シノ
どうすれば良かったのだろう。
また無限ループに陥る。
あの時電話を切らずにいれば。
あの時もっとシノの話に耳を傾けていれば。
あの時風の音でシノが屋上にいると気付いていれば。
何度考えてもその全てが自分には不可能だったと結論付く。
あの会話に微塵の違和感すら感じなかった自分には。
何度頭でシミュレーションしても、飛び立とうとするシノの肩を掴めずにいる。
でもシノと最後に話したのは俺だ。
最後の最後に止めてやれたのは俺だった。
じゃあ、どうすれば良かったのだろう。
やっぱりダメだ。
どうやっても屋上から踏み出すシノの後姿に手が届かない。
シノがどんな理由で自殺しようとしたのかも検討がつかない。
野木と喧嘩はしていたが、そんな理由であのシノが死のうとするはずがない。
よく考えてみれば、自分はシノの何だったのだろうと思う。
親友とは名ばかりで、シノの事を何も知らない。
同じ身体を売る者としての親近感から、俺が一方的に友達だと思っていたのだ。
本当に親友だと思っていたのなら、自殺するくらいの悩み事を相談しないはずが無い。
あれから、どんな風に授業を受けて、学校で一日を過ごしたのか覚えていない。
気がついたら、シノが救急車で搬送された病院に着いていた。
エントランスの案内を見て集中治療室の場所を確認し、エレベーターに乗り込んだ。
こんな所に出向いても、身内でもない自分がシノに会える訳では無いのは分かっている。
エレベーターを降りて、廊下を見渡すと知った顔を見つけた。隣の担任の吉永だ。
向こうも制服姿で駆け寄る俺がすぐに目に付いたらしく早足で寄ってきた。
「吉永先生! 菅原君は……」
「黛君、落ち着いて。菅原君は今ここにはいないの」
「それって、どういう……」
最悪の事態が浮かぶ。
病院へ運ばれた時、まだ息があると聞いていたのでそれに希望をかけていた。
「今ね。菅原君はオペ室で手術中なの」
「オペ室……」
何の手術か想像もつかないが、とにかくまだシノがこの世にいる事に安堵する。
「ね? 望みが無いわけじゃないのよ。でもまだ手術に時間もかかるし、家族の方も来られてるから心配しなくて大丈夫。今日はもう帰りなさい」
「望みが無いわけじゃないって……」
望みがあるわけでもないのか。
吉永にエレベーターまで送られ、俺は十分もしない内に行き乗ってきたエレベーターに乗り込む。
一度一階のボタンを押したが、二階にオペ室の表示を見つけ迷わず押した。
二階に降りると、オペ室は何室かある上に、手術中の患者名が掲げられているわけでもないので、途方にくれてウロウロと歩き回った。
一番奥のオペ室がある廊下の突き当たりを曲がって、足が止まった。
オペ室の前の長いすに着物を着た品のある女性が座っている。
女は白いハンカチで鼻と口を押さえているので顔が殆んど見えない。
女の前には若い男が地べたにうずくまり、土下座して頭を廊下につけている。
その男は俺と同じ制服を着ていた。
「俺の……責任です……」
うな垂れて呟くような涙声で、野木だと気付くのに少し時間がかかった。
着物の女は、何も言わずにそっと目を閉じた。強く瞑った睫毛から透明な液体が溢れていて綺麗だと感じる。
その凛とした横顔が誰かに似ていると思った。
俺はその場から何も言わずに立ち去った。
一目散にエレベーターに向かい、何度も下を指す矢印を押して、すぐに開いた箱に逃げ込んだ。
動悸がして息苦しい。目の前がくらくらする。
なぜ野木はあんな事をしていたのだろう。
あの女性がシノの母親なら、一番に謝らなければならないのは俺だ。最後の最後にシノが声を聴くことを選んでくれた俺なのに。
俺はそんな勇気もない。
逃げたかった。
とにかくこの場から離れたかった。
酸素濃度が薄れてきているエレベーターの扉が開いたので、急いで飛び降りる。
入れ違いに乗り込んで来た男が「おい!」と言って腕をつかんだ。
薄い空気に眩暈を感じながら見上げると、椎名の心配そうな顔だった。
「おい。大丈夫……か?」
「あ……菅原なら今オペ中で……」
「いや、お前がだよ。顔真っ青だぞ」
俺……か。
そういや……俺はどうなんだろう……大丈夫なのか。
急に襲った嘔気に口を手で押さえて、その場にしゃがみこむ。
薄れる視界の中で、駆け寄る看護士の手を振り払う。
とにかくこの病院から離れたい。
「ちょっとは落ち着いたか?」
車の運転席から椎名が俺の顔を覗きこむ。
俺は買って来てもらった烏龍茶の缶を両手で包み込み、俯いたまま震えの残る唇にあてた。
暗い立体駐車場の無機質なコンクリート壁が、白い院内とは違い、発作後の身体を落ち着ける。
「本当に診て貰わなくていいのか? せっかく病院にいるんだから……」
全部の言葉が終わる前に、俺は大きく首を振った。
ため息をついた椎名は言葉を続ける。
「車で家まで送るとして。帰ったら、その……安定剤みたいな物は家にあるのか?」
少し考えてから、それにも首を振った。
残り少ない導眠剤は安定剤とはいえない。
一年以上前に処方された精神安定剤は、とっくの昔に底をついていた。
「じゃあ、一昨日お前の弟が言ってた病院に今から寄って、薬貰って帰ろう。平日だからまだやってるだろう」
そう言って、ポケットから車のキーを取り出した。
さっきより大きく首を振る。
「ダメだ。このままじゃお前も屋上から飛びそうな顔してる」
横目で俺を睨んでから、椎名はハンドルの後ろにキーを差し込んだ。
「今朝二年の生徒が屋上から飛び降りたと聞いて、お前の事なんじゃないかと思って、俺がとれだけ……」
そこまで言って顔を歪ませ、後の言葉がエンジン音にかき消される。
「嫌だ。行きたくない」
「ダメだ。我侭言うな」
「嫌だ。……あんな所に……行っても全然楽にならない……」
喉の奥から声を搾り出す。
力が入り震える手に大粒の水滴が落ちて水面をフルフルと揺らす。
「どうしたら楽になれるんだよ……どうやったらここから抜け出せるんだよ……どうやったら全部忘れられるだ……。先生教師だろ? 教えてくれよ……。ねえ、先生……」
何年かぶりにガキみたいに嗚咽をついて泣いた。
もう駄目だ。俺。
「しんどくて……暗くて……怖くて……苦しいよ。……助けて……先生。……お願い……ねえ、先生……」
椎名の腕が伸びてきて、サイドブレーキ越しに俺の頭を肩に抱き寄せる。
狭くて暗い車内で啜り上げる涙声と低いエンジン音が轟く。
襟元が俺の涙でぐっしょり濡れたワイシャツを震える手で掴んで、何も考えられなくなった頭を埋める。
先生。
先生。どうして。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
どうしてこんなに怖いんだろう。
どうやったらこの深海から浮かび上がれる?
どうやったら明るい水面を見ることができる?
教えてよ、先生。
ねえ先生。
もっと知らない事が知りたい。
もっと見えない物が見たい。
もっと言えない事が言いたい。
聞きたい事がまだ沢山あるのに、先生もシノみたいに俺の前から何も言わずにいつか消えるのか?
そんなの嫌だよ。
先生。
答えてよ。
先生。
ねえ
先生。
文章力のなさゆえ、文字列の崩しで主人公の崩れを現すと言う暴挙に出た私Σ(゜д゜;)ガビーン!!!
もう手遅れな自分に合掌Ψ(*・∀・*)Ψィタダキマシュ♪
拍手設置させて頂きましたら、さっそくカウントが入ってウハウハでございます(。・w・。) ププッ
ちゃんと読んで下さっている方がいるんだな〜♪♪
好き!もう、ほんと抱き締めたい!!キュピ──(。☆д☆。)──ン