新しい傷古い傷
やや痛い描写がありますので、苦手な方はご遠慮下さい。
三木は自分に似ていると思った。
自分も一歩間違えば三木のようになっていたと思うし、今でもその危険を充分孕んでいる様に思う。
好きな人を傷つけるまで束縛して、愛に飢えて自分を見失う。
一年半程前、俺は一度そうなりかけた。
元々隠し子だった俺が、母親に新しい父親を紹介されたのは小学五年生の時だった。
新しい家には新しい家族が待っていて、龍斗という三つ上の面倒見のいい兄と、和斗という三つ年下の可愛い弟が出来た。
初めて家族の温かさに触れて、これが幸せというものなんだと実感した。
そして、時が経つ内に自分が異常に兄の龍斗に執着している事に気がついた。
自分以外の誰かが、例えそれが弟の和斗でも、兄の気を引く事にイライラした。
ベタベタと甘える自分に、龍斗がどんどん甘くなっていくのが快感だった。
その感情の正体はずっと分からないままだった。
ところが俺が小学校を卒業し、龍斗が高校に入学した年、あるきっかけでその感情の正体が判明した。
隣で龍斗に勉強を見てもらっている時、急に押し倒されてキスをされたのだ。
男同士で兄弟なのに、俺の上に覆いかぶさるようにしてどんどん深くなっていくキスや、服の中に潜り込む掌が全然気持ち悪く無かった事に驚いた。
龍斗が何故そんな事をしてくるのか最初は分からなかったが、何度か同じ事があってから、龍斗に対する気持ちが好きという感情なんだと理解した。
相手を常に自分の近くに縛り付けたい、自分以外に触れてほしくない、この気持ちが好きという事なんだと思った。
それ以来、俺はそれまで以上に龍斗に執着するようになった。
常に自分の事を見ていて欲しいと言ったし、自分以外の人間の事を考えるのなんてやめて欲しいと、はっきり口にした。
高校生の龍斗に恋人が出来るなんてもっての外で、女の名前が自分の前で出る事や、男の友達でも家に連れて来るのは嫌がった。
龍斗は俺がどんなに無理な我侭を言っても、少し困った顔をするだけで、最後には必ず優しい表情で頷いてくれた。
ところが最初のきっかけとそれから何度か同じ事があり、それ以降急に龍斗は俺の身体に触れなくなった。
その事に俺はとてつもない不安を覚えた。
具体的に身体を繋げるという事がどういう事かも分からない中学生のくせに、とにかく龍斗に求められなくなった事に焦りを覚えた。
わざと同じ部屋で寝たり、抱きついたりしても、龍斗は辛そうな顔をするだけで、全く俺の身体に目を向けなくなった。
なぜだろうと、理由を血眼になって探し、嫌われそうな要素は全て排除した。
とにかく龍斗を自分の隣に繋ぎ止めておくことに必死だった。
共働きの両親が不在がちで兄弟三人でいる事が多かった家の中で、和斗の存在を邪魔だと思うくらい兄への独占欲は高まっていた。
そうやって何年かが過ぎて、俺が高校に入学した春に事件が起こった。
弟の和斗が自殺をはかったのだ。
幸い風呂場で手首を切ってから見つけるまでの時間が早かったため、一命は取り留めた。
龍斗しか目に入っていなかった俺は、和斗がそれまで精神科に通院していた事も知らなかった。
和斗の目が覚めて自殺しようとした理由を聞く前に、それが自分のせいだと知らされた。
兄に思いを寄せていたのは自分だけではなかったと知ったのだ。
病院のベットで眠る和斗の前で、龍斗は俺に言った。
「お前の美しさは人を惑わす。もう俺にもこいつにも近づくな」
その後、俺の母親が姿を消した事を聞かされた。
どういう理由でこのタイミングなのかと思ったが、今考えれば和斗の事件や俺に理由があるのかもしれない。
母親が置いていった離婚届で離婚が成立したため、もう戸籍上も兄弟では無くなったと言われた。
だから龍斗が俺の事を、未だに弟だなんて言うはずがない。
あんなに冷たい態度で俺を突き放しておいて、そんな風に思っているはずがない。
放っておけばいいんだ。あんな奴。
俺が身体を売っていると知っても、きっと龍斗は関係の無い事だと笑うはずだ。
大学の奴や周りの人間にばらされても、和斗以外に弟はいないと言えばいい。
でも和斗はどうだろう……。まだ精神科に通うぐらい心を病んでいる。
そんな事に耐えられるだろうか。
それに…それに龍斗が、もし本当に俺の事をまだ弟だと思ってくれていたら……。
家を出た時、既に高校の授業が始まっていたので、血の繋がらない父親が名前を変えずに黛を名乗ることを許してくれた。それだけでなく、一人で暮らすと言い出した俺に、卒業までの学費と最低限の生活費を出してくれると約束してくれた。出張で殆んど家にいなかった父親だが、血の繋がらない自分にここまでしてくれて本当に感謝している。
そうやって血の繋がらない父親に迷惑をかけながら通っていた高校だが、辞めるつもりだと夕食の時に三木に話した。
自分にとって何の意味も無い事のように思えたし、そんなことのために元父親に迷惑をかけたくない。何より椎名と顔を合わすのが苦痛だった。
ポタージュを口に運びながら、明日から学校に行かないと言うと、三木は特に理由も聞かずに「じゃあ近いうちに退学届け取り寄せとく」と言った。
毎日の食事は宅配で届くので、家事と言ってもさほど無いだろうが、一日家にこもる人間の気晴らしくらいにはなるだろう。
あと携帯を替えたいと話すと「俺の使えよ。俺が新しいの買う」と嬉しそうに自分の携帯を俺に差し出した。俺が他の世界と繋がりを絶つ事が余程嬉しいらしい。自分も兄に対して同じ感情を抱いた事があるのを思い出した。
三木と以外連絡を取ることもなくなるのだろうから、別にそれでも構わないと思い、三木の携帯を受け取った。
自分の携帯は今日学校の帰りに既に解約してきていた。
「椎名って先生にはちゃんとサヨナラ言ってきたのか?」
ニヤニヤしながら聞いてきたが、椎名の話を三木の前でしたくなかったので黙っていたら、明らかに気分を害しましたという顔になった。
三木は椎名がキングの買い物であることに、気付いていない。
ここから逃げるつもりは無いが、これ以上周りの人間の弱みを握られるのは重たい。
椎名がキングの買い物である事を学校にばらすと言い出しかねないからだ。
もう一生会わない振られた相手を心配し続けるのは辛い。
風呂の湯を張るために脱衣所に入ると、後ろから三木がついて来た。
「今からお湯入れるよ」と言う俺の言葉を「ああ」と聞き流し、浴室へ俺を引っ張ってい行った。
いきなり腹を蹴られて、タイルの上に派手に転がる。
唸り声を上げて腹を抱えて倒れている俺のチェーンネックレスを三木が掴む。
首の鎖に力がかかって皮膚にめり込み、無理やり上半身を起こされて、風呂場の壁に背中をぶつけて座らされる。
予期せぬ衝撃に混乱して、息を荒くしていると、拘束する場所を教えているように紫色に染まっていた両手首に、また手錠がかけられた。
俺の両手首を捉えた手錠を、シャワーを掛けるポールに麻紐で巻き付け、座ったまま頭上で両腕を固定される形にされた。
「な、なに? 俺こんなことしなくても逃げないよ?」
俺の言葉に耳をかさず、何も言わずに風呂場から出て行く三木に不安を募らせる。
何をするつもりなのだろう。このまま朝まで放置だろうか。それともここでベッドモードにならなくてはいけないのか。
昨日も書斎から帰った後、ベッドに手錠で繋がれて散々だった。今日学校へ行けたのが不思議なくらいだ。
再び姿を現した三木は、黒い小さめのボストンバッグを手にしていた。
俺の足元にバッグを下ろすと、中からガラス同士がぶつかる嫌な音がした。
三木は屈みこみ、俺が穿いていたハーフパンツを脱がせ、右ひざの上に乗り、自分の体重で俺の右足を押さえ込んだ。
浴室のタイルの冷たさに下半身の体温が奪われる。
三木はそのままの体制でボストンバッグから透明な液体が入ったビンや大小のガーゼ、薄い箱をいくつか取り出した。
それら全てが素人目からしても手術室で使用されそうな物ばかりだったので、俺は一気に血の気がひいて呼吸のリズムが合わなくなる。
昨日見た標本ビンの中の足を思い出す。
「やっ……。何? 何するの?」
俺は恐怖に震えて首を振りながら、動かせる左足を使って身体を三木から離そうとする。
三木はそれを見て微笑しながら、ポケットからソムリエナイフを取り出した。
「本当は今日するつもりじゃなかったから、メス持って帰って来てないんだ。だからこれで我慢して」
そう言って、グリップの背に折り畳まれていたブレードを爪で引き出した。
「まあ消毒くらいはしておくよ。気分が良ければ表面麻酔でも使ってあげようと思ってたけど……俺を怒らせたユーキが悪い」
目の高さからビンを傾け、俺の内太腿とブレードにドボドボと液体を流す。
鼻をつく匂いを浴室全体に放ちながら、生温い薬品がやっと体温と同じ温もりを得たタイルに広がっていく。
「ユーキ。お前は俺の物だ。それを忘れないようにお前の身体に一生消えない証を付けとくよ」
無表情で軽く言ったあと、グリップが下にくるようにソムリエナイフを握り直した。
次の瞬間。鋭く光るブレードの反射光全てが俺の濡れた白い太腿の中に消えた。
「っ! ぅぁああぁああああっあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!!」
イタタタタ・・・。゜(PД`q。)゜。
ただただ痛いだけの今回。
まあ夏だし?ゾッとして涼しくなったり?( ̄‐ ̄#)シネ!!
特に性描写もなく……というか、たいした性描写も無くここまで来ましたが(゜∀゜ ;)
今最終話2〜3話前を執筆中で性描写を入れるか悩んでおります。
どうなんだろ……。どちらのほうが喜んで頂けるのか━─━─【わかりま線】─━─━
ちなみに次回はこれでもかというくらい沈みます。
覚悟されたし!キュピ──(。☆д☆。)──ン