第1話 幼馴染なんてそんなもの
世の中には、男性主人公に、美人の女性幼馴染がいるという物語が沢山ある。
そしてその多くが、何らかの展開を通じて、最終的に恋仲になったり、逆に「幼馴染は負けフラグ」なんて言われて女性側の片恋で終わったり、つまりは何らかのラブコメ的展開が起こる物語になっている。
しかしそれらは、所詮、物語の中だけの話である。
現実には、たとえ男性に美人の女性幼馴染がいたとしても、何一つラブコメ的展開が起こらないことがほとんどだ。
それは、この俺、川島蓮にも、同様であった。
俺には、黒澤碧という、美人の女性幼馴染がいた。
碧は、黒髪のロングヘア―を常にサラサラに整え、若干ツリ目気味の赤い瞳は彼女の凛々しさを強調しており、それでいてクラスメイトには柔和な笑みを浮かべながら、学校の中心的存在として君臨している。
世間からの評判は、まさしく清楚可憐な美少女というものだった。
そんな碧と俺は、小学校から現在の高校二年に至るまで、ずっと同じ学校に通っている。
同じクラスになったことも3~4回ほどあり、現在もそう。
つまり、まさしく美人の女性幼馴染と言うべき存在である。
しかし、そんな俺と碧が親しくしているかと言われると、全くそんなことはない。
まず、小学校の早い段階で、男子と女子とのコミュニティがはっきり分かれ、その時点で碧との会話の機会が極端に減った。
そして、中学になるにつれて、クラスにおける立ち位置によって、さらにコミュニティが細分化され始めた。
俺は、クラスの隅の方で、趣味の合う、いわゆるオタク友達数人で構成するコミュニティに。
碧は、もちろんクラスの中でも最も活動的で大きい派閥のコミュニティに。
つまり、俺と碧は、幼馴染でありながら、全く違うコミュニティに属すこととなったのだ。
そりゃあ、偶然顔を合わせれば「やあ」「おう」みたいな挨拶ぐらいはするが、積極的に接近してコミュニケーションをとる機会はほとんどない。
確かに、身体の成長が進み、思春期を迎えるにあたって、碧はどんどん美人になっていき、俺も碧について「美人だなぁ」とは正しく認識している。
しかしそれは、俺にとっては遠い世界のことで、それでいて当たり前に存在する事象であった。
であるため、例えば碧の美人度がとある閾値を超えたときに「ああ、お近づきになりたい」と思ったりすることもなく、実際に「交流を増やしてみよう」と何らかのアクションを起こしたりすることもない。
碧と俺は、物理的距離は近かったとしても、実際にはほとんど関わりのない、遠い存在。
幼馴染なんて、所詮その程度のものである。
ところが。
「ねぇ、蓮」
とある、春の日。
「頼みたいことが、あるんだけど……」
そんな俺たちの幼馴染関係に「少し」変化が起きたのは、高校二年の春、碧からそんな話を持ち掛けられてからだった。