微熱
この小説は15禁です。性描写が無い場面でも教育上不適切な内容なため15歳未満・義務教育中の方の閲覧を固くお断りさせて頂いております。ご了承下さい。
気がつくと、自分が目を開けているかも分からない真っ暗な闇の中だった。
しばらくそのままじっとしていたが、気を失う前の事を思い出して身体を起こした。どうやらベッドで眠っていたらしい。
椎名が見舞いに部屋を訪ねて来て、買ってきてもらった夕飯を冷蔵庫に入れたまでは覚えている。
ちょうど枕元に置いてあった自分の携帯が手に触れたので、掴んで開けた。
驚いた事に、白く発光する画面は深夜の一時を表示していた。
更に驚いたのは、帰ったと思い込んでいた副担任が、隣でテーブルに突っ伏したまま眠っていた事だ。
「いっ……!」
正直これには心臓を吐くかと思うくらい度肝を抜かれて、言葉に成らない音が口から漏れた。
携帯に着信履歴が一件あったので、シノかと思い確認してみたが、また違った。
17:30 椎名篤樹
しいな……何と読むのだろう。あつき……?
携帯をいじってみると、どうやら勝手に椎名篤樹という人物の携帯番号とメールアドレスが登録されている。
どう考えても隣で寝息を立てている男の仕業だろう。
生徒の携帯を勝手にいじるなんてどういう神経してんだ。
携帯で眠っている背中を照らすと、テーブルの上に置いてある椎名の物らしき携帯電話を見つけ、悪戯心に手を伸ばした。
開けてみると、シンプルなカレンダーの待受け画面が表示された。マンションの駐車場に住み着いた野良猫の写メを待ち受けにしていた自分が恥ずかしい。
勝手に登録されているであろう自分のアドレスを消すため電話帳を開こうとしたが、ちゃっかりロックが掛かっており、暗証番号の入力を要求された。
このヤロウ。ふざけやがって。
俺は諦めて、気持ち良さそうに丸まる背中を睨みながら携帯を閉じた。
自分の携帯でもう一度、椎名の顔を照らす。
副担任とはいえ、なぜここまで訪ねて来たりして、こんな深夜まで一緒にいてくれるのだろう。
バカなのだろうか。
それとも売春をしている生徒がそんなに気になるのか。まあ、その気持ちは分からないでもない。
その上俺は椎名がキングの買い物だという事を知っている。誰かに喋らないか監視しているのだろか。
だいたいキングの買い物が、こんな時間にこんな場所で寝ていていいのだろうかと気に掛かる。キングは案外寛大なのか、それとも帰ってからお仕置きとか言ってベッドに連れ込まれるのだろうか。
腐った頭が勝手に妄想を始めそうになったので自己規制をかけた。でも万が一椎名がそんな目に遭うのなら、自分のせいである事は間違いないので複雑な心境になった。
先生ごめん……。
一生口にしないであろう言葉を心の中で小さく呟いた。
僅かに眉をひそめたまま、寝息を立てている。
そんな表情のまま眠らせる程、俺は心配をかけたのかと思うと胸の中の空間がキュッと縮まった。
実際初めてDEEP BLUEで会って以来、この顔が表情を緩ませる場面をあまり目にした覚えが無い。
それどころか、椎名がこの部屋に来てからろくに会話もしていない。
青白い光の中で少し苦しそうな表情の顔は、起きている時よりずっと幼い印象を与えた。
長い睫毛に、整った目鼻立ち。温かそうな吐息を吐き出す薄い唇。その口から放たれる、少し鼻にかかった優しい声を思い出す。
なぜそんな事を思いついたのか、気がつけばその息吹の漏れる薄く開いた隙間を、自分の唇で塞いでいた。
気がちがったのか。
熱のせいなのか。
携帯をいじられた腹いせなのか。
キングの所有物に触れるスリルなのか。
キングの買い物に対する興味本位なのか。
ただの悪戯なのか。
ただの……。
どれでも無い様な気がする。
いい加減、自分も焼きが回ったと内心呆れたが、どうしても唇を離す事が出来なかった。
それどころか、柔らかさと温もりと体内から漏れ出してくる熱い呼吸を、自分の身体で感じ取ろうと必死に目を閉じて唇を動かした。
ふと薄目を開けると、薄暗い中で驚いた表情の漆黒の二つの瞳に射抜かれた。
途端に深海から海面に引きずり上げられるような恐怖を覚えて、後ろに仰け反り、腰から床に倒れこんだ。
いつから目を覚ましていたのだろう。
これ以上ないというくらい、自分の鼓動がけたたましく体内で鳴り響いている。
椎名は身体を起こすと、いつのまにかテーブルの上で震えていた、着信を知らせて光る携帯を取り、耳にあてがった。
「もしもし……」
落ち着き払った椎名の声を耳にして、俺も忘れていた呼吸を取り戻す。
立ち上がり電気をつけた。
部屋が明るい蛍光灯の光に満ちると、今までの暗闇での出来事が夢だったかの様な感覚に陥り、幾らか安心する。
闇は人を狂わせる。おかしくする。別の人格を呼び覚ます。
「いや、今教え子の所なんだ。……すまない。すぐ帰るよ」
いつも通りの険しい顔つきのまま電話を切る。
今の着信はキングからだろうか。
一度しか見た事がない、キングの横顔を思い出してゾッとする。
DEEP BLUEの奥の廊下を曲がった突き当たり。裏口と向い合わせの部屋がキングの部屋だ。
突き当たりなので誰も通りかかる事は無く、キングに関係ある者しか立ち入らない空間。
キングは裏口から出入りするため、キングの顔を知る者はバーの店員でも殆んどいない。
DEEP BLUEに出入りするようになって間もない頃、何も知らない俺は恐れ多くもキング専用の裏口から出ようと、奥の廊下を曲がった。
裏口の前に男が一人立って、携帯をいじっていた。
三十半ばの落ち着いた雰囲気の眼鏡をかけた男だった。
少し長めの髪を後ろで括り、派手ではないが高価であろう品のある生地のスーツ。
でもその眼鏡を覗き込んだ瞬間、表現しようがない恐怖に襲われ、息をするのを忘れて震え上がった。
本能が危険を感知し、脳内で非常ブザーが鳴り響いている。それなのに、身体は血の気がひいて、じっとりと冷や汗が滲む。
これ以上近づけば殺されるような、そんな気がした。
眼鏡の奥の恐ろしく冷たい瞳が、携帯からこちらに視線を移すのを、俺は見れずに後ずさりした。
覚えているのは指先の震えと、今すぐ引き返さないといけないという衝動と、乱反射する眼鏡のレンズ。
あれ以来、奥の廊下には絶対に近づかないようにしている。というより、近づけない。
今椎名が切った電話の相手が、キングかもしれないと思うだけで、背筋が凍りつく。
「もう大丈夫か?」
何も無かったかのような椎名の優しい問いかけに、ホッとして頷く。
キングの記憶からの開放感なのか、さっき暗闇でキスしていた事に対する反応が何も無い事に対してなのかは分からないが、力が抜けてベッドに腰を掛ける。
いつのまにか部屋の中の酒瓶や空き缶が大方片付いていた。
ガシャンガシャンと酒宴の残骸物を入れたビニール袋が三つ、椎名の手に掛かる。
「これは俺が捨てておくよ。朝から高校生がこんな物捨てる姿は誰も見たくない」
そんな事しなくても、ちゃんと前日の夜に捨てに行くのに。
まあ捨てる手間が省けたので、特に止めもせず黙っておく。
帰る椎名を玄関まで追って行く。
「見送ってくれるのか?」
椎名が久しぶりに笑顔を見せた。
「鍵掛けないといけないから……」と無愛想に答えた。
この部屋での椎名との初めての会話かもしれない。
「まだ顔色悪いし、明日も一日学校休め。牧内先生には俺が伝えておく」
玄関で靴を履きながら言う。
「じゃあ、ゆっくり休めよ」
俺が何か返事をするのを待ったのか、束の間の時間が通り過ぎる。
部屋が明るくなってから目をそらせていた顔を見上げる。
せっかく合わせようとした視線はすれ違い、ぼんやりとした漆黒の闇が自分の唇を追っている事に気づく。
そんなに見つめるくらいならキスでもしてみろよ。
下唇を少し吸い上げて濡らし、視線をそらせて挑発する。
自分の副担任相手に俺の頭も相当いってんな。
結局何も言わない俺に見送られ、椎名は廊下を出る。
ドアノブに手をかけて閉めようとしたが、あと十センチのところで勝手に腕が止まる。
隙間から、背を向けて歩いていく背を眺める。
廊下を曲がる刹那、椎名の右手が、もう乾いてるであろう自身の唇に、何かを確かめる様に触れているのが見えた。
初コメントを頂きまして天にも上る喜びでしたが、残念ながら年齢表示が「〜14歳」になっておりましたドキ───Σ(゜Д゜;)───ン
感想頂けて有難いのですが、重ね重ね申しますがこの小説は15禁です。性描写が無い場面でも教育上不適切な内容なため15歳未満・義務教育中の方の閲覧を固くお断りさせて頂いております。
今回感想頂いた方。本当にごめんなさい。
という事で、キーワードに「教育上適切な事ひとつもなし」と「15禁」を追加しました。次回からこのキーワードで検索できますヾ(=д= ;)ォィォィ
でも感想頂けて、少なくとも一人の方には読んでいただいてるんだな〜って事で安心致しました。(解析の不具合でずっと読者数が0人だったので不安……)