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キングの買い物  作者: 19
22/23

甘い甘い

性描写が含まれますので、苦手な方・義務教育中の方はご遠慮下さい。

「んっ――――ふっぁっ……あぁっ……ん。……あつきぃ……」


 深く繋がっていた唇をそのまま顎へ伝わせ、耳元に痺れた舌を這わせながら相手の名を呼ぶ。

 フットライトだけが床を照らす殆んど闇に包まれた部屋なのに、何故か冷たい深海の中だとは感じない。

 熱く上気した息音とベッドが軋む音が空気を揺らす。

 ここには確かに空気がある。熱があり、温もりがあり、深海魚の尾ひれでは無い自分の熱気を帯びた二本の腕がある。

 波に揺れながらしっとりと汗ばんだ愛しい首筋があり、肩があり、腕があり、身体がある。

 温もった体温よりもずっと熱い海水が速やかに身体に流れ込み、満ちていく。指の先にまで熱い水脈を感じる。

 生きている。

 人魚が人間になれたように、深海魚にも腕と足が生え、火照った身体に生まれ変われるのだと知った。大好きな人が教えてくれた。このまま人魚の様に泡になって、砕け散ってもいいとさえ思う。

 顔の横にある少し潤った硬い髪に指をやる。

 繋がった身体が、この髪一本でさえも今は俺の物だと、自分の指一本でさえもが大好きな人の物だと思わせ、脳にまで熱い水流が満ちた事を感じる。

 熱い。

 今までの、どのベットの上よりも、灼熱の火の海よりも。

 喉の奥から漏れる甘い声音を遮るように、愛おしい肌に唇を這わす。


「あぁっ……せんせぇ……し――なせん……せぇ……好きっ……好きだ……よ……」

 自分の唾液でびちゃびちゃになった首筋と口元を離し、うわ言の様な途切れ途切れの切ない声を、熱い吐息と一緒に直接耳に吹き込む。

「その声と呼び方……反則だ」

 耳元でそう呟かれ、首の後ろがゾクリとする。ああ、今脊髄が溶けた。

 大きな高波にザブリと後ろに押し倒されて、濡れた背中にシーツが冷たい。

 学校以外ではアツキと呼ぶ約束だったが、俺の脳は今熱で溶けて流れ出しそうな状態なので、そんな約束形も無くとろけてドロドロだ。

 海面で波の揺れに荒い息を吐き出していると、天井に見えるはずもない星空が見えた気がした。

 

 横に倒れた薄暗い視界に映る、絡まる二つの掌。

 銀色に薄明かりを反射する金属がどちらの薬指にもはまっている。それが時折カチリカチリと鈍く硬度の高い音を立てて擦れ合う。

 徐々に揺れを増すベッドの上で、そのシルバーの輪に思いを寄せる。

 俺も左手の薬指でよかったのに……。


 夏祭りから三日目の今日、見覚えのある男がマンションに小さな包みを届けに来た。

 風呂を済ませ、寝室で酒を飲んだ後、ベッドに二人で腰を下ろして、その包みを渡された。

 中のペアリングの内側には、俺と椎名のアルファベットが刻印されており、サイズもどういう訳かちゃんと俺の薬指に合うように調節されている。

 あの日から俺は椎名のベッドで一緒に寝ている。寝るときだけでは無く出来るだけ椎名の傍を離れず、ずっと手を繋いで隣にいる。

 会話は前より多くなったし、くだけた冗談なんかも言い合える様になったが、キスをして唇が塞がっている時間も同時に増えたため、二人の時にはまだ静かな時間も多い。


 椎名が……篤樹が、大きいほうの指輪を取って自分ではめようとしたので、慌ててそれを無理やり奪って、俺が篤樹の左手の薬指にはめた。

 次は自分の番と左手を差し出すと、小さな指輪を手に取って見つめていた篤樹が俺を抱き寄せた。


「いいのか? 本当に。今ならまだ元居た場所に戻してやれる……」

 もう引き返せない場所に行くこと覚悟し、ぎゅっと目を瞑る。

 元居た場所……それは暗い深海だろうか。これから俺はどこに連れて行かれるのだろう。

 どこでもいい。篤樹と一緒なら。


「いいよ。篤樹は……? 後悔しない?」

 触れる事を許されたばかりの背中に両手をまわす。

「もうしてる。ずっとこうしなかった事を……」


「教育上問題大有りじゃなかったのかよ」

 身体を話して悪戯に笑った。

「教師なんていつでも辞めてやるさ」

 キングにとっては経済的安定度の高い公務員もバイト感覚らしい。

 でも篤樹には教師を続けてほしい。

「じゃあ学校で会えなくなるね」

「それはダメだ……ユキヤが卒業するまでは教師でいさせてくれ」

 そう言いながら、ベッドから腰を下ろして俺の前にひざまずく。

 漆黒の瞳で俺を見上げながら、俺の右手を取ってキスをした。

「さすがに高校生は右手だな……」

 右手の薬指が、銀色の輪をくぐりぬける。

 やっぱり篤樹はキングより教師の方が合ってる気がする。

 

 薬指に宿ったシルバーの光を見つめていると、また抱き締められて、深く口付けをしたまま二人でベッドに倒れこむ。

 指輪以外何も身に付けず、本気で好きになった人と身体を繋げる事がこんなにも満たされる行為だとは知らなかった。



 全てが終わった後、ベッドサイドのダウンライトを点けて篤樹が濡れたタオルで身体を拭いてくれた。

 ぼんやりとはいえ、身体を明るみにさらすのが恥ずかしい。

 

 殆んど意識の溶けた頭で、今更ながら不安になる。

 こんなにも身体がたっぷりと零れ落ちそうなほどの海水で満ちているのに、それが自分だけの様な気がして怖くなる。

 自分にはベッドモードになれる程の余裕も無かった。

 相手があまりに上手かったせいもあるが、本気で好きになった人と繋がる事にこれ以上無く緊張して、興奮して、溺れて、乱れて、意識が飛んだ。

 今頃になって自分は本当に好きな人と身体を重ねることは愚か、付き合った事さえ無いと気付いた。

 

 こんなことで、この先大丈夫だろうか。

 篤樹は俺の身体に負担がかからないようにとても気を使ってくれた。それはすごく嬉しいのだが、ちゃんと篤樹は俺の身体に満足してくれたのだろうか。

 相手に苦労しなかったキングを満足さす事なんて俺に出来るのだろうか。

 もしかして俺も今までのキングの買い物の様に数ヶ月で飽きて捨てられるんじゃ……。

 

 底知れぬ不安に呑み込まれそうになっていると、俺の足を拭いていた篤樹の手が右の太腿で止まった。

「やっぱり駄目だな……」

 俺の不安に答えるような篤樹の言葉に飛び起きる。

 すると右足の内太腿に彫られた忘れてしまいたい刻印に、篤樹の驚くほど冷たい視線が落ちている。

 恐ろしく冷気を宿したキングの表情に、久し振りにS字状の傷が疼いた。

「ユキヤ……この部分だけ皮膚削ぎ取ってもいいか?」

 冷ややかな篤樹の言葉に、自分の過去が愛する人を傷つけているのだと知り、辛くなった。

「い、いいよ。篤樹がそうしたいなら……」

 皮膚の中に刃が沈むあの時の感触を思い出すだけで背筋に震えが走るが、篤樹のためなら我慢できる。

 本当は指輪の内側ではなく、この身体に篤樹の名前を刻んで欲しい。

「冗談だ……」とキングの表情を消した篤樹の顔が少し悲しげに見えて、冗談なんかでは無いと感じる。

「あの三木って男は、ああ見えてなかなか頭がいいな。俺はこれからずっと、ユキヤを抱くたびにこの傷跡を見て嫉妬で狂いそうになりながら灯りを消す……この世で一番見ていたい光景を一生見れない……きっとあの男の思惑通りなんだろうな」

 駄目だと言った言葉の真の意味を知り、悲しくなる。明るい所で俺を抱くのがやっぱり無理という意味か。

 初めてだから気を使って暗くしてくれたものと思っていたが、違っていた。

「やっぱりあの男、殺しておけばよかった……」

 そう溜め息交じりに顔を歪ませる篤樹の言葉で、三木が生きているのだと知った。

 もう一人の自分がまだ生きている。

 俺のせいで三木を死なせずに済んだ。

 今まで出来るだけ考えないように避けていた課題が思いがけず解決して、心が浮いた。

 きっとあの人も、いつか俺のように救われる日が来る。


「……そうだ!」

 何か思いついたらしい篤樹は、急にベッドから立ち上がってローテーブルに向かった。


 ベッドへ帰って来た少年の様に無邪気な表情の篤樹の手には、先程までアイスペールの中で氷水に浸かっていたアイスピックが握られていた。





「よぉ。久し振り――」

 屋上の心地よい風を受けながら貯水タンクの裏へまわると、思った通り懐かしい顔が二つあった。

「お――。黛」

「ユーキ! もう体調大丈夫なの?」

 何ヶ月振りかに見るシノの顔が、暑さのせいか頬が薄桃色に染まっており何だか幼く見えた。

 夏休みのど真ん中にある登校日のホームルームを終えてやっと解放されたが、まだまだ午後の屋上は焼け焦げるくらい熱い。

「おぉ。シノも完全復活したのか?」

「うん。ま――ね! ご心配お掛けしました」

 そう言いながらちょこんと頭を下げた。

 三木と一緒に住んで高校を休んでいた一ヶ月間、どういう流れでそうなったのか、俺は病欠扱いになっていて、そのまま夏休みに突入した。恋人のためなら手段を選ばないキングの仕業なのか、学年主席を失いたくない学校側の気遣いなのか、そのどちらもなのか。とにかくクラス全員が俺の一ヶ月にも及ぶ体調不良を頑として疑わない。それどころか「入院してたんだってね。大丈夫?」と心配の言葉までかけて頂いている。

 その間に俺とは違い本気で死にかけて入院していたシノが、やっと退院していたらしい。

「まあ、お互い様です」

 そう言って、俺も二人に頭を下げた。

 それ以上は、シノの自殺未遂の件に関して何も聞かなかった。二人も俺が一ヶ月も休んだ事に対して何も触れなかった。

 三人でくだらない話を取り止めも無くしていると、もう全てが解決しているのだと感じる。


「そろそろ熱いし帰るか……」

 話しも途切れたところで俺が言うと、何故か二人に緊張が走り気まずい空気が流れた。

「あっ、黛。ちょっと話あるんだけどさ――」 

 なんだろう、この感じ。喧嘩していた時とはまた違う、落ち着かない雰囲気だ。

 まだ野木とシノの仲は完全に戻っていないのだろうか。

「いいけど……野木この後部活だろ?」

「そんな時間かかる話じゃないんだ」

 シノにも関係あるのかと思い横を振り向くと、俯いたまま耳朶を真っ赤にさせている。

「ごめん、ヒロト。俺やっぱり先に帰ってるよ。じゃあ!」

「おい! シノ!」

 野木が呼び止めるのも聞かずに、顔面真っ赤で下唇を噛締めたままシノが走り去った。

 ヒロト? 誰だヒロトって……。

 俺は目の前にいる日に焼けた部活野郎をまじまじと見つめた。ヒロトってお前か? お前がヒロトか? 野木ヒロト?


「あ、あのさ――。あっ! そういや黛、あの三木って奴どうなったよ?」

 気まずさを吹き飛ばすために、野木が適当に話を振った。

 ただその話はちょっと痛い。

 でも篤樹との事はちゃんと報告するべきだし、いいチャンスだ。

「あ――。俺もさ――その事でちょっと話あんだよね」

「何? 先言えよ」

 深呼吸を一つする。


「俺、好きな人できてさ、その人と付き合う事になったんだ」

「へぇ。良かったじゃん」

「で、その相手ってのがさ――――、俺のクラスの副担任なんだ」

 さすがに最後の言葉は口ごもった。野木と目が合わないように旧校舎の屋上を見つめる。

「え! 数学の椎名!? でも……、お前あいつキングの買い物って……」

「あっ!それ俺の勘違いでさ――。キングの買い物じゃなくて、あの人がキングだったんだよね……」

 野木の動きが止まった。

 そりゃそうだろう。俺が野木でも思考が止まる。

 副担任だし、男だし、挙句の果てにバイト先の悪名高きオーナーだし。更にそいつに数学を教わっていたという事実。


「そ……そうか。まあ……幸せそうで良かった……」

 さすがに対応が男前だ。弓道部の副主将ともなるとちょっとした事では動じず、かなり高得点な返しをしてくる。

「うん。もう一緒に住んでるしな……。で、そっちの話って?」

 もう一押しして副主将を混乱させたところで、話を切り替えた。


「……え? あぁ俺? 俺の方は大した話じゃねえ。その――俺とシノが付き合う事になったってだけ。それだけ……」

「えっ……。それだけって、お前……」

 真夏の屋上で、肌を焼きながら男二人でシンとしてしまった。


 階段を降りながら携帯を開く。

 シノめ。何が金持ち以外対象外だ。

 いつか俺の家で酔っ払って自信満々に演説ぶっこいてた得意げな顔を思い出して笑える。

『ヒロト君とお幸せに―― また屋上から飛ぶような事があれば、野木は俺が頂く!!』

 部室へ向かう野木と別れて、早速シノにメールを打った。

 

 シノには珍しく、すぐに返事が返って来た。

 こいつ、さては野木の事本気だな。

 その上、もう篤樹と俺の事を知っていたので驚いた。

 恋人同士の情報伝達速度に感心しながら、野木みたくもうちょっと混乱してくれてもいいのに、ともう一度メールを睨んだ。  


『ダメだよ――ヒロトは俺専用機だから

 

   P.S 変態キングによろしく』



やっと次回最後だ〜!!

今日必死で最終話書き終えました。

なのでこんな時間の更新です。

最後の最後に書き溜めが尽きました。

まあアホがアホたる所以です。書き溜めたり、書き溜め無かったり、書き溜め無かったり……(=Д=;)オイコラ…

そうやって夏休みの宿題を最終日に徹夜して仕上げるちびまる子のような人生を送って来ておりますので仕方ありません。もう日曜六時からのアニメがリアルすぎて笑えない。そんな女なんです。


ではでは。明日お会いできると幸いです。

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