昇格試験
久しぶりに中央へ戻って来たレイヴンは、お祭り騒ぎの様な街の様子に戸惑っていた。
元々人口も多く賑やかな街ではあったが、行き交う人々が皆、レイヴンをジロジロと見ている。
それもいつもの事と言えばそうなのだが、どこかいつもと違う。
「何だか嫌な感じですね」
「気にするな。さっさと用事を済ませてしまえば問題無い」
「そうですけど……。クレアちゃんには会って行かないんですか?」
会う事にはなるかもしれない。けれど、あんな別れ方をしておいて、どんな顔をして会えば良いのか分からない。
今は先に組合で手続きを済ませてしまおう。
組合の前には見た事の無い人だかり。
その中央で腕を組んで立っていたのはリヴェリアだ。
「待っていたぞレイヴン!!!」
「……」
後ろにはランスロット達が同じく腕を組んで立っているのが見えた。
どうして横一列に並んでいるのだろう。
若干皆の顔が赤くなっている。
(具合でも悪いのか?)
フィオナの後ろからクレアが此方を見ているのに気付いた。
だが、目が合うとフィオナの背に隠れてしまった。
(やはり怒っているか……)
無理もないと思いつつ、レイヴンはこの茶番について訊ねる事にした。
無視しても良いが、どうせ昇格試験の相手はリヴェリアだろうと予想していたからだ。
「これは何の真似だ? 待っていたと言う事は、俺が戻って来た理由はちゃんと分かっているんだろうな?」
「ああ、勿論だとも。だが、理由については個人的に聞かせてもらう」
「……?」
「まあ、楽しみにしていろ。誰か案内してやってくれ」
(楽しみ?)
リヴェリア以外は一言も発する事もないまま準備室に通された。
普通であれば試験を受けるだけでこんな場所まで用意する事は無い。
「レイヴンさん、何ですかこの状況? 他の皆んなも様子が変でしたし……」
「俺に聞くな」
ミーシャは試験を見学したいと言って付いて来ただけ。
何故だか一緒にここで待っていろと言われたのだ。
暫く待っていると何らかの魔法が作動するのを感知した。
部屋の外に突然出現した人の気配は数人やそこらでは無い。かなりの数だ。
(一体何だ?)
すると部屋のドアが開き、クレアが顔を覗かせた。
「レイヴン……」
「クレア……。その……なんだ、元気にしていたか?」
「うん……」
クレアはミーシャの後ろに隠れると、それきり顔を見せてはくれなくなった。
仕方のない事だが、少し寂しいものだとレイヴンは感じていた。
「レイヴンさん、レイヴンさん」
「何だ?」
ミーシャに抱き着いたクレアの頭を指差して何やら催促している。
どうやら撫でろと言いたい様だ。
(……まあ、それくらなら)
「……レイヴン、頑張ってね」
「ああ」
「ふふ、良かったですね」
「……行ってくる」
組合の職員に案内された先は訓練場。
ではなく、中央で一度も見た事の無い闘技場だった。
こんな場所があったとはレイヴンも知らない。
先程感じた魔法で転移させられたらしい。
(マクスヴェルトか……)
周囲を取り囲む客席には見物に来た連中で満席になっている。
身なりの良い者が多く、冒険者の姿は疎だ。
「ふふふ。よく来たなレイヴン!」
「俺は試験を受けに来ただけだぞ。こんな茶番に付き合う気は無い」
全くどうしてこんな事になっているのか理解不能だ。
中央で試験を受ければ手間が省けるだろうと思ったのに、これでは意味が無い。
「お嬢さっきも似た様な事言ってたわね。気に入ったのかしら?」
「ダメよ。お嬢は今、機嫌良いから」
「さっきまで物凄く機嫌悪かったのに……」
「まあまあ、二人共そのくらいにしましょう。レイヴン相手に何処までやれるのか分かりませんが、お嬢たっての希望ですし……」
「んな事どうでも良いけどよ。俺たち五人で相手するんだろ? 気が乗らねえなぁ」
「私もだ。レイヴンの実力は知っている。我々が束になってかかっていたった処で時間の無駄だ」
「いや、それはちょっと卑下し過ぎじゃないか? 悲しくなるぜ……本当の事だけどよ」
(五人同時? 面倒な……)
たかが昇格試験に大層な事だ。
こんな場所まで用意してやる事とは思えない。
「煩いぞお前達! 理由は先程説明したではないか!」
「だってよお……。フィオナが血相変えて呼びに来るから何事かと思ったのに。なあ、ゲイル?」
「全くだ。今更実力の証明をせずとも、自分で好きに戦えば良い。それであれば私も興味がある」
リヴェリアは呆れた様にため息を吐く。
「私の言った事を何も理解出来ておらんではないか……。まあ良い。さっそく始めよう。手加減は不要。本気で戦ってもらう」
リヴェリアの宣言を聞いた見物人達に響めきが起こる。
「今回は良い品定めの機会になりそうですな」
「王家の許可があるからなどど偉そうにしているだけの奴等が、どれ程の物か見せて貰おうではないか」
「しかし、SSランク冒険者をあれだけ同時に相手をするというのは流石にハッタリが過ぎる気がしますな」
「如何にも剣聖の考えそうな事だ」
(成る程。本当に面倒な事になっている様だな。いや、これはわざとか?)
「ふふ、察したか。色々言いたい事はあるだろうが付き合って貰うぞ」
「見せ物になる気は無い。アイツらがどう思おうが俺には関係無い事だ。それと、俺はSSランクになったところで誰の指図も受ける気は無い。本当はこんな試験すらどうでも良い。だが、Cランクのままでは格好が悪いのでな」
「格好? よく分からんが、とにかく始めるとしよう。心配しなくとも、この場はマクスヴェルトが結界で覆っている」
「そうか」
ランスロット達と向かい合ったレイヴンは、特に構える事もせずに開始の合図を待っていた。
こんな茶番はさっさと終わらせるに限る。
「おい、レイヴン。一応やるからには手加減無しだぜ?」
「ああ。だが、まあ……」
「何だよ? はっきりしねえな」
「気にするな」
リヴェリアは本気でと言った。
ならば、お言葉に甘えるとしよう。
ランスロット達ならそう簡単に死にはしないだろう。
「おお! やっと始まる様ですぞ」
「王家直轄冒険者がどれ程のモノか見せて貰おう。まあ、善戦する様なら飼ってやっても良いがな」
わざと聞こえる様に言っているのが丸分かりだ。
「それでは、これよりSランク昇格試験を開始します。この試験に合格した者はSSランクへの昇格試験への挑戦権を得ます。……始めッ!!!」
試験官の開始の合図と同時、“四つ” の激突音が闘技場に響いた。
「ふむ。腕を上げたな。新しい体にはもう慣れたようだ」
「良く言う。今の一撃で私も倒せた筈だ」
「まあな」
「くっ……!」
始めの合図と同時、レイヴンの攻撃を受けたランスロット、ユキノ、フィオナ、ライオネットは一撃で闘技場の壁まで吹き飛ばされてしまった。
壁に広がる亀裂の大きさが衝突の凄まじさを物語っていた。
「確認する。約束は一年。覚えているか?」
「無論だ。私は一度交わした約束は必ず守る。騎士の誓いを疑われるのは心外だ」
「なら良い」
確認の終わったレイヴンはゲイルの腹に拳を叩き込むと、同じく闘技場の壁まで吹き飛ばした。
(良し。全員生きている様だな)
やり過ぎた感は否めないが、本気でと言ったのはリヴェリアだ。
文句があるならリヴェリアに言ってもらうとしよう。
「おい、試験官。終わったぞ」
「え……? あ……し、試験終了! そこまで!」
Sランク一名。SSランク四名を相手にして剣も抜かないまま倒してしまったレイヴンを見た貴族達は、何が起きたのか分からずに目を見開いたまま固まっていた。
始まりの合図と同時に目を瞑ってしまった者はさらに悲惨だ。
目を開けた時には壁に叩き付けられた冒険者が横たわっていたのだから。
「な、何が起こった⁉︎ 」
「一瞬だと⁈ いやいや、あり得ん! 相手はSSランクの冒険者だぞ⁈ 」
「そ、そうだ! アイツらは確か剣聖の部下達。一部そうでは無い者もいるが、わざと負ける様に仕向けたのかもしれん!」
「そうか! そうに違いない! 相変わらず小癪な真似をしおって」
「しかし、これは問題ですぞ。こんな八百長がまかり通っているなど、中央冒険者組合に査察を申し込むべきでしょう」
「おお! それは良い!」
同じく客席で見ていた冒険者達は貴族達の勘違いに顔を顰めていた。
昇格試験で八百長などあり得ない。
そんな事をしても強くなれる訳でも箔がつく訳でも無い。自分の首を締めるだけの事。
あのレイヴンという冒険者が強過ぎるのだ。
SSランク冒険者になれるのはほんの一握りの強者だけ。同じ冒険者として、それが如何に高い頂きなのかはよく理解している。特に、この中央を拠点とする冒険者であれば、その実力に疑いを持つ者など一人もいない。
噂でしか聞いた事の無い王家直轄冒険者の実力とやらを間近で見る為に、わざわざ他の依頼を断ってまで駆け付けた甲斐はあった。
勘の良い者はリヴェリアが用意したこの舞台の意味に気付き始めていた。
普段は関心を示さず、金ばかり数えている様な貴族連中がいるのはおかしい。
「さっさと出て来いリヴェリア」
「待て待て。ランスロット達の手当が先だ。やれやれ、一撃とはな……」
「本気で良いと言ったのはお前だ」
事も無げに言ってのけたレイヴンを見たリヴェリアは考えを改める。
以前見た時も驚いたが、マクスヴェルトから聞いた、また強くなったと言う話は本当らしい。
「それにしては良い手加減ではないか」
「殺し合いに来た訳では無い。それと、最近コツを掴んだのでな」
「ほう……」
レイドランクの魔物と戦う為の装備を纏ったランスロット達を素手で倒してしまう。なんとも馬鹿げた力だ。
しかし、これでは貴族達にはレイヴンの強さがイマイチ伝わらない。
もっと分かり易く派手な戦闘の方が良さそうだ。
「レーヴァテイン、何処までならいけそうだ?」
『出来れば第六。しかし……』
「時間稼ぎにもならんか」
『はい』
リヴェリアの力の解放には制限がある。
今のレイヴンを相手するには少々厳しい。
「ならば第八を基本とし、段階的に第十段階まで解放せよ」
『しかし、それでは……』
「心配無い。そう長くはかからん」
リヴェリアはレイヴンと向き合う。
こうしてまともに対峙するのは初めてだ。
自然と気持ちが昂る。
「すまん。待たせたな」
「構わない。始める前に聞いておきたい。何処までやれば良い?」
「おお、それもそうだな」
レイヴンは素手の方が強い。
半信半疑であったが、それは今証明された。
しかし、このまま素手で戦われたのでは派手さに欠ける。
「魔剣を使え。終わりのタイミングは私が決める」
「……」
「不満か? だが、素手で私の剣を止められるなどとは思わない事だ」
「……良いだろう。さっさと終わらせてくれ」
「ふふふ。少しは楽しめ」
「くだらん」
「愛想の無い奴め。試験官、離れていろ。開始の合図は必要ない」
試験官が慌てて去った後、二人は静かに剣を抜いた。
「さあ、始めようか。レーヴァテイン!!!」
「起きろ……」
ーーードクン!
心臓の鼓動に合わせて二人の魔力が結界内に嵐となって吹き荒れた。




