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キングの買い物  作者: 19
19/23

キング

 

 夕食の皿を片付けながら横目で三木の様子を伺う。

 椎名を店に残して家に走り帰ってから、十分もしないうちに三木は家に帰ってきた。

 今のところ三木は電話に出れなかった話には触れずにいる。


「今日どこに行ってたんだ?」

 コーヒーカップを静かに置いて睨みつける三木の視線を外しながら、両手を後ろの調理台についてもたれ掛った。

「どこにも行ってない。ずっと、家にいたよ。……聡が帰って来た時、俺いたでしょ?」

 想定していた質問をスイッチに頭が臨戦態勢に入る。

 外出していた証拠は無いはずだ。少々無理やりにでも話をこじつけて逃げ切る。


「ユーキ、GPSって知ってるか?」

 息が詰まる。

 GPS付き携帯。

 本当に監視されていたのか。

 早くも切り札を出されて、言い訳の路線変更を強いられる。


「担任の先生が退学届け直接持って来てくれたから、喫茶店でちょっと話してただけ……。ホントにそれだけ」

「ここの場所誰にも教えず来たんじゃなかったのか? ……あの椎名って男だろ。ホテルのベッドの中で話し合いか?」

 椎名にこんな傷だらけの汚れた身体を見せれるはずがない。

 本当は会うのさえ苦痛だったんだ。

「そんな事本当にしてない! GPSで場所見たんでしょ?」

「GPSなんて付いてない。……帰って来た時、ユーキの身体が熱くて汗ばんでたから変だと思っただけだ」

 はめられた。

 帰って来て早々玄関の廊下で押し倒したのはそれを確かめるためか。


 陶器が割れる酷い音が部屋いっぱいに響いき、床に白い破片が咲く様にいくつも落ちた。

 テーブルの上に残っていた食器を手で払いのけて三木が立ち上がる。

 今回の怒りはそう簡単に治まりそうに無い。恐らく身体もただでは済まない。

 足元の鋭利に割れた皿に目をやりながら、また新たな傷が肌に刻み込まれる事を覚悟した。


 痛みに怯える太腿が本能的に一歩後ずさる。

 伸びて来た手に首元の鎖を掴まれ、皿の破片が散らばったフローリングの上に身体を叩き付けられる。

 すぐに上半身を起こしたが、一度思い切り破片だらけの床に顔をぶつけたせいで、額から生温かい液体が流れるのを感じる。

 手で触れて見てみると、サラサラとしたどす黒い赤色が掌から滴った。

 三木は無表情だ。

 冷たい氷点下の視線が俺を見下ろす。もう何を言っても無駄だ。


「やっぱり必要無いな……これ」

 俺の足元に屈みこんだ三木は、手元に落ちていた皿の破片を取って俺の足首にあてる。

「ここと……ここ」

 そう言いながら、両足首のくるぶしの上辺りに線を引くように破片を滑らせ皮膚を浅く切る。

 俺の両足に切断する場所を示した赤い線が入った。

「や……やめてよ」

「お前が悪いんだ。……それに痛いほうが気持ちいいんだろ?」

 冷気が含む声と共に、足首を見据えていた眼がゆっくりと這い上がり俺の視線と一致する。

「本当に退学届け受け取るために会っただけだよ……」

「ふ――ん。じゃあ、その退学届けはどこにあるんだよ」

 言葉を失い下唇を噛む。

 結局肝心の物を受け取ることなく、喫茶店から走って飛び出してきたのだ。


 頭から信じる気の無い三木は、俺の腹の上に馬乗りになって、チェーンネックレスに両手をかける。

 三木の拳に力が入り、鎖がギシギシと喉元を締め付ける。

 あまりの圧迫感と激痛に、首からネックレスを離そうと指で掻き毟るが、太い金属が皮膚にのめり込んでいて離れない。

 息が出来ず、苦しくて顔が歪む。

 頭と顔に血が溜まり始めて熱くなる。


 殺される。

 俺はここで死ぬんだ。

 白む視界の中に、辛そうに顔をしかめている三木の顔があった。

 ああ、この人もきっと辛いんだ。

 昔の俺と一緒だ。

 好きな人を自分のものにしたくて、もがき苦しんでいる。

 もう一人の俺だ。


 意識が途切れる寸前で首の圧迫感が離れた。

 自分から遠ざかる足音と台所のドアが閉まる音を聞きながら、何も考えれずにただ天井を見つめていた。

 起き上がると床に砕け散った純白と、どこから流れてきているのか自分の腕を伝う真紅が対照的で美しかった。


 もう駄目なのだと気付いてしまった。

 身も心も、もうとっくに限界だったのだと知った。

 他の人間と見た目は一緒でも、自分の身体は茨の海を渡りきれるようには出来ていない。

 もう帰ろう。

 あの暗い深海の部屋の、透明な標本ビンの中に。


 でも俺一人じゃ意味が無い。

 もう一人の可哀想な俺も一緒に連れて行ってあげなければいけない。


 酷く疲労した身体を持ち上げ、深海の底に向かった。


 

 開いたままのドアから、壁一面に並べられた標本ビンを背に机に突っ伏している三木が見えた。

 近くまで歩み寄り、少しパサついた茶髪をそっと撫でる。

 まるで今から自分が標本になるのを待つかのように、温もりや息吹を感じない。ただ苦しそうに背中が上下している。

 

 三木の後ろへまわり、棚に並べられた標本ビンに片っ端から手をかけた。

 小さめのビンはホルマリンの飛沫と共に床に砕け散ったが、比較的大きな標本ビンは落ちても割れずに透明な液体をドロリと吐き出すだけだった。


 床の上が海水に満ちていく。

 今まで暗闇に潜んでいた奇妙な形の深海魚達が、とても嬉しそうにヌメヌメした肌を初めて空気にさらす。


 ポケットが震えている事に気付き、携帯を取り出した。

 三木以外からの着信を不思議に思い、開けて画面を確認する。

 ――椎名 篤樹――

 驚くどころか呆れた。

 うちの副担任は生徒の携帯をどこまで勝手にいじれば気が済むのだろう。

 

 ただこのタイミングに、感じることが最後になるであろう運命という響きを思わせた。


「ユキヤか? 今家にいるのか?」


 ちゃんと謝らなければいけない。

 神様がくれた最後のチャンスだ。

 いろいろ心配をかけた上に、先立つ不幸をお許し下さいってやつだ。

 今ならシノの気持ちが分かる気がする。屋上から飛ぶ前に俺に謝ってくれたシノの気持ちが。

 

 俺と一緒に……そんな言葉が終わる前に自分の声で椎名の話を遮った。 

「先生。いろいろ本当にありがとう。……でもゴメン……俺……もう疲れたよ」


 そのまま腕の力を抜くと、腕にぶら下がった掌から回線が途切れないままの開かれた携帯が水面の上に落ちた。


 叶わないが、もう一人だけ最後に声を聞きたいと思う顔が浮かんだ。

 その人には今でも自分を弟と呼んでくれる事を素直にありがとうと言いたかった。


 大きな自分の標本ビンを手に取り、頭上から床に叩き付けた。

 今までで一番大きな音韻を残し、分厚い破片が顔の辺りまで飛んでくる。


 しゃがみ込んで水面に散らばったガラス片の中から、一番握りやすくて鋭角に割れたものを選んだ。


「それで俺を刺すのか?」

 立ち上がると、いつのまにか顔を上げていた三木の虚ろな瞳があった。

「ここを出て、ユーキは帰る場所があるのか?」

 目の縁を赤く染め、濡れた頬を見て心が痛んだ。

 

 ごめんね。三木さん。

 辛かったよね。

 もっと早くこうするべきだった。

 こんなにも俺はこの人を追い詰めてしまっていた。

「三木さん。俺と一緒に死のう。 もう俺も三木さんも生きてちゃ駄目なんだ」



「それも悪くないな……」


 こんなに優しい三木の微笑みを見るのはいつ以来だろう。

 本来とても魅力的だった少し茶色がかった瞳と日に焼けた健康そうな笑顔に自分の表情も緩む。

 俺も久し振りに笑みがこぼれた。


 筋肉で引き締まった張りのある三木の首に、鋭く尖ったガラスをあてる。

 しっかりと掌を握りこむと、ガラスが皮膚の中まで食い込み、新たな血液が手首を伝う。


「俺も、すぐ逝くから……先に逝って、待ってて……」




 なぜだろう。

 最後の時なのに三木の瞳が、廊下の方を見つめている。

 振り返ろうとした時、背中でガラスを踏み割られる鈍い音がした。同時に肩をものすごい力で引っ張られ、そのまま身体ごと後ろに持っていかれた。


 ガラスの破片とホルマリンの中で深海魚が泳ぐ床に、よろめいて尻餅をつく。

 俺の目の前に現れたスーツの背中が、いきなり三木の胸元を掴んで窓際まで引き摺って行った。

 情況を飲み込めず、窓の下で背中を壁につけて弱々しく男を見上げる三木と、それを見下ろす男を眺めている。

 その横顔に見覚えがあった。


 気が付くともう一人スーツ姿の男が目の前に立っており、俺を見下ろしていた。

「ユーキ君大丈夫? 立てる?」

 明るい声で顔を覗きこみ、手を差し伸べて来る。

 パーマがかった金髪を後ろでくくり、女の様に柔らかな顔立ち。

 いつもはカウンターの中にいるバーテン姿の顔が、やたら高級そうなスーツを着込んでいるため、思い出すのに時間を要した。


「吉野さん……?」

「すぐ来るから、ちょっと待ってて」

 俺は真紅に濡れた手を引っ張られて立ち上がり、窓際へ向かう吉野の背中を目で追った。

 DEEP BLUEのバーテンである吉野がここにいる。

 という事は、やっぱりあれは……。


「お前には今から消えてもらう。お前の父親とも取引して了承済みだから逃げても無駄だ。俺の気分を損ねた事をあの世で悔やめ」

 三木を見下ろしていた男が痛く感じるほど冷たい声を発した。


「あんた……キング……か」

 消え入りそうな三木の小さな声が傍観している俺の耳にも届いた。


 いつか見たキングの横顔。

 あの時とは違い、暗色の髪は短くなっている。

 それでも高価そうな落ち着いた生地のスーツや、シルバーの眼鏡のフレーム、それ以上に存在自体が放つ極上の冷たいオーラが変わっていない。


 何故キングがここへ……そう考える前に、最後に残っていた足の標本ビンを床に落とした。

 鈍い音を立ててフローリングの上に一二度弾み、白い足を少し粘性のあるホルマリンと一緒に一つ外に吐き出した。

 その真っ白な足首がとても寂しそうに見えた。

 せめて俺一人でも、この足首の持ち主の下へ行かなければいけない。

 そうしなければこいつが可哀想だ。

 俺の居場所はそこなんだ。


 台所から持ってきたマッチ箱を取り出して、マッチ棒に火を点けた。

 ホルマリンがどういう薬品かはよく知らないが、火気厳禁だろうという事は想像がついていた。

 俺の身体一つ焼失させるくらいには燃えてくれるだろう。


「おい!」

 こちらの異変に気付いて三木を囲んでいた人影が慌てている。


 小さなマッチの火から視線を上げると、キングがこちらに腕を伸ばしていた。

 怖くて見る事の出来なかった瞳に目を凝らす。



 吸い込まれそうな漆黒の瞳にハッとする。


「やめろ! ユキヤ」

 毎晩自分の名を呼んでいた携帯のボイスメモ。

 

 そういう事か……。

 

 俺、騙されてたんだ……。


 クラスの副担任で、キングの買い物だと思ってて、俺が本気で好きになった男……


 アツキ……

 篤樹……

 

 キングの買い物じゃなくて……


 椎名 篤樹……あんたがキングか。 



「うそつき」


 唇の動きだけで呟き、マッチ棒から指を離した。




ε-(゜д゜`;)フゥ...

……………………。

まあ……そういう事です。

やっとここまで来れました('・ ω・`)モキュン♪


いや。最初から気付いてたよという方……甘い甘い♪

えっ?私? 私なんて始まる前から気付いてましたよ。フフフ。

・・まあ……私が考えたんですけど……(=Д=;)ウッ!ウゼェェェ!!


そんなこんなで頂上越えまして、後は下り坂。

でもこれが案外難しい。

歩いて下るより転がって落ちた方が早いので勢いに乗って転げ落ちます。( ´∀`)Ь逝ッテヨシ!

あと少しですのでお付き合い下さると幸いです。


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