第3話 知っていたことでも
「……つまり、俺に碧と黒羽の仲をとりもってほしい、と」
「そ、そこまでは言ってない! 機会さえ作ってくれたら、後は私の方でなんとか……する……はず……」
おいおい、そこでしぼむなよ。
つまりは、こういうことである。
碧は黒羽に好意を抱いており、できればお近づきになりたい、一緒に出掛けたいし、仲を深めて、最終的には恋人同士になりたいわけだ。
しかし、碧と黒羽は今のところ何も接点がなく、急にデートのようなものに誘うのも不自然だ。
もちろん、そういう関係の中で、いきなり告白して、上手くいくケースもあるだろうが、「お互いのことをよく知らない関係の人とは付き合えない」と振られてしまうリスクもある。
そこで、碧は俺を巻き込むことを考えた。
俺と黒羽は友人関係であり、俺が黒羽を遊びに誘うことは不自然なことではない。
また、俺と碧は幼馴染の関係であり、幼馴染同士が出かけるという状況も、まあ、ギリあり得ると言っていいだろう。
ということで、碧は俺に、「碧に遊びに誘われたけど、黒羽も一緒に来ないか?」と誘って、碧と黒羽が交流する機会を作ってほしいというわけだ。
理屈としては、分からないでもない。
といっても、俺としても仲をとりもつようなアシストを、自分が綺麗にできるとは思っていない。
単純なコミュニケーション能力でいえば、俺より碧のほうがはるかに上だ。
でも、
「黒羽なら、一緒に出掛けようって直接言っても応えてくれそうなもんだけど」
「そ、そんなことできるわけないでしょ! デートのお誘いなんて、ほとんど告白みたいなもんじゃない!」
こと黒羽については、碧のコミュニケーション能力は発揮できないようだった。
「お願い! 私、男子と一緒のコミュニティって少なくて、蓮くらいしか黒羽くんとつながりのある知り合いがいないの!」
どうやら、男子と女子が友好を深める手段として、共通の知り合いを通じて別々のコミュニティの人間が会うきっかけを作るという行動は、よく行われることのようだった。
そういったことを行ってこなかった俺は、「政治家や企業経営者の人脈作りみたいで、大変なことをやっているなあ」と感じ、自分ならきっとやらないのだろうなと思った。
だけど、それだけ、碧の黒羽への想いも、本気ということだと思った。
政治家みたいな人脈作りという大変な行動をとってでも、黒羽とお近づきになりたい。
それだけ本気な碧の想いを、無下にすることはできなかった。
「……まず、碧が友達と出かける予定を考えてて、どうせ出かけるなら大人数のほうが楽しいということで、幼馴染である俺のところに、参加できる友達がいないか尋ねられた、そんな筋書きでいいか?」
それは、碧の希望に対して、「イエス」に当たる回答だった。
俺のその答えに、碧の顔がゆっくりと明るくなっていき……
「うん! うん! それでお願い!」
その光を放った笑顔がグンと俺の眼前に近づいたかと思うと、碧は俺の両手を包むように握り、嬉しそうに反応した。
それは、碧の顔が綺麗なことが「既知」で、「当たり前にあること」で「自分には関係のないこと」であっても、それでも俺の心臓を跳ねさせる威力があった。
それからの碧の行動は嵐のようだった。
碧は顔を俺の眼前から離し、席を立ち、鞄を掴んで、
「蓮に頼んでよかった! よろしくね!」
そう俺に笑顔を向けたかと思うと、弾むようにそのまま教室から去っていった。
そして、突然のことに呆然とする俺だけが残された。
まだ、ドキドキとした胸の高鳴りが、収まってこない。
碧が美人であることは、ずっと昔から知っていたことだというのに。
そしてその笑顔は、今後の自分とはほとんど関わりのないものだということがわかっているのに。
……どうやら男性という生き物は、根源的に美人女性の笑顔に弱くできているんだなあと、そう感じた。
「……はぁ」
俺はそう一息ついて、さてどうやって黒羽を誘おうかと考えながら、帰路につくのだった。