レイヴンvsリヴェリア
闘技場に吹き荒れる黒と金色の魔力。
二つの嵐はぶつかり合い、やがて一つの巨大な渦へと変化していった。
「なななななな、何だこれは⁈ 何が起こっている⁈ 」
「ひいいいっ!!!」
マクスヴェルトの張った結界は魔力も物理的な攻撃も防ぐ事が出来る。
しかし、それでは戦いの臨場感という物に欠ける。故に、今回はわざと衝撃が漏れる様に調整してあった。
勿論、狙いはレイヴンの値踏みをしようとしている連中だ。
嵐が吹き荒れる中、赤い目と金色の目が輝きを増した後、ようやく両者が姿をみせた。
「おお……なんという……」
それは誰の呟きだったのか、その場にいた全員が二人の姿に釘付けになっていた。
赤い目の輝きに、全身黒一色の鎧。そして黒い翼。
手に持つ魔剣は禍々しく形を変え、赤い魔力の雷を帯びていた。
その姿は正しく、魔人の名に相応わしい物であった。
一方、リヴェリアに起きた変化も劇的だった。
赤かった髪は金色に輝き、金色の瞳はやや緑がかった金へと変化していた。
白い肌には竜の鱗がくっきりと浮かび上がり、口元から覗く牙は獰猛な獣を彷彿とさせる。
手には美しく光を反射する白銀の剣。
そして何よりの変化は、レイヴンと同じく背中には白い翼が生えていた事であった。
黒と白。対照的な二人であったが、その身に宿した力は普通の人間では絶対に手が届かない領域にあると誰もが理解していた。いや、させられていた。
無言のまま構えを取る両者。
その構えもまた、対照的。
レイヴンは極端な程に重心を低くし、ダラリと垂れ下がった腕と剣が地面に付く擦れ擦れの位置を保ったまま黒い翼を広げていた。
さながら獲物を狙う凶暴な獣だ。
剣のみならず全身から吹き上がる赤い魔力はバチバチと音を立ててレイヴンの気迫が見ている者にも伝わって来る。
対するリヴェリアは、体を半身だけ開いた状態。
片手で剣を正眼に構え、自然体に近い状態で立つ。
白い翼はフワリと風に揺らぎ、優雅に佇む姿は見る者を魅了した。
先に仕掛けたのはレイヴンだ。
引き絞られた弓矢の様に一直線に飛び込んで行く。
それは一瞬の交錯。
眩い光と共にぶつかり合った衝撃が結界へと叩き付けられ、見ていた者達は悲鳴を上げて身を屈めていた。
「ひいやああああ……!」
何とも情け無い悲鳴が響く。
冒険者ですら目を背けた光と衝撃を貴族連中に耐えられる筈も無い。
光が収まる頃には既に戦闘が本格化していた。
鳴り止まない剣撃とぶつかり合う魔剣の力は闘技場の地面を陥没させていく。
「何だこの力は……」
「これが王家直轄冒険者の力だと言うのか……」
「そんな馬鹿な、これはもはや人間ではどうしようも……」
地形を変えてしまう程の力の衝突に誰もが度肝を抜かれていた。
自分達の知る冒険者の力とは、あまりに逸脱している。
何気ない剣の一振りが空間を歪めているのでは無いかと錯覚してしまう程の衝撃となって結界へ叩き付けられる。こんな攻撃をまともに受けたら跡形も残らないだろう。
決して二人の戦闘が見えている訳では無いのだ。
ただ、ぶつかり合う衝撃が二人の剣がぶつかり合った場所を教えてくれる。
幾度かの攻防を経て二人は距離を取った。
あれだけの攻撃を繰り出しておきながら、互いに息が上がった様子も無く平然と立つ様は、それだけで見る者を感嘆させた。
闘技場のあちこちから溜め息にも似た息遣いが聞こえて来る。
「その姿は初めて見る」
「今のお前を相手にするならこれくらいはな。まあ、あまり長くこの姿ではいたくは無いのだ。準備運動はこのくらいで良いだろう。皆の目もある事だし、早々に終わらせるとしよう」
レイヴンはリヴェリアがやはり力を隠していたのだと再認識した。
剣技に優れ、技で押し通すイメージの強いリヴェリアだが、これ程の力を持っているならば見た目以上に苛烈な攻撃方法も予測される。
手合わせ程度に考えていたレイヴンであったが、油断は出来ないと悟り気を引き締める。
「以前、魔物では無い者との混血だと言っていたな。ソレは何だ?」
「んー……今更隠す程でも無いのだが、今はまだ教えられん」
「……そうか」
今までの事が何でも無い事の様に、平然と言葉を交わす二人を見た貴族達は一様に青褪めた表情を浮かべていた。
彼等は巨額の報酬を支払い高ランク冒険者に依頼する事が多い。
当然、その実力は把握しており、SSランク冒険者こそが人間の最高峰であると認識していた。だからこそ、王家直轄冒険者などという大層な肩書きを持つ三人の事を大袈裟だと揶揄していたのだ。
特別な権限を与えられ、自分達の思うようにならない冒険者など邪魔でしか無い。
彼等にとって冒険者とは使い捨ての道具。金さえ払えば危険な仕事でも引き受ける。その程度でしか無かった。
「あ、あり得ない……こんな、こんな馬鹿げた事があってたまるか! SSランク冒険者とは人間最強の存在では無かったのか⁈」
いくら強いと言っても、たまたま功績を挙げただけ。その程度に考えていた。
しかし、どうだ? 目の前でぶつかり合う二人は人間の領域を遥かに超えている。
レイヴンという冒険者が魔物混じりであるとしても、常軌を逸しているではないか。
驚愕に顔を歪めた貴族達を他所に、リヴェリアは剣を鞘に納めて姿勢を低く構えた。
「先日、クレアにこの技を教えた。私が使う剣技で唯一名前のある技」
「……」
「クレアは一度で見極めた。お前に同じ事が出来るか?」
リヴェリアの雰囲気が一変する。
しなやかだった魔力の流れが一転して氷の様に張り詰めていく。
後方で見ていたクレアはゴクリと息を呑み、リヴェリアの動きを凝視していた。
初めて見た時と同じ構え。けれども、纏う圧力がまるで違う。
結界越しに感じる重厚な圧力はあの時の比ではない。
クレアは直感する。
リヴェリアは本気だ。
「レイヴン! 逃げて! その技を受け止めちゃ駄目!!!」
クレアの脳裏に浮かぶのは訓練場の半分を薙いだ斬撃の跡。
手加減しても尚、あの威力だ。
本気で放とうとしているリヴェリアの一撃は危険過ぎる。
「どうする? クレアはああ言っているぞ?」
挑発しているのだろう。
確かにリヴェリアから感じる圧力はこれまでとは違う。
レイヴンから見てもあの力の高まりは異常だ。
(正面から迎え撃つのは危険か。かと言って、こちらも引く訳にはいかない、か……)
クレアの見る目の鋭さはレイヴンも一目置いている。そのクレアが言うのであれば、リヴェリアの一撃はレイヴンの予測を上回る可能性がある。
「舐めるな」
レイヴンは魔剣を構え直すと、リヴェリアと全く同じ構えをとった。
その姿を見た瞬間。
クレアはレイヴンの異変を察知した。
「いつものレイヴンじゃない……」
「え? 私にはいつも無茶してるレイヴンさんと同じにしか見えませんけど」
「違うの! アレはレイヴンだけどレイヴンじゃ無い!!!」
「まさか……」
焦った様子のクレアを見たミーシャはツバメちゃんを召喚すると、クレアを乗せてマクスヴェルトのいる場所へと向かった。
ウィンドーミルの西の森でレイヴンが見せた姿が思い出される。
「マクスヴェルトさん!」
「ん? 何じゃ? 何かあったかの?」
「今すぐ見学に来ている人達を退避させて下さい!」
「何を言って……」
「これは勘です! とにかく早く皆んなを転移させて下さい!」
「勘? 儂の張った結界であれば、二人の攻撃が当たっても大丈夫じゃよ。それに、念の為に結界の使える者にも補助をさせておる。何も心配はーーー」
その時だった。
リヴェリアとレイヴンが互いに放った一撃は闘技場の中央でぶつかり合い、行き場を無くした衝撃がマクスヴェルトの張った結界に亀裂を生じさせた。
(おいおいおいおいおいおいおい!!! ちょっとちょっとちょっと!!! 嘘でしょ⁈ やり過ぎだよ二人共!)
マクスヴェルトは指を鳴らして即座に転移魔法を発動させた。
間一髪のところで転移が間に合ったおかげで怪我人は出なかったものの、闘技場は破壊され、貴族達が座っていた場所は深く抉られていた。
今回発動させた結界は世界を隔てる壁に使用している物と同じ。
つまり、レイヴンには破壊不可能な代物の筈。
しかし、レイヴンとリヴェリアの二人の力の前には歯が立たなかった。
当然、そういう事態も当然予測していた。だからこそリヴェリアの部下を借りて結界を補強する手筈を整えていたのだ。
(勘弁してよ……。二人が報せに来るのがもう少し遅かったらヤバかった)
予想外だったのはレイヴンの成長速度。
魔物と戦い続けるレイヴンが成長するのは当然だ。だが、ここまで力を増しているとは思いもしなかった。
そんなレイヴンの力に合わせて力を解放したリヴェリアも大概だ。
元竜王の名は伊達ではない。
(此処までやるつもりなら言って欲しかったよ……)
「ミーシャお姉ちゃん! レイヴンが!」
クレアの指差した先、土煙の隙間から覗いた光景にハッとする。
禍々しい魔力を纏ったレイヴンがリヴェリアを圧倒していたのだ。
その口元は不気味に吊り上がり、赤い目には狂気が宿っている様に見える。
対するリヴェリアも負けてはいない。
更なる力の解放により、レイヴンを押し返し始めた。
際限なく高まる二人の力は周りの事など何も考えてはいないかの様に、ただ闘争のみに向けられていた。
(もう!何やってるんだよ! リヴェリアまで雰囲気に呑まれてしまっているじゃないか!)
マクスヴェルトはもはや昇格試験どころでは無いと判断して姿変えの魔法を解いた。
「くそ! 予定変更だ! 二人は危ないから隠れてて!」
「うえぇ⁉︎ マ、マクスヴェルトさん⁈ 」
少年の姿に戻ったマクスヴェルトは舌打ちをすると、レイヴンの元へ転移した。
転移先は対峙する二人の中間地点。
そこは魔剣の猛威が遅い来る死地。
それでもこの戦いを止めなければならない。
本来の目的から逸脱した戦いは、悪戯に被害を拡大させるだけ。
無意味だ。
「二人共剣を納めろ!!!」
最大出力で展開されたマクスヴェルトの結界に魔剣が阻まれるかと思いきや、力を増した二人の魔剣は、結界など御構い無しとばかりに結界を突き破ってしまった。
(駄目かっ…!)
「くぅっ……!」
もう駄目だと目を閉じたマクスヴェルトは、二人の刃が自分に届かないのを不思議に思い目を開けた。
「正気に戻りやがれ!」
「お嬢! そこまでです!」
意識を取り戻したランスロット達がレイヴンとリヴェリアにしがみついていた。
(た、助かったぁ……)
間一髪のところで助かったマクスヴェルトはその場にへたり込んだ。
全く冗談では無い。
「何だお前達? 必死な顔をして」
「もうっ! しっかりして下さいよお嬢!」
「ふふふ、そうかそうか。安心しろ。私は正気だ」
「え⁈ だって今……」
リヴェリアは剣を鞘に納めると、力の封印を実行した。
「やれやれ、良いところであったのに。なあ、レイヴン?」
「ふん……」
いつもの無愛想な顔をしたレイヴンがゆっくりと歩いて来た。
「どういう事だ? さっきは完全にいつもの感じじゃ無かっただろ」
「何も変わらない。手加減をする必要の無い相手と戦うのは初めてだったからな。リヴェリアに付き合っていただけだ」
「ふふふ。そういう事だ。たまにはこういうのも悪く無い」
一同はその場にへたり込むと盛大に溜め息を吐いた。
「勘弁してくれよ……俺はてっきり二人共マジになっちまったのかと思ったぜ」
「ほんとよね。お嬢、今日のオヤツは抜きですからね」
「な、なななな、何でそうなるのだ⁉︎⁉︎ 」
レイヴンは鎧を解き肩の力を抜く。
全力での戦闘という前提は、実はレイヴンにとっても有り難かった。
魔剣の呪いが解かれて以降、自分の限界点を探る機会が無かったからだ。リヴェリアの思惑に乗ってしまった気もするが、茶番に付き合った礼とでも思ってくれれば良い。
「レイヴン……」
「大丈夫だ。心配ない」
「うん……」
目の前に立つレイヴンはいつものレイヴンだ。
けれど、クレアにはあの時感じた違和感が拭えないでいた。
「リヴェリア。試験は合格で良いんだな?」
「ん? ああ、問題無い。試験は合格だ。本来なら試験などしなくとも、王家直轄冒険者の証を持つ者はSSランク以上の資格を有している」
「……何だと?」
「ふふふ。少しはその証が役に立つと分かったか? お前は嫌うだろうが、賢く生きねばままならん事もある。覚えておくと良い」
「……」
「それにな、私が知りたかったのは、お前がSSランクになりたいと思った理由だけだ。権力を嫌うお前が自由を奪われるのが私には耐えられなかった。だが、剣を交えてみて良く分かった。今日の戦いを見た貴族達も迂闊に手を出す事は無いだろう。後は好きにすると良い」
「……」
レイヴンはリヴェリアの意地悪な表情を見て、やはりかと思って呆れていた。
「良かったですね!」
「ああ……」
「お腹空きましたね。ランスロットさんの奢りで食事に行きましょう」
「それ良いわね」
「良い提案です。僕は何にしましょうかねえ」
「待て待て! 何でそうなるんだよ! ここはリヴェリアが奢るところだろうが!」
「私か? 無理だ。ユキノとフィオナに財布を握られておるからな! あはははははは!」
「なんだそりゃ……威張って言う事かよ」
楽しそうに話をする皆を見ながら、レイヴンは次の目的の事を考えていた。
そう、オルドに会いに行くのだ。
「ミーシャ、オルドの居場所だが……」
「それは食事が済んでからですよ! さあ、行きましょう!」
「……」
レイヴン達はマクスヴェルトの転移魔法で闘技場を後にした。




