やんでるちゃん①
新連載です。
よろしくお願いします!
「ただいまー」
「おかえり、恵」
家に帰った私、佐藤 恵は、真っ直ぐに部屋へと向かった。
「こら、手を洗ってから行きなさい。」
そうやってお母さんが怒ってきた。
「あとであとで。」
さっさと部屋に行きたかった私は、お母さんを適当にあしらって部屋へと走っていった。
「あの子は本当に。」
だから、お母さんの呟きなんて聞こえなかった。
部屋へと入った私は、着くなりゲームを起動させた。
目の前のテレビに映るのはたくさんのイケメンたち。
でも、この中で一番素敵だと思うのは無表情で、生きてるか死んでるかもわからない女の子だ。
彼女はこのゲーム、"ヤミツキ!学園乙女ゲーム"通称、ヤミ学の悪役令嬢だ。
でも、その中でも特に異質を放っているのは目だ。
ゲームの世界では誰もが持っているハイライトを失った目。
私はそんな彼女も素敵であると思うけど、ほとんどの人は彼女を見ると一線の距離を置いてしまう。
だから彼女は、その顔、瞳のせいで精神を病んでいる。
ヒロインであるプレイヤーの私たちがヒーロー達を笑顔と無垢で攻略しているのに対し、みんなから嫌われているヤンデレである彼女は恨みを持った。
だから、ヒロインが悲しむようにと最後のところでヒロインの前で自殺してしまう。
今はそのラストシーン。
正直推しが死ぬのは悲しい。
でも、ネットでは自殺する瞬間に彼女のトレンドマークであるハイライトのない瞳が光るのだという。
それがとても楽しみで、今か、今か、と自殺しようとする彼女を食い入るように見る。
その時、画面が止まった。
人形のように固まった。
だが、別におかしなことではない。
選択肢が現れただけだ。
「こんなのネットであったっけ?」
ネットでは、このまま成すすべなく彼女は死んでしまう。
けど、目の前にある選択肢には、
※助けにいく。
※このまま進む。
とある。
助けに行く、とはきっとヒロインパワーを使って彼女の自殺を止めるといことだろう。
そして、このまま進むとはネット通りに進むということだろう。
さっきも言ったが、推しが死ぬのはとても悲しい。
だけど、私は彼女の瞳にハイライトが宿る姿が見てみたい。
キラッ
動くはずのない画面が動いた。
彼女の目にハイライトが宿ったのだ。
きれいだな。
素直にそう思った。
これがネットのいう姿だろう。
さて、これで私が推しを助けない意味はない。
だから私は迷わず、
※助けにいく。
を押した。
その瞬間、後ろでガタッと音がした。
後ろにあるのはタンスだけだ。
かなり年季の入ったタンスでいつもグラグラしていた。
だから、ガタッという音はきっとタンスの寿命が来たのだろう。
「まずい。」
タンスの後ろは壁だ。
だから倒れるとしたら前に来る。
タンスの前にいる私は危険だろうと、自分にかかる影を見ながら思った。
どうにかしないとと思い周りをキョロキョロ見渡した。
だけど、この状況をなんとかできそうなものはなかった。
とっさに前を見た。
やんでるちゃん。
彼女にプレイヤー達がつけたあだ名だ。
死ぬ前だからか、ゆっくりと世界が動いているように見えた。
ゆっくり動くこの世界で、無表情のはずの彼女は笑っていた。
その光景に目が離せなくて、暗くなるまで見つめていた。
あぁ、きっと私は終わる。
最後に見た彼女の笑顔は驚くほど美しかった。
このまま世界が止まればいい。
そう思えるほどその画面吸い込まれていくような感覚だった。
彼女が幸せになりますように。
この世界からいなくなる私の叶わない願いを胸に儚く脆い世界が崩れていく様を見守った。
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