ、大丈夫か!?」
「う、うん! けど……どうしよノヴァ! これじゃあ何やっても──」
「いや……やるしかない!」
ノヴァは決意を固め、杖を構える。
「ミケチ、一か八かだ! さっき覚えた上級魔法を放つ! 魔力を貯めるから、少し時間を稼いでくれ!」
「わかった、やってみるよ!」
ミケチは迷いなく返事をし、再びドラゴンに向かって駆け出した。
「《エンチャント・アクア》!」
再び剣を水の魔力で強化し、炎を切り裂くように斬りかかる。
だが――
「ゴゴゴゴォォ……ボォォォオオオッ!!」
ドラゴンは容赦なく再び炎を吐く。
ミケチは瞬時に身を低くし、転がるように回避。
炎の熱気が頬をかすめ、皮膚が焼けるようにヒリつく。
「くっそぉ!!」
体勢を立て直すと、今度はドラゴンの脇腹に切りかかる。
しかし――
カンッ!!
硬い音が響くだけで、刃はまたしても弾かれた。
「くっ……!」
それでもミケチは諦めず、再び剣を振るう。
だが、その瞬間――
「!!」
ドラゴンが巨体をしならせ、太い尻尾が唸りを上げて振り抜かれた。
ミケチは回避が間に合わず、脇腹に直撃を受ける。
「グハァッ!!」
鈍い衝撃とともに、ミケチの体は宙を舞い、壁際へ叩きつけられた。
激しい痛みが全身を駆け抜け、口から血が滲む。
地面に崩れるように倒れ込んだ。
「うぅ……ゲホッ……!」
ノヴァは目を見開き、声を振り絞るように叫ぶ。
「ミ、ミケチ!!」
ドラゴンの赤い瞳がミケチを見下ろし、今にもとどめを刺そうと迫る。
炎が口内に灯り、灼熱の息吹が漏れ始めた。
「よくも……! よくもミケチを!!」
ノヴァは歯を食いしばり、杖を握り締める手が震える。
瞳は怒りに燃え、血走っていた。
「ミケチが稼いでくれた時間を、絶対に無駄にはしない――。」
ノヴァは静かに詠唱を始めた。杖の先に白と金の魔力が渦巻き、空気がビリビリと震え始める。
「天を裂き、闇を穿つ神雷よ……罪深き闇を裁く光となりて、我が手に集え……!」
地面が震え、空間に亀裂が走る。魔力が大気を揺るがし、眩い光の奔流が杖の先へと収束していく。
「聖なる槍は大地を貫き、雷は天を焦がし、滅びの刃は万物を塵へと還す……!」
ドラゴンの瞳が一瞬、わずかに怯んだ。
「今こそその力、解き放たれよ──《アークライト・ディザスター》!!!」
轟然たる光の奔流が解き放たれ、灼熱の炎をかき消し、純白の雷撃がドラゴンを貫いた。
「グォォォォオオオオッ!!」
ドラゴンは咆哮を上げながら、凄まじい衝撃波とともに吹き飛ばされる。その巨体が炎と共に爆ぜ散り、部屋中に閃光がほとばしった。
ズゥゥゥン……!!
光が収まった頃には、ドラゴンは地に伏していた。
「やった……のか……?」
ノヴァは荒い息をつきながら、震える足でなんとか立ち続ける。だが、魔力はほぼ使い果たしていた。
そのとき――
ギチ……ギギギ……
ドラゴンの体がわずかに動いた。崩れ落ちていた巨体がゆっくりと起き上がり、次の攻撃の機を伺うように低く唸る。紅い瞳が再び燃え上がった。
「くっ……まだか……」
ノヴァが息を呑んだ瞬間、ドラゴンが反撃に出た。巨大な尻尾が勢いよく振り抜かれる。
ドガァァッ!!!
「ぐっ……!!」
ノヴァは尻尾に思いきり弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。鋭い衝撃が全身を駆け抜ける。
「ゴホッ……グヘェ……」
口から血を吐きながら、ノヴァは崩れるように地べたに倒れ込む。体は鉛のように重く、まるで力が入らない。
ここまでなのか……結局、目的を達成できずに俺は死ぬのか……」
と、倒れていたノヴァがかすれた声を漏らす。
その声が部屋にこだまする中、倒れていたミケチが徐々に意識を取り戻し始めた。
朦朧とした視界に、目の前には血を吐いて倒れるノヴァと、とどめを刺そうと迫るドラゴンの恐ろしい姿が浮かび上がる。
「体が重い……動かない……でも、死にたくない。ノヴァを死なせたくない。シアラに会いたい。ここで終わるわけにはいかない……」
ミケチがそう心の中で叫んだその時、カバンから何かが淡く光り始めた。
「な、なんだ……?」
ミケチは這いずりながらカバンに手を伸ばし、そこにあったのは、かつて手に入れた指輪だった。
「こ、これはあの時の指輪……」
指輪をはめると、体内に大量の魔力が流れ込み、ミケチの体は新たな力で満たされた。
一方、ドラゴンはノヴァに向けてブレスを吐き、とどめを刺そうとしている。
ノヴァは、かすかな声で、ほとんど聞こえないほどぼそっと呟いた。
「さよなら……ミケチ… 様、、」
その声は絶望と謝罪を含んでいた。
ミケチは深い決意を込め、低く詠唱を始めた。
「エンチャント・リヴァイア……」
すかさず、ミケチはドラゴンのブレスを切り裂いた。
「大丈夫? ノヴァ」
「ミケチ……なんだよそれ、 なんの魔法だ」
血を吐きながらノヴァが問いかける。
「後で説明するから、今は見ててくれ。僕、今なら倒せる気がする!」
ミケチは大きな声で叫んだ。
「エンチャント・リヴァイアァァ!」
ミケチはものすごいスピードでドラゴンに切り掛かる。
剣が閃光のように走り、ドラゴンの鱗を斬り裂く。
「グルルゥゥゥ……ガァァ……ッ!」
ドラゴンが咆哮と共に振り向き、ミケチに鋭い爪を振り下ろす。
ミケチはギリギリで身を引き、ドラゴンの攻撃を回避したが、その風圧だけで頬が切れ、鮮血が散った。
「指輪のおかげで、エンチャント系の魔法が進化したみたいだし、さらに武術に特化した魔法も1つ増えてるようだな」
ミケチは肩で荒い息をしながら、剣を強く握り直す。
ドラゴンはすかさず口を大きく開き、灼熱の炎を吐き出した。
「――アクセル!」
ミケチは瞬時に加速し、火球の直撃を回避する。
風のように駆け抜けると、炎を切り裂きながらドラゴンの脇腹へと回り込む。
「エンチャント・リヴァイア!」
魔法が込められた剣が青白い軌跡を描き、ドラゴンの鱗を斬り裂いた。
血しぶきが飛び散り、ドラゴンが苦しげにのたうつ。
だが、次の瞬間――
ドラゴンは反撃の一撃として、尾を地面に叩きつけた。
轟音と共に石が砕け、衝撃波がミケチに迫る。
咄嗟に跳躍してかわしたものの、着地の瞬間に尻尾が横薙ぎに襲いかかる。
ミケチは血を吐きながらも、剣を強く握り直した。
肩で荒い息をつきながら、鋭い視線でドラゴンを見据える。
ドラゴンが再び大きく口を開き、灼熱の炎を放とうとする。
その瞬間――ミケチは迷いなく踏み込んだ。
(詠唱を省略し、行動に集中)
炎が解き放たれる刹那、ミケチは加速した。
爆炎の中をジグザグに駆け抜け、ドラゴンの脇腹へ回り込むと、剣に魔力を込める。
「……はぁぁぁぁっ!!」
振り下ろされた剣が青白い光を放ち、ドラゴンの鱗を切り裂いた。
鮮血が舞い散り、ドラゴンが苦しげに身をよじる。
だが、次の瞬間――
ドラゴンは翼を広げ、風圧でミケチを吹き飛ばす。
荒れ狂う暴風が巻き起こり、ミケチはバランスを崩して転がった。
「くそっ……!!」
立ち上がろうとした瞬間、ドラゴンの尻尾が横薙ぎに振り抜かれる。
ミケチは咄嗟に剣を突き立て、体を支えながら踏みとどまった。
尻尾が地面をえぐり、石片が宙を舞う。
「負けるかぁぁぁぁぁ!!」
ミケチは再び「アクセル」を発動。
無言で魔力を解放し、一瞬でドラゴンの懐へと滑り込む。
回転しながら跳ね上がり、勢いを乗せた剣を振りかざした。
「これで終わりだぁぁぁぁぁ!!」
アクセルの速度と跳躍のバネを利用し、ミケチはドラゴンの腹部に剣を深々と突き刺した。
鮮血が噴き出し、ドラゴンの咆哮が洞窟を揺るがす。
「……ウゥ…グォォォ……」
ドラゴンを覆っていた炎はみるみると消え、巨大な体が鈍い音を立てて崩れ落ちた。
ミケチは荒い息をつきながら剣を引き抜く。
だがその瞬間、指輪が砕け散る。
その破片がミケチの体内に吸い込まれた途端、魔力が尽き、一気に意識が遠のく。
「……くそ……魔力が……っ」
ミケチは血を吐き、膝から崩れ落ちた。
視界がかすみ、ノヴァの姿が霞んでいく。
「……ノヴァ……大丈夫……か……」
かすれた声とともに、意識は深い闇へと沈んでいった――。