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キングの買い物  作者: 19
6/23

来訪者

 三木に業務終了を告げるキスをして、車のドアを閉めた後、自分の部屋に帰ってみると置時計は朝の六時半を表示していた。

 今日は月曜だが、もともと午前中は学校に行く気は無かった。

 想像していた通り、疲れきった身体は内出血している両手首をはじめ、あらゆる場所が痛んだ。

 手早くシャワーを浴びた後、缶ビールを半分飲み、シノに午前中は授業休むとメールを入れてから、ベッドに潜り込んだ。

 

 目を覚ますと、部屋の明るさでもう昼だと分かった。

 運よく身体の痛みが取れて、余程気分が良かったら、昼から授業に出ようと考えていたが、やはり身体は痛いというより、油を注していない鉄の様に動こうとすると関節がきしみ、重たかった。

 眠る前よりだるさを増した身体で寝返りをうち、ため息をついてから、もう一度睡魔の誘惑に乗る。


 夕方に再度目を覚ますと、昼間の身体の不調に加えて、悪寒がする事に気がついた。

 海の潮風が身体に合わなかったのか、背筋がゾクゾクとして、頭痛もする。

 やはり夜行性の人間が下手に一日太陽の下なんぞに出るもんじゃない。

 ベッドから這い出て、クローゼットの中をあさり、風邪薬が入った紙袋を取り出す。

 風邪薬は薬局で売っている物ではなく、ずっと前にシノから貰った病院で処方される薬だ。

 具体的にはよく知らない粉末を飲むために、冷蔵庫に水割り用のミネラルウォーターを取りに行こうと思ったが、歩くのがしんどいので、手元にあった飲み残しの缶ビールで流し込んだ。

 煙草に火をつけると、鼻に抜けるメントールが心地よかった。


 玄関のチャイムが鳴った。

 時計に目をやると十八時半。ちょうど学校が終わったころだ。

 野木かシノ。

 野木は今部活とバイトで忙しいから、恐らくシノだ。

 働かない頭と、重たくきしむ身体を無理やり引き摺って、玄関のドアを開ける。


 コンビニの袋を下げた、副担任の椎名が立っていた。

 思いも寄らぬ来訪者に、ぼんやりとした頭は事態をのみ込めず、しばらくその場に立ちすくんだ。


「悪いな、急に。……どうだ? 体調の方は」

 少し気まずそうに椎名が第一声を口にする。

 今だ状況がよく把握できていない俺は、とりあえず軽く頷いた。

「お前の家に電話したら風邪だと言うんで、学校の帰りに寄ると言ったら、一人暮らししてるからと住所を教えられた」

 ようやく理解できたと同時に、軽く舌打ちをする。


 家に電話したという事は、出たのは恐らくあいつだ。

 高校に入学して実家を出て以来、家族とは出来る限り距離をおいてきた。向こうも俺とは関わりたくないらしく、最低限の生活費を送る以外は繋がりを持たず、欠席の理由を問う電話が家にかかってきても、風邪の一言で済ましていた。おかげで俺は、大人しく真面目な優等生に加えて、身体が弱いというキャラまでクラスで獲得している。

 いつもなら欠席理由が分かれば終わりなのに、一人暮らしの部屋まで訪ねて来る教師がいるとは思わなかった。

「どうして高校生で家族もいるのに、一人暮らしなんてしてるんだ?」

 さらりと一番聞かれたくない所を突いてきた。

 俺は返事の代わりに、面倒くさそうに溜め息を吐いて、目をそらした。

 何も答えない俺の首元に椎名の視線が止まる。

 なんだって俺は、よりによって副担任の前なんかで、キスマークのよく目立つVネックのシャツなんて着ているんだろうと自分に腹が立つ。

「風邪は大丈夫です。……わざわざありがとうございました」

 ドアを閉めようと試みるが、案の定椎名の手によって押さえられた。

「言いたく無いなら言わなくていい」

 慌てる声に、ドアを閉めようとしていた手を緩める。

「わかった。もう黛の事はこれ以上聞かない。お互い詮索しない事にしよう。それならいいだろ? でも、せめて生徒の体調を気遣う教師の役割ぐらいは果させてくれ。夕飯まだだろ?」

 そう言って、手に下げていたビニール袋を前に差し出した。


 しかたなく椎名を部屋に上げたものの、今の俺の部屋は、副担任の機嫌を損ねるのに充分な惨状だった。

 せっかく身体を売った金で、上増しして家賃を払っている洒落た1LDKのマンションだが、今は酒宴の残骸と、煙草の吸殻で酷い有様だった。

 その高校生らしからぬ部屋に入るなり、副担任は明らかに気分を害した顔をしている。

 酒の空き瓶や空き缶は、殆んどが先週この部屋で飲んだ野木とシノが残していった産物だ。俺は体調によっては下戸くらい酒に弱いので、部屋の残骸にあまり責任はない。

 今更ながら、酒飲みで、学校を休んでも見舞いに来ない薄情な友人を恨む。


「薬飲んだのか。……まさかビールで?」

 テーブルの上を見て言った椎名に、余計なお世話だと言わんばかりに、無言で薬の袋をゴミ箱に放り込む。

 手を伸ばして、白い線をを天井まで描くように煙を上げていた煙草を灰皿に押し付けて火を消した。

 さすがに教師の前で、酒瓶の山を見せ付けた上に、煙草は吸えない。

 少し不安がよぎり、椎名の顔を見上げると、眉をしかめているが、視線の先は煙草ではなく、袖からノゾク、縛られた痕が色濃く残る、俺の内出血した手首だった。

 またか、と浅く息を吐き、急いで袖を上げて隠した。


「冷蔵庫どこだ? これ入れとくよ」

 キッチンに行こうとする椎名から、ビニールの袋を奪い取り冷蔵庫へ急ぐ。

 一人暮らし用の小さな冷蔵庫の一番下の段に袋を詰めて、立ち上がった。


 何故、流し台が揺れているんだろうと思った。

 殆んど使わないコンロも、換気扇も、目で追えないくらい一瞬激しく横に揺れた。

 次の瞬間、目の前が白一色になり、立っていられず、よろめいてその場に座り込んだ。

「大丈夫か!?」と慌てる椎名の声。

 大丈夫じゃなかった。

 こちらに向う足音。

 その足音が止まるのを確認する事も出来ないまま、俺は意識を手放した。

 

 

前回の続きを期待して下さった方ごめんなさい。

一気に旅行終了まで話が飛びました。

精神的な内面を書く話と、ストーリー展開をメインに書く話とのギャップがありすぎる気が……。これも、まあ技術の無さなのですが。

56としては、ストーリーが決まっているだけに、勢いで何とか7月中の完結に突っ走りたい気分です。

「展開早くて着いてけん!落ち着きなさい。56よ」という方おられましたら教えて下さいませ。

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