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不器用な思春期の俺達は

作者:

主要登場人物一覧

氷室湊(ひむろみなと)。主人公。

風谷優(かぜたにゆう)。幼馴染で湊の彼女。

中溝健一(なかみぞけんいち)。湊の引越し先の友人。

泉沙織(いずみさおり)。健一の幼馴染。耳が聞こえない。

成海(なるみ)。引越し前の友人。優が好き。


 中学3年の夏、幼馴染の優ちゃんと付き合う事になった。周囲からは今更か、と悪態をつかれたがある出来事さえなければそもそも付き合うことすらなかっただろう。


 その出来事とは俺が中学卒業と同時に引っ越す、というものだ。

 決して遠いわけではない。かといって近くもない。電車で3時間程だろう。高校生になるならば一人暮らし、と両親へ提案したが、俺は朝起きるのが苦手というのが知れ渡っていたため即座に却下された。


 という話を優ちゃんにしたら、顔を青くして、それから真っ赤にして俯きながら告白してきたのである。

 俺も断る理由が無かった。


 そこから約半年間、高校受験勉強の合間に色んな事をやって、楽しさと嬉しさを噛み締めていた。

 優ちゃんの事が好きだったらしい友人の成海は悔しそうな表情をよく俺に見せつけてきた。

 デートして、キスをして、クリスマスイブには似合わなくもラブホテルに行って初めての体験はとても気持ち良かった。


 そして、桜が綺麗な姿を見せる頃、俺たちは別れ、遠距離恋愛を迎える。


「またね、湊くん」

「うん、優ちゃんも元気で」

「............」

「時々会いに来る」

「......待ってる」


 あっさりと俺と優ちゃんの距離は離れた。

 涙は流れなかった。少し時間は掛かるが、会いに行こうと思えばいつでも行ける、浅はかにも俺はそう感じていた。


 高校1年の4月、新入生にも拘わらず周囲には談笑をしている生徒も少なくなかった。中学からの友人がいるのだろう。しかし、俺には誰1人居ないわけだ。

 とはいえ、俺はすぐに友人作りに成功した。


「ねえねえ、名前何?どこ中?」


 入学式後、それぞれの教室に向かい、席に着いた後の話である。

 1つ後ろの席の男が話しかけてきた。染めているのだろうか、髪の毛がすこし茶色だ。


「俺は氷室湊。最近この辺りに引っ越して来たから、中学からの知り合いとかは居ないんだ」

「そうなのか。ここ結構中学から一緒って奴多いから困るよな。俺が友達になってやろう。中溝健一、健一って読んでくれ、よろしくな!」

「じゃあ、俺は湊で。よろしく」


 健一は見た目通り中身も気さくな良い奴だった。

 周りに手を振り「こいつ最近越してきたんだってー!」と言いふらし何人かに紹介してもらった。


 その後、色々と説明を受けた後に帰宅することとなった。俺はすぐさま健一にお礼を言おうとする。


「健一、ありがとうな。馴染みやすくしてくれて」

「良いってことよ。礼に何かしてもらおうかな」

「ああ、俺にできることなら何でも言ってくれ」

「......じゃあさ、俺の友人と友達になってはくれないか?」

「そんなことか、お安い御用だ」


 健一の友人だ。このような相談ということは多少の人見知りなのかもしれないが、俺は少しの躊躇もしなかった。


 友人は別の高校で健一の幼馴染らしい。放課後、高校から歩いて10分程度にある公民館で待ち合わせしているらしい。

 そこでは手話の教室が開かれていた。


  健一はサラッと扉を開け、とある少女の隣に座る。相手の女の子も気づいたらしく、こちらへと振り向く。

 健一よりは黒いが焦茶のような髪色でポニーテールの可愛らしい女の子だ。


「湊、こいつが俺の幼馴染の泉沙織。沙織、こいつが今日友達になった湊」


 健一がワンテンポ落として話すと、泉沙織と呼ばれた女の子は手元にあるノートに『こんにちは、泉沙織です』と書き俺へ見せてきた。


 俺は大体察した。おそらくこの泉沙織という少女は耳が聞こえないのだろう。だから、俺もゆっくりと返事する。


「俺の名前はひ、む、ろ、み、な、と、よろしく」


 泉沙織は口に手を当てクスクスと笑う。何か変なことしてしまったのだろうか。


「あー、湊。沙織は口を見て何言ってるか大雑把に分かるんだ。でも今ので湊が優しい奴ってのが更に分かったが」

「そうだったのか。俺耳が聞こえない人と仲良くなったことなかったからどうすれば良いか混乱してしまった」


 泉沙織は手を動かし何かを健一に伝える。俺には一切分からない。

 すると突然健一が、分かった、と呟き俺の方に向く。


「少し場所を変えよう」

「あ、ああ分かった」


 流石にここでうるさくするのは迷惑なのだろう、俺たちは人が全く居ない別室へと足を運んだ。


「それで頼みは沙織と仲良くして欲しいんだ。もちろん、友達が少ないわけではないけど、耳の聞こえる友達はあんまり居なくて」

「なるほど、健一は友達思いの良い奴だな。泉さん、友達としてよろしく」


 泉沙織は俺の言葉を聴き終えた後、ノートに何やら書き込む。

『沙織って呼んでください』

 俺は少々躊躇ったが、名前で呼ぶのは友達として普通だと言い聞かせて、

「よろしく、沙織」

 と返すと

『こちらこそ、湊くん』

 とまたノートに綺麗な文字で帰ってきた。


 不意に優ちゃんの事が頭に過ぎる。

 優ちゃんはいつから湊くん呼びだったか、初めて会った時......いつだっただろうか。


「じゃあ、友達記念に湊に手話を教えてやってくれよ」


 健一が突然提案する。顔がニコニコしていた。余程沙織に友達が出来たのが嬉しいのだろう。

 俺は優ちゃんの事は1度頭から話すことにした。


「俺も手話教えて欲しい。なんか出来たらカッコイイ気がするから」

『カッコイイかは分からないけど、出来たら私が嬉しい』


 それから簡単な手話を沙織から教わった。正直、頭がこんがらがっている。

 てんやわんやしてる俺を見て健一は「俺も昔はこうなった」とか沙織が『急いで覚えなくていいよ』とか楽しい時間を過ごした。


 そして、1つの約束をした。

 学校が終わって時間がある日にはここで手話を教えてもらうということだ。俺は二つ返事で了承した。


 ◇◆◇

 

 そこからは基本的に放課後は沙織と過ごした。

 健一は部活や他の友人との約束で来れないことはあったが、俺はなんとなく沙織と過ごす方が楽しいと感じていた。沙織もいつも笑って俺との雑談に付き合ってくれた。


 そんなある日、俺に1つのメールが届く。


『今度、こっちに来る予定ある?』


 時々メールをくれる優ちゃんからだった。

 もうすぐ5月を迎える。ゴールデンウィーク目前だ。俺は何一つ予定は決まってなかったが

『ゴールデンウィーク中に1回そっち行くよ』

 と返信した。

 すぐに

『うん、待ってる』

 とあり、楽しみにしているのが丸分かりだ。


 そして、もう1件メールが届いた。


『湊くん、ゴールデンウィーク空いてる日ありますか?健一くんと3人でどこか遊びに行きませんか?』


 沙織からだった。

 俺は考え無しに

『いつでも良いよ』

 と送ると、沙織は日付と場所決定のメールを少しあとに送ってくれた。


 結局、俺の予定は優ちゃんと過ごす日と沙織、健一と遊ぶ日が連日となった。


 ◇◆◇


 優ちゃんの家へ向かうのに朝は早起きだった。

 日帰りで片道約3時間。向こうにいる時間は長くて7時間が限界だろう。


 お昼前、優ちゃんの家に着き、インターフォンを鳴らす。ドタドタと音が聞こえた後、玄関から優ちゃんが飛び出してきた。


「いらっしゃい、湊くん!」

「久しぶり、優ちゃん」


 俺は躊躇無く、優ちゃんの部屋へ入る。

 どうやら、他の家族は不在のようだと雰囲気から察すると

「親は2人で出かけて帰り遅いんだって」

 そんな俺を察して優ちゃんが話す。そして優ちゃんの親は俺たちを察したのか......。


 優ちゃんはお昼ご飯を用意してくれていた。

 そこからはダラダラと引っ越した後の話をしたり、お互い高校で何をしているかを話したりと相変わらず友達の延長線のような関係だ。


 ふと、優ちゃんが俺の顔をじっと見つめてきた。


「......ねえ、湊くん。久しぶりにあったしキス......する?」

「......急だな」

「だって、タイミング逃しちゃったし」

「まあ、いいよ」


 俺は何食わぬ顔で優ちゃんの唇にキスをした。

 しかし、優ちゃんの顔は真っ赤だが不満そうである。


「いきなりはびっくりする」

「いや、優ちゃんの提案だろ」

「なんか、余裕感あってムカつく。向こうで別の彼女作ったりしちゃってたりして」

「安心しろ、作ってないから」


 沙織が思い浮かんだが、ただの友達だ。ましてや、学校も違うわけで。

 しかも、沙織はやはり俺よりかは健一の方が仲良さげだが、当然だろう。


「なら、安心。ってもうこんな時間!」


 時計は6時前を指していた。そろそろ駅へ向かわないといけない。


「俺、時間だから帰る。今日は楽しかった」

「......うん」


 荷物をまとめ、部屋を出ようとした時、優ちゃんが掴んできた。


「......今日泊まっていかない?頼めばなんとかなりそうだし......」

「......また、来るから」


 寂しそうな顔をした優ちゃんを柔らかく抱いて、部屋を出た。


 帰宅した頃には真っ暗で9時を過ぎていた。

 1件のメールがあり、

『またすぐ来てね、絶対!』

 とあった。遠距離でもずっと思っていてくれる良い彼女だと実感した。


 ◇◆◇


 翌日は沙織と健一と3人で字幕付きの映画を見ることになった。


 字幕だけで沙織が楽しめるか不安だったが、杞憂だった。何度も経験してるだとか。


「健一なんてすぐ寝てただろ?」

「いや、昨日遊びすぎて疲れててさー」


 沙織も何か手話をする。

 俺はまだ意味が分からず、健一に頼る。


「『健一はバカ』だって。うるせぇ」

「健一のバカは学校で散々しってるからな。あ、思い出した。沙織、この前健一さ、体育の時ズボン擦り切れてるの分かってなくてパンツ丸出しだったんだよ」

「お前ら誰も教えてくれないから女子に指摘されたんだぜ?」


 沙織は笑いながら話を聞いてくれた。

 楽しそうでなによりだ。


 その後、フードコートへ行ったり、ショッピングモールへ行ったりと時間を有意義にすごした。


「じゃあ、そろそろお開きか」

「ああ、健一と沙織は帰り道一緒だっけ?」

「そう、家が近いから」


 そう言って、2人と別れた。

 去り際も2人は楽しそうにしていたが、付き合っているのだろうか。初めて会った時、健一は友人と言っていたが、真偽は不明だ。


 ◇◆◇


 休みという奴は去るのが早い。

 気付けばゴールデンウィークが俺の後ろにいるのだから怖いものだ。


 ただ、大して生活が変わったわけでもなく、徐々に夏の気温になっていくのを肌で感じていた。


 しかし、一点だけ変わった気がする。それは沙織と二人の時間が増えたのだ。

 健一は運動系の部活の有名どころのサッカー部に所属しているのだが、スタメン入りはしていなくても練習量が大幅に増えたらしい。


 その結果、俺はみるみる手話を習得していった。元々、健一を中心に話題が回っていることが多かったため、大元が居ない今、手話の勉強に集中するのは自然な事だろう。


 沙織はいつも優しく笑顔で教えてくれた。俺は健一のように面白い話題を振るべきか考えたりもしたが、そこまで器用ではないことに気付かされた。


 最近は夕方遅くなっても十分に明るいが、それでも遅すぎるのは沙織に悪いと思い、家まで送ることもあった。かくいう今日もそうである。


『ありがとう、またね』


 と、沙織が手話で伝える。俺も手話で返す。それくらいには上達していた。


 あれから、優ちゃんとは連絡の一つも取っていない。夏休みには一度戻ろうかと自分の中では考えている。


 彼氏、と豪語できるような振る舞いは一切出来ていない。優ちゃんが好きだったという友人の成海には僅かながら罪悪感を抱く。


 別れてしまった方が良いか、本気で悩む。

 優ちゃんは可愛らしいくて活発な女性だ。俺も根暗とか人見知りとかは無いものの優ちゃんが圧倒的フレンドリーな性格に対しては勝てる気がしない。故に優ちゃんを好きな人がいるのは当然だと気付いていた。


 俺は携帯を取り出す。


『少し話がある......』


 そう書いては消して、書いては消して......。


 俺の手元から優ちゃんが離れることへの抵抗感が邪魔をしてメールなんてかく心の余裕は無かった。


 翌日も沙織と二人だった。

 なんと沙織がお菓子を作ってきたのだという。


「健一もこんなに美味しいお菓子を食べれないなんて損な奴だな」

『仕方ないよ。部活だから』

「そうだとしてもなぁ。明日、俺から渡そうか?」

『ううん、大丈夫』


 健一がもし彼氏ならば食べたいだろうに。

 彼氏ならば......、今聞けばいのか。


「沙織と健一は付き合ってるの?」


 沙織は固まっていた。

 その後、顔を赤くして手をブンブンと大きく振る。

 どうやら違うようだ。それにしても面白い反応だ。もしかして、健一が好きとかなのだろうか。


『私と健一は幼馴染。もちろん、好きだけど友達としてだから』


 俺はこの答えに納得しなかったためか、次の日は健一に質問した。


「健一ってさ、沙織の事が好きだったりする?」

「......突然だな。もしかして沙織に惚れた?」

「いや、お前ら幼馴染らしいからそうなのかな、と」

「うーん、俺はもっとボンの方が好きだ」

「ボン?」

「なんというか......こう......身体がボンッて感じ」

「一時でもお前を友達と思ったことが間違えだった」

「いや、沙織はなんというか妹っぽいんだよ、俺からしたら」

「そういう奴程意識してるらしいけど?」

「......まあまあ、俺達は付き合って無いのは言った通りだ。湊が狙うなら協力するぜ?」


 二人は付き合ってはいないようだが、俺の見立てでは好き同士の可能性も見えてきた。どちらもはぐらかすけど。


 ◇◆◇


 また、月日が経った。


 夏休みを迎えると、沙織と二人で健一のサッカーの試合を見に行ったりもした。他の生徒もチラホラいたが、2年生がほとんどだろう。なにせ、一年生の選手で出場したのは健一含め数人でその健一さえも長い時間は出場しなかった。しかも、県大会の決勝で負けてしまった。

 だが、本人曰く、来年は絶対スタメンだ、と豪語していて、嬉しそうだった。


 その他にも健一に誘われ、同じクラスの生徒と夏らしくプールに行ったりもした。

 しかし、一番長く共に過ごしたのは相変わらず沙織だろう。図書館、沙織の家、公民館、特に用も無いが、二人でダラダラと過ごした。


 優ちゃんにも会いに行った。

 事前に連絡を取り、一泊二日で地元の友人とも遊んだりした。優ちゃんは

「私が独占したかったなぁ」

 とボヤいてはいたが、俺は優ちゃんも一緒になってケラケラと笑っている姿はバッチリ見ている。


 そして、その日から優ちゃんとは会っていない。

『夏休み、もう一度くらい帰ってこない?』

 メールはあったが、断ってしまった。

 そこから、連絡すら取っていない。

 今はもう新年すら越えて二月である。

 それも有名な14日。

 朝から健一は周りをグルグルと見渡していた。


「俺、今日何個チョコ貰えると思う?なんたってサッカー部期待のエース。女子人気は抜群だよな!?」


 健一はスタメンどころかエースになっていた。その分練習にのめり込んでいたため、沙織とはあまり会っていないようだが。

 もしかしたら、健一は高校で部活を頑張りたいから俺に沙織を紹介したのだろうか。やはり、恋愛感情として好きだったわけでは無いのだろう。


「そうだ、湊。今日は絶対に沙織に会ってやれよ?」

「何言ってんだ。俺は大体会ってる。お前こそ今日くらいは部活休んだらどうだ?」

「あー、俺は今日はいいや。実は今朝下駄箱にこんな手紙があってだな」


 健一は徐にカバンからピンクの便箋の可愛らしい丸い字で書かれた手紙を取り出した。


『放課後、校舎裏に来てください。渡したい物があります』


 今日は2月14日、バレンタインだ。目的なんてひとつしかない。


「良かったじゃん、健一お求めのチョコだろ」

「そういうわけだ。おふたりで仲良くしててくれ」


 結局、俺と健一はクラス皆に配っている女子の見え見えの義理チョコしか貰えなかった。

 そして、いつもの公民館へ向かうと、手前で沙織が待っていた。

 寒かったのか、マフラーで覆われていない頬が赤くなっている。


「風邪ひくぞ?」

『大丈夫』

「大丈夫って......。とりあえずこれ使ってくれ」


 俺はポケットにあったカイロをあげた。


『付いてきて』


 俺は沙織に手を引かれ、人気の少ない小さな公園のベンチに座った。


「どうしたんだ?」


 俺は半ばなにが行われるか察したが、反射的に聞いてしまった。


 そんな俺を無視して、沙織はグッと紙袋を持った手を突き出す。沙織は下を向いたままだ。これでは意思疎通が無理である。

 とりあえず俺は紙袋を受け取り中を覗く。

 チョコと二つ折りの紙が入っていた。その紙を開くと


『好きです』


 俺は逡巡待たずに沙織の顔を見た。真っ赤だ。

 寒いのでは無い。恥ずかしさの赤さだ。


『私は湊が好き』


 手話で伝えてくる。少し震えている。

 俺もびっくりしながら、


「俺も好き」


 と返した。沙織はいつものような笑顔に目尻に涙を浮かべていた。

 こうして、俺と沙織は付き合うことになった。


 確かこの時、俺の頭の中に優ちゃんの顔は全く浮かばなかったと記憶している。


 翌日、登校するとニヤニヤと健一が見てきた。


「昨日はどうだったんだーーーい?」

「うるさい」

「ぬふぬふ、その様子だと色々あったようだねぇ」


 気持ち悪さがずば抜けている。


「沙織と付き合った。お前どこまで知ってるんだ?」

「えっとなぁ、沙織が結構前から湊を好きなこと、バレンタインに告白したいこと、そして......昨日付き合ったことだ!」

「全部知ってるじゃねえか!」


 だから、昨日一緒に来たくなかったのか。

 ということは健一宛の手紙はなんなのだ。


「お前宛の手紙は?」

「あれはガチ。サッカー部のマネージャーから、お陰様であのボンッをものにした」

「へいへい」


 あれはあれでガチだったようだ。どうやら、あの手紙がなければこっそり俺たちを見る予定だったそうだ。なんとも趣味が悪い。


「沙織のこと、大事にしろよ?」

「言われなくてもする」


 お互い彼女が出来たのだ。

 告白されてから家に帰ったあと、優ちゃんの事が頭にぼんやり浮かんだ。しかし、もう半年程連絡も無い。自然消滅で終わらせていいだろう。


 ◇◆◇


 2年生になってからはより沙織と仲良くなった。

 休日まで会うようになり、たまに健一が来ると

「熱いねえ」

 なんて冷やかされたものだ。


 そして、梅雨真っ只中の6月半ばを迎えた時、思わぬ人物からメールが1件届いた。


『ちょっと話がある。今週の日曜、こっち来い』


 地元の友人の成海からだった。

 俺の歯車が狂い始めた元凶、いや本当はもっと前かもしれなかったが。


 何度か成海に理由を問いかけたが、いいからこっち来いの一点張りで仕方なく行くしか無かった。

 沙織にも地元に行くと一応メールを送った。


 朝は少し早めに家を出て片道三時間の電車に乗る。

 成海とはたまに話す仲くらいで本当はそっちに行く義理すら無い。しかし、どうやらイライラしているのは文面や返信速度から見て明らかだった。


 嫌な予感が無いと言えば嘘になる。

 成海は優ちゃんが好きだったと聞く。だが、それは中学の時の話。しかも、俺と優ちゃんは実質自然消滅なのだ。好き同士なら勝手に付き合えばいい。

 そんな風に考えていた。


 地元に着き、呼び出された駅から近い広場のベンチに成海とそして案の定優ちゃんが座っていた。


「久しぶり」


 俺は二人の側まで近寄ると、優ちゃんは黙り、成海は突っかかってきた。


「......なんだよ、久しぶりって」

「本当に久しぶりだからだ。去年の夏ぶりだからな優ちゃんとは」

「お前なあ!」


 成海は右の拳を握りしめていた。いかにも殴りかかってくる。それを優ちゃんは止めた。


「待って成海くん。......湊くん、私達って今どういう関係?」

「......俺はただの幼馴染だと思ってる」

「そ、そうだよね。ごめん、急に呼び出して。じゃあ」


 優ちゃんは帰ろうとする。これで帰るなら傍迷惑だけで済む。


「風谷、待て。俺への相談は違っただろ?そもそもお前のせいじゃないのか氷室?」

「......言いたいことは分かった。後は俺たち二人の話だ。成海は帰ってくれ」

「お前......!自覚あるならまず謝れよ!この前なんて......泣いてたんだぞ風谷は!」

「だから成海には何の関係があるんだ?」

「風谷の......友達だ」

「違うな、お前は優ちゃんが好きだから。好きな相手が泣いててその原因が俺だから当たってるだけだ。そうだろ?」

「分かってるならそれでいいじゃねえか、わざわざ言う必要はあったのか!」

「あるさ。泣いてる優ちゃんを見て成海は何をしたんだ?優ちゃんから俺の話を聞いた後、こんな奴には任せられない俺と付き合えの一言でも言ったのか?」

「なっ......」


 成海は黙った。

 馬鹿だな、こんなに怒らなくても良かったのに、圧を掛けられた事への反発が止められなかった。


 静寂が訪れた。ぽつりと雨が振る。

 相変わらず成海は睨んでくるが、先程の威圧感はなかった。

 そこにゆったりと口を開けたのはずっと横で口を噤んでいた優ちゃんだった。


「湊くん、この前ね私、湊くんの家に行った。家に誰もいなくて、湊くんの引越し先ここよりも都会だからちょっと見て回ったら、湊くんを見かけて、声をかけようと思ったらね、湊くん、1人じゃ、無くてさ......」


 いつ来たかは不明だが、おそらく俺の相手は沙織だろう。


「......それは多分俺の彼女。向こうで出来たんだ」

「そうかなって思って、悲しくなって帰っちゃった。当然だよね、半年以上連絡を取らなかったんだから」

「......悪い。俺はもう勝手に別れたものだと思ってた。......でもなんで連絡くれなかったんだ」

「お前、それ分かんねえのか!」


 突然、成海が割って入る。


「......なんだよ」

「氷室、自分の送ったメール読んだことあるか?」

「改めて見ることは無い」

「だろうな。いつも会話の初めは風谷。お前から送ったことはあるか?報告みたいな返事以外した事あるか?」


 思い返す。俺からメールや電話を掛けた事はなかった。返信も短文で最低限だったことにハッとする。


「お前と風谷のやり取りをこの前横で見ただけで、どれだけ風谷が不安になるか分かるか?お前からのメールが欲しいと待ってた風谷が分かるか?待ちきれなくて会いに行った風谷の気持ちが......分かるか?」


 何も言い返せなかった。

 それでも、1つくらい連絡をくれれば、という甘い考えしか俺には浮かび上がらなかった。


「何とか言えよ!」


 ドンッ!

 成海が俺を殴る。感触がしっかりと残った。とても痛い。


「成海くん、止めて!」

「こいつ、何も分かってねえんだ!なんでこんな奴に......!」


 もう一発成海が殴ろうとしたその時、

「ピロリロリロ」

 と、俺の携帯が鳴った。


 俺は徐にその電話に出る。時刻が昼辺りだったことがチラッと見えた。

 電話主は健一だった。


『おい!湊、今どこにいる!?』

「......どうした?そんなに慌てて」

『......沙織が交通事故に遭ったんだ!』


 俺の心臓が一瞬止まった。

 その後も健一が何か言っているが、俺の頭には入ってこなかった。


「......と、とりあえず、そっち、直ぐに......向かう」


 たどたどしい声に健一が『早く来い!』とだけ返ってきた。


「す、すまん。俺、帰らなきゃ」

「待てよ!」


 成海にグッと胸ぐらを掴まれる。

 俺の真っ青な顔に少し驚いていた。


「離せ、いいから離せ」

「まだ話は終わってねえよ!」

「俺の彼女が事故ったんだっつってんだよ!離せカス野郎!」


 成海はゆらゆらと倒れて、尻もちをついた。


「優ちゃん、ごめん。そういうことだから」

「うん、ごめんね、こっちこそ」


 俺は無我夢中で電車へと駆けていった。

 何も問題が解決した訳では無い。しかし、俺にそれ以上の問題が産まれてしまったのだ。


 ◇◆◇


 電車が少し遅れていた。

 先程から降った雨が強くなり、遅延しているというものだ。俺はストレスのせいでお腹が痛む。

 さっき成海に殴られた顔もジンジンと熱い。

 携帯のカメラで顔を見ると少し腫れていた。


 何とか健一に伝えられた病院にたどり着いた時には午後6時を過ぎていた。


 ガラッと病室の扉を勢いよく開ける。


 そこには健一、何度か見た沙織の母親、そして、ベッドの上に腕と頭に包帯の巻かれた意識のある沙織がいた。


「だ、大丈夫か!?」

「氷室くん、あなたこそその顔大丈夫!?」


 沙織の母親がいち早く心配してくれるが、俺はそれどころでは無い。

 しかし、俺の心配そうな目の先にはいつものニコニコした沙織の姿があった。


「よ、良かった......」


 俺はその場に膝を付く。

 沙織の命に別状がないだろうことを察し、目が熱くなった。


「良かっじゃねえよ!」


 そんな中、声を荒らげたのは健一だった。


「俺が連絡してから5時間以上経つ。どこで何してたんだ?湊、沙織の彼氏だろ?もっと早くしてやれよ!」

「こら、健一くん。氷室くんもびしょびしょだし、事情があったのよ」

「良いんです、おばさん。俺のせいなんで」

「......ちょっと来い」


 俺は健一に連れられて病院の外にでた。

 雨はまだ降っているというのに、なんの躊躇もなかった。


「......どこ行ってたんだ」


 駐車場から少し離れた場所で健一が俺を問い詰める。


「......地元に」

「誰と何してた!その顔、喧嘩だろ」

「お前には、関係ねえ」


 俺の声はカスれていた。不安、安堵、痛みのせいで俺の身体は限界だった。


「お前がいたら沙織が怪我することも無かったかもしれないんだ、関係なくないだろ!」

「それはそうだけど......」

「......沙織は耳が聞こえないから人一倍周囲に気を配ってる。でも、こういうことがある、それを理解して欲しい......」


 絞り出すような声だった。

 幼馴染として、許せないのは仕方ない。


「すまん、俺がいなかったせいだ」

「......その顔トラブったんだろ?大丈夫か?」


 健一の声色は落ち着いていた。弱くなっていた雨がポタポタ頭に落ちる。


「ああ、このくらい大丈夫だ。沙織の所に戻ろう。......あっ」

「落としたぞ」


 俺はポケットに入っていた携帯を落とした。

 画面にはメール一覧が映し出されていた。

 それを拾い上げたのは健一。

 そして、新着メールが一件。


『また今度時間があったらゆっくり話をしよう』


 優ちゃんからだった。


「......これ、誰?」

「......昔の彼女」

「......ちょっと待てよ。そんなのに会いに行ってたってのか?」

「違う!......そいつとトラブルがあったんだ。変な意味は無い」

「もちろん、沙織には言ってるよな?」

「......地元に行くとしか言ってない」

「くっ......!」


 ドンッと健一は俺を殴り飛ばした。痛みが更に増す。手を顔に当てると鼻血も出ていた。


「なんだよそれ!お前......沙織がいるのに!」

「痛ってえな、だから何も無いって言っただろ!」

「なら、せめて沙織にだけは報告しろよ!」

「お前には関係ないだろ!」

「だからなんだよ!」


 物凄い剣幕で俺を睨む。

 俺はもう何も出来なかった。

 また少し雨が強くなったように感じる。このままいたら風邪をひいてしまう。


「沙織に後ろめたいことがあったんだろ!」

「......お前、沙織が好きなのか......?」


 幼馴染だからといってここまで本気に俺を怒るのはそれくらいしか考えられなかった。

 でも、こいつには、健一には彼女がいるはずだ。


「......そうだよ、あいつが好きだよ。でも、沙織はお前が好きなんだ。それを聞いた時本気で応援しようと思った。お前がずっと沙織の傍に居たことも知ってる。......だから吹っ切ったんだ」


 健一は俯いた。

 俺は、俺は、混乱した。


「......なんだよそれ、お前も、あいつも。なんで全部隠すんだよ!なんで何も言ってくれないだよ!俺だって最初はお前たちがお似合いだと思った!でも、沙織と一緒にいてあいつの存在が薄くなってより沙織が愛おしくなって......俺は沙織がもう大好きなんだ!今言われたってどうにもできねえよ!」

「は、はは、そうだよな。俺、馬鹿だよな......湊、もう絶対に沙織に傷を付けないって約束出来るか?」

「......当たり前だ」


 俺は健一を置き去りにして病室へと戻る。頭と肩の辺りはかなり濡れていたが、気にせず病室の扉を開き中に入る。


「ど、どうしたの!?氷室くん、さっきより酷く──」


 おばさんがあたふたしていたが、俺は一直線へ沙織の傍に向かい、痛くならないように抱きしめた。

 びしょ濡れで嫌かもしれない、でもこの辛さや怖さを抑えるために抱きついた。


「ごめん、ごめんなぁ......」


 沙織は耳が聞こえない。だから、多分この声は聞こえていない。しかし、沙織はゆっくりと俺の頭を撫でた。


「ごめん、ごめん、ごめん......」


 俺はその日、久しぶりに泣いた。


 ◇◆◇


 翌日、俺の顔は酷く腫れていた。

 健一から土下座もされた。ギャラリーが集まったが俺は気にすんなとすぐに収めた。


 そして、沙織が退院するまでは毎日見舞いに行った。今日学校で何をしたか、沙織は何をして過ごしていたか。他愛もない話だった。


 夏休みも半ばに入った頃、沙織は退院した。しかしまだ腕のギプスははめたままである。


「来年は夏祭り、二人で行こう」

『うん』


 人の混む場所には今はなるべく避けた。

 そして、8月が終わる頃に腕の枷は無くなった。

 そのタイミングで俺は沙織に全てを話した。


 俺が引っ越す前の彼女のこと。

 引っ越してからあまり会わなくなったこと。

 キッパリと別れを告げずに沙織と付き合ったこと。

 沙織が事故をした日に決別を言いに行ったこと。

 そして、沙織が大好きなこと。


 沙織は一言も俺を貶したりしなかった。ずっといつもの優しそうな笑顔で逆に俺が涙ぐんでしまった。情けない限りだ。


 10月の中旬に沙織を連れて優ちゃんと会う約束をした。

 優ちゃんは成海を連れてきていた。


「あの時はごめん。この通りだ。こちらが俺の彼女、泉沙織。耳が聞こえないから少しゆっくりで喋って欲しい」

「いいよ、湊くん。私も悪かったし、今は変な彼氏も出来たし」

「変ってなんだよ!俺は立派な彼氏だろ!?」


 お互い早まったせいだということはあの後すぐ気づいた。だから、和気藹々と話すことが出来た。


「それにしても沙織ちゃん、めっちゃ可愛い!いやー、私と付き合わない?」

『だ、ダメです!』


 ノートに大きく書いて優ちゃんの誘いは拒否された。どうやら沙織と優ちゃんは案外馬が合うらしい。


「あ、あの時は殴ってすまん」

「元はと言えば俺なんだ。成海のバカ痛いパンチのせいで分かったこともある」

「じゃあもう一発いるか?」

「やめろ、俺が死ぬ」


 俺も成海もなぜ喧嘩したのか分からないほど話が弾んだ。


 後日談、沙織によると今度ダブルデートの約束をしたらしい。いや、決まってから言うのか。


 そして、健一の話。


 健一が沙織を好きなことは黙っているままだ。

 健一にはもう彼女もいるし、それを秘密にしてくれたお陰で俺と沙織が付き合えている。あいつはキューピッドなわけだ。


 サッカーの夏大会ではかなりいいとこまで行ったらしいが、あいにく一試合も見に行けてない。来年が最後なのだから二人で見に行くと約束した。

 そして最近、健一は彼女と別れたらしい。なんでも部活一筋で厳かにしたらしい。やはり馬鹿だ。


 クリスマスも沙織と過ごし、新年の初詣も行った。


 そして、沙織から告白を受けて一年たったバレンタインの日、沙織は去年と同じ場所で待っていた。

 俺達が初めて出会った場所。人に紹介されてたまたま出会った二人。


 去年と同じ場所で沙織にチョコを渡された。


「だいちゅき」


 慣れない発生に驚いた。可愛らしい声だった。


「俺も大好き」


 俺は沙織と温め合うようにキスをした。

読んで頂きありがとうございます。

もっと上手く振る舞えたらもっと上手く出来たら、思春期ならでは早とちりが産んでしまったいざこざの物語です。

でも最後にはハッピーエンドなわけで。


連載にしようか迷いましたが、短編で書ききりました。

高評価、星、感想よろしくお願いします。

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