表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングの買い物  作者: 19
9/23

甘美な悪夢

 また悪夢を見た。

 

 いつものように、光の届かない真っ暗な海の底にいる。

 思うように動かない足で重たい海水を掻き分け、何かから必死に逃げている。


 途端に強い力で腕をつかまれ、身体を押し返す水の抵抗を感じながら海底に押し倒される。

 背中に当たる平面が冷たくて痛い。


 痛みで反射的に開いた口の隙間から、ゴボゴボと大量の気泡を吐き出すと同時に、ひんやりとした海水が荒々しく流れ込む。

 口腔が浸水して息が出来ない。

 暗闇の中でもがき苦しむ。


 冷水に溺れて、意識が朦朧とする。

 

 見えるはずも無い海面を見上げると、ずっと遠くに小さな光がある事に気付く。それも光は一つでは無く、無数に煌き、ランダムに瞬いている。

 

 ここが深海ではなく、夜の海面だと知る。見上げているのは海中ではなく夜空だ。

 俺は息を荒げてたまま、水面に身体を横たえ、プカプカと浮遊している事に気付いた。

 夜の海の水は俺の冷えた身体より温かく、眠たくなる程気持ちがいい。

 波の穏やかなうねりに身を任せると、時々水面の裏側へ僅かに引き込まれ、口内に生温かい海水が浸入してくる。身体の内部に温い水が染み渡り、脊髄を溶かしていく。

 耳元で一定のリズムを刻む小さな水音と、全身を隙間無く埋めて皮膚を滑る無数の泡がくすぐったくて心地よい。

 

 ふと自分の身体を見下ろすと、肌を撫で付ける水圧が、海面から伸びる二本の手によるものだと見知る。

 その透けた腕の持ち主が、この海の分身、この海そのものである事を俺は何故か認識している。

 そうだ。俺は海に捧げられた生贄だったと思い出し納得する。このまま海に同化して朽ちていく事を覚悟している。

 白く透けた二本の腕は、水面で俺の身体を沈めたり浮かせたりして弄ぶ。

 俺は怖がるどころか、その気持ち良さに口元を緩ませ、飲み込めなかった海水が口の端から頬を伝う。

 自分の吐息が熱くなっていくのがわかる。


 右の太腿の内側がやけにくすぐったいので、首を傾げて見下ろす。

 海面からヌルリと飛び出した腕が右膝を曲げて持ち上げ、暗色の髪の頭が俺の青白い内股に舌を這わせて舐めている。

 月明かりに照らされて浮かび上がる整った表情が知っている顔である事に安心して、また波に身を任せる。

 海の分身はこいつだったのか、と生き物のように熱い舌を動かしている柔らかそうな薄い唇を眺めている。あの唇の感触を自分が知っている事を思い出す。

 自分の下肢が愛撫されている艶めかしい情況を見ているだけで身体が溶かされて、更に快楽に溺れる。

 薄くやわらかい肌を吸い上げていたその顔と視線が合う。

 そいつは俺が見ているのを知って、少し唇の端を上げながら目を細めた。そして挑発するように、横目で視線を合わせたまま白い皮膚に軽く歯を立てた後、ゆっくりと海中に姿を消した。

 どこに行ったのだろとぼんやりしていると、また二本の透き通る腕が伸びてきて優しく水中に引き込まれる。

「もっと溶けないと、一つになれない……」

 生温かい海水が耳の中に進入してくると同時に、そんな低い声が囁く。

 

 唇にサラサラとした肌が触れるのを感じて、その温もりをもっと吸収したいと思い、腕をまわして舌を這わせた。

 さっき自分の太腿にされた様に、吸い上げたり歯を立てたりして感触を楽しんでいると、肌の温もりは消え、代わりに生温かい海水がまた口の中に広がる。昼間の太陽の熱を残した海面の水は、深海の凍えるように冷たい水とは比べ物にならない程早く、身体に染み渡る。

 徐々に身体が溶け始めている。

 

 何故こんなに心地よいのだろうと思う。

 体温よりほんの少し高い水温に抱かれて、海面すれすれを漂っている。

 どんどん身体が溶け出して海と同化していく。身体の内部からとろけるのはこんなに気持ちいい事なのか。

 この上、全て溶けてしまって海の水そのものになったら、どんな悦楽に浸る事ができるのだろうと期待に酔いしれる。

 海水が水没し始めた脳は徐々に電気信号の伝達を停止し、思考を止めて静まり返る。

 自分の身体にはもう必要無いと思い、深くまで潜り込んでいた最後の空気を吐き出し、目を閉じる。


 すると瞼の裏に、また知っている顔が出現する。

 それはは自分が生涯をかけて愛した人、もう名を呼ぶことさえ許されない人の顔だった。

 誰かが眠っている病院のベッドの前に立ち、とても辛そうな目で、俺を睨んでいる。

 ベッドに横たわっているのが誰なのか、俺はよく知っている。

 そして次に目の前の人が発する言葉も知っている。


「おまえの美しさは人を惑わす。もう、俺にもこいつにも近づくな」

 全てを知っている。

 悲しい瞳の訳も、後ろでベッドに横たわる人影の訳も、俺がここにいる訳も。

 

 全部俺のせいだと。

 何故自分は生まれて来てしまったのだろう。それだけが分からない。

 許されるはずも無いのに、ごめんなさい、ごめんなさい、と何度もうわ言の様に口走る。

 また海水が頬を伝う。

 忘れられると思い込んでいた愛しい人の名を呼ぶ。


「ごめんなさい……許して。……兄さん」


 この言葉と同時に、身体を支配していた全ての感覚はぷつりと切れ、浮力を失った身体は自重に耐えれずゆっくりと海の底に沈み始める。

 深海に引きずり込まれ、視界はまた元の闇に飲込まれていく。




 カタンッ。

 小さな金属音で目を覚ました。


 自分の部屋のベッドの中で朝をむかえていた。

 

 起き上がって昨日の事を思い起こそうとしたが、ひどい頭痛がして、自分が二日酔いするほど飲んだ事を思い出した。

 どうやら好岡に部屋まで送らせたらしい。

 先程の金属音は鍵をポストに入れた音か。外から鍵をかけてくれたのだろう。という事は、ついさっきまで好岡がここにいたのか。

 ちゃんと寝る時用の部屋着に着替えている。

 床に昨日の夜着ていた服が綺麗に畳んで置いてあるのを見つけて、ああ見えて几帳面なんだなと夕飯をおごらせたスーツ姿の男を思う。

 腰から下の痛みは料亭を出て、ホテルに行った証拠だろう。

 吉乃伊で飲んだ三杯目の黒糖焼酎以降、キッチリ記憶がない。


 記憶がある事といえば、今朝方見た悪夢だ。

 ベッドから足を下ろして、俺の脳ミソもついに終わったなと悲観する。

 自分の副担任が月明かりの中で自分の内ももを舐めている妖艶な姿が目に焼きつき、自己嫌悪と苛立ちが同時に湧き上がる。

 それにしても、なんて気持ちいい夢だったんだろうと一瞬浮かれたが、慌てて下着が汚れていないかを確認した。

 幸い心配していた事態では無かったが、そんな事を危ぶむ様な淫らな夢に自分の学校の教師を登場させてしまい、一人羞恥に顔を熱くする。

 クローゼットを荒らし、いよいよ本格的に導眠剤を探し始める。

 

 なかなか見つからず、気がつくと学校へ行く時間だった。

 二日続けて休んでいるので今日はさすがに休めない。


 朝から網膜に焼きついた昨日の悪夢を忘れようと勤めたが、運の悪い事に午前中から数学の授業で副担任と顔を合わす破目になった。

 椎名の姿から目をそらす事が出来ず、上目遣いで黒板を書く背中を追う。

 不定積分の方程式を説明している同じ口で、やわらかくて薄い敏感な肌を吸い上げたり舐めたりしていたと思うと、脳ミソが溶け出てきそうで鼻と口を手で押さえた。

 自分が変態だったなんて知らなかった。最悪だ。

 ウリで男と寝ても、夢にそういう対象として客が出来た事はなかった。それも客でもない、ただの公務員を淫乱な夢に動員させた。

 また月明かりに照らされた整った横顔を思い出して、こんな夢一つに翻弄される馬鹿らしさと、忘れられない悔しさとで顔が歪むのがわかる。 

 まだダイレクトにベッドで交わっている夢の方が若さゆえの要求不満を理由に出来て、自分へのダメージが少なかったのに、と自分の脳ミソを悔やむ。

 

 まさか教え子の夢の中でそんな事をさせられているとも知らずに、椎名は淡々と授業を進めていく。

「じゃあ、次は笹川の後ろだから――黛君か。問題読んで」

 夢に出てきた人物の口から突然自分の名前が吐き出されて、我に返った。

 俺は慌てて立ち上がり、とりあえず教科書を初めて開いた。

「……す、すみません。……聞いてませんでした」

 小さな声で言うと、教室がざわめいた。

 学年トップを維持している俺の醜態を初めて目にして、クラス中が驚き面白がった。

 俺だってこんな事初めて言ったし、逃げ出したいくらい恥ずかしかった。

 椎名は心配そうに顔をしかめたが、特に怒る事もなく、問題は後ろの席の生徒に回された。


「大丈夫か?」

 やっと授業から開放され廊下に出たところを、椎名に呼び止められた。

 昨日の夜、水面の上から俺を見つめた瞳に魅入られる。赤い舌を青白い皮膚に這わせながら、横目でこちらを見つめて挑発する。

 どれだけ追い出そうとしても、忘れようとしても消えない月夜の情景。


「うっさい。だまれ」

 声を押し殺すように言うと、椎名の身体を押しのけて廊下を歩く。

 近くにいた女子がいつもと違う俺のオーラを感じ、一歩後ずさった。


 舌打ちをして下唇を噛締める、畜生ふざけんな。

 そう思いながら、たった一晩の甘美な悪夢にまた堕ちていく。

相変わらず読者解析がずっとゼロ人のまま(;´д`)=3トホホ・・いつまで続くんだろうか、この不具合。そして本当に不具合なのだろうか……Σ(*゜д゜*)クッハア--!!!

でも、システムが復旧した時に本当に読者数ゼロだと落ち込んで続きが書けなくなるので、復旧する前に何とか完結させたろか、と思いますムフッ( ̄m ̄*)

ということで平日更新のこの小説ですが、ブログの方は一足先に明日7月11日の夜9時半に予約投稿という形で、一話進んで公開させて頂きます。ちょっとだけ気になる〜と言う方、もしいらっしゃいましたら明日の夜9時半以降にこちらへどうぞ→http://fno16.blog54.fc2.com/

月曜にはちゃんとこちらも更新いたしますので、それからでも充分と言う方月曜をお待ち下さいヾ(≧∀≦ )ウォンッチューー!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ