光。報われた想い。
(おかしい。こんな筈では……)
ミーシャとフローラの二人を問いただそうとしたのはレイヴンの筈なのに、いつしか形勢は逆転してしまっていた。
依頼を破棄した事と、レイヴンである事をセス達にバラしたと告げた後からの二人は、水を得た魚の様にレイヴンにまくし立てた。
曰く、ダンジョンに道を作った時に死にかけた。
曰く、ダンジョンの主を演じる羽目になったのはレイヴンのせいだ。
曰く、もう少しそのままの姿でお願いします。
曰く曰く曰く曰く……次から次へとここぞとばかりに喋る。
兎にも角にも一番の問題は、なんでもダンジョン内部を貫く巨大な穴が出来た時の衝撃と余波で、フローラが使った姿替えの魔法を解除する為の素材を持つ風鳴の怪鳥が全滅してしまったのだと言う。
言われてみれば二人にこの魔物を倒す力は無い。
というかだ、倒せもしないのに、どうして二人でこんな場所に来たのか疑問である。
「時間が無かったんだ」
「時間って……だからって何でそんな無茶しちゃうんですか⁈ 」
「い、いや、これは……」
「そうよ! せっかくレイヴンを元の姿に戻してあげようとしてたのに!」
(嘘だな……)
素材となる筈だった怪鳥が死んでしまっては、セス達ががっかりするだろうというミーシャの発案にフローラが力を貸したのが真相らしい。
レイヴン以外、誰も疑問を抱かなかったのも、空間全体に催眠効果のある魔法を展開していたからだそうだ。
「ん? 待て。何故、俺だけ魔法にかかっていない?」
「それは貴方が魔物混じりだからよ。あのハトはーーー」
「ツバメちゃんです!」
「えーと、ツバメちゃんは精霊だもの。それがあの大きさでしょ? 魔物の血と精霊は相性悪いから、私の魔法よりもそっちの方が勝っちゃったってわけ」
「なるほど」
理由は分かった。
しかし、それならそうと言えば良い。
「先生。魔法って?」
「いや、気にするな。それよりもすまなかった。俺が無茶をしたせいで、せっかくの怪鳥を倒してしまった……」
調子に乗っていたと言わざるを得ない。
あまりに愉快な事が多くて浮かれていた様だ。
「そんなのもう良いよ」
「しかし、お前達の初依頼が……」
セス達にとって今回の依頼は大事な物だったろう。邪魔が入った事もそうだが、最終目的である風鳴の怪鳥を倒してしまったのはレイヴンだ。
「僕達が目標にしてる最強の冒険者の戦いをこの目で見られたんです。それに勝る経験はありませんよ」
「だな! あんな凄いの見られるとは思わなかったよ」
「いつか私達も先生みたいになりたいわ」
(俺の様に?)
「ふふ…」
「な、何だ?」
「良かったですね! レイヴン先生!」
「……あ、ああ」
レイヴンを小突いて来たミーシャは嬉しそうにしていた。
「僕達は強くなりたいだけで冒険者になったんじゃないんです」
「なら、何故?」
「俺達が育った孤児院を維持する為に、世界中を旅しながらお金を稼いでるって聞いたからだよ」
「先生が支援してくれた孤児院で育った僕達が、せめて自分達が育った場所にお金を入れる事が出来たら、少しでも恩返しになるんじゃないかと思って。皆んなで相談して決めたんです」
蒔いた種は花を咲かせ、やがて次の種を蒔く。
そしてまた、世界を明るく照らすのだ。
(ああ……そういう事だったんだな。ルイス、やっと君の言った言葉の意味が分かったよ)
花を植えて世界を照らす光を作る。
それはとても根気の要る事だ。
何度も何度も何度も何度も、“もうこんな事は止めよう” “やるだけ無駄だ” そんな言葉が頭を過った。
それでも進み続けたレイヴンの明日を目指す戦いは今、実を結び現実として実感出来るまでになった。
ルイスの言葉の意味がようやく理解出来たレイヴンは、自分の中に暖かい物が宿るのを感じていた。
「先生、泣いてるの?」
「大丈夫? どこか具合でも悪いの?」
いつしかレイヴンの頬を大粒の涙が伝っていた。
「あ、いや、これは……違う。何でもない」
拭っても拭っても、涙は自然と溢れてくる。
深い深い暗闇に、ようやく見えた一筋の光。
それはとても温かくて、心地良い。
誰かに認められたい訳でも、褒められたい訳でも無い。
只々、報われた事が嬉しかったのだ。
力だけでは決して手の届かない温もりが確かにそこにある。
「……何をしている?」
「小さい頃、私が泣いている時によくこうして頭を撫でられたので」
ツバメちゃんに乗ったミーシャがレイヴンの頭を優しく撫でる。
「俺は子供じゃない」
レイヴンは思わずミーシャの手を払いのけた。
(しまっ……)
「ほら、止まりましたよ」
にこりと笑うミーシャを見たレイヴンは恥ずかしそうに目を逸らした。
「……」
確かに止まった。
何だかよく分からないが、恥ずかしい。
「用件は済んだ。素材を集めたらライオネット達のいる所に戻るぞ!」
「「「はい、先生!」」」
素材を集め始めたレイヴンを見たフローラはポツリと呟いた。
「へえ……案外優しい所があるのね」
「そうですよ。レイヴンさんはとても優しい人です。ちょっと不器用ですけどね」
「ふうん……」
帰り道はレイヴンが魔物の対処を買って出た。
いくら魔剣の補助があると言っても、セス達の体力はもう限界に近い。
とても満足に戦闘が出来る状態では無いという判断だ。
「凄い……」
「僕達が見つける前に全部倒しちゃった」
「というか、全部一撃……」
「さっきのなんか一振りで五体は倒してた」
「何であんなに正確に魔物の位置が判るんだろう?」
「臭い?」
「まさか、そんな……」
レイヴンはセス達が歩く速度を変えなくても済む様に、感知した魔物を片っ端から倒していた。勿論、素材と見つけた鉱石の回収も忘れていない。
マクスヴェルトが空間魔法で改造したミーシャの鞄がある。
これがあればいくらでも素材が収納出来るという訳だ。
「今まで採った分で幾らくらいになるのかな?」
「数十万とか?」
「まさか、そんなに無いんじゃない?」
「じゃあ、数万?」
(鑑定も勉強し直しだな)
ひと段落したレイヴンはセス達に歩調を合わせて大まかな鑑定額を告げた。
「ざっと見積もっても三千ゴールド位だ」
「え⁈ あんなに採ったのに⁈ 」
「Aランク程度の魔物ではそんな物だ」
冒険者の依頼は危険が多い割に報酬の安い物が多い。
その為、多くの冒険者は依頼品とは別に高額で取り引き出来る素材や鉱石を採取して持ち帰る。
そうして稼ぎを増やしていかなければ、自分の装備も満足に手入れが出来ない状況になってしまう。
「戦う為の力は必要だ。生きる為、理不尽を跳ね除ける為にな。しかし、同様に知識も必要になる。お前達に見せた石の価値を思い出してみろ。知らなければ変な色の石でしかないが、知っていればたった一つ見つけるだけで依頼料を簡単に上回る報酬を手にする事が出来る。そしてそれは、魔物の生態に関する知識にも繋がる。Aランクまでの魔物であれば大抵の資料は組合にある。目を通しておけば知る事が出来た弱点や、事前に取ることが出来た対策も、知らなければ死が近付くだけだ」
今の言葉はオルドの受け売りだ。
どんな事でも良い。知っている事が肝心なのだ。
怪我で動けない間、オルドは兎に角よく喋った。
けれど、レイヴンにとって今まで誰も教えてくれなかった知識はどれも新鮮だった。
生きる為の知識も、下らない与太話も全部。
何一つとして無駄な知識は無かった。
「確かに先生の言う通りだ。僕達は魔物を倒す事が出来ればどうにかなると思ってた」
「ああ、俺も自分が強くなる事ばかり考えてたよ」
「そう言えば、バートの鳥の習性の話はとても役に立ったわね」
「でも、爺ちゃんの話はなぁ……」
「オルドの話は確かに眠くなる。しかし、あの爺さんのお陰で俺は今、冒険者でいられる。生きたいのならちゃんと話を聞いておく事だ。今必要かどうかは問題じゃ無い。どんな些細な事でも知って置いて損は無い。思いも寄らない場面で役に立つ。そういう物だ」
感心した様に頷くセス達。
彼等の冒険者としての出発は災難ではあったが、良い経験になっただろう。
「先生は爺ちゃんとどういう知り合いなの?」
「昔、怪我をして死にかけていた俺を救ってくれた恩人だ。レイヴンの名を与えてくれたのもオルドだ」
「マジで⁉︎ 」
「すっげーーー!」
(凄い?)
レイヴンにはどうしてセス達が騒いでいるのか分からなかった。
オルドと知り合いだと言っただけなのに、このはしゃぎ様は理解不能だった。
「レイヴンさん、レイヴンさん!」
「何だ?」
「そのオルドってお爺さんに会ってみたくありませんか?」
「……」
オルドは確かに恩人だ。
けれども、レイヴンには一つだけ気にしている事があった。
それは、森でオルドを助けた時に見せた怯えた目。
結局あの後、逃げる様にしてオルドの元を去ってしまった。
あれから一度も会ってはいない。
命を救い、知識と名を与えてくれたオルドには感謝しているが、オルドがどう思っているかは分からないのだ。
「俺は……」
「会いに行きましょう。大丈夫です! 今のレイヴンさんならきっと」
(本当にそうだろうか?)
「もう、焦ったいわね。もう依頼人の事バレちゃってるみたいだから話すけど、会いたがってたわよ? 顔くらい見せてあげても良いんじゃない?」
「そうなのか?」
「そうなんですよっと。それまでに元の姿に戻る方法を見つけてあげるから元気出しなさいよ」
オルドが会いたがっている。
(なら……)
「……分かった。会いに行ってみよう」
「案内は任せて下さい! ちゃんと調査済みですから」
(いつの間に……)
中央にも帰らずにコソコソと動いていたのは依頼人を探していたからの様だ。
「ん? 待て。見つける? 風鳴の怪鳥の素材があれば良いんじゃなかたったのか?」
「え? あー……だったら良いなぁ、的な? それじゃあまたね!!!」
フローラは慌てた様子でまた何処かへ消えてしまった。
本当に元に戻れるのか不案になって来たレイヴンは、ため息を吐いて再び歩き始めた。
「さあ、行くぞ。ライオネットと合流する」
「「「はい、レイヴン先生!」」」




