レイヴンとマクスヴェルト
セス達をライオネットとロイに任せ、レイヴンとマクスヴェルトは南で発見した未踏領域の入り口へ向かう事にした。
暫く無言のまま歩いていたマクスヴェルトが何かを察した様に口を開いた。
「で? 聞きたい事があるんでしょ? 僕も久し振りに気分が良いから、分かる範囲でなら答えてあげるよ」
「ルナの記憶の事だがーーー」
「あー、それは無理」
「おい……」
答えると言ったばかりなのに、いきなり無理だなんて馬鹿にしているのだろうか。
レイヴンは苛立ちを隠しもせずにマクスヴェルトを睨み付けた。
「そんなに怒らないでよ。本人がそう言ったきり誰とも会話しようとしないんだ。警戒しているんだと思うけれど、多分レイヴンが会いに行くまで喋らないと思う」
「そうか。体の方は大丈夫なのか?」
「問題無いよ。適度に体を動かして慣れておく様に言ってあるし、新しい体への適応速度も速い」
「なら、良い」
マクスヴェルトは隣を歩くレイヴンの横顔を見ながら思う。
“そんなに心配なら側に居れば良いのに”
だが、マクスヴェルトはその言葉を飲み込んだ。それを言ってしまったら、置いて来たクレアはどうなんだという話になる。
どんなに不器用な選択であったとしても、レイヴンなりの考えに口を出すのは野暮という物だ。
「他に聞きたい事は無いのかい?」
「いや、もう充分だ……」
「そっか」
いつもならどうして此処にいるのだと問い質す所だ。
けれどレイヴンは、それ以上何も聞かなかった。
管理指定ダンジョン内に未踏領域があるのは珍しいと言っていたマクスヴェルトであったが、神殿の様な建築物を見た途端に『ああ、なるほどね』と何やら一人で納得していた。
「おい、説明しろ」
「君、本当に僕に対して口悪いよね」
「そんな事はどうでも良い。で? どうなんだ?」
「此処は遺跡。元々あった遺跡の上にダンジョンが出来た特殊な場所って事だね」
「遺跡? 入り口にも同じ様な空間があった。この先はダンジョンでは無いのか?」
入り口で見た神殿の様な造りと同じ。
であれば、この先もダンジョンである可能性は充分に考えられる。仮にそうでは無かったとしても貴重な宝が眠っている可能性もあるのだ。
「まあ、ダンジョン化はしているだろうね。入り口は見ていないけど、多分それは誰かが後で作った物だろうね。この場所が遺跡だという文献が残っていた場合のブラフと考えれば納得出来るんじゃない?」
「なるほど」
「で、入らないの?」
探索しても良いが時間がかかる。
ダンジョンの外がウィンドミールの街で無ければ多少無茶も出来るのだが、流石にそんな真似は出来ないし、またミーシャに小言を言われてしまう。
「魔法で内部構造が分かったりしないか?」
「君さあ、僕の話覚えて無いでしょ。魔法は万能じゃあ無いんだよ。ま、僕なら出来るけど」
「……」
マクスヴェルトが指を鳴らすと目の前にダンジョン内の光景が映し出された。
(ステラが使っていた魔法と同じ物か)
内部は思っていたよりも明るい。
あちこちで崩落が起きて、地中にあった光る鉱石が剥き出しになっているのが原因の様だ。
魔物の姿もチラホラと見えるが、特別厄介そうな魔物はいない。そうなると、あまり良い物は無さそうだ。
「ん? 待て、今の場所をもう一度」
「特に気になる所は……」
崩れた祭壇の様な場所に光る物体があるのが見えた。
見間違いでなければ、あれは剣だ。
そして、その奥の方に見える石像には見覚えがある。
「リヴェリア……?」
「え? ……本当だ。確かにそっくりだ」
「おい、あの場所に転移出来るか?」
何故こんな場所にリヴェリアそっくりの石像があるのか分からないが、興味が湧いて来た。
あの剣も見てみたい。
遺跡で発見された剣なら、それなりの値が付く筈だ。
「だからさあ、万能じゃ無いんだって。これも僕なら出来るけど」
「いいから早くやれ」
やれやれといった風に首を振ったマクスヴェルトが指を鳴らすと、景色が一変した。
目の前にはリヴェリアそっくりの巨大な石像が立っており、足元の祭壇には結界で護られた剣があった。
美しい白鞘。
けれど、随分と刀身が細い。
(初めて見る形の剣だな)
魔剣では無さそうだ。
刀身を直接見る事が出来れば凡その価値も分かるのだが、結界が邪魔で触る事が出来ない。
(不用意に破壊して罠が作動しても面倒だな)
レイヴンは早速辺りを調べてみたが、石像と剣以外には特に変わった物は無い。
ただ、この場所だけ魔物の気配が無かった。
「分かった。これは墓だ。あの結界が瘴気を浄化しているんだよ」
「墓? 一体誰の? リヴェリアは生きているぞ?」
「そんなの分かってるよ。でも、これだけリヴェリアに似た姿の石像だ。何か関係があるのかもしれないね」
(墓か……)
剣の価値には興味があったが、墓荒らしをするつもりは無い。
「帰るぞ」
「そうだね。また今度リヴェリアに聞いてみよう。ていうかさ……」
「何だ?」
「ずっと気にはなっていたんだけれど、その姿を変えた魔法……」
(チッ……)
敢えて触れない様にしていたというのに面倒な奴だ。
そう思いながらも、マクスヴェルトなら魔法を解けるのではないかと淡い期待が沸き起こる。
「依頼の為に一時的に姿を変えているだけだ。もうすぐ解除の予定だが、お前に解けるなら解いてくれ」
「解けないよ? その魔法」
「は?」
思わず間の抜けた声が出てしまったレイヴンは、マクスヴェルトの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
賢者が解けないと言ってしまったら、どうにもならないではないか。
「説明しろ……! 解けないとはどういう事だ?」
「言葉のままの意味さ。その魔法は確かに凄いけど、解除出来ない。というか、呪いなんかと違って、魔法を発動した時点で効果が終了しているから解除も何も無いんだ。元の姿に戻りたいなら、もう一度上書きする他無いね」
「上書き? 何だそれは?」
「同じ魔法をもう一度かけるのさ。それより離してよ」
「……」
レイヴンはマクスヴェルトを降ろすと、珍しく深い溜息を吐いた。
姿を変えると言っても、こんな結果は望んでいなかった。これではオルドに会うどころの話では無い。
「そんなに元の姿に戻りたいのかい?」
「当たり前だ。俺は男だぞ」
「僕としては君の元の無愛想な顔よりも、その姿でいる方がずっと良いと思うけどね」
「お前の好みなど聞いていない。それよりも、お前にも同じ魔法が使えるのか?」
小人族の魔法がマクスヴェルトに使えるのか不明だ。
「使えるよ? ただ、その魔法は少し変わった術式を使っている。少なくとも人間の使う魔法じゃない。誰がやったのさ?」
「小人族のフローラという魔法使いだ。自分で作った魔法だと言っていた」
「小人族……東の奴等か」
「……?」
「他にも仲間はいたかい?」
どうしてそんな事を聞くのか疑問に思いはしたが、特に隠すような事でも無い。
「いいや、この大陸には自分一人だけだと言っていた。それと、外界の事も知っていたぞ」
「君って奴は……どうして、こうもトラブルばかり引き寄せるんだろうねぇ」
「どういう意味だ?」
「それはまた今度説明してあげるよ」
マクスヴェルトが指を鳴らすとレイヴンの姿が元に戻った。
「そのフローラって奴は自分で作ったつもりなんだろうけど、実は昔から存在している魔法なんだ。でも、この魔法はある種の禁忌。性別、声、容姿、何でも思いのまま。そんな魔法が広まりでもしたらどうなるか分かるよね?」
「ああ……」
別人になってしまえる魔法は使い方を誤ると悪用されかねない。
それはそうなのだが、フローラには悪意は無かった様に思う。いや、悪意が無いからこそ恐ろしいのだろう。
「全く、これだから東の連中は嫌なんだよ。研究に没頭するあまり、善悪の区別すらつかない。悪い事は言わない。外界に行く事があってもなるべく関わらない方が良い」
「……」
マクスヴェルトがこれだけ怪訝な顔を見せるのも珍しい。
滅多な事で他人を悪く言わない。
(東の連中の事を知っている風だが……)
「兎に角、関わらないに越した事は無い。皆んなの所へ戻ろう」
「待て」
「何だい? まだこの場所に用があるのかい? 」
「この場所を封印出来るか?」
マクスヴェルトは少し考えた様な素振りを見せた後レイヴンに問いかけた。
「どうしてさ? ライオネットに封鎖してくれる様に頼めば良いでしょ?」
「……墓は静かな方が良い。また誰かが荒らしに来ては死者も迷惑だろう」
マクスヴェルトはレイヴンから出た意外な言葉に驚いていた。
周りの事に興味を示さないレイヴンの発言とは思えない。
だが、面白い。
成長したのは力だけでは無い様だ。
「……やっぱり君って変わってるよね。良いよ。お安い御用さ」
本来の姿に戻ったレイヴンを見たセス達の反応は様々だった。
けれど、概ね好意的に受け入れられた様だ。
ロイだけは残念そうな顔をしていたが、知った事では無い。
やはり元の姿は落ち着く。
「あーあ、クレアちゃんに見せたかったのに……」
「見せなくて良い。あれは依頼の為だ」
「フローラちゃんはどうするんですか? 」
(そう言えば……)
フローラは魔法を解除する方法を探すと言い、マクスヴェルトは魔法は解除以前の問題だと言った。
つまり……。
(適当にやったら出来た。そんな所か……)
確かにマクスヴェルトの言う通り、癖があるらしい。
「いずれ顔を見せるだろう。街へ戻るぞ」
「ぶー!」
「うるさい。さっさと支度をしろ」
街へ戻った後は素材の換金を済ませるだけ。
依頼の条件を果たせなかったレイヴンの取り分は無い。
今回は報酬以上の成果があった。
「先生、本当に良いんですか?」
「構わん。その金はお前達の物だ。好きにすると良い」
「でも、こんなには……」
「俺達は先生に助けられてばかりで結局何も出来なかった……」
初めのうちは稼ぎの殆どが武具の手入れに費やされる。稼げる時に稼いでおかなければ、次の依頼に差し障るのだ。
遠慮している場合では無い。
本当なら褒めるべきなのかもしれない。
それでもレイヴンは、それを良しとはしなかった。
「邪魔が入ったのは残念だった。しかし、それを抜きにしても依頼の内容は散々だったと言わざるを得ない。お前達にも自分に足りない物が理解出来た筈だ。もう一度オルドの元で学ぶ事だな。力だけでは冒険者は務まらない。肝に銘じておけ」
「「「はい!!!」」」
一通の手紙から始まった依頼はこうして幕を閉じた。
終わってみれば心配していた程の事も無く、呆気ない物ではあった。けれど、彼等から教えられた事、気付かされた事はとても大きい。依頼の報酬としてこれ以上の物は無いと断言出来る。
「レイヴン、これからどうするのですか?」
「オルドに会う前に一度中央へ戻る」
「中央にはまだ帰らない……か。そうよね、まだ一年経っていないし、クレアちゃんにも……って、え⁈ 今、何て?」
「中央へ戻ると言った」
「聞いておいて何ですが、一体どうして?」
レイヴンにとって中央は居心地が悪い。
だが、今回は目的がある。
「俺は、今日限りでCランク冒険者を辞める」
「「「「えええーーーッ⁉︎⁉︎ 」」」」




