追跡者 1
ハルゾノチョウが優雅に森の中を飛び回っている。自然の生き物はこんなにものどかで、そして活き活きとしている。景色には彩りも増え、世界自体が朝に目覚めているようだった。
「もう少しだ」
声から、その主の緊張が感じられる。一隊はこの森の中をずんずんと進んでいた。その様子を獣たちが不思議そうに眺めている。道なき道が示すその迷路の奥地へは、外部の人間が足を踏み入れることは滅多にない。
「あそこか・・・」
1つの小屋が見つかる。小屋と言ってもかなり簡易的なもので、この地に最近引っ越してきた者が漸く不満のないものをこしらえたといった様相を呈している。
「ここで待機だ」
一隊は円形に腰を下ろす。各々が外の方を向いていて、全方位の視界をお互いで補っている。ここからは忍耐が勝負だ。長時間見張りをし、その間一歩も動くことはない。連絡事項は伝言としてリーダーから左のメンバーに伝えられる。円の軌道をなぞるようにメッセージは伝わり、そして隊長の元へと戻ってくる。睡眠は4人ずつ順番に行い、そこからは同じように円を描くように睡眠権が推移していく。
「すーっ」
少年は息を吸った。意識を集中させ、隊員一人一人と気持ちを通じ合わせた。全員の気を落ち着かせ、心の中に波音1つ立たせない。彼が『湖のラグ』で学んだ魔法の力だ。
「最終確認だけど、今回の任務は張り込みだけでいい。対象を見つけさえすれば、後はニラードさんの協力を仰げる」
ニールは指示を流した。無理に自分達だけで捕えようとしなくてもいい。話に聞いているだけの力量では、実物のイメージがつかない。それに、自分達が力不足で逃げられてしまえばどうしようもないこと。最悪の場合、皆殺しだ。
今回の対象は『2層』の囚人。50年ほど前に塔に幽閉され、前回の黒魔法使い達の襲撃にあやかって抜け出してきた脱獄犯だ。囚人たちは塔に配置される際、基本的には塔の内部へと送られる。塔の高い方に収監されている囚人の方が、危険度が高く手厚く見張られているというのが表向きの説明だ。
もっと恐ろしいのは地下の囚人たち。こちらは地下深くに閉じ込められている者の方が危険人物としてランク付けされている。基本的には、捉えるのに何人の超級魔法使いが必要か、といった基準で分けられ、幽閉されている層の数×10人の超魔法使いの力を持つとされている。2層であれば、捕まえるのにおおよそ20人の超級魔法使いの力を借りねばならないというものだ。
この場にいるのはニールと、中・上級魔法使い15人といったところだろう。捜索隊については魔法のレベルは問われない。志願兵も多いことから、いろいろな力の魔法近いが集まる。
もし予期せぬ奇襲を受けた場合、勝てない見込も十分にある。だから今回の任務は対象の様子を確認するだけでよいものだった。
「しばらく周ってみましたが、いませんでした」
辺りを捜索していた兵士たちが戻ってくる。この周囲にいなければ、当分この拠点には戻って来ていないのだろうか。だが決めつけるにはまだ早い。後2週間は張っている必要があるだろう。部隊を二つに分け、見張り場所の数を増やした上で、彼らは任務を続行した。