表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングの買い物  作者: 19
15/23

 

 寝返りをうって毛布を肩までかける。

 先程まで汗がにじむほど火照っていた身体が嘘の様に冷たい――が、裸のままいる自分が悪い。

「冷房弱めるか?」

 後ろから男の声がする。

「大丈夫だよ」

 いつもの落ち着いた自分の声に、さっきまで芝居を演じていたベッドモードの俺が消えた事を知る。

 二週間ぶりに紫色に染まった両手首をさする。


 携帯を開く音がする。

「そういやユーキに聞きたい事があったんだ――」

 三人掛けのゴシック調のソファーに身を預けている男が、携帯のボタンをカチカチと押す音と重ねて話しだす。

 一仕事終えて身体がだるく、寝かせて欲しい気持ちを抑えながら「なに?」と聞いた。


「北川って知ってるか?」

 予想外の名前が飛び出した。

「あいつ俺と高校一緒だったんだ――。お前あいつの事誘ったんだって? 寝たいって言ったのか?」

 しょうもない事言ってんな。

「あ、それ? 北川さんが俺の友達嫌がってんのに連れて行こうとするから、気そらせるために言っただけ。嘘に決まってるじゃん。だいたいそれから一度も会ってないよ」

 少し後ろに振り返る仕草をして言った。

 事実なので何の後ろめたさもない。

「だろうな。そんな事だと思った……。あいつは近づかない方がいい」

 言われなくてもあんな危険な奴に近づかない。

 身体が切り刻まれるのはごめんだ。


「あともう一つ聞いていい? この椎名って、どこのどいつ?」

 首だけで振り返って、天蓋のカーテンの間からソファーを覗く。

 クッションにもたれて足を組みながら三木が見つめているのは俺の携帯だった。

 携帯の中身をチェックするなんて子供じみた真似するとは予想していなかったので履歴を触らずにいた。それに別に椎名と付き合っている訳でも無いから、わざわざ隠蔽工作をする必要がない。

「ああ、それ高校の先生。体調崩して休んだりしたら心配して電話してくんだよね――」

 何故か声が少し上ずった。


「ふ――ん。それって月曜に夜まで一緒にいた男か?」

 起き上がってもう一度見ると、三木は無表情のまま俺の携帯をまだチェックしている。

「あの日さ。ユーキ携帯の電源切ってただろ? なんで繋がらないんだろうと思って俺マンションまで行ったんだぜ? 駐車場に車あったの気付かなかった?」

「あれは……あの日は友達が自殺しようとしたりして、精神的にしんどかったから家まで送ってもらったんだ。……それだけ。ほんとに何も無いよ」

 やましい事は何も無いのに動揺を隠しきれない。

「へ――。ただ送ってもらって、夜の十一時過ぎまでね――」

 ストーカーかよ。

「クラスの副担任だよ? それに、あの先生はそんな事するような人じゃないよ。ただ生徒の一人として俺の事大切に……」

 その人を忘れるために、わざわざこうやって好きでも無い男と一日遊んでベッドで何時間もからまってんだよ。

 気がついたら、接待モードどころか嘘もつけない馬鹿な素の自分に戻っていた。

「やけに真剣に庇うね。まさか本気で好きになっちゃった、とか?」

 ニヤリと笑った三木に何も言えず、また背を向けてベッドに身体を横たえる。

 これじゃあ『その通りです』と言ってるようなものだが、そろそろ三木と縁を切るいいタイミングなのかもしれないと思い始めた。

 次の客を捕まえて、飽きられるのを待つつもりでいたが、どれだけ他の男と寝ても椎名の事を忘れられないんじゃ自分が苦しいだけだ。


 さっきもベッドの中で、目の前で揺れる肩が椎名のものならどれだけいいだろうと思って、馬鹿みたいに興奮した。

 思わず首筋に「せんせい」と呟きそうになって、ひどい自己嫌悪に陥った。 


 どう別れを切り出そうかと考えていると「まあ、いいや」と軽い声がして、携帯を閉じる音が鳴った。

 三木も金で繋がった関係と割切っていてくれたのだと感心し、安易に別れを切り出さなかった事に内心ホッとした。

 次の金蔓も見つかっていないままでのサヨナラは本当に心から悲しい。

「でもユーキはすぐに嘘つくからな……」

 そう小さく呟くのが聞こえたが、嘘と言い出せば金が欲しい事以外全てが嘘でなので、これも聞こえてないってことで嘘にしておく。


「俺、先週合宿行ったって言ってただろ?」

「どこ行って来たの?」

「京都の上の方」

 何も無かったかの様に会話が再開されたため、俺は嬉しくなって、寝そべったまま上半身だけ両肘をついて起き上がった。

「その合宿で一緒だった奴にお前と同じ苗字の奴がいてさ――」

 自分の顔から表情が消えるのが分かる。


「あれ、お前の兄貴だろ? 黛 龍斗って。 兄弟いないっての嘘だったんだな」

 三木が大学生なのは知っていたが、興味が無かったので大学名を聞いた事は無い。

 まさかアイツと同じ大学だったなんて想像もしなかった。

「俺、帝大の医学部なんだよね――言わなかったっけ?」

 俺の表情が凍りついた事に気を良くしたらしく、笑って話を続ける。

「そいつも、二人弟がいて上の弟はお前の高校の二年って言ってたしな」

 嘘だ。あいつが、あの人がそんな事言うはずない。

 もう家族じゃない。最初にそう言ったのはあの人だ。

「俺の事……その人に話したの?」

 三木は満足そうに目を細めた。

「話してないよ。でも知り合いが同じ高校の二年だから知ってるかもって嘘言ったら、すごく興味深そうにしてたぜ」

「そう。残念だけど知らないや、そんな奴……人違いじゃない?」

 よくある名前でも無いのに、そんな誤魔化しがきかないのはわかっている。

 

 なんでそんな事言ったのだろう。

 俺の事、弟だなんて。

 あんな風に俺の事突き放しといて。

 どうしてそんな事言えるんだ。

 せっかく忘れられそうだったのに。


「そうか? 下の名前もお前と一緒だった気がするけど……まあ、じゃあ今度そいつ紹介するよ。エッチの上手い恋人がいるって自慢してあるんだ」

 会話の本当の意味が分かった気がして息を呑んだ。

「三木さん……それって、脅し?」

「さあ、どうかな。ユーキ次第だと思うけど」

 

 なんで龍斗の奴、本当の事言わないんだよ。

 そんな弟いないって。弟は和斗一人だって。

 バカだよ。

 そう言ってくれれば、三木が何しようと放っておけるのに。

 龍斗にどう思われても関係ないって、やっと思えそうだったに。 

 

 俺の事、弟なんて言ったら。

 そんなこと言ったら。

 まだそんな風に思ってくれてたんだって知ったら。

 何犠牲にしてでも、ずっとそう思われたいって願ってしまう。


「見せたい物があるんだ。来いよ」

 三木が静かに言って立ち上がった。

 俺も傍にあった下着と服を着て天蓋付きベッドから降りた。


 ここはホテルではなく、三木の家族が昔住んでいたという別荘だ。

 家具の殆んどが部屋に備え付けの重厚感のある造りで、どの部屋も品格のあるクラシカルな雰囲気に統一されている。豪邸と呼ぶに相応しい建物だった。

 今は大学に近いという理由で三木が一人で住んでいるらしい。

 一日遊んで最後に映画を見て夕飯を食べた後、ホテルより落ち着くからと初めてここに案内された。

 

 後ろを歩いて行くと書斎らしき部屋に案内された。

 中に入るとツンと鼻をつく薬品の匂いがした。

 部屋の奥にあるアンティークであろう大きなデスクの後ろは、壁一面が棚になっている。

 その棚には隙間無くギッシリと大小の標本ビンが飾られている。

 標本ビンの中の透明な液体には、数え切れない変わった形の魚や動物の内臓と思しき物、見た事も無いような物体がユラリと浮かんでこちらの様子を伺っている。

 デスクの上のスタンドランプの光源を鈍く反射させ、深海の中を照らしたように、いつもは人目にさらさない塊が不気味に存在を主張している。

「親父は今政治家だけど、元内科医でさ。こういうの集めるのが趣味だったんだ。俺も結構気に入ってる。全部種類ごとに分けて並べてあるんだぜ――。半分以上は深海魚だけど」

 

 椅子の真後ろにある真正面の棚の上から三段目だけが、大きな標本ビン一つだけで他に何も置かれずにあるため、そこだけ神棚のようにそのビンを尊く感じさせている。

 その大きな標本ビンの中身が、俺の身体を凍りつかせる。

 三木はそんな事には気もとめず、デスクの引き出しから小さな箱を取り出す。

 俺の前で箱を開けて、何か光る物を見せた。

「いいだろ? 俺のブレスとお揃い」

 そう言いながら背後にまわって、俺の首にヒヤリとする重たい金属を巻き、後ろでカチャリと止めた。

「これ、専用の道具が無いともう外れないからな。 ああ、やっぱユーキの白い肌にすごくよく似合う」

 そう言って吐息をもらしながら、左耳の後ろに唇をあてた。


「あれ、って……人の……足?」

 三木の行動も目に入らず、ただ視界を吸収していく目の前のビンの中身を聞いた。


「そうだよ。……でもあれは標本じゃない」

 後ろから俺の両肩を抱き締めた三木が、左の肩越しに静かに言う。

 こうされると、なぜか背中にいるのは悪魔だと感じる。


「あれは、俺の弟の足だ」 


 凍てついた身体がギシギシと痛む。

 冷たい血液が身体中に循環し始め、気が遠くなる。

 悪魔が耳朶に唇をつけて直接言葉を吹き込んでくる。


「あのビンと同じサイズの物を今注文してあるんだ。ユーキ、お前の分だよ」


 ガラスビンの中に浮かぶ自分より少し小さな二つの足は、血管が見えそうな程青白く、ビンの中の空間だけがこの世では無いように思わせていた。


「俺……殺さ、れる……の?」

 震える声を喉の奥から搾り出す。

 

 その夜悪魔が俺に見せようたしたのは、標本ビンの中の足でもなく、もう外れない太いシルバーのチェーンネックレスでもなく、ずっと前から俺が探していた自分の居場所だった。

 いや、探す振りをしてずっと目を背けてきた深海の更に深奥。

 あの標本ビンの中と同じ世界。全てを忘れられるずっと朝の来ない暗黒の世界。


 居場所を教えられた深海魚が、ゆっくりと息を吐いて目を閉じる。


 悪魔は笑う。

「そう簡単には殺してあげないよ。ずっと……ずっとユーキを俺の傍で飼ってあげるから」


 





いやー沈んだ沈んだ!ε-d(-∀-` )フィ〜

昨日の浮いた雰囲気から一転…。

浮上してくるんだろうか、ユーキよ……ドッセェ-(゜ω゜ノ)ノ--ェェェイ!!


 何とか皆様への感謝の気持ちを表すべく、56の出来る数少ないお礼の一つといたしまして週末の更新をさせて頂きました。いやー焦った焦った。何とかUP出来ました。

 

 ただしアホの56は早くも書き溜めが底をつきかけてギリギリな更新になっておりますアホタレ!(゜∀゜ )ノ

 時間に追われるせいで自分の文章も全然色気も何も無くて納得いかへん感じになってまいりました。

 そんな文章を人様の面前にさらすのは申し訳ないのですが、いつも時間をかけて錯覚にかかってるだけで、実はいつもの駄文と何も変わんねって自己暗示をしながら執筆しておりますΣ(゜д゜;)アホオルデ!!


次回更新は次の平日火曜日になると思います┏○ペコ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ