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キングの買い物  作者: 19
12/23

受話器の向こう

「もしもし。黛か?」

「……誰?」

「副担任の声忘れたか? ちゃんと名前表示されてるだろ」

 日曜の夜に鳴った携帯は、今日一日俺の脳で何度も残像になって現れ続けた人の声を出す。

「あ、ああ、先生か。眼鏡かけてなかったから見えなかった……」

 ベッドからゴソゴソと這い出て、テーブルの上にある眼鏡をつかむ。

「お前本当に目が悪いのか――。俺に顔ばれない無い様に、わざわざ学校でだけかけてるのかと思ってた」

「どうでもいい時は眼鏡なんだよ。ウリする時はコンタクト。ほら……眼鏡だとベッドで、いろいろ邪魔だろ……?」

 昨日好きだと気付いた人間に言う言葉では無いが、予想外の電話で舞い上がり思考が飛んだ。

「……。お前今晩はちゃんと家にいるのか? まさか今ホテルのベッドで、あの北川って奴の隣なんて言うんじゃないだろうな」

「そんな事聞くためにわざわざ携帯かけてきたの? 心配しなくてもあんな危ない奴に近づかないよ」

 その心配が教師としての勤め以外に何の意味をはらんでいない事を知っていても、少し嬉しい。

「そうか。ならいいんだ。明日本当に抜き打ちするからな――早く寝ろよ。じゃあ切る……」

 せっかくの声を聴けたのに、いきなり訪れようとする別れに俺は心底焦った。

「あっ! まっ! ちょっと待ってよ」

「なんだ?」

「え――、あ――っと。あ、そだ! これ何て読むの? 先生の、椎名先生の下の名前。……アツキ? タカキ?」

 ずっと気になっていた事を聞いて、話を延ばす。

「アツキだよ」

 今日何度も思い起こした優しい声。

「そっか……アツキか。じゃあアツキ先生か……」

 独り言のように好きな人の名前を呟き、のぼせる。

 乙女か俺は。

「どした? 寝惚けてるのか?」

「寝惚けてないよ」

「そうか。じゃあ早く寝ろよ。切るぞ」

 させるか。

「ねえ、先生。なんか話してよ。俺が眠くなりそうな事。薬飲んだんだけどまだ眠くなくてさ」

 朝からクローゼットの中身を全て出して見つけた、残り少ない導眠剤を、ベッドに入る前に口に放り込んだ。

 昨日和斗によってカミングアウトされたばかりの導眠剤の存在を自分の口から吐いてしまったせいで、案の定椎名の声が少し曇った。

「薬、効かないのか……。話って言われてもなあ。じゃあ、お前が授業中全然聞いてなかった不定積分の方程式だな」

「嫌だよ。そんなの寝れない」

「いいのか? 明日テストに出るぞ?」

 本気で生徒の眠気を不定積分で誘おうとする数学教師に呆れた。

「俺学年トップだよ? じゃあさ――椎名先生はどうして教師になろうと思ったの?」

 とりあえず、相手の事を知る第一歩として典型の質問。

 今日一日椎名の事が頭から離れずにいたが、あまりにも自分が持っている好きな人の情報の少なさに、しょうがなく持ち合わせた少ない幻影を何度も繰り返し再生する羽目になった。

「そういう話か……。別に話すほど大した理由じゃないしな」

「いいじゃん。それ聞かないと寝ない」

 少し前まで毛嫌いしていた人間に対する態度とは思えず、自分の我侭振りに一人失笑する。

「……。昔偶然出会った奴がさ、人生なんて忘れるためにあるんだ、みたいな事言うから……そうじゃないって証明して教えたかったんだよ。自分自身がちゃんとした人間になって、そいつに尊敬されるような教師になって、人生は忘れないためにあるんだって教えてやれば、そいつはもっと綺麗で美しい人間になれるって思ったんだ。少しでも、そいつに光を見せてやりたいってな。どうだ? 興味無い話で眠くなったろ?」

 椎名らしいと思った。

「なんない。本当に大した理由じゃなくて眠気飛んだよ――。なんだよ、それ。女に堕ちて教師目指したのかよ」

 椎名に救ってやりたいと思われた綺麗な女の形が浮かび、少し嫉妬する。

「ほっとけ」


 椎名の後ろで『アツキ……』と遠くから呼ぶ声がした。

 声を聴けて浮かれていた気分が一気に底深く沈む。

 キングの声だろうか。少し背筋がヒヤリとする。


 俺は電話が嫌いだ。

 隣にいるように近くで声がするのに、実際は受話器の向こうで全く俺の想像のつかない世界が広がっている。

 相手の背中からする小さな音や声が、ふとした瞬間近いと錯覚していた存在をグッと遠くへ連れ去る。

 隣にいるのは声だけであって、その人の思いも温もりも、受話器の向こうの世界の所有物なのだと言い聞かされる気がする。


「そろそろ切るぞ」

 名前を呼ばれたせいか、早々に電話を切ろうとする。

 やっぱり近くに居る様で遠い。

「あ、あのさ――。先生のこと電話でだけアツキ先生って呼んでいい?」

「なんだそれ。くすぐったいからアツキでいいよ。教室で呼び捨てにしたら単位は無いと思えよ」

「じゃあ、ア、アツキもさ、俺の事下の名前で呼んでもいいよ」

「ユキヤか?」

 自分の名前を知ってくれていたことに、こんなに喜びを感じた事はない。

 頬が熱くなっていくのが分かる。

 真っ赤な顔で火照る自分を想像して、電話で良かったと、電話嫌いの矛盾した考えがわく。

「あ、うん。ユキヤ。客とかからはユーキって呼ばれてるけど、本当はユキヤなんだよね……」

 恥ずかしくて、熱い頬に掌をあてながら呟く。

「じゃあユキヤ。いい加減寝ろ」

「うん……。おやすみ。先生……じゃなくてアツキ……」

「ああ、おやすみユキヤ」

 大好きな人の新しいパターンの声色を脳にセーブして自然にニヤける。明日の朝までに何度この言葉を頭の中でリロードするのだろう。

 一度電気信号に変換されてから俺の耳に届いている事が悔やまれてならない。

「あ! ちょ、待って! ストップ!」

「何だ、またか?」

 慌てて携帯画面を睨み、通話中録音を開始するボタンを押す。

「ん――。はい! いいよ。もう一回。」

 録音中であること示す、緑色の棒グラフが横に伸びていく。


「おやすみ。先生」


「おやすみ。ユキヤ」


 相手が切ったことを確認してから、自分も電話を切る。

 録音できているか確認してみると、ちゃんと自分の声に続いて一言だけ、好きな人の声が脳を溶かしそうなフレーズを口にしている。

 やばい会話を録音して人を脅迫する時にしか使わないだろうと思っていた通話録音機能に自分が救われるとは思わなかった。

 携帯を閉じてため息をつく。


 今日一日俺はベッドに沈み込んで悩んだ。

 ベッドの上が深海の底のように冷たく、現実に身体を存在させるためだけに一日浅い呼吸だけをその上で繰り返した。

 この椎名に対する気持ちをどうするかではなく、どうやって忘れるかをだ。

 ずっと昔に同じように恋に堕ちた時の事を思う。

 自分が相手を好きになってしまった事で、自分も、好きになった相手も、その周りの人間まで傷つけて、結局俺にとっては世界が一度終わったのと同じくらい最後には何も残らなかった。

 それどころか世界は終わったまま、ずっと何も無い暗闇の中で苦しみと悲しみに悶え苦しみ、薬の力に頼らなくては生きていけない程崩れ落ちた。

 俺にとって本気の恋愛は苦しみと少しの浮つきとその後の世界の終焉の前兆でしかない。

 

 電話一つに浮ついた自分を呪う。

 喜んで海底から浮けば浮く程、次の波で沈み込む闇は深い。

 

 あの時も叶う訳がないと分かっていて、夢を見た。

 同性だった以前に、恋愛対象としてはタブーな人間を好きになってしまった。

 今回も同じだ。

 同性以前にキングの買い物を好きになるなんて、どうかしている。


 また浅い息を吐き出し、冷たい海底のベッドに身体を沈める。

 もう一度携帯を開けて再生ボタンを押す。

 目を閉じる。


「おやすみ。ユキヤ」


 海底に初めて響く温かな声が、全てを緩和する。

 噛んだ親指の爪に、微かに熱の混じった冷たい息がかかり、こんな身体でも生きているのだと久し振りに実感する。

 少し身体が浮いた気がした。



 

 翌朝、あと五分で校門という所で、また携帯が鳴った。

 椎名かと思ってドキドキしたが、以外にもシノだった。

「もしもし? ユーキ? 今いいか?」

「どうしたんだよ。こんな朝早く。電話してくるなんて珍しいな」

 いつも基本メール主義のシノは、いつも通りの明るい声だ。

 その後ろから、ざわざわと若い声が無数に響いている。

「なんだよ、今学校か? 俺ももう着く」

 言ってる傍から校門が見えてきた。

「ちょっと謝りたい事があってさ――。この前ユーキにひどい事言っただろ? ガキみたいに失恋忘れるために身体売ってるくせにってさ。僕ユーキがどれだけ苦しんだのか知っててあんな事……ごめんね。ユキヤ」

「なんだよ。そんなことか。いいよ、本当の事だし気にしてない。それより野木には謝ったのか? あいつにこそちゃんと謝れよ」

「いいんだよ。あいつは……。もうそんな事……覚えてもいないよ」

 シノの声が強い風の音でかき消される。

「とりあえず、もう校門見えたし、話は学校でな」

 そう言って携帯を閉じ、足を速める。

 そういえば、シノの奴、ユーキじゃなくてユキヤって言ったな。

 それぐらいの事だった。会話で気になった事といえば。


 俺は電話が嫌いだ。

 隣にいるように近くで声がするのに、実際は受話器の向こうで全く俺の想像もつかない世界が広がっている。

 相手の背中からする小さな音や声が、ふとした瞬間近いと錯覚していた存在をグッと遠くへ連れ去る。

 隣にいるのは声だけであって、その人の思いも温もりも、受話器の向こうの世界の所有物なのだと言い聞かされる気がする。

 

 受話器の向こうに、俺は行けない。


 その日初めて目にする純白は、自転車置き場のトタンの屋根からヌッと飛び出た、深海魚のような肌色の細い腕だった。

 

 トタン屋根からぶら下がる制服を着た足から落ちた靴が、俺の足元に転がっている。


 その日初めて目にする親友は、学校の屋上から飛んで、自転車置き場のトタン屋根の上で横たわっていた。


 その日初めて目にする真紅が、錆びたトタンを伝い、コンクリートの地面に落ちた。

 


ちょっと変な気起こしてレイアウトを変更してみました。一応深海をイメージしたのですが…どんなもんでしょうか??

更に更に!拍手タグやHPへのリンク等も調子に乗って付けてみましたのでよろしければヾ(≧∀≦ )ウォンッチューー!!

コメント頂けて天にも上る気分なので、週末も頑張って更新しようかと更に調子に乗っておりますΣ(*゜д゜*)クッハア--!!!

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