友達の友達
「なあシノ――。客と寝る夢とかって見たことある――?」
吐き出した煙が青空に吸い込まれて雲になるのを眺めながら聞いた。
「は?」
「おい黛。おまえやっぱ熱さがってないわ。なんで学校出てきたんだよ」
屋上といえども絶対学校では煙草を吸わない俺が、一本くれ言い出したのをきっかけに、俺を危惧していた親友二人は顔を見合わせる。
「ユーキ、本当に風邪だったんだね。三木さんと週末デートだって言ってたから……僕てっきりエッチのし過ぎで体調壊したんだと思ってた。ごめん……」
シノは眉をひそめて真剣な顔つきで謝りだした。
そして「食べれ」と言いながらコンビニ弁当から唐揚げを箸で取って、俺の口の前にもってきた。
残念ながら食欲はまったく無い。昨日の鱧会席がまだ腹にいる。
「見たことある?」
「え? あぁ、客と寝る夢?」
どうしても答えが聞きたくてもう一度聞いた。
シノは差し出していた唐揚げを自分の口に運びながら「う――ん」と右上を見上げた。
「あるよ。テスト前でウリしてなくて要求不満な時とか――、あとすごく好みの客と寝た後とか」
「そうか……」
要求不満でも好みの客と寝た後でも無いのになあ、と思いながら、やはり自分の診断結果は変態だと確信する。商売で男と寝る時点で薄々気付いてはいたが、いざ自分で診断結果を下すとダメージが半端じゃない。
「あっ。さっきの僕じゃなくて、友達の話だけど……」
何かに気付いたように、シノが小さな声でさっきの返答に言葉を付け加える。
いや、どう考えてもおまえだろ、それ。
「いや、どう考えてもおまえだろ、それ」
コロッケパンを食べていた野木が呆れたように俺の思いをそのまま口に出す。
「違うって!ウリしてる友達が前言ってたのを思い出しただけ。僕の話じゃない……」
すねた様に口を尖らしてそっぽを向く。珍しいな、そんな顔。
「じゃあ、友達って誰だよ。バーに来てる奴だろ? 名前言ってみろよ」
野木がシノをからかいだした。
「知るか! 友達の友達の話だよ!」
「馬鹿か。小学生かよ……」
「うっせ。金が欲しいくせに怖くて身体売れない奴に言われたくない」
「あぁ?」
自分の重症度に落ち込んで聞き流していたら、だんだん二人の会話の雲行きが怪しくなってきた。
気がついたら、シノがダークサイドの方に入れ代わっているし、野木が上から見下ろすように眉をしかめている。
「金のためとか言って、ただ遊びたいだけの淫乱なガキにどうこう言われたくないね」
野木の一言にきれたシノがゴミの袋を地面に捨てて、立ち上がる。
初めての展開に俺は慌てふためいた。
いつもなら、副主将としてクラブをまとめている野木がこんなに人に絡んでいく事は無いし、シノだって客商売が長いのだから、からかわれてもサラリと受け流すくらいの事はする。
自分が始めた会話からこうなった事に少し責任を感じながら、止めに入った。
「おい! やめとけ二人とも。野木も大会前だからってイライラしすぎだ。シノも言っていい事と悪い事がある。野木に謝れよ」
「黙れよ、ユーキ。お前こそガキみたいに失恋忘れるために身体売ってるくせに、偉そうにすんな」
いつもとは違うシノの低い声と、人を見下す冷たい眼差しが俺から言葉を奪う。
だいいち、シノの言う事は何も間違っていないので、その通りだと沈んだ。
「お前が黙れシノ。悪い、黛。コーヒー買ってきてくれ」
二人にしろという事だろう。野木がわざと明るく言い、財布を取り出した。
「でも……」
俺に責任が無いわけじゃない。
「おまえ病み上がりなんだから、面倒な事に巻き込まれんな」
笑って野木は俺に千円札をつかませた。
「わかったよ。でも野木も大会前なんだからちょっとは考えろよ……」
そう言って屋上を後にする。
野木のブラックコーヒーを買い、昼休み終了ギリギリまで時間を潰して、再び屋上のサビた扉をあける。
「じゃあ放っとけよ!!」
二人がいるはずの貯水タンクの裏から怒鳴り声が聞こえて、シノが早足でこちらに歩いて来た。
そのまま俺と目も合わせず、すごい音を立てて扉を閉めて出て行った。
あのシノを本気で怒ったらどんな恐ろしい人格になるのだろうと思っていたが、結果は野木の言ったとおり。潤んだ瞳をした、小学生のように幼い表情のただの菅原志乃だった。
「俺が休んでる間に何かあった?」
コーヒーと釣銭を野木に渡しながら聞いた。
「まあ、いろいろと。ややこしいから黛は首突っ込むな。おまえもいろいろ大変みたいだし……」
そう言うと野木は俺を見ながら笑顔で自身の首元を、人差し指でトントンと叩いた。
俺が自分の胸元に目をやると、制服の第一ボタンが開いていた。どうやら好岡に付けられた情痕が見えているらしい。
痕は付けない約束だったのに、と思いながらボタンを留める。
それにしても、どれだけぼんやりしているんだ俺。こんな情痕が万が一、三木にでも見つかるとややこしい。
まあ週末までには内出血の一つくらい消すさ。
少し口の端を上げたところで、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
週末、予想外に三木から会えないというメールが来た。
一瞬もう飽きられたかとヒヤリとしたが、理由を聞くとサークルの合宿だというので、精一杯拗ねて寂しがる内容のメールを送り返しておいた。
今のヒヤリを忘れないためにも、いつ三木に飽きられても大丈夫なように他の客を捕まえる決心をして、この週末の夜はDEEP BLUEに入り浸る事に決めた。
土曜の夜にDEEP BLUEの扉を開けると、週末の割には人が少ない気がした。
カウンターの中に吉野を見つけ、いつもの『適当に美味しいやつ』というカクテルを作ってもらう。
店内を見渡すと、あれ以来学校で言葉を交わさなくなった野木とシノの姿は見当たらない。
しばらくスツールに腰を下ろして、ある程度店が混み合うまで、カウンター越しに吉野と話をしていた。
一時間程して、店内を見回すとようやく賑わってきている。
さて、そろそろ獲物でも探すか……そう考えていると、吉野が小さく「仕事に戻るね」と言い残し奥のキッチンへ消えた。
その消え方が少し不自然に感じたが、入れ替わりに隣に座った男の姿を見て納得がいく。
「黛。ちょっといいか?」
変な悪夢にうなされて以来、ろくに顔を合わせれなくなった副担任が真剣な面持ちで隣に座る。
この一週間、俺の様子がおかしいと思ったのか、事あるごとに声をかけて来るのだが全て無視している。
今晩も例外では無く、シカトを決め込んでスツールを立とうとした。
「話したくないのはわかってる。でも、ちゃんと謝りたいんだ。その……この前の事……許してもらおうとは……」
「この前? ああ。授業中に俺が問題答えられなかったやつ?」
椎名の顔が曇った。
「別に気にしてないからいいよ、あんな事。俺がボーっとしてたのが悪いし。教師だからって、いちいち生徒の体調不良を気にしながら問題当てる必要ないでしょ? 椎名さんが謝る事無いよ。」
そんな理由で避けてた訳でも無い、とまたあの甘美な悪夢が脳にリロードされて少し眩暈を覚える。
こんな事を謝るために、一週間俺に声をかけ続けたのかと思うと、生真面目を通り越して本当にバカじゃないだろうかと一瞬自分の副担任が心配になる。
「もう俺行ってもいいですか? キングの買い物が隣にいると、客が寄って来ない」
何故か唖然としている椎名を放って、場所を換えようと自分のカクテルを手に取った時だった。
「兄さん……」
背中の方から、か細い女の声がした。
振り返ると、それは女ではなかった。
まだ声変わりもしていない幼い印象の少年。
その不安げな顔が、いつも悪夢で見る病院のベッドで横たわった少年の横顔に似ていると思った。
次回の話はちょっとしたターニングポイントなので少し長くなります。
週末に予約更新したせいでブログの方では一話早く公開していますので、気になる方はよろしければ→http://fno16.blog54.fc2.com/
読者数が不具合で把握できないため、どれくらいの方に読んで頂いてるのか謎です。・゜・(ノД`)・゜・。
また、話別の読者数で各話の反応なんかも確認できずに溜め息もんです。本当に読んでくれている方いるのだろうか┣¨キ(*゜Д゜*)┣¨キ
「目通してるよ〜☆」と言う方、一言でもコメント頂けると天にも上る勢いで喜んで、次話がんばれます。