第7話 どうして、と言われても
ボーリングで腕が張るくらい運動をした俺たちは、次はカラオケに向かった。
そこでも中心になるのは、やっぱり黒羽。黒羽は歌も上手かった。
勢いのあるロックバンドの曲を颯爽と披露し、碧の友達二人から黄色い声を受けていた。
碧はというと、次に自分が入れる曲を、一生懸命考えていた。
今日の本来の目的を考えると、黒羽の歌を楽しんでいないのはもったいないなと考えてしまうけど、でもそんなところも、碧らしいなと感じていた。
やがて、黒羽の曲が終わり、碧にマイクが渡される。
碧の歌はこれまで一応幼馴染をしていたのに、俺は聴いたことがなかった。
だから、つい注目してしまう。
そんな中、曲が始まり、碧が歌い始める。
「二人で写真を撮ろう 懐かしいこの景色と あの日と同じポーズで おどけて見せて欲しい~♪」
それは、有名実力派女性歌手の恋愛バラードソングだった。
「見上げる空の青さを 気まぐれに雲は流れ キレイなものは遠くに あるからキレイなの~♪」
それを碧は、その歌手と劣らぬような上手さで、力強く歌い上げていた。
「このこみ上がる気持ちが 愛じゃないなら 何が愛かわからないほど~♪」
思わず、目が離せなくなる。息を飲む。
「愛を込めて花束を 大袈裟だけど受け取って 理由なんて聞かないでよね~♪」
それほど、この歌を歌い上げる碧の姿は、はっきりと魅力的だった。
「今だけすべて忘れて 笑わないで受け止めて 照れていないで~♪」
情感を込めて歌う碧の姿だけが、その場で輝いているような気がして。
「いつまでもそばにいて~♪」
曲が終わるまで、思わず呆然としてしまって。
「すごい……」
最後に、思わず、声が出た。
そんな声を皮切りに、みんなで碧に向けて歓声を送る。
碧の友達二人なんかは、もう碧に抱きついてはしゃいでいる。
そんな姿も、俺はずっと目が離せずにいて。
「……何よ、そんなに見つめられると、恥ずかしいんだけど」
そう、碧に言われてしまった。
「ご、ごめん! でも、そのくらい、すごかったから」
パッと目線を切りながら、俺はそう言葉にする。
「ホントだよ! 碧が歌こんなに上手いなんて知らなかった!」
「歌手になれちゃうんじゃないの!?」
そう言って、碧が友達二人に褒め殺しになっている。
そんな状況なので、思わず碧の顔も赤くなっているのを、俺は横目で見ていた。
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そんな感じでみんなで遊んでいるうちに、そろそろ帰る時間となった。
「今日は誘ってくれてありがとう。とても楽しめたよ」
そう爽やかに黒羽が場を締めたのを皮切りに、それぞれが自分たちの自宅の方向へと散っていく。
しかし、俺と碧は、小学校が一緒というだけあって、最寄り駅が一緒だ。
特に別れて帰る理由もなく、同じホームに行き、同じ電車に乗って、並んで座席に座る。
そんな時、碧の方から話を切り出してきた。
「ねえ、今日の朝、蓮は言ったじゃない? 私に、美人だ、って」
「う、うん、そうだね……」
切り出された話題は、思い出しても恥ずかしい、集合時のことだった。
「でも、蓮は、他の子には美人とか可愛いとか、言わなかったよね」
言われてみれば、そうだったかもしれない。
黒羽はそういえば、全員のファッションをきちんと褒めていた。
エチケット的には、そっちの方が正しかっただろう。
「どうして、他の子には、言わなかったの?」
碧に、そう問いかけられる。
どうして、と言われても……。
「あの時、碧のことで頭がいっぱいだったから。それに、碧が一番美人だったし……」
こういうことでしかない。
あの時は、他のことを考えてる余裕がなかった。
だから、そのままの事実を、そのまま碧に伝える。
「そ、そう……」
碧の反応はそんなもので、そこからは特筆すべき会話もなく、家の最寄り駅で解散し、それぞれの家に向かって歩き出したのだった。
(……っ! なんで、今日のことのうち、蓮のことばっかり頭に残ってるのよ!?)
そんな碧の頭の中など、俺が知る由もない。