深海魚の夜
作者の文章力の低さゆえ、性描写は少なくなると思います。それを期待していた方ごめんなさい。でも、どう転ぶか分からないため、念のため15禁にさせていただきます。
BLに御理解頂けない方、BLって何よ?って方はご遠慮下さい。
一、二、三、四、五、六。
一、二、三、四、五、六。
一、二、三、四、五……。
やっぱりあそこだけ一つ足りない。
小さな落ち着いたシャンデリアから垂れ下がる、キラキラと光る飾り。一番手前の部分だけ、六個ずつ着いているはずのガラス玉が一つ足らない。
それに気付いてしまっただけで、このシャンデリアがひどく安っぽい物に見えてしまう。
キラキラ光る飾りもガラス玉なんかでは無く、プラスチックに違いない。光り方が不自然だ。
でも、その方が相応しいのかもしれない。この場所にも、自分にも。
そんな事を考えていると、口の中を気持ち悪く這い回っていたものが抜けて、ようやく長いキスが終わった。
「え……。もう終わり?」
とりあえず、取って付けた決まり文句を甘えた声で囁いておく。
それに気を良くしたのか、相手の男が満足そうに目を細めた。
「続きは週末。なっ? ユーキは明日も学校だろ?」
それがわかっているなら、平日の夜にわざわざ呼び出すのはやめろ。
でも、おかげで今晩の夕飯は真っ当なものにありつけた。
俺はローテーブルに置かれた皿に視線を落とす。
「週末まで三木さんに会えないなんて……さみしくて死ぬかも……」
出来る限り小さな声で呟いて、男の袖をつかむ。
自分でも、心の片隅にも思ってないような嘘が、よくもこう口からポンポンと次々に出てくると思う。
本当に寂しいのは、週末までの夕飯がコンビニ弁当に変わる事だ。
まあ、ご馳走してくれそうな客は携帯にいくらでも登録されているから、実際はそう寂しくない。
「おまえ外では散々偉そうな口きいてる癖に、なんで俺の前だとそういう事言うんだよ。帰りづらくなるだろ――」
なんでと聞かれれば、そう思わせる事が相手を落とすのに一番効果的だったからだ。
困ったと口で言いながらも、嬉しそうな笑みを見せて俺の頭を撫でてくる。
俺は、しばらくこの三木という男をメインに仕事をするつもりでいる。
父親が政治家といっていたか、とにかく大学生とは思えない程、良い身なりをしている。ただ、趣味の悪い茶髪のせいで社会人には見えず、いいとこホスト、見方によってはただのヒモとか遊び人の類だ。
早くソファーから腰を上げてくれる事を祈りつつ、寂しそうな素振りを見せて三木の腕に抱きつく。
途端に隣の部屋から色っぽい喘ぎ声が聞こえた。若い男の声だ。
いいかげんにしろよ。俺は舌打ちを噛み殺した。
こう言ってはなんだが、俺は中性的な母譲りの容姿のおかげで、割と儲けさせてもらっている。体を売って金にしているとはいえ、日々の生活には困らないし、むしろその辺の高2の同級生に比べれば、ずっと豪華な暮らしをしている。
だからいくら金のためとはいえ、こんなカラオケボックスを改装した、ゲイバーの奥の、狭くて汚い個室で、客と寝ようとは絶対思わない。
俺はもっぱら待ち合わせと、軽食をすませる程度に使っている。バーだからフルコースとはいかないが、どこからかママが拾ってきたシェフ崩れの男は、俺の舌を満足させるだけの腕をもっている。特にデザートは、よく連れて行かれる会員制レストランのそれよりずっと俺の口には合っている。
隣から聞こえる喘ぎ声に興奮したのか、三木が「じゃあ、もうちょっとだけ」と、また唇を合わせてくる。
せっかくさっきので終わりだと思ったのに。
最後に食べたビスキュイショコラの味はすっかり消え、代わりに三木が吸っているキャスターの味しかしない。
三ツ星レストランのディナーも、有名ホテルのルームサービスも、自分の口の中に長く後味を残す事無く、いつもこうやって消えていくのだから、勿体無くてしかたない。
三木の腕に力が入り、ソファーに押し倒されてしまった。
こんな誰の体液が付いているかもわからないソファーが背中に触れるなんて、いいかげん嘔気がしてきた。
適当に相手に合わせて舌を動かしながら、窓に目をやると、艶めかしく透き通った白っぽい深海魚がゆるゆるとガラスに映っている。
制服の半袖から伸びた自分の腕だ。
深海魚は尾びれとも胸びれともつかない二本の白い触手をヌメヌメと動かし、深海の海草にまとわりつくように、茶髪に指を絡ませる。
そして光を一切反射しない真っ黒な目で、俺を見つめてこう言う。
お前の居場所はここだ。暗くて冷たくて、光の届かないこの深海だ。血迷って瞳に空を映そうものなら、体はぐちゃぐちゃに爆ぜてしまう。ずっとここにいろ。ずっとこの闇の中に、と。
キイィという小さい音をたてて、もともと少し開いていた部屋のドアが動いた。三木はキスに夢中でまったく気付いていない。
半分ほどドアが開くと、廊下の眩しい光が部屋に入りこみ、影で誰かが立って、こちらを見ているのが分かる。
部屋の中は照明が落としてあり、薄暗いため、明るい廊下の光が逆光で誰なのか見えづらい。
俺は舌を絡めたまま、眉間に皺を寄せて、目を凝らした。
立っているのは男だ。よれよれの安すそうなスーツを身にまとい、髪はボサボサ、三十前くらいの歳だろうか。
男同士がキスをしているのを見るのが初めてなのか、怪訝そうな眼つきで、見てはいけないものを見たかのように唖然として立ち尽くしていた。
明るい所で見れば健康的であろう、爽やかな顔立ちが、格好とは不釣合いに、汚れを知らない純粋な青年を表している。
そいつは、光を乱反射させる、まぶし過ぎる水面から、まるで覗き込むようにこちらを見つめていた。
特定の、それも売春や薬にまみれた汚れた人間しかいない、この無法地帯に、こんな明らかに汚れた事は何も知りませんと顔に書いてある人間がいる理由は、一つしか思いつかない。
こいつ、キングの買い物か……。
それはまるで、今まで元気よく、明るい浅瀬でサンゴ礁に戯れて泳いでいた熱帯魚が、海流に呑まれて、今から引きずりこまれる深海の闇を初めて目に映した様だった。
俺はゆっくりと落ちてくる熱帯魚を深海から見上げて、自分以外の男と舌が繋がったままニヤついた。
ようこそ深海へ。
もう明るい水面には戻れないよ。
拙い文章ですが読んで頂いてありがとうございます。
初BL作品ですが……。
もともと18禁で登録していたお話ですが、やっぱり18禁とか書く技術ねえな、ということで15禁であらたに登録しなおしました。
感想など頂けると天にも上る程喜びます。
でも苦情や中傷等は御容赦を。